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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第12章 エルフの集落編
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第117話 暴走

下ネタ要素があります。苦手な方はご注意ください。

 かつてないほど真剣な表情で、俺は剣を構えた。

 これは基礎を学ぶ訓練である。奇をてらった構えではなく、オーソドックスな中段の構え。または正眼の構えともいう。

 足を肩幅に、軽く前後に開き、切っ先をバーネットの胸元に合わせる。

 それを見たバーネットは構えを解きながら『そのまま剣を動かすな』と言って来た。


「剣を? 俺は別に動かしてはいないけど……」

「切っ先が震えているぞ」


 言われて俺は、構えた模擬刀の切っ先がかすかに震えている事に気が付いた。

 それを止めようと腕に力を入れる。すると切っ先が左にぶれた。


「あ、あれ――?」

「右手に力を入れすぎたな。均等に力を入れる事。そして不要な力を抜く事」

「そうは言われても……」


 震えを止めるべく身体の各所に力を入れたり抜いたりしてみるが、状況は悪化するばかりだ。

 バーネットがやったような、ぴたりと止まる構えにならない。


「構えというのは攻撃の起点であると同時に、防御の礎でもある。震えはほんの数ミリかもしれないが、その数ミリが生死を分ける事も、戦場ではあり得るんだ」


 俺は彼の講釈を聞きながらも、自分の構えを工夫し続けた。


「構えと『決める』には、力尽くじゃダメだ。自然体である事、それは無駄な力を入れない事と同時に、筋力や骨格なども使って剣を支える事でもある。力で構えては長く持たないし、不自然な動きになってしまうからな」


