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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第12章 エルフの集落編
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第118話 争いの前兆

  ◇◆◇◆◇



 その日の夜、ユークレス大森林にあるエルフの集落のそばに、不審な人影が存在していた。

 彼等の正体はアロン共和国に所属する密偵部隊である。

 その部隊の得意分野は情報収集と、潜入工作、そして破壊活動や表沙汰にできない工作活動など、多岐に渡る。

 今も彼等は、エルフの集落の所在を追い求めて、森の中を彷徨っていたのだ。


 共和国に抵抗するエルフの集落を発見し、部隊を誘導し、奇襲を仕掛け、北部の戦況を一気に傾かせるため、彼らはこの一ヵ月近く延々と森の中を彷徨い続けていたのだ。

 そして今日、その任務を完遂する重要な手掛かりを発見するに到った。


 それは何の変哲もない獣道に見えた。

 だが、見る者が見れば、それが非常に巧妙に偽装された物である事を見抜く事ができたのだ。

 獣道の大きさは、せいぜい大型の猪か狼の群れが往復できる程度。

 規模としては大きいが、この自然豊かなユークレス大森林では、珍しい物ではない。

 だが密偵部隊の隊長である男は、そこに巧妙に隠された車輪の痕跡を発見する事に成功していたのである。


「轍の痕……まだ新しいな」


 分厚く積もった落ち葉を掻き分け、その下にある馬車の轍を精査する。

 地面の下にあったその土はしっとりと湿り、抉られていない場所との柔らかさが全く違っていたのである。

 もしこれが古い物だとすれば、周囲の土と同じ程度には固まっていたはずだ。


「ではこの先にエルフ共の集落が?」

「ああ、恐らくはあるだろう。こんな森の奥に馬車で入り込む者なんて、普通はいない」


 道すら危うい森の奥に、馬車と言う大型輸送手段を持ち込むのはある意味危険である。

 いつ道が無くってしまうのか判らないのだ。そして方向転換するスペースがあるとも限らない。

 そんな場所にわざわざ乗り込んでくるとすれば、どんな目的があるというのか?


