第114話 到着
木々の茂みから現れたエルフは筋骨隆々、まさに筋肉もりもりのマッチョマンという風情の体格をしていた。
肩に巨大な金属の筒を担ぎ、迷彩ペイントを身体全体に施した姿は、どこの筋肉俳優かと言わんばかりである。
そんなエルフの男に真っ先に反応を返したのは……バーネットだった。
「ウホッ、良いオト――」
「おい!?」
「あ、いや。ゴホン……アロンゾじゃないか。手荒い歓迎だな!」
怪しいセリフを吐きかけた所で俺がツッコミを入れる。どうやらバーネットはこの男を知っていたようだ。
アロンゾと呼ばれた男もバーネットを見て取ると、肩に担いだ筒を下ろして相好を崩した。
「お前、バーネットか! よく来てくれた」
「おいおい、さっきの挨拶の謝罪は無しか?」
「ああ、今この辺りは緊張していてな。済まなかった。それより、彼等はバーネットの仲間か?」
「そうだ」
「そうか! では歓迎しよう。盛大にな!」
意味ありげな視線でこちらを見つめ、ニヤリと無駄に爽やかな笑顔を浮かべる。
俺はその笑顔に、危険な予感を覚えた。
コイツは……バーネットの同類かもしれない!
「あー、済まない、バーネット。とりあえず紹介してくれないか?」
「おっと、基本的な事を忘れていたな。アキラ、彼はこのユークレスの森のエルフの里の住人でアロンゾ・ポーエル。里の守備隊長でもあるんだ」
「よろしくな!」
バーネットに筋肉エルフの紹介をしてもらう。
こちらに歩み寄り、右手を差し出すアロンゾ。胸の筋肉がピクピクしているのが、おぞましい。大胸筋で挨拶を返すな。
「で、彼はルアダンの町の優秀な鍛冶屋で、アキラと言う。特に手が早くて助かってるよ」
「ほう、『手が早い』のか?」
「……変な意味は無いからな?」
近くで見るとアロンゾの体格は、正に見上げるほどに立派だった。身長は2m近くあるのではなかろうか?
エルフは小柄な体格の物が多いと聞いていたので、あまりにも予想外だった。
「それにしてもいきなり攻撃とは穏やかじゃないぞ、アロンゾ」
「最近、敵の斥候が多くてな。威嚇の魔法にも苦慮しているくらいだ」
アロンゾは木に突き刺さったままの鉄柱を引き抜き、それを金属の筒の中に差し込む。
どうやらあれは鉄柱を撃ち出すための道具らしい。
先がこんもりと膨らんだ大型メイスっぽい鉄柱を差し込んだので、外見が元の世界の映画でよく見かけた対戦車ロケットみたいになっている。
「それは?」
「ん? おお、さすが鍛冶屋だな。この武器にさっそく興味を持ったか?」
「そのスタイルと言い、撃ち出した時の威力と言い、見た事が無いからな」
俺が武器に興味を持ったと知ると、肩に担いでいた武器をアロンゾは気安く手渡してくれた。
「いいのか?」
「構わんさ。それにこの距離では、その武器は有効に使えん」
確かにこの武器は一種のバズーカに近い運用をするだけに、これ程の近接距離では有効に使用できないだろう。
見ると筒の内部には複雑な魔法陣を刻んで有り、それがどうやら鉄柱を撃ち出す原理になっているらしい。
「これは……コイルガンか?」
俺の横から一緒に覗き込んできたカツヒトが、そう呟いた。
こいつはたまに訳の判らない知識を披露するので、油断ならない。
「コイルガン? ああ、レールガンの事か?」
「レールガンとコイルガンは微妙に違うんだぞ、アキラ。レールガンは二本の砲身の間に磁気で仮想砲身を築き――」
「すまん、科学の事はよく判らん」
「……とにかく、電気で筒の中を加速させるのはコイルガンって言うんだ」
「あっ、そう」
なんにせよ、この筒の内部に雷を発生させ、それを筒の内側に這わせる事で推進力を得る仕組みのようだ。
