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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第11章 魔神災害北上編
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第111話 再生治療

 ヒドラの被害が街道から逸れている内にと、俺達は急ぎ足で北上していく。

 途中、半壊した集団を見かけたのだが、救助の手を差し伸べても拒否されてしまった。

 むしろ俺達を気にして、今の内に先に行くように促していたくらいだ。


 額から血を滴らせながら、護衛の騎士は俺達に現状を説明してくれた。

 どうやら俺が投げ飛ばしたヒドラが彼等のキャラバンに直撃し、多数の怪我人を出したらしい。

 おかげで俺の心がチクチク痛む。


 彼等はどうやらアロン共和国の精鋭部隊のようで、一般人とその護衛に見える俺達を守るために騎士道精神を発揮したようだ。


「私達は大丈夫だ。それに勇者ウェイル様も付いている」

「ウェイル――!? あの絶圏のウェイルか?」


 騎士達の言葉を聞いて驚愕したのはシノブだ。

 そう言えば彼女は勇者と呼ばれた連中とも戦った事があるのだったか?

 というか、そういう意味ではラキアも戦った事があるはずなのだが、彼女は全く気にした素振りが無い。


「ああ、お嬢さんは知っているのか? もう戦乱が収まりつつあって、彼の方の威名も耳に入り辛くなってしまったと思っていたが……」

「ああ、アロンとの戦では散々梃子摺らせて……いや、ほら。魔王討伐で有名……ああ、その……」


 話を逸らそうとウェイルのもう一つの功績に話を振ったのだが、そっちはそっちでラキアがそばに居たのだ。

 騎士は口籠るシノブを、名前は知っていても詳しくは知らないせいだと勘違いしたようで、手を振って先を急ぐように促す。


「もう昔の事だし、戦争中はこちら側が攻められていたから、あまり目立っていないからね。それより早く先に行くんだ。あの方の事だから心配はいらないと思うが、ヒドラはあの体躯だ。戻ってくると危ない」

