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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第12章 エルフの集落編
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第122話 掘り当てた物

 その日のうちに、俺はリニアと共にアロンの前線基地のある町へと旅立った。

 リーガンが捕縛されたのは昨日。そのタイミングで伝令を砦のある基地に送ったとすれば、到着までおそらく後二日はかかるだろう。

 俺とリニアの足ならば、その伝令を追い越し、先に前線基地である砦に辿り着く事ができるはずだ。

 そしてリーガンがあの後脱獄してアロンに戻ったとしても、伝令より先に傭兵部隊に入っておけば、時系列的にごまかす事も可能なはずだ。


 もっとも『魔神ワラキアならどうにでもなる』と主張されると言い訳できないので、少なくとも顔くらいは隠しておこうと思う。

 ここは懐かしの仮面とマフラーの出番だ。【アイテムボックス】からいつ振りかの変装道具を取り出して、顔に装着する。マフラーが風にたなびいて、少しばかり気分が良かった。

 俺がマフラーをなびかせながら森の中を疾走していると、リニアが微妙な顔をしてくる。


「ご主人、そのアヤシイ仮面とマフラーは一体何です?」

「これはお前と出会う前に愛用していた変装道具だ。今回、リーガンに俺の正体をバラしてしまったからな。少し世を忍ぶ必要性が出てしまったのだ」


 そういえば、リニアと出会った頃は顔を変えていたので、すでに変装は止めていたか。この格好も懐かしいものだ。

 顔を隠して気分が変わったせいか、俺の口調も少々怪しいモノに変化してしまった。

 まぁ、多少堅苦しい感じがする程度だし、変装的にはいい事かも知れない。


「ご主人、なんか口調が変です」

「うむ、気分が変わったからな」

「なんだからしくない気がするので戻してくださいよ。わたしはいつものご主人が好きなのです」

「そ、そうか?」


 リニアの苦情も受け流しつつ、快調に俊足を飛ばす。

 俺もリニアも、その気になれば音速の壁すら突破できるほどに敏捷度は高い。

 双方ともに一万を超える敏捷度を持っているのだ。この速度に追いつける生物などいないだろう。


 さすがに森の中では全力疾走はできないが、それでもいろいろと危険な速度だ。

 ちょっと足を引っかけて転んだだけで、周辺の木をへし折りながら転がりまくってしまうだろう。

 森に危害を出さぬように気を付けながらすいすいと樹木の合間を駆け抜け、ほんの数十分で目的地近くまで辿り着く事ができた。


 おそらく敵の伝令は、遥か後方に追い越してしまったはずだ。

 手段としてはこの伝令自体を倒してしまってもアロンに情報は伝わらないのだろうが、そもそも俺達はその伝令の顔を知らないし、何人いるのかも、どこのルートを辿って帰還しているのかも知らない。

 そんな有様だから、無理に伝令を探し出して妨害するよりも、出兵されるであろう本隊の妨害を選んだのである。


 森が途切れ、その向こうの平地に(そび)え立つ巨大な砦が視界に入ってくる。そしてその周辺には城塞都市まで築かれていた。

 あの城塞都市が、アロン共和国の西方の防壁である。

 エルフ達がアロン共和国へ逆侵攻することはあり得ないが、それ以前はトーラス王国への牽制に使われていたのだ。

 そしてトーラス王国との戦争後は、ユークレスの森への侵攻拠点として使われていた。


 多くの兵があの砦へ集まり、そして兵が集まる場所には物資が集まり、物資が集まる場所には商人が集まる。そして商人、つまり金が集まる場所には傭兵やならず者が集まっていく。

 最終的に人・金・物が集まる場所には町ができるのだ。

 ユークレスの森の侵攻拠点、その周囲にできた城塞都市、アロケン。それが町の名前だった。


「そうだ、ご主人。どうせなら、あの砦のそばに罠を仕掛けておきませんか?」

「どのルートで出兵するか判らないのに、無駄になるんじゃないか?」

「罠と言っても露骨な物じゃないですよ。ほら、リーガンって人に正体をバラしたのでしょう? ならその証言に説得力を持たせれば、派兵が取りやめになるかも知れないじゃないですか」