「面白いな。妙に部分的に近代的だ」
「アキラもそう思うか? 俺も少し興味がわいてきた」
「わたしもです。魔法の運用はわたしは専門家なんですけど、こういうのは見た事がありません」
ピョコピョコジャンプしながら、筒の中を覗き込もうとするリニア。
俺はつい、出来心でその筒を頭の上に翳したりしてみた。
「あっ、あっ、ズルいですよ、ご主人! イヂワルしないでください!?」
両手を上にあげて筒を掴もうとする。リニアのジャンプ力なら俺の身長くらい余裕で届くのだが、その頭を俺が片手で押さえているので、飛び上がる事が出来なくなっているのだ。
そんな俺の背後からシノブが軽く一飛びして筒を奪い去り、リニアに渡す。
「大人気ないぞ、アキラ。それにしてもこれ、本当に変わってるな」
「ウム、我もこういう仕掛けは見た事が無いのだ」
「こわい棒とは発想が違うけど、こっちの方が安全そうですね」
見目麗しい女の子3人が、一見卑猥な形の鉄柱を覗き込む様子というのは、少しばかりそそられるモノがある。いや、あるのか?
特にラキアの手付きは意識してやってるんじゃないかと思われるくらい、いやらしかった。
「女の子がそう言うのに触っちゃいけません。特にラキア、お前はわざとやっているのか?」
「え、なにをだ?」
真剣に不思議そうな表情で首を傾げるラキア。どうやら、わざとではないらしい。
本能なのか、あの手付き……サキュバスって怖い。
「それより、こんな所で立ち話もなんだから、里に案内しよう。そっちの馬車が依頼の品か?」
「ああ、紫水晶600キログラムだ」
「それは助かる。この武器は威力は高いのだが、魔力消費が大きくてな」
「……さもありなん」
アロンゾの主張に大きくうなずいたのはカツヒトだった。
この魔導機の仕組みを理解しているのは現状ではコイツだけなので、そのロスの大きさを一人だけ知る事が出来たのだろう。
後で聞いた話だと、艦載用の軍用のレールガンは都市用発電機が必要なほどの電力を消費するのだとか。
携帯用だから多少は少なく済むだろうが、それでも消費は激しいはずなのだ。
とにかく、今は子供も連れている身だ。早く安全なところに移動する事の方が先決と考え、俺達は里に向かって馬車を動かしたのである。
なお、動きの鈍い馬車をアロンゾが強引に引っぱって動かしたので、それまでとは全く違う行軍速度を得る事が出来た。
このパワー、お前に武器は必要なのか?
森の中を進み、一見なにも無い風に見える、巧妙に張り巡らされた柵を抜けると、そこにはまさしくファンタジーと言うような集落があった。
森の木々を有効活用したツリーハウスのような家。
木と木の間を蜘蛛の巣のように張り巡らされた吊り橋。
木漏れ日の漏れる光景と相俟って、幻想的なまでの美しさを醸し出す。
そして、そんな美しい光景の中を行き交う、これまた美しいエルフの少女達。
「これだ! これこそ俺の求めていたエルフ像!」
「アキラ……?」
「マッチョエルフはエルフじゃないんだよ、判るか?」
「とりあえず、すごく失礼な事を言われているのは判るな」
突如エキサイトした俺に、シノブが怪訝な表情を浮かべ、アロンゾが脂汗を流す。
彼には悪いが、その外見ではエルフと呼ぶにはさすがに抵抗がある。
「まずは荷物を卸してもらわないといけないな。外つ国の品はまず長が品定めする事になっているので、知らせてくる。しばしこの広場で待っていてくれ」
「判りました。どれくらいかかるでしょう? できれば娘は先に休ませたいのですが」
「なるほど。だが規律を歪める訳には行かん。椅子と食事をここに運ばせるから、それで勘弁してくれ」
「承知しました。お心遣い感謝します」