 更にバーネットは俺の身体の各所を自分の剣の腹で叩きつつ、構えを調整していく。

 手で触れてこなかったのはありがたいが……いや、だからこそ模擬剣を使ってくれたのかもしれない。


 足の膝を少し緩め、軽く前傾する事で踵を浮かせる。

 剣の柄頭を身体から拳一つほど放し、肘の力で支えるように持たせる。

 切っ先を少し上げて、相手の喉元の少し下くらいになるように調整する。

 背筋を伸ばさせ、体幹を整える。


 バーネットの微調整を受けると、不思議と剣先のブレが収まっていく。

 まるで関節の骨がしっかりと噛み合って、模擬刀を支えているかのような感覚を覚えた。


「ま、こんなところかな? あとはこの感覚を体に染み込ませる必要がある。今日はこの状態をしばらく維持する事」

「え、振らないのか?」

「新人に教えるならまず素振りからなんだがな。アキラは基礎体力はすでにあるし、剣速も下手な剣士より早い。振るより形を覚え込ませる方が重要だと判断した」

「そういうものか?」


 疑問符を浮かべる俺の問いに、アロンゾが割り込んで答える。


「古い剣術では、構えを長時間取る事で精神を鍛える修業があるというぞ。それだと思ってやればいい」


 そういえば、空手なんかではそういうのがあると聞いた事がある。

 剣術ではあまり聞かない話だが、そう思えばこれも修行の一環と納得もできるか。


「では、数時間後にまた様子を見に来るから、サボるんじゃないぞ?」

「自分から言い出したのに、サボったりするか! っていうか、どっか行くのか、お前等」

「ああ、少し『ご休憩』だ」


 そう言ってアロンゾと二人、洞窟の中に入っていくバーネット。


「おい、まさか……」


 しばらくして、俺は洞窟内から響いてくる、世にもおぞましい聞きたくない声を聴く羽目になったのだった。





 軽く二時間は構えを解かなかっただろうか。

 それでもバーネットたちは戻ってこなかったので、その後は脱力状態から剣を抜いて即座に構えるという行為を練習したりしていた。


 それからさらに一時間ほど経ち、ようやく洞窟内からバーネットとアロンゾが戻って来た。

 テカテカと輝く汗と、サッパリ爽やかな笑顔が気持ち悪い。


「おい……言いたい事は色々あるが、まず体を洗って来い」

「おお、気が利くな、アキラ。そう言う事ならお前も来い。修練で汗をかいただろう」


 確かに二時間も構え続けるという行為は精神的にかなり疲労した。

 さらにその後、抜刀から構える訓練も積んでいたので、身体を流してさっぱりしたい欲求は確かにある。

 だがその行為をこいつとだけは一緒にしてはいけない。


「お前等と違う場所でならな。俺は到ってノーマルなんだ」

「それは知っているが、お試し体験をしてみる気は――」

「断じて無い!」


 断りはしたが、汗を流す欲求は抗いがたい。

 結局バーネット達と一緒に汗を流すべく、この奥にあるという滝壷へ向かう事にしたのである。


「そういえば、シノブが奥に滝壷があるって言っていたな」

「ああ、村の者にとっては貴重な水源であると同時に、数少ない娯楽でもあるからな」

「森の中だから水の確保も一苦労という訳か」


 そんな場所で水浴びしてもいいのかと思わないでもなかったが、考えてみればエルフは魔法に優れた種族だ。

 飲料水は【創水(クリエイトウォーター)】でどうにでもなる。

 問題は有用な量な水を用意するには、結構な魔力を用意する必要があるくらいか。


「もちろんそんな魔力を無駄遣いする必要もないので、川や滝壷の水を利用しているがな。それに水場は他にもある」

「それもそうか。魔力は戦力でもあるものな」


 あの効率の悪い大砲もどきをぶっ放すには魔力をかなり消費するから、無駄にはできないか。

 そんな村の水事情を聴いたりしながら、俺は滝壷へと辿り着いた。

 そこにはすでに先客がいて、黄色い歓声を上げていた。


「あれ、シノブ? それにリニアとラキアも?」

「え……アキラ?」


 そこにはそれぞれ派手な水着を着て水遊びに興じる三人がいた。

 自ら上がってこちらに来るシノブは、赤い染付模様が施された、結構露出の多いビキニ水着を身に付けていた。

 あまりにサイズが大きすぎて、胸元がかなりスカスカしている。危ない。


「あ、ご主人も来たんですか? ゲッ、バーネットも!?」


 リニアはバーネットが苦手だ。人懐っこい彼女にしては珍しい事だが、彼女にしては俺をめぐるライバルの一人なのだそうだ。

 主に尻を巡ってだが。


「お嬢ちゃんも来ていたのか。悪いが身体を洗わせてもらうよ」


 そう言って少し離れた水辺へと向かう。素っ裸になる必要性があるために、女性のいるこの場では洗う訳には行かないからだ。

 奴はその辺りのTPOは(わきま)えているし、礼儀も正しいのだが、本当にどうしてあの性癖なのだ……?


「この世界、残念な奴が多過ぎ」


 内心では一番頼りにしていると言っていいリニアも、トラブルを好む性癖がある。

 外見ではトップクラスの美少女であるラキアだって、あの頭の出来が非常に残念だった。


「そういえば、お前……なんで()()なんだ?」

「エルフの伝統的な水着だそうですよ? 結構可愛いと思うんですが」


 リニアの水着は俗に言うスクール水着である。しかも旧型と呼ばれるデザインだ。

 だが水着に着替えた事で、いつもなら服のたるみで気付かない彼女のスタイルが露骨に目に付いた。

 小さな、幼児とも言っていい身長なのに、そのスタイルは意外とメリハリが利いている。

 まるで若々しい少女のようなスタイルは、今の俺にはいささか目の毒だ。


 遅れてやってきたラキアに至っては、もはや紐が体に絡みついているかのような水着である。

 俺がやってきた事に喜んで跳ねまわったせいか、あちこちずれて、その下がのぞけるくらいの惨状だ。

 真っ白な、病的なくらい色白な肌に黒い紐と見紛うばかりの水着が映える。

 そしてその水着の脇から、ピンク色の物体や、一本の線なんかが見えてる訳だから、俺の状況はもはや限界に達している。


「ああ、様子を見に来ただけだ。俺はこれで――」

「そう言わずにアキラも泳いだらどうだ? この滝壷、水が冷た過ぎなくてすごく気持ちいいんだ」


 シノブが俺に話しかけてくるが、俺はくるりと背を向け、その場を立ち去ろうとする。

 このままでは『身体の一部』に血流が集中し、女性の前で直立できない状況に陥ってしまうからだ。いや、すでに遅いか?

