第119話 緊急会合
捕らえた密偵の尋問を兼ねて、エルフ達は総出で対策会議を開いていた。
族長のフーリオの前に引き出された密偵部隊の隊長は、周囲のエルフ達から間断なく質問の雨を浴びせられている。
俺が……というか俺達がこの場にいるのは、ひとえにバーネットの人脈の広さ故の話である。
この村の所在がバレてしまった以上、エルフ達はこの地を捨てるという選択肢も考慮せねばならない。
そして、守備隊長であるアロンゾは、進行してくるであろうアロン軍に対して策を立てねばならない。
そういった状況の中で、キオさんが連れてきていた護衛部隊の存在は大きな意味を持っているのだ。
エルフ達にすれば、少しでも早く、より多くの兵力を確保したい。
キオさんにしてみれば、戦争に巻き込まれる事なく、少しでも早く村を出たい。
そんな思惑の綱引きが、この場で行われているのである。
そして事態に俺達を巻き込みたいエルフ達の思惑と、状況を把握したい俺の思惑が合致して、今俺はここにいるのだ。
「もう一度聞くぞ、人間。アロンへの伝令は放ったのか?」
「伝令? 知らんな」
格上に見える男の方が、族長の質問をそう切って捨てた。
もう一人の男はダンマリを決め込んでいる。
「嘘を言うな! この村の位置を知って、伝令を放っていない訳が無かろう!」
「そう思い込んでいるのなら、俺に話を聞く必要は無かろう? 何を聞いても『はい』という答えしか受け入れる気はないのだから」
「貴様!」
「落ち着かんか!」
声を荒げる守備隊の若人に、族長のフーリオは一喝する。
それで一旦場は落ち着いたとはいえ、血気盛んな若いエルフ達は収まりがつかないようだ。
「なんにせよ、防衛力の強化は急務である。アロンゾ、前線の監視を強化するように」
「了解した、族長」
「それでキオ殿。お主には少し頼み事があるのじゃが……」
無難な指示に不満そうに首肯するアロンゾ。そして一転してキオさんに取引を申し出る。
しかしキオさんも商人である。族長が何を申し出たいのかは理解していた。
「族長、嫌ですよ? 戦争の片棒を担ぐなんて。我々はあくまで商人なんです。貴方の申し出を受ける事はできません」
「そこを曲げて伏してお願いする。今この村の戦力で、共和国の本隊を押さえることは難しかろう。お主たちの戦力が必要なのじゃ」
「そこは理解していますが、私も娘を連れている身です。損得抜きで申しますと、この村から一刻も早く離れたい」
「なんだと!」
キオさんの本音を聞き、再び激昂する若いエルフ。
どうやら彼は主戦派で、なおかつかなりの過激派のようだ。
「落ち着けと言ったぞ、レイノルズ。今回に限ればこの商人の言い分は正しいのだ」
「しかし、族長!」
「黙れ。これ以上場を荒らすなら、退席を命ずる」
「ぐっ」
族長は再びキオさんに向き直り、深々と頭を下げた。
「頼む。今は少しでも戦力が欲しいのじゃ。何もお主や、お主の娘にまでここに残れと言っている訳ではない。護衛を一時貸してほしい、それだけじゃ」
「あ、頭をお上げください。しかし……」
族長の真摯な願いに、キオさんも慌てて言い募る。
しかし彼の答えが変わる事はないだろう。例え頭を下げられたとて、掛かっているのは自分と娘の命である。
重要な取引先とは言え、それに命を懸ける訳には行かないのだ。
護衛がいなくなれば、彼等の安全も保障されないのだから。
「いえ、やはりそのお願いはお受けできません。ここが戦場になるのであれば、尚更私たちの安全は確保したい」
「どうしても、無理か……?」
「大変心苦しくはあるのですが、はい」
「では、お主達の出立は認める訳には行かぬ」
「な、なぜです!」
族長が旅立つ許可を出さない、それは俺達を否応なく戦争に巻き込むという意思の表れだ。
