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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第11章 魔神災害北上編
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第110話 アンサラ北部攻城戦(後)

  ◇◆◇◆◇



 夜半。

 見張りと侵入に対応するための伏兵を配置しておいて、ケルヴィンは久方振りの床に就いた。

 さすがに女は用意できなかったが、手に入った豊富な食糧で腹は満たされている。


「籠城を考えていたのか、麦と干し肉ばかりだったのは残念だったがな」


 数匹の家畜を潰しはしたが、自分だけ新鮮な肉を(むさぼ)っては、部下に不満を抱かせてしまう。

 結果的に干し肉を戻した、いつもより具材の多いスープなどが夕食のメインとなった。


 それでも行軍のため、量を制限しない食事は彼の警戒を緩めるに値した。

 もっとも砦の中に罠は無い事は、すでに確認済みである。

 帝都の屋敷のように羽毛とは行かないが、藁を豊富に使った柔らかなベッドに身を沈め、目を閉じようとしたその時、部屋の扉が乱暴に叩かれたのだった。


「……何事だ?」

「報告します! 砦の南北に敵兵が現れました!」


 声を荒げて報告してくる兵に、ケルヴィンは怪訝な表情を浮かべた。

 砦の南北。つまりこの砦を挟み込むように敵が現れたと言う事は、彼の常識からしてあり得なかったからだ。


「南北? 南だけではないのか?」

「北側にも現れてございます。しかもどこから用意したのか、投石機まで――」


 その言葉にケルヴィンは跳ね起きた。

 この砦の城壁は確かに高いが、投石機の攻撃を防げるほどは、高くない。

 そして砦の本体は粗末な木製なのだ。投石機による城壁越しの攻撃は、大きな被害を出す可能性がある。


「チッ、てっきり隠し通路を使って奇襲を掛けて来るかと思ったのだが……正面から奪還に来たか。跳ね橋を上げろ、こちらの態勢が整うまで、手を出させるな!」


 手早く戦装束を纏い、屋上に出る。

 粗末な砦故に、高さはあまりない。城門の向こうを窺うには、城壁に見張りに立つか、ここの屋上に出るしかなかったのだ。

 そしてその位置ならば南北の城門に配した兵にも声は届く。


 そこから南北の敵兵を確認した限り、敵兵はすでに城門に迫りつつあった。

 まだ攻略には取りかかれていない分、こちらが先手を取れたと見て取り、ケルヴィンは安堵の息を漏らす。


「急ぎ跳ね橋を上げて防戦体勢を取れ! 抜け道の伏兵はその場で待機だ。戦に紛れて侵入してくるかもしれんぞ!」


 目に見える範囲では、南北の兵はそれぞれせいぜい100程度の小部隊だ。

 おそらくはこの砦に駐留していた全戦力なのだろうが、それでは1000を超えるケルヴィンの軍には到底及ばない。


 しかもこちらが守勢である。

 砦の攻略には通常守備側の三倍の兵力が必要とされる。それなのに敵兵は南北合わせても五分の一しか存在しない。


「フン、砦を取られて慌てふためいたか? 兵力差も勘案できんとは、噂の蛇も大したことは無いな」


 従者に水を運ばせ、カップから喉に流し込む。

 眠りに落ちかけていた思考がようやくクリアになっていき、ケルヴィンは防戦の指示を下したのだった。





 南に展開する部隊の中に、傭兵団団長であるダリル本人の姿はあった。

 彼の想定通り、敵将は砦に籠り体勢を立て直す構えを見せている。

 ニブラスより届けられた報では、敵の指揮官はケルヴィン伯爵。堅実な用兵を見せる将軍でもある。


「堅実って事は、大抵こちらの想像通りに動くって事だ。合図、上げろ」


 敵の反応は早く、こちらが城門に取付く前に跳ね橋を上げてしまった。

 これでは砦内部に侵入する事は難しい。


 おそらく抜け道も発見されているだろう――ダリルの想定通りに。


 ダリルの指示に合図の火矢が一本打ち上げられた。

 呼応するかのように砦の反対側からも一本。位置に着いたという合図だ。


「よし――攻略、開始するぞ! 火を入れろ!」


 ダリルの声に周囲の投石機から炎が上がった。

 投石機とは言え、台車に丸太を組み合わせた梃子を乗せた程度の粗末なものである。

 それらの素材は森の中に放置してあった材木群であった。

