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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第12章 エルフの集落編
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第116話 修行開始


 翌朝、なぜかズボンを下ろされていた俺は、血相を変えて自分達の小屋に戻っていった。


 幸い何事もなかったようだが、このままここに居ては童貞より先に処女を失ってしまう可能性がある。

 しかも、これまた全裸で転がっているバーネットとアロンゾの()()()は、結構な大きさがあったのだ。

 あんなモノをブチ込まれてアヤシイ道に目覚めてしまったら、シノブとリニアに申し訳が立たない。

 ……ちなみにラキアは割とどうでもいい。


 小屋では愛しの仲間(少女限定)たちが集落の食材を使って朝食を用意している最中だった。

 駆け戻って来た俺の姿を見て、シノブは露骨に安堵の表情を浮かべてくれた。


「おはよう。どこへ行っていたんだ、アキラ。心配したんだぞ」

「ほら、大丈夫だって言ったじゃないですか。ご主人に限って万が一と言う事はあり得ませんって」

「いや、でも……バーネットとか、居るし」

「ウッ、そっちは確かに……でも、大丈夫……ですよね?」


 チラリと窺うようにこちらを流し見るリニア。

 俺はその視線に手を上げて応えた。


「ああ、大丈夫だ。危ない所ではあったがな」

「え、本当にバーネットの所に行ってたんですか!?」

「あ、いや……少しあいつ等に用事があってな」

「あいつ『等』?」


 俺の言葉尻を捉えて、リニアが疑問を返す。こいつは本当に抜けているようでいて抜け目ない。

 高レベルの剣技を収めたシノブを差し置いて、バーネットに剣の修行を彼らに頼んだとあっては、さすがに寛大な彼女もあまりいい気分ではないだろう。

 だがこれは俺の矜持の問題である。彼女に習うのは保護者として面目が立たない。ここは是が非でも隠し通さねば。


「ああ、アロンゾも居たんだ。男同士で少し飲んできた」

「本当に何にもなかったんですよね?」

「何にもないってば。同性同士だと気兼ねなく下ネタが飛ばせるから、気楽でいいんだよ」

「別にわたしも気にしませんよ?」

「リニアはその後、下ネタを実行に移すからダメだ」


 これはわりと事実だ。

 なんだかんだと言っても、シノブもリニアも異性である。

 やはり気を使ったり、格好を付けたいと思う意識がどこかに出てしまうのだ。対してバーネットたちは男同士と言うのも手伝って、そういった気遣い無く飲むことができた。

 これは意外と居心地が良かったのだ。奴等の性癖さえなければ、また飲んでみたいと思うくらいには。

 俺が何かにつけてカツヒトと行動することが多いのは、こういう理由もあるからかもしれない。


「ご主人、あの連中も下ネタを実行に移すタイプですよ?」

「ああ、それは先ほど身をもって実感してきた……危なかった」

「尻は無事ですか?」

「安心しろ、セーフだ」


 ズボンを下げられてはいたが、無事なのは確認済みである。

 そんな合間にもシノブはいそいそと朝食の準備を進めていた。歪に切られた果物をサラダに乗せ、厚さにムラのあるローストビーフを切り分けて皿に盛っていた。

 俺はそんな彼女を見て、しみじみと呟いた。


「シノブ、実は不器用だったんだな……」

「き、器用度が低いから仕方ないんだ! それにラキアよりはマシだぞ」

「強化で上がってるはずだろ」

「うぐ、残念ながら、私には調理スキルが無くて――」


 元々シノブは器用さにやや難があったが、その時の料理の下手さ加減は今も継続中のようだ。

 これは彼女がそれを学ぶ間もなく戦場で暮らしていたからだろうが……本来は家族や母親などから料理を学ぶ期間を戦いだけに費やしてきたのかと思うと、実に哀れである。


「まー、ここはお姉さんのわたしに任せるですよ。なにせ百八年の積み重ねがありますから!」

「そこにそれ以上の年月を生きた生物がいるんだが?」

「ん、我か?」


 白子を茹でて軽く塩を振り、サラダとチーズと一緒にパンに挟む作業をするリニアの横から、サンドイッチをかっさらう作業に専念していたラキアを指差して、俺が言う。

 こいつはこいつで魔王と言う立場上、調理する機会はなかったのだろう。基本的に彼女に調理はできない。

 だが、だとすると……昔はどうやって生活していたんだ?