だがそこまで強硬な態度を取ってしまえば、ここを生き延びた後、彼等と取引する者がいなくなってもおかしくない。
この森の中でのみ生きる彼等は、外界の援助物資無くして生活が成り立たない。これはいわば、自殺行為にすらなりうる。
「今お主達を野に放てば、そのままアロンに話を持って行く者もいるやもしれん。それを危惧しての事」
「族長、それはさすがに無礼が過ぎませんか? 我らが依頼主を裏切ると?」
この発言に反論したのは、バーネットである。
彼にとってみれば、大事な部下が信用ならないと宣言されたようなものだからだ。
「無礼は承知。だが今は小さな疑念の芽も取り払わねばならぬ。事が済めば、いかようにも詫びはしよう」
「事が済んだら、アンタ達はいなくなってるだろ」
ここで俺は会話に割り込む事にした。
このままでは事態は不穏な方向に向かいかねない。
アロンが攻めてくる前に俺達とエルフ達の間に軋轢ができ、下手をすれば幽閉されたまま、戦争に巻き込まれかねないのだ。
手足を縛られた状態で攻め込まれるなど、ご免被りたい所である。
無論、そんな包囲など問答無用で突破して村を出る事は可能だ。だがそれはそれで、エルフ達を見殺しにする事になる。
元々エルフ見たさに旅に参加した俺にとって、それはさすがに後ろめたい所があるのだ。
だが俺の発言に、若いエルフが再び噛み付いた。
「貴様、我らが負けるとでもいうつもりか!」
「まさにその通り。人間を舐めるなよ? コイツを見ればわかる通り、人間ってのはいざとなったら仲間を囮にしてでも目的を達成しようとする」
俺は縛られたままの男達を指差し、エルフを諭す。
突然俺に指差された男は不快気に眉をしかめて見せた。
「お前らが仲間に捨てられたのか、それとも仲間を逃がすために残ったのかは知らんが、多分そう言う事だろ? 人間ってのはいざとなれば命すら駒扱いする連中だ。そしてその戦法に、魔王すら倒されている」
かつてラキアは、仲間を守るために命を捨てた勇者に倒された。
このエルフ達がラキア以上だとは、とても思えない。
「我らとて、村のために命を捨てる覚悟はある!」
「そうだな。では捨てる命の数は? むこうは軍隊。数百、ヘタしたら数千の命すら捨てられる。その数の暴力にお前達の命数は対処できるか?」
「ぐぬ……」
「考え違いするな。俺は別にお前達を脅かしている訳じゃない。バーネット達は確かに商隊の護衛だから、キオさんの命令には背けない。だが俺達は違う」
「……それはお主達が力を貸してくれると言う事か?」
俺の言葉を聞き、族長のフーリオが言いたい事を汲み取ってくれた。
「ああ。俺達は別にキオさんの依頼でここまできた訳じゃない。ダリル傭兵団に借りがあったからこの旅に付き合っただけだ。それも荷を届けた事で義理は果たした」
「そりゃ、確かにそうではあるが……アキラ、いくらなんでも無茶が過ぎるぞ」
バーネットは俺の判断に異論があるようだ。もちろんこれが当然の反応だろう。
俺達が戦力として残った所で何の役にも立ちはしない。本来ならば、そう思えるはずだ。
だが俺は魔神で、ラキアは魔王である。
そして俺の仲間たちは歴戦の戦士で、魔王に匹敵する強化を受けたバケモノ揃いだ。
恐らくはこれ以上の増援は望むべくもあるまい。
だがこの事実は彼には知るべくもない事である。そして知られてはいけない事実でもある。
それをバラさないように説得するのが一苦労だ。
「まぁ落ち着け、バーネット。いいか? 俺達にはシノブとリニアと言う魔術のエキスパートがいる。もちろん知っていると思うが」
「当然だ。道中も何度も世話になった」