「あ、ああ……本当に大丈夫なんだな?」

「私達もこう見えても腕は立つ方なんだよ。あの方の護衛をするくらいだからね」


 胸を叩いて任せろと胸を張る騎士。

 だがその額から流れる血は、まだ止まらない。

 ダメだ、俺の良心疼く。


「ああ、判った。俺達は先に行かせてもらうから、アンタ達も気を付けてな」


 そう言って手を差し出し、固く握手する。

 その瞬間に【錬成】を発動させ、怪我の様子を調べ、深い部分の怪我を修復しておいた。身体を弄った瞬間、触れた手に痺れが走ったのかびくりと腕を動かす。

 そう言えばシノブも【錬成】前の識別を受けた時に、痺れを感じたと言っていたな。


「つっ……、いや、なんでもないぞ」

「痩せ我慢するなって。と言っても、本当に大丈夫そうだから安心したけどな」

「ん? そう言えば少し痛みが引いている?」


 怪訝そうに首を傾げる騎士を置いて、俺達は先を急ぐ事にした。

 その合間にも、何かにつけて怪我人に触れて回り、表面上の傷は残したまま深部の傷を修復しておく。

 いきなり傷が消えたら不審に思われるから、表面だけは治せないのだ。


 こうして俺達は勇者とやらのキャラバンから急いで離れる事にした。

 面識のあるシノブやラキアにとって、勇者本人は相性のいい相手ではないだろうからな。


 俺達はこうして、勇者ウェイルを回避する事に成功したのだった。



  ◇◆◇◆◇



 キフォン郊外。

 元は深い森の一角だったそこは、現在大きく開拓の手が入り、入植者を募っている状況だった。

 そこにいつの間にか、一人の男が住み着いていた。


 人との接触を極力避け、頭と顔を隠すように深くローブを被った姿は、人の出入りが激しいこのキフォンにあっても怪しい空気を醸し出していた。

 更に森の(きわ)をわざわざ選ぶように居を構える男は、さすがに住人たちに不審がられていたのだ。


 だが、ある日、家屋の建築中に起きた崩落事故で大勢の作業員に怪我人が出た時、その男が魔法と薬を駆使して多数の患者を癒して見せたのだ。

 以来、彼は『森に棲む名も無き賢者』として名を馳せる様になっていく。


 そんな男の元へ、さらに怪しい……だが多数の怪我人を抱えた集団が訪れたのは必然と言えるかも知れなかった。


「すまない、ここに怪我を癒してくれる賢者がいたと聞いてきたのだが……」


 扉を乱打して大声を張り上げたのは、ルアダン近郊をナワバリにしていた盗賊団の首領、オルテスだった。

 彼はニブラスでパリオンから森の賢者の話を聞いて、遥々やってきたのである。

 そうしないといけないほどに、コーネロ兄妹の容体は悪化していた。


 顔の半分に両手右足の欠損。

 いくらその都度応急処置の治癒魔法を掛けていたとは言え、怪我が重なりすぎている。

 正式な資格を持った腕のいい術者に治癒してもらわないと、命に関わるほどに、だ。


 やがて扉を叩く音に耐えかねたのか、一人の男が中から顔を覗かせた。

 細く開かれた扉の隙間から見える男の肌は、病的なまでに青白く、むしろ彼の方が癒しを必要としているのではないかと思えるほどだった。


「なんだ、騒々しい」

「スマン、だが急患なんだ。一刻も早く彼等を癒して欲しい。金なら出来るだけの事はする!」


 そう叫んで背後の馬車を指差すオルテス。

 そこにはパリオンが御する馬車が停車しており、幌が付いていないため、乗っている怪我人の様子が一目で見て取れた。

 中でもコーネロ兄妹の容体は芳しくなく、患部から腐臭にも似た異臭が漂っているくらいである。


「これは――酷いな。拷問にでもあったのか? とにかく中へ運べ。悪いがその若い二人が先だ」

「診てくれるのか? 感謝する!」


 部下に命じて急いで二人を運び込ませる。

 診察台に寝かされた二人はすでに虫の息で、いつ事切れてもおかしくないような状況だった。


「まずは傷を塞ぐとして……この手足は義手か? 雑な仕事をしているな。ああ、お前たちは悪いが外に出てくれるか?」


 外に出ろ。その言葉がオルテスには、最後通牒のように聞こえた。

 もう助からないと宣言されたように聞こえたのだ。

 だからこそ、彼は強硬にその主張に反対した。


「待ってくれ。この二人はすでに俺達の仲間と言っていい。だから最期まで面倒を見させてくれ」

「最期? そうじゃない。できれば見られたくない作業をするから、出てくれないかと言っている」

「待てよ、そんな怪しい処置を施すってのか?」

「嫌なら帰ってもらって構わない。だがこの二人はこのままでは長くはもたないぞ」

「そんな命を盾に取るような――クソッ、俺は治せって言ってるんだよ、この場で。俺の目の前でだ!」


 ついに癇癪を起して剣を抜くオルテス。

 長い盗賊稼業で、彼も力に物を言わせる行為が常識と化していた。二人を助けたい想いが強いからこそ、暴挙に走らせたと言える。

 だが剣を突き付けられた男は、まったく慌てず、溜息を吐いてフードを取る。

 その下から現れたのは、ヒツジのような巻き角だった。


「私がこの場を出ろと言ったのは、こういう訳だ。判ったか?」

「ま、魔族……本当だったのか……この目で見ても信じられねえな」