 ダリルは、あえてバラした状態の材木に偽装して森の中へこれ見よがしに放置しておき、偵察の目をごまかしていたのだ。

  だが梃子の原理で飛ばす以上、頑丈でさえあれば投石の役には立つ。


 そしてその皮布の受け皿に乗せられているのは、油の詰まった樽である。その樽にたいまつを取り付けて、簡易の火炎瓶のように改良したものだった。


「角度、いいな! ()()()()()にしっかり落とせよ? では――放てぇ!」


 号令一下、猛烈な勢いで油樽が放たれる。

 それは狙い過たず、城壁の上に着弾した。


 瞬く間に広がる炎が城壁を包み込む。これは撃ち込まれた樽だけの火勢ではなかった。

 城壁の上部には、前もって油壷を多く配置してあった。それは防御用に使用すると見せかけて、あらかじめ配置しておいた物だ。


「通り過ぎる予定の砦で、わざわざ油を下ろしたりしねぇよなぁ。俺達が取り戻しに来るかもしれねぇのによ」


 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるダリル。

 彼の読み通り、防戦に使える油はそのまま放置されていたのだ。


 続いて第二射。

 これは城壁を超え、内庭の一角に着弾する。

 そこは厩舎が作られており……その餌となる飼葉が大量に残されていた場所だ。


 そして、その近くには隠し通路も作ってあった。

 つまり、伏兵もその近辺に配置されていたのだ。


 たちまち巻き起こる絶叫。悲鳴。

 それは城壁を通してダリル達の耳にも届く。


「オーケィ、きちんと兵を配していてくれたか。いい子だ。投擲、続けろ!」


 伏兵の位置も、前もって判っていればただの的である。

 ダリルはわざと抜け道を作り、発見させ、そこに兵を誘導したのだ。

 燃えやすい飼葉のそばに。


 そして投石の角度は、前もって材木に印を刻んでおいた。

 この印通りの配分で梃子を組み上げ、予定通りの場所に配置すれば、目的の場所に落ちるように。


 第三射は砦一階の貯蔵庫に。

 そこには『燃えやすい麦と乾燥食料』が保存されていた。


 第四射は屋上に。

 そこにも油壷は配置されていた。


 第五射以降は砦本体に。

 あえて粗末な木造で作っておいた建造物は、あっさりと炎に巻かれ始める。


 砦はもはや、防御施設としての役割を果たせず、兵を燃やす煉獄と化した。

 それなのにケルヴィンは出てこない。

 一方的な虐殺は、さらにエスカレートしていったのだ。





 一方、屋上の類焼から辛うじて逃げ延びたケルヴィンは、反撃の指示を出していた。


「なんという奴だ……砦一つ燃やして我らを足止めしようと言うのか? こちらも打って出るぞ! 反撃だ、跳ね橋を下ろせ!」


 通常、防御拠点は奪われたとしても、転用が可能なため、燃やしたりはしない。

 ましてやこの要衝にわざわざ作り上げた物を、二週間足らずで燃やしに掛かるなど、ケルヴィンには思いもつかなかった。


 ヒステリックに反撃を指示するケルヴィン。まだ兵の数はこちらの方が多いのだ。

 狭いとはいえ街道に出てしまえば数で押し潰してしまえる。

 そんな彼の思惑も、あっさりと撃ち砕かれる。


「跳ね橋が……降りません!」

「なんだと!?」

「どうやら城壁の()()に細工が仕掛けられていたようです! 一度上げてしまうと降りないように――」


 この砦を奪った時、ケルヴィンの出した指示は――『砦の内部を詳細に調べろ』という物だった。

 だからこそ、砦の外側に配されたこの罠に気付かなかった。


 それだけではない。

 分解して用意されていた投石機も見つける事はできなかった。

 元々通過するだけの予定だった場所だ。通常、放置された材木が何を目的に使用されるかまでは、調べたりしない。


「アヤツ――気でも狂っているのか! 砦一つと大量の食料と、家畜に油、すべて我らをここに引きずり込むために……」


 進入路の無い砦は、逆から見れば逃げ場のない監獄である。

 そこに誘い込み、火計を持って焼き殺す。それがダリルの執った戦術だった。

 しかもご丁寧に内部の食料も飼葉も良く乾燥されており、あらゆる場所が火種になる様に作られている。

 砦その物すら燃えやすいように細工されていた。


「破城槌を使って跳ね橋を破壊しろ!」

「しかしそれでは――」

「このままだと何もできずに火達磨になるだけだ! 貴様、死にたいのか!?」


 幸いな事に、昼に用意した破城槌はまだ解体していなかった。今も砦の内庭に放置したままである。