 そんなことは言うまでもない。危険を冒しても森に入らねばならない場所――エルフの村があるからだ。


 森の奥に住む彼等は、ある意味特定の物資が常に不足している。

 それは外部からの交易でしか補給できない。


 それを運ぶ馬車が、ここを通った。この轍はその証明である。


「やりましたね、隊長。これでエルフ共に一泡吹かせて……いや、トドメを刺してやる事ができます」

「他の部隊でもできなかった事ですよ! 大金星だ」


 古株の斥候兵と、新人の兵が、興奮した面持ちでそう告げてくる。

 だが隊長はいまだ慎重な姿勢を崩さなかった。


「ケンプ、まだそうと決まった訳ではないぞ。それにアレックス。浮かれるのは帰投してからにしろ」

「へぃへぃ。隊長殿はいつもこれだ」

「生意気言うな」


 アロン共和国はいくつもの密偵部隊を、このユークレス大森林に送り込んで、エルフの集落を探ろうとしていた。

 だが、その成果はいまだ芳しくない。


 ある部隊は獣に襲われ、全滅した。

 ある部隊はエルフの襲撃に、壊滅した。

 そしてある部隊は、何の手掛かりも得る事が出来ずに、帰投するしかなかったのである。


 そんな隠れ里の手掛かりを、ようやく掴む事ができた。

 経験の浅い新人が浮かれても致し方あるまい。そう思い直し、隊長の男は口の端に笑みを浮かべた。


「行くぞ。この先が目的地ならば、俺達の名は歴史に残る」

「はい!」


 エルフの集落を制圧できれば、大陸北部を東西に分けるユークレス大森林を制圧したも同然だ。

 そしてその森林地帯の先はファルネア帝国の領土である。

 この天然の要害を利用すれば、砦いらずで帝国領土を食い破る事ができる。


 その最重要情報を持ち帰ったとなれば、本当に歴史に名が残ってもおかしくない。

 そして、それに対応するだけの褒賞もまた、期待できる。


 密偵達はそんな栄光の未来を思い描きながら、追跡を再開したのである。





 何度か痕跡を見失い、森の中を彷徨いながらも、追跡は続けられた。

 そして翌日の昼、ようやく目的のエルフの集落を発見したのである。


 本来ならば村の中に忍び込み、敵の兵力、陣容、武装、人口など調べ上げる所であるが、現在は陽も高く、そして村の住人の大半がエルフだった。

 人間だけで構成された彼等の部隊では、潜入するのはいささかリスクが高すぎたのだ。


 ここで功を焦って、部隊が全滅してしまっては元も子もない。

 いや、それどころか害悪ですらある。

 この集落の位置情報は共和国の為、身命を投げ打ってでも持ち帰らねばならないのだ。


 苦渋の決断の末、隊長の男はこの場からの撤退を指示する。

 エルフ達は自分たち以上に森に馴染んでいる。この場に長く留まれば留まるほど、発見される危険性が高まるのだ。

 しばし黙々と行軍し、周囲に人目が無い事確認してから隊長は大きく息を吐いた。

 それが落胆の溜息である事を察した古株の斥候兵――ケンプは、肩を叩いて隊長の男を慰める。


「集落の位置が判明しただけでもお手柄ですよ、隊長」

「そうですよ! これで報奨金もイタダキです!」

「アレックス、お前は気楽で……いや、そうでもなかったな」


 この新人の斥候兵、アレックスは若いながらも付き合っている女性がおり、その女性と身を固めるために資金を貯めている最中だったはずだ。

 そろそろ目標額に到達する事を、出発前に話していた事を、隊長は思い出していた。


「ええ、おそらくこれで目標額に届きます。俺、隊長の部下でよかったですよ」


 本来ならば、そう簡単に報奨金なんて出る者ではない。

 だがこの部隊は、堅実ながらも着実に成果を積み重ねており、彼の予想よりも早く貯蓄できていたのだ。


「そうか、よかったな。式には俺も呼べよ?」

「もちろんです!」


 目標を果たし、安全圏に達したが故の気の緩み。

 それが彼等に不幸を呼び込んでしまった。

 いや、例え気を張っていたとしても、それは避け得なかっただろう。


 突如として空から巨大な熊が襲い掛かってくるなど、誰も想定できようはずもないのだ。


 上空から落下してきた巨大な獣は、勢いを殺さずまるで墜落するかのように地面に激突した。

 周囲に響き渡る轟音。濛々(もうもう)と立ち上がる土煙。そしてつんざく様な獣声。

 地面には1メートル程度の小規模なクレーターができていた。

 そこからノソリと立ち上がる巨影を見て、隊長は悲鳴のような警告を発した。


「く、クリムゾン!? くそ、総員戦闘態勢! 散開しろ!」


 この森のヌシ――巨熊クリムゾンには、アロン共和国の部隊も何度も煮え湯を飲まされている。

 この地域の探索が進まなかったのも、この猛獣がこの近辺に住み着いていたからだ。

 そしてその情報は、隊長の元にも届いていた。


「な、なんでこんなところに……」

「おい、新人! アレックス、正気に戻れ!」


 呆然と立ち尽くしてしまった新人の頬を隊長が叩いて正気を取り戻させる。

 そして矢継ぎ早に指示を下した。

 自分達は助からない――その判断の元で。


「いいか、熊は森の中では素早い。おそらくこのままでは逃げられない。だから俺達が足止めする。お前は逃げろ!」

「そんな、隊長!?」


 クレーターから這い出してきた熊は、赤い毛皮で覆われた見上げんばかりの巨獣で、どう考えても敵いそうもなかった。

 しかもあの勢いで地面に墜落していながら、致命傷を負った気配は無い。多少の怪我は負っているようで動きにぎこちなさが見えるが、それでも彼等よりは早く動けるだろう。

 地に刻まれたクレーターの大きさを考えると、想像を絶する頑健さである。


「ただ逃げるんじゃない、集落の情報を持って帰るのが目的だ! いいな、絶対に死ぬなよ?」

「で、でも……それじゃ隊長達は……」

「俺達はいい! 早く行け! ケンプ、右へ回れ!」

「ハッ!」


 剣を抜き放ち、部下に指示を飛ばしながら隊長はアレックスに背を向けた。

 彼の持つ剣は――いや、彼等の持つ剣は隠密行動を優先するが故に、携帯性と隠密性を重視して作られたものだ。

 目の前の巨獣を討伐するには、頼りないにもほどがある。


 このままでは恐らく隊長は死ぬだろう。

 だが、自分が残っても状況を打開できるとは思えない。

 アレックスとて、密偵としてそれなりに経験を積んできているのだ。今最優先すべきはなんなのか? それは痛いほどに理解している。


 理解しているからこそ……彼はその場から駆け出すしかなかったのである。


「隊長、生きててくださいよ! すぐに……すぐに救援を呼んできますから!」

「期待している。行け!」

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 期待している――そうはいっても彼は自分が生き延びられるとは、欠片も思っていなかった。