 そう言われて、俺は確かにそうだと納得する。

 目標とするのはアロン軍の侵攻阻止であり、撃滅ではないのだ。

 俺と言う抑止力を伝えた以上、その説得力を増す工夫をしておくのは悪い事ではない。

 運良く出兵が取り消されれば、無血で目的を達成する事になる。それは実に――望ましい結果だ。


「で、具体的にどんな事すればいいんだろうな?」

「それはわたしにも……なんかありませんかね?」

「お前な……いや、そうだな。ワラキアのイメージと言えばやはり大規模破壊か? 大規模……破壊……」


 俺にとってのNGワードに、過去の惨劇が脳裏をよぎる。

 ちょっとした不注意で巻き起こった数々の悲劇、それは今も俺の心に深刻なダメージを与えて来るのだ。

 そう、言うなれば、中学時代の黒歴史ノートを、彼女や上司に目の前で朗読されるようなダメージと言える。

 俺はがっくりと地面に手を付き、落ち込んで見せた。それを見てリニアは慌てたように話を逸らす。


「あっ、あっ、その……今回はそこまで派手にする必要はないと思うのですよ?」

「あ、ああ。それは判っている」


 いっそ砦ごとふっ飛ばせば、事は簡単に済むのだろうが、それではラキアと何も変わらない。

 俺の知力は1ではないのだ。断じて違う。


「そうだな。じゃあ、普通の人間にはできない程度の破壊の痕跡を残しておけばいいか」

「そうですね。森の侵攻ルートを直線で結ぶと、この辺が最短でしょうから、回り道させる意味でもこの辺りにクレーターでも掘っちゃうのはどうでしょう?」

「ふむ、地面をブン殴った時の音で人も呼び寄せられるか。見落とされる可能性は少なくなるな。了解した、ではそれで」


 リニアの勧めに従い、俺はそこで拳を軽く地面に叩き付けた。

 もちろんクレーターを作る意思が有る以上それなりに力を込めて、だが、やり過ぎないように適度に加減もして。


 ドズンと腹に響く衝突音が周囲に轟いた。

 濛々(もうもう)と立ち上る土煙、衝撃波で薙ぎ倒される樹木、唐突に巻き起こった破壊劇に肝を冷やして逃げ惑う動物達。

 やがて土煙が収まった頃には、俺の目の前にクレーターが姿を現したのだった。


 だが意に反して、できたクレーターはそれほど大きくなく、底も浅かった。

 いや、広さ自体は申し分なかった。およそ10メートル程度の大穴が開いている。だが深さが少々物足りなかったのだ。

 どうやらこの近辺、地表のすぐ下に岩盤が広がっており、なかなかに頑丈な地質だったらしい。


「これじゃ、ちょっとばかり物足りないか。この岩を砕く程度の痕跡なら充分かな」

「そーですねー。念のため、やりすぎない程度でお願いしますよ?」

「任せろー」


 リニアの要請に軽い調子で従い、先ほどよりも強い力で岩盤をブッ叩く。

 ゴガン、と今度は硬い音を立てて岩の砕ける手応えが返って来た。しかも周囲にはそれ程大きな被害は出てない、会心の調整っぷりである。

 岩はやがて下方向に崩れていき、やがてゴゴゴゴという低く重い地鳴りが響いてくる。


「どや? って、あれ……なんか地鳴りとか響くモンだっけ?」


 今までの経験では、クレーターを作った後は土煙が上がる程度で、長々と地鳴りが響くようなことはなかった。

 これはまるで、地下の空間に衝撃が伝わっていくかのような振動が……


「ご主人、なんか岩盤の割れ目から湯気が吹き上がってません?」


 リニアに言われ、はたと気付いた。

 俺の足元のに目をやると、砕けた岩盤の下からはゆらゆらと湯気が立ち上り始めていた。

 土の隙間から水が結構な速さで染み出して来て、それが勢いよく湯気を発しているのだ。

 湯気はやがてブシューっという激しい噴射音を鳴り響かせ、周囲を包み込んでいくほど激しくなった。

 次第にその勢いは次第に強くなり、瞬く間に周囲の視界を真っ白に覆い隠してしまう。


「あっつ! ヤベェ、これはなんか、変なモン掘り当てたか!?」


 吹き出し口が俺の直下だけあってさすがに危機を感じた俺は、すぐさまその場を飛び退いた。