「今はリニアがやってくれてるからいいが、お前昔はどうやって飯作っていたんだ?」

「ウム? 基本的に生搾りだったな。物理的なご飯は野菜とか果物を丸カジリ……」

「配下が居ただろ。そいつ等にやらせろよ」

「あいつ等はダメだ……さらに人間の生肉を皿に乗せて持ってくるんだぞ」

「まさか……食ったのか!?」

「失敬な! 我の好物は精気であって肉ではないのだ!」

「いや、それもどうかと思うが」


 なんにせよ配下も魔物である以上、そう言う事もあるかもしれない。

 結局、ラキアの口に合う物は、生野菜か果物をそのまま頂くしかなかった訳か。粗食な日々を送っていたようだ。

 なんだかコイツも魔王らしくない魔王である。


「そ、そうだ、アキラ!」


 そこで何かを思いついたのか、シノブが唐突に大きな声を出した。


「村の人に聞いたのだが、この森のもう少し奥に滝壷があるらしいんだ。良かったら一緒に泳ぎに行ってみないか?」

「ほう、滝壷……?」


 滝と聞いて胸躍るのは全世界共通の認識ではなかろうか?

 俺も海や川で泳いだことはあるが、滝壷と言うのは初体験だ。


「やはり全裸で泳ぐのか?」

「バカを言うな! ちゃんと水着を用意しているに決まっているではないか!」

「そーですよぅ、可愛いのを用意してるんですよ。ラキアのなんてスゴイんです。紐ですよ、紐!」


 シノブの尻馬に乗って、リニアも泳ぎに誘いに来ている。

 というか、いつの間に用意していたんだ、水着?


「そういえば俺の家、湖のそばだったのに水着とか全然用意してなかったな」

「この集落は滝のそばだから水着とか売っているぞ。それに、アキラが良ければ……その、私は別に……は、裸――」

「あ、でも今日は用事があるから無理だ」


 なんだかモゴモゴと口籠ってるシノブを制して、俺はお誘いをキャンセルした。

 美少女三人と泳ぎに行くのは非常に楽しみなのだが……それはもう、血の涙が出るほどに残念なのだが、今日はバーネットと剣の修行を約束している。

 野郎の約束なんてすっぽかしてもと思わないでもないが、事は俺の矜持に関わる部分だ。ここはグッと我慢の子である。


「そうなのか?」


 あからさまにションボリと肩を落とすシノブ。

 犬耳とか尻尾があれば、それはもう、可哀想なほど萎れていた事だろう。

 まぁ、滞在期間はまだあるのだから、そのうち埋め合わせはしておくとしよう。


「ところでカツヒトは?」

「まだ寝てる」


 あの小僧、図体はデカいくせに食欲と睡眠欲だけで生きてやがるな……





 シノブお手製のサラダは雑な切り口だったにもかかわらず、すこぶる美味であった。

 これは素材の良さのおかげだろう。さすがエルフの集落。野菜と果物の品質はピカイチである。

 そしてこの村にはパンはないので、芋をこねて丸めた饅頭のような食材をメインに、朝食をとる。

 森の中では、麦や米は育てにくいのだそうだ。


 朝食を済ませると、こちらの様子を窺うリニア達の目を掻い潜ってバーネットの元へ向かった。

 俺が何をしているのか怪しんでいる風ではあったが、俺の敏捷さについて来る事はできなかったようである。


「よう、待たせたな」


 小屋の前ではすでにバーネットとアロンゾが待っていた。

 バーネットはアロンゾの用意した模擬剣を装備して完全武装していた。


「遅かったな」

「リニアがこっちを怪しんでいてな。目を盗むのに苦労したんだ」

「ああ、あの子か……気も利くし目聡い子だ。大切にしてやれ」

「いや、粗雑に扱った覚えは……まぁ、いいか」


 思い返せば結構雑に扱っている気がする。

 リニアにはかなり世話になっているのだから、これは少し考えを改めた方がいいだろうか?