 これを使って城門を破り、街道に雪崩出てしまえば数の差でまだ巻き返せる。そう判断したのだ。

 街道は狭いため、その利を活かしきる事はできないが、それでもここに籠るよりは遥かにマシであった。


 だが、それを予期していたかのように、内庭に向かって油樽が降ってくる。

 取り付けられたたいまつに引火し、庭は見る間に火の海と化していく。

 いや、これもまたダリルの予想の内だったのだろう。


 更には内庭へ火に巻かれた家畜たちが乱入し始めていた。

 羽毛や体毛に火の着いた獣が暴走し、さらに被害を深めていく。


 ヤギに羊、そして鶏。羽毛が長く、燃えやすい獣ばかり用意されていたのは、これも計算しての事だろう。


「あの……『蛇』めぇ!」


 それでもこの場に残っていては焼け死ぬだけと言うのは、兵士も理解していた。

 井戸から水を汲み上げ、頭からかぶり、必死の思いで破城槌を動かし城門を破壊していく。


 その光景をケルヴィンは唇を噛み切りながら、見つめるしかなかったのだった。





 破城槌の存在を想定して内庭に油樽を落とした後、ダリルは次の合図を部隊に送っていた。


「よぉし、そろそろ逃げっぞ。合図の鏑矢を放て」


 すでに火の手は大きく育ち、火矢では見落とす危険性がある。

 だからこそ、音を立てる鏑矢の合図を指示する。

 だがそばに控える部下は彼の意に疑問を呈した。その辺りの察しの良さでは、まだまだダーズに及ばない部下である。


「逃げるんですか? 俺達はまだ怪我人すら出てませんよ?」


 通常なら反撃の矢が降ってくる所であるが、城壁には油壷が並べられており、それに引火し、反撃どころの有様ではなかったのだ。

 つまりダリル達はいまだ一切の反撃を受けていない。

 だからこそ部下はもう少し粘る事を進言したのだ。だがその提案をダリルは一笑に付す。


「馬っ鹿、おめぇ……数は向こうのが多いんだぞ。火で減らしたと言っても門を出てくりゃ、こっちの方がまだ少ねぇ。乱戦になりゃ無駄な被害も出るだろ。有利なうちに尻尾巻いて逃げんだよ」

「あ、なるほど」


 元々彼らは傭兵である。

 名誉も威厳も知った事ではないのだ。生き残った者勝ちの世界に生きている。

 それに今回の遠征、アンサラとルアダンから相応の報酬も出ているのだ。無駄に命の危険を冒す必要は無かった。


「ああ、そうだ。こっから南西に川があったろ?」

「ありますね。数少ない水源の一つです」

「第七小隊を使って、上流に毒撒いて来い。散々炙ってやったんだ。連中、真っ先にそこに行くぜ?」

「かかりますかね? あのケルヴィンって敵将、砦の中を真っ先に調べてましたぜ。結構慎重な奴です」


 堅実であり、定石どおりに動くケルヴィンだからこそ、読み切られた行動である。

 だがその判断力も、ダリルによって散々掻き乱されている。


「火から逃げ延びたばかりの油断しきった瞬間だ。毒を仕込まない方が勿体ないってもんだろ」

「それなら背後から奇襲でもかけやすかぃ?」

「こっちのが人が少ねぇって言ってんだろ。俺達が勝ってるのは人手と時間以外だ。わざわざ敵の土俵に乗ってやる必要はない」


 鼻を鳴らしてダリルは(うそぶ)いた。

 アンサラの糧食、ルアダンの資金、キフォンの人材とニブラスの情報。


 やってくるのがケルヴィンと判っていたから、この策を採れた。

 アンサラの糧食とルアダンの資金が無ければ、このような策は不可能だっただろう。

 キフォンの魔術師を派遣してもらわなければ、城壁も作れなかったに違いない。


 完勝ではあるが、まだ紙一重の段階なのだ。

 ここで無理をする必要はない。





 この戦闘により、ケルヴィン伯爵は遠征の撤退を決断した。

 火計により200を超える被害者を出した上に、その後に落ちのびた川辺では、毒により更に倍する被害者を出してしまったからである。

 しかも砦を焼かれた事により、奪い取った糧食はもちろん、運んできた物資まで焼かれてしまったのである。

 家畜たちもほとんどが死に絶え、食べる物も無い。そんな状態では進軍など不可能であった。


 派遣された遠征軍、およそ千。

 生還したのはその6割。

 独立派の被害……0。


 アンサラ北部の独立を巡った戦いは、こうしてあまりにも一方的な結果で幕を閉じたのだった。


明日も更新する予定です。

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