 その直後――


 ドシャアアアァァァァァ! という凄まじい轟音と共に岩盤を押し流しながら温泉が噴き出したのである。


 温泉と呼ぶには少々熱い熱湯が、まるで雨のように周囲に降り注ぐ。

 ほとんど直下にいた俺とリニアは、その洗礼をまともに受ける事になってしまった。


「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ! あっつ! 熱い!?」

「みぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 火傷するほどではないが……というか、俺もリニアもちょっとやそっとでは火傷を負わない身体だが……周囲に熱湯が降り注ぐ。

 恐らく温度は摂氏60度前後だろうか。シャワーと呼ぶには熱すぎるそれを浴びて、俺とリニアは逃げ惑った。


「まさか岩盤の下に温泉があるとは、この割木明(われきあきら)、一生の不覚!」

「ご主人の一生の不覚は何回あるんですかっ! なんでちょっと穴掘るだけの作業がこんな事に!?」

「あきらめろ、これも運命……アキラだけに」

「面白くないっ!」


 想像以上に豊富な水量を噴射しつつ、周囲を熱湯で覆っていく噴泉。

 それは見る見る水(湯?)溜まりを形成し、周囲を熱湯で覆い隠していく。その熱湯の勢いに押されるかのように、穴の周囲の岩盤が連鎖的に砕け、大きくなった穴からさらに大量の温泉が噴き出す。

 周囲を飲み込む温泉はやがて森から周辺へと流出し、近隣を通っていた、町へ続く街道へと流れ込んでいく。

 そこを通っていたいくつかの馬車が温泉に飲まれ、流されていくのが見えた。


 俺とリニアは、流されないように近くの大樹にしがみ付き、そして大樹も水圧に耐え切れず流されていく。

 猛烈な勢いで流れる水が地表の土を流してしまい、根が自重を支えられなくなったのだ。


「にゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ! あっつうううぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」


 俺より体重の軽いリニアがまず熱湯に流された。まぁ60度程度の湯なら火傷するほどでもあるまい。

 先日水着で泳いでいた事だし、きっと溺れたりもしないだろう。多分。

 とは言え、さすがに見捨てるとカツヒトみたいにはぐれてしまう危険性も有る。それに、そんな真似をしたらシノブに怒られるだろう。

 瞬時にそんな打算を計算し、俺はリニアに向かって意を決して泳ぎ出した。


 流れの勢いは凄まじいが、俺の筋力ならばそれを掻き分けながら泳ぐ事が可能だ。

 すぐさまリニアに追いつき、彼女を引き寄せると、まるで猫のように俺の背中にしがみ付いてくる。

 一瞬、湯に火照った熱い柔らかさが、先日の痴態を思い浮かばせるが、今はそれどころではない。


 流れる波を掻き分け、沈まないように泳ぎながら、ようやく足が付く場所まで流されてきた。

 すでに街道を超えてかなりアロンの領内寄りに流されたようだが、逆に考えればそれはそれで都合がいい。

 町にやってきた方角が違うなら、それもまたダミーになるのだ。


「リニア、無事か?」

「うう、ご主人……すっごく熱かったです」

「お前、熱いの苦手だったっけ?」

「そんな自覚はなかったんですが、そうかもしれません」


 リニアの泣き言はさておき、周囲はすでに温泉と泥で滅茶苦茶な状態である。

 幸いと言っていいか、城塞都市であるアロケンは水没を免れていたようだが、街道がこれでは交易に支障が出ることは間違いない。

 この状態を放置して出兵するか判らないが、これはこれでいい足止めになったのではなかろうか? 

 そんなポジティブな事を考えながら、俺達はアロケンへ向かって歩き出したのだった。


惨劇開始。

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