 そもそもこの場所は、森の端にある砦から徒歩でも三日はかかる場所だ。

 軍を用意し、ここまで連れてくるならもっと掛かる。


 今、彼にできる事は一つ。

 情報を持ったアレックスが逃げ切る時間を、どうにか捻り出す事だけである。

 絶望的な気持ちで、だが一縷の望みをアレックスに託して――彼は死地へと足を運んだのだった。



  ◇◆◇◆◇



 いろいろ処理した後、俺がエルフの村に戻ったのは日が傾いてからだった。

 俺一人では森の外から村に戻るのは少しばかり心許なかったが、幸い薙ぎ払っていった木々が目印となっているため、迷うことなく村へ帰還する事が出来た。

 だが帰還した村では、何かが起こっているのか、騒然とした雰囲気に包まれていたのである。


「おい、なにかあったのか?」

「人間――!? あ、いや客人か。済まない、今少し敏感な状況にあってな」


 俺は通りすがりのエルフを取っ捕まえて話を聞き出そうと試みたが、なぜか俺の顔を見ただけで驚愕に顔を歪ませていた。


「いや、気にしちゃいない。で、なにかあったのか?」

「ああ、アロンの斥候がこの近くに現れたんだ」

「斥候……それ、村の情報が?」

「いや、幸いと言っていいのか、森のヌシが足止めしてくれていたので、捕獲する事が出来たよ」

「森のヌシ?」

「ああ、それも説明しないといけないか――」


 そのエルフの言によると、この近辺を根城にする巨大な熊が住み着いているらしい。

 そしてアロン共和国の斥候とその熊が鉢合わせして、無駄に死闘を繰り広げていたそうだ。

 幸か不幸か、斥候は瀕死の重傷を負いながらも生きており、捕縛する事に成功。

 そしてその巨熊クリムゾンも、斥候部隊の奮戦の成果か、瀕死であり、エルフ達で仕留める事が出来たそうだ。


「クリムゾンを仕留める事が出来たのは喜ばしいが、奴はアロンの侵攻を妨げる障害でもあったからな。素直には喜べないと言った所か」

「クマまで防御設備に取り込んでいたのかよ」

「この村には害獣除けの結界が張ってあるからな。奴は村には入ってこれないんだ」


 村の防備は完全と言う事か。だが待てよ? それ、村の外から来る者には効かないって事じゃないのか?


「それ、来る途中で俺達が襲われてた可能性も有ったんじゃねぇ?」

「……………………まぁ、そう言う事もあるかもしれん。」

「おいィ!?」


 これでもかという位わざとらしく視線を逸らすエルフに、俺は頭を抱えて詰め寄った。


「待て待て。こうして欠陥が判ったんだ、対処の使用はある。それよりその捕虜がな……」

「逃げた奴がいる……のか?」

「いや、居ないと言い張ってはいるがな。だがそれは辻褄が合わないのだ」

「辻褄?」

「ああ、なにせ奴らは斥候。つまり情報を持ち帰るのが最優先のはずだ。それなのにクリムゾンと戦う理由なんかあるまい?」

「森の獣は素早いって聞くが?」

「もちろんそうだ。だがそうだとすればどうする? 俺なら誰か足止めさせて、別の誰かに情報を持ち帰らせる」

「捕虜もそうしたと? いや、してない理由がないな」

「だろう? だから慌てているのさ」


 つまりこの村の場所はすでに漏れた。近いうちにアロン共和国の部隊が侵攻してくると言う事か。

 それは大騒動になる訳だ。


 出発の予定はキオさん次第だ。こうなったからには、おそらく戦争に巻き込まれる前に出発するはずだ。

 だが、たった一日でこの村に馴染んでしまったシノブの心境を考えると、それも薄情な気がする。


「厄介なことになったな。戦争なんて遠慮したいから、早く立ち去りたいんだが……」


 俺は天を仰ぎながら、そう独りごちたのだった。


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