「知っていたのか? その通り、もう引退の身だがな。お陰でまた安住の地を探して旅立たねばならん」

「旅立つ? なぜ?」

「お前達に正体を知られたからだ。秘密という物は、どこからともなく漏れる物だから」

「こいつらを治してくれるなら、誰にも話したりはしない。命に代えても、恩人を売るような真似はしないと誓う」


 オルテスは騎士の礼を取り、魔族に誓う。

 かつては傭兵の身ではあったが、軍属と言う事で貴族と話す事も多かったのだ。最低限の礼儀は心得ている。


「そんな物はいらん。だが、そうだな……ならば助手になってもらうとするか」

「助手だって?」

「私の正体を隠す上で、他人の手があった方が楽な場面も多いのでな。それに敵は人間だけではない」


 魔族は今を持って人間の敵。それが世界の共通認識である。

 そんな魔族がなぜ人を癒して回っているのか、オルテスには瞬時には理解できなかった。

 だがこの男は……かつて南方魔王ガルベスの副官を務めていたこの男は、すでに争いに()んでいた。

 それは魔族から見れば、裏切り以外の何物でもない。人からも魔族からも狙われているのだ。


「まあ、そんな事はどうでもいいだろう。今、重要なのは彼らを助ける事だ」


 そう言って振り返り、傷口に手をかざす。

 すると巻き角が一段と大きくなり、身体全体に燐光を纏いだした。


「おい、一体何をして……」

「我ら魔族は強い力を使う時は角が巨大化して光を纏う。だからフードを被っていたとしても隠し通せぬのだ。だから出て行けと言っていた」

「そ、そうだったのか。すまない事をした」


 コーネロ兄妹の傷を塞ぎながら、事情を説明してくる。

 今では賢者としてもてはやされている男だが、魔族と知られては住民に手の平を返される事は間違いない。

 引っ越す事はあまり苦に感じていないが、感謝された相手に罵倒されるのは……さすがに心に響く。


「助手になる事は引き受けた。そういえば自己紹介がまだだったな。俺はオルテス。元トーラスの傭兵だ」

「……元南方魔王、参謀長。ロメイだ」

「南方魔王だって!?」

「『元』と言った。すでに引退した身だ――この手足は再生では負担が大きいな。容態が安定するまではこちらの義手を使ってもらおう」


 驚愕するオルテスを置いて、手際よく傷を癒すロメイ。

 一旦治療を中断して薬を置いている棚のそばに歩み寄る。そして一番下の引き戸から、壷を一つ取り出した。

 その中から彼が取り出したのは、言うなれば肉の塊とも言える謎の物体だった。


「な、なんだ、それ――」


 あまりにも醜悪な姿に一歩後退るオルテス。だがロメイは一切意に介さず、コーネロの傷口にその肉塊を押し付けた。

 直後、ビクリと跳ねあがるコーネロ。


「ふむ、手が空いているのなら患者を押さえてくれないか?」

「あ、ああ……」


 言われて正気に戻り、急いでコーネロの身体を押さえる。

 だがコーネロの身体は苦痛に悶えている様にも見え、彼の不安は増大していく。


「おい、大丈夫なのか?」

「安心しろ。これは一種の寄生生物で、傷口を補完しつつ神経を繋いで、宿主を生き延びさせる効果があるのだ」

「寄生って――本当に大丈夫なのかよ?」

「遺伝情報から元の姿を読み取って補完するから、負傷前と全く変わらぬ姿に戻れるぞ。それどころか、コイツの力は人間のそれを上回るから、調子は上向くだろうさ」

「だけど、この様子は……」

「これは神経を繋いでいるから起こる現象だ。死んでいたならピクリとも動かん。良かったな、どうやら助かるみたいだぞ」


 全く嬉しそうな表情を見せないまま、そんな説明をしてくる。

 だが押し付けた肉塊は徐々に姿を変え、コーネロの手足へと変形していった。

 それと共にコーネロの痙攣も収まり、呼吸が安定していく。


「……良かった」

「安心するな。まだもう一人いる」


 休む間もなく肉塊をもう一つとり出して、今度はイライザへ押し付ける。

 腕に、足に、そして顔に……恐るべきことに失った髪まで元通りに戻しつつ同化していく肉塊。

 その姿は醜悪ではあったが、オルテスにはまるで奇跡のような光景に見えた。


「すげぇ。賢者、ってのは本当だったんだな」

「そんな称号を授かった記憶はない。こいつはただのキメラの変種で、むしろ私の力が足りんから、こうしていると言える。【再生(リジェネート)】の魔法では、体力が持たなかったかも知れないからな」


 【再生】の魔法は失った肉体すら補完してしまうが、その分被術者の体力消費が激しい。

 衰弱しきっているイライザでは、耐えられない可能性も有ったのだ。


「キメラ? にしては、何の動物にも見えんが……」

「何の動物にもなれなかったからこそ、何にでも混じれるのだ」


 鼻を鳴らして治療を済ませ、再びフードを深くかぶるロメイ。

 こうしてコーネロ兄妹は魔族ロメイの力を借り、またしても生き延びる事が出来たのだった。


コーネロ兄妹は今後別方面で動いて貰いたいので、再生してもらいました。

そろそろ報いも受け終えていい頃合いでしょうから。

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