 だが、その行動もリニアの強襲によって停止させられてしまう。


 振り返った俺の背中に、リニアが抱き着いてきたのだ。

 冷たい水の感触と一緒に、温かく柔らかな感触が圧し掛かってくる。

 小さく軽いのに、その感触ははっきりと『女性』を感じさせた。


「ご主人、どこ行くんですかー? 一緒に泳ぎましょうよぉ」

「背中からどけ、俺は水着を持ってない!」

「えー、裸でいいじゃない。わたしは気にしませんよ?」

「俺が気にするわぁ!」


 リニアを振り落とそうと体を振り回すが、彼女はそれを先読みしたかのように体重を移動させ、背中から離れない。

 そんな俺の隙を突いて、俺の左手にシノブがしがみ付いていた。

 これでもかというくらい水を弾く、瑞々しい肌が魅力的だ。しかも上から見下ろす態勢のために、胸元の隙間からその頂が見えたり、見えてしまっていたりした。具体的に言うと見えている。


「い、いや、ほら……やっぱ裸で泳ぐわけにも、ね? だから放し――」

「服のままでいいじゃないか。いや、それが嫌なら裸でも私は別に……」

「シノブもそう言ってますし、一緒に泳ぎましょうよ。ほら、なんだったら私が静めても……」

「リニアさん、なんかズルいぞ! それなら私も……」

「ご飯か! なら我も食べる!」


 今度はラキアが俺の右手に飛びついてくる。

 ほとんど裸と言っていい肢体が腕に押し付けられ、しっとりとした感触に否応しに興奮を覚える。


「あ、ああ……」

「ほら、早く行こう。水が冷たくて気持ちいいぞ」

「ご主人、泳ぎます、それとも処理しちゃう?」

「それなら我が食べるー」


 もう限界である。

 俺のズボンの耐久値も、理性も、破綻寸前だ。

 このままでは俺は水浴びを放り出して、欲望のままに走り出しかねない。


 彼女達を相手に欲望に走るくらいなら、実際に走った方がマシだ。

 彼女達は拒否したりしないどころか、喜んで受け入れてくれるだろうが……俺にその決心がつかない。

 それに俺は今の関係を心地よく思っている。それがこの暴走で、関係が壊れてしまうかと危惧してしまうのだ。

 ヘタレと呼びたければ呼ぶがいい。


 俺はリニアを振り落とし、シノブとラキアを振り切り、全力でその場から逃げ出したのだ。





 俺は南に向かって全力で駆けだした。

 行く手を阻む樹木は腕の一振りで薙ぎ払う。

 途中で巨大な熊が一頭、立ちはだかったような気がしないでもないが、気にしない。

 樹木と一緒に薙ぎ払っておく。


 とにかく、この状況はいけない。

 こんな状態でシノブ達と顔を合わせたら、またさっきの事がフラッシュバックして、よからぬ状況に陥りそうだ。

 それを回避するためには一刻も早い『沈静化』が必要である。


 とにかく南へ、人目のない場所へと走り続け、森を駆け抜け、やがて大陸中央にできた巨大な湖――俺の作ったクレーター跡地へとたどり着く。

 そこで全力で『沈静化処置』を行い、ようやく一息吐いたのだった。

 なんとも情けない有様ではあるが、長い禁欲生活の影響だから仕方ない。先程のは本当に危なかった。


 俺は自慢の30口径放水銃を収納しつつ、賢者の世界に足を踏み入れたのだった。




  ◇◆◇◆◇



 その熊はユークレスの森にあって、有数の実力者だった。

 巨大な体躯と、無双の剛腕。魔術すら弾く自慢の赤みがかった強靭な毛皮。

 彼の前にはエルフですら震えあがり、時折紛れ込む人間ですら、道を譲った。


 そんな森の暴王たる彼はその日、久しぶりに水浴びを堪能すべく滝壷へと向かっていた。

 数少ない水場であるその地は、獲物の宝庫でもあり、彼の多くの餌場の一つだった。

 水場に住み着いたニジマスを掬い上げ、瑞々しい肉に牙を突き立てる。その光景を脳裏に浮かべ、思わずうなり声が漏れ出してくる。


 そんな愉悦の時間も、一瞬にして消し飛んだ。

 何者かが前方から物凄い速度で駆けよって来たのだ。


 ――自分に挑む身の程知らずが、まだこの森に残っていたのか?


 そう考え、後ろ足で立ち上がって威嚇の構えを取る。

 やがて視界に入った何者かは、一瞬で彼の懐に潜り込み……そして走り過ぎた。


 その日、ユークレスの森の主とまで呼ばれた巨熊は、生まれて初めて――空を飛んだ。


実は洞窟の中にも水場はあったりしますが、諸般の事情で使っておりません。

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