「そしてエルフ達には強力な武器がある。あの鉄柱の射出機だ。だがあれを使うには畜魔石――つまり魔力を込めた紫水晶がいる」
「まさか、その魔力を籠める作業を、あの二人にやらせるのか?」
「もちろんそれだけじゃないぞ。戦争ともなれば、装備の損耗は避けられない。だが鍛冶師たる俺がここに居れば、それは最小限まで避けられる頃になる。それにカツヒトの腕前はお前も知っているよな」
そこまで言われて、バーネットは考え込む素振りをした。
このままではキオ諸共村の中に幽閉され、そのまま戦闘に突入してしまう羽目になる。
ならいっそ協力するか? それはそれで、避難するキオの安全に不安が残る。
キオの安全と、自分たちの自由。それを天秤にかけ、両立する方法は――
「お前達を人身御供にする――しか、ないのか?」
「そこまで深刻な事態じゃないさ。戦闘は基本的にアロンゾ達に任せる。俺達は後方支援に徹する。たったそれだけだが、アロンゾ達の戦力は大幅に上がる事は保障してやる。どうだ? この辺で手を打つ気はないか?」
俺達が残れば、こわい棒も、射出機用の畜魔石も大量に増産できる。それはバーネットも知っている事だ。
そしてアロンゾは、そのありがたさを身をもって知っている。
「魔力の供給要員が増える事は確かにありがたい。族長……」
俺の意図を察したのか、アロンゾはフーリオに判断を促した。彼はここで手打ちにするべきだと族長に薦めているのだ。
族長も、アロンゾの思惑を読み取って、ここを妥協点とするべきか思案している。
ここはあと一押ししておくべきか?
「族長殿、これを見てもらいたい」
俺はこわい棒を取り出し、族長に差し出す。
族長はそれを受け取り、詳細に調べ上げる。識別系のスキルは持っていなさそうなのだが……
「これは……【火球】の魔法を畜魔石に閉じ込めてあるのか?」
「そこのピンを抜くと、衝撃で爆発するようになる。これがあれば、新人でも熟練の魔術師よりも早く魔法を発揮できるようになる。俺達はそれを量産できるぞ」
「むぅ……」
恐らくは魔力を調べた事で、このアイテムの効果を見抜いたのだ。
そしてその実効性の高さも理解できたはず。
フーリオはしばし頭を悩ませた後、俺に向かって深々と頭を下げた。
「その申し出、ありがたく受けよう。無茶な願いを聞き届けても貰い、感謝の言葉もない。今後、我らエルフ族はお主達を盟友と……いや、恩人として扱う事をここに約束する」
フーリオも無茶苦茶な交渉に出ていたことは自覚していたはずだ。
だがそうでもしないと、戦力不足を補う事すらできなかった。俺達から見れば横暴の極みではあったが、彼等の立場を考えれば、最後の手段だったのだろう。
彼の肩には、この村の住人の命が圧し掛かっているのだから。
「アキラ、本当にいいのか……」
キオさんを逃がす仕事があるバーネット達は、この役目に付き合えない。
そしてプロである以上、任務の放棄もできない。
長旅で仲良くはなったが、彼等もプロだ。俺達に付き合えない事は理解していた。
「構わないさ。どうせシノブもリニアも、この村に入れ込んでいたからな。ここが攻められると聞いたら、是が非でも協力を申し出ただろうし」
「それにお前が付き合う事もないだろう?」
「あ? 何言ってる。俺は仲間は絶対に見捨てないぞ」
シノブは数少ない日本の同胞である。それにリニアは出会ってこの方、世話になりっ放しだ。
彼女が居なければ、シノブと再会するまでどれだけ寂しい思いをしたか判らない。そして今も賑やかに俺の周りを盛り立ててくれる。
そんな二人を俺が見捨てる訳ないのだ。
色々ありますが、村長の立場的に考えると、こういう展開に持って行かない方が不自然かと。
まぁ、どのみち巻き込むつもりではありましたけど。