アロンゾは木に掛けられた梯子の一つをすいすいと登って、ツリーハウスの一つに入っていく。
森の中にある村なので、地面に接した家は虫や害獣が侵入する事も多いので、こういう村になっていったのだろう。
しばらくすると、エルフのお姉さんが椅子とお茶を運んできてくれた。
外の世界の子供が珍しいのか、クリスちゃんの頭をなでなでして愛でている。
ついでにシノブとリニアも頭を撫でられたのはご愛敬である。侵略を受けている集落にしては人懐っこいな。
「わた、私は子供じゃないので、そう言う事は……」
「わたしは子供なのでお茶菓子ください」
「リニアさん、あなたは私より年上だろう!?」
まったく正反対の態度を見せる二人。彼女達よりメリハリのある体型のラキアは遠巻きに見られるだけのようだ。
エルフにはない巨大な丘陵が、敬遠される遠因になっているのだ。
「リニア、我にも菓子をくれ。人の作る菓子は美味いのだ」
「あー、ゴブリンなんかにお菓子は作れませんからねぇ」
「我の城にはゴブリンはいなかったぞ。せいぜいゴーレムくらいだ」
「ボッチでした?」
「ぼぼぼボッチ違うし!」
他の傭兵達にも茶が振る舞われているが、さすがにいかつい武装した男に近寄る事には躊躇われているのか、カップを手渡すとそそくさと離れていく。
そんな中、微妙に賑わっているのがカツヒト周辺である。
奴の周囲にはなぜか子供が集まって、槍にしがみ付いたり背中から髪を引っ張ったりと、オモチャにされていた。
精神年齢が近い分、良い様に遊ばれているのだろう。
俺もエルフのお姉さんにアタックを掛けてみようと思ったら、シノブに服の裾を掴まれて阻止されてしまった。
しかもリニアの目が少しばかり冷たい。
「いいじゃないか、ちょっと違う花に目が移ったとしても、そう責められる物じゃないだろう?」
「別に、私は特にそういう意味で……ほら、今は仕事中だから……」
「え、シノブはそれでいいんです? この際、序列という物をしっかりとですね。まず手を出すならわたしから――」
「なんでお前が一番なんだよ」
「ご主人、何気にヒドいです!?」
賑やかに振る舞われた香茶を楽しむ。
さすがに森の中で取れる茶だけあって、草の香りがかなり強い。
だがそれが爽やかな後味となって、クセになる風味だった。
シノブとリニアに差し出された菓子も、果物を干したものが主流で、あまり手の込んだものではない。
だが強い果実の甘みは、長旅で疲れた体を癒してくれる。
しかも茶の風味と重なると、また一段違う後味を残すところが興味深い。
「意外にイケるな」
「クセが強いですけど、悪くないですねぇ」
「帰りに少し分けてもらえるだろうか?」
地味にお土産を要求するシノブは、実は食い意地が張っているのかもしれない。
カツヒトはお菓子を頬張った直後に、エルフの子供から襲撃を受け、口に干しイチジクを詰め込まれていた。
さすがの奴も、物量には敗北した模様だ。
久しぶりの客人に賑わう広場に、一人の老人が姿を現したのはその時だった。
「ようこそ、お客人。私がこの集落の長のフーリオと申します」
「あ、私はこの度の依頼を受けました、商人のキオと申します」
すぐさまキオさんが進み出て、挨拶を返していた。
気を抜いていたとしても、この辺りはしっかりしている。さすが旅慣れていると言うべきか。
その後、いくつか言葉を交わし、商談はあっさりと成立した。
俺達も集落で歓待され、しばらくの宿を得る事が出来たのである。
こうして俺達は、エルフの集落にしばらく腰を据える事になったのだ。
とりあえずこれで章の終了とします。
次は一週間ほど間を挟んで、23日からトップランナーの連載に戻ります。