「さすがに村の中で剣の修行は目立つからな。こっちにいい場所がある」

「……ハッテン場じゃないだろうな?」

「ハッテン……なに?」


 ハッテン場とはホモホモしいお兄さんたちが、自身の性癖のために頑張る場所である。

 素人が迂闊に近付くと『いいのかい、こんな場所までホイホイついてきちまって?』と疑問形の言葉を発っしながら、有無を言わさず美味しく頂戴されてしまうのだ。

 もちろん、そんな言葉がこちらにあろうはずもなく、首を傾げて見せるバーネットである。


「いや、なんでもない」


 好意でこちらを鍛えてもらおうという相手に、いささか無礼な質問だったかもしれない。

 いや、好意に対して行為を要求してくるかもしれない相手ではあるのだが。


 とにかく、今の俺にはバーネットの指導に頼るしかない。

 彼の後ろを黙って付いて行くこと数分。朝の森の空気は想像以上にすがすがしく、一呼吸するたびに身体の中が綺麗に浄化されている気がする。

 これなら朝の散策を日課に組み入れてもいいかと思いながら、森の奥へと進んでいく。


 あまり長い距離は歩かなかった。村からせいぜい十分程度だろうか?

 それでもすでに集落の姿は見えず、鬱蒼とした茂みが視界を遮る。陽の光すら翳り、少し肌寒さすら感じるようになってきた時、唐突に目の前が開けた。


 そこは森の中にある小さな洞窟の前。その洞窟の前まで連れてこられた。

 その洞窟の前は野生の動物が踏み固めたのか、雑草すら茂っておらず、小さな広場の態を為していた。


「へぇ、こんな場所があるのか」

「この森は起伏に富んでいて地形の変化が激しい。だからこそ、少数民族であるエルフが人間に対抗できるのだ」

「なるほどね、地の利は我にありってか」


 深い森の中で、滝壷や洞窟、滝があるなら川も崖もあるのだろう。それだけ変化の激しい森では軍隊など有効に機能しないだろう。

 かつて小国相手に軍事大国達が苦戦したのと同じ理由だ。


 洞窟前の広場はせいぜい10メートル四方しかない。だがそれとて三人で修業するには充分な広さである。

 よく見ると踏み固められた地面には足跡が残っており、それは想像していた猛獣の物ではなく、人間――もしくは人型の足跡だった。


「基礎をこの広場で行い、それから森や洞窟の中で修練し、自然に適応した戦術を身に付けるのが、俺達エルフの修行なのだ」

「いや、俺はエルフじゃねーし。というか、ここはエルフ達の修行場だったのか」

「森はそのまま俺達の戦場だからな。森で戦うなら、森の中で修業せねば身に付かん」

「まぁ人間でも基礎を学ぶ必要はある。森の戦術を学ばずとも、この広さがあれば、基礎修練をするには支障あるまい」


 模擬剣を引き抜きながら、バーネットは構えを取る。

 ぴたりと静止した剣先。鋭い視線。緊張しながらも各所で脱力が見られる自然な構え。

 それは明らかに素人のそれとは違っていた。


「アキラ、まずは構えてみるがいい。剣を振るのは土台がしっかりとできてからだ」


 今までの温和な声とは違う、緊張感を孕んだ雰囲気に応えるように、俺は模擬剣を引き抜いたのである。


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