第106話 釣り勝負再び
再開します。
食料問題が一段落ついた所で、俺達はニブラスを後にする事にした。
幸いにして、ワラキアのストリーキング騒動がキオさんの決断に影響を及ぼした事は、想像に難くない。
いや、それ以前にも騒動はあったらしいのだけど、あれがすべてを上書きしてしまったのだ。
なんにせよ、宿で俺の悪評も広まってしまったので……俺は手を出していないのに……ちょうどいいタイミングだったと言える。
ラキア用のサケの白子を大量に仕入れた事で、鮮魚店から変な目で見られた一件だってある。
旅程もやや遅れ気味な事だし、早々にこの町を立ち去る事にしよう。
朝一番に俺はパリオンの爺さんの店を訪れ、約束のノーマルソード+5を渡そうとしたのだが、昨日からどこかへ出掛けているようだった。
今日俺が来ることは判っていたはずなのに留守にするとは、よっぽど急ぐ理由があったのだと判断する。
仕方ないので、冒険者ギルドの支部に寄って、そこで預けておく事にした。
ラキアの食料事情を改善するヒントをくれた礼を言おうと思っていたが、なんともタイミングが悪い爺さんだ。
宿屋前に戻って来たら、すでにほかのメンバーは出発の準備を始めていた。
いそいそと馬車の用意を整える傭兵達から少し離れた場所では、クリスちゃんがどこかで見たような子供と別れを惜しんでいた。
おそらくこの町で仲良くなった子供とお別れしているのだろう。微笑ましい事である。というか、あの子は……トリスちゃんか。漁師の娘の?
彼女の父親には、結構な迷惑を掛けてしまったので、少々顔を合わせるのは気が引けてしまう。
だが、顔見知りと出会ってしまったのなら挨拶くらいはしておきたい所だ。
しかし……やっぱり俺がワラキアである事は知られているのだろうか? その辺が問題である。
「なぁ、カツヒト。あそこに知り合いがいるのだが……」
「ん? あー、トリスちゃんか。久しぶりだな!」
俺が様子を探るように頼もうとカツヒトに声を掛けると、こやつは空気を読まずに大声で彼女を呼び掛けてしまった。
その声でこちらに駆けてくる彼女は、背中にどこかで見たような釣竿を背負っていた。
なんだか湖で落とした竿のような気もしないでもないが……まぁいっか。
「あ、カツヒトお兄ちゃん! それにアキラお兄ちゃんも!」
「お、おう。久しぶりだな。その後の様子はどうだ? 具体的に言うとおっさんの船」
「おとーさんの? うん、大丈夫だよ。津波でちょっと傷んじゃったみたいだけど、最近復帰したの」
無邪気にカクンと首を傾げる様子を見ると、困った事にはなっていないようで安心した。
クリスちゃんも俺達とトリスちゃんの関係を知りたいのか、興味津々の表情で俺の袖を引いている。
「ああ、彼女とは昔ちょっと『冒険者の仕事』で知り合ったんだ。色々あって、お別れせずに俺達が町を出ちゃって……」
「そーなんだ?」
「うん、ほんとーにいろいろあったねぇ。『魔神ワラキアの噂』とか!」
「あわわわ、トリスちゃん。喉乾かないかな? あそこに果汁水売ってる店があるよ! ほらクリスちゃんも行こう」
「幼女に手玉に取られるなよ、アキラ」
「うるさいよ!」
気付いている風ではなかったが、それでもいきなりワラキアの名前を出されて、俺は盛大に慌てた。
その様子をカツヒトに冷やかされながらも、話題を変更するべく近くの屋台へ向かう。
幼女に両手を引かれながら、俺達は果汁水売りの露店に向かった。
今はバーネット達が出発前の点検をしている時間なので、それくらいの余裕はある。
「ところで、なぜ君達も付いて来るのかな?」
「む、私にも奢ってくれるのではないのか?」
「ご主人は小さい子に弱いですからね! もちろんわたしも小さいので奢ってくれますよね?」
「見た事ない飲み物だぞ、我にも饗してくれるのだよな? な?」
うちの女性陣が俺の後ろにカルガモの雛のごとくついて来ていた。
本当に現金な奴らだ。
「お前ら、少し意地汚くないかな? っていうか、リニア。お前が小さいのは体格だけだ」
「こう言う時だけ大人扱いはひどいですよー」
「ち、違うぞ! 私はアキラに食事を奢ってもらうと言う行為自体を求めていてだな……」
「パパー、我にもジュース」
「誰だ、ラキアに変な事を教えたのは!?」
アワアワしながら言い訳するシノブと、手を振り回して抗議するリニア。そしてピョンピョン跳ねながらおねだりするラキア。
跳ね回るな。バインバインしてるから。
まぁ、言うまでもない事だが、こういう事を教え込むのはリニアである。
そんな出発前の一騒動もあったりしたが、バーネット達がようやく準備を終えた。
「それじゃ、そろそろ俺達は行くから。トリスちゃんに最後に会えてよかったよ」
「うん、わたしも。最近釣りをするようになったから、今度来た時は絶対顔を出してね? 釣ってきたお魚ごちそうしてあげる!」
「そりゃたのしみだ。帰りもこっちに寄るから、その時に絶対行くよ」
往復の依頼なので、もちろん帰り道もここを通る。
その時は改めて、トリスとモリス親子に挨拶に行くとしよう。おっさんは怒ってるかもしれないけど。
馬車に戻るとバーネット達はすでに準備を終えていた。
彼らは傭兵として、自身の装備の他に馬車の不具合なんかも調べる作業があるのだ。
馬車としての機能に関しては俺に一任されているのだが、彼らが見るのは馬車の防壁としての効果である。
荒事が始まった場合、内部にキオさん達を匿うので、車体や幌に穴が無いか、前もって調べておくのだそうだ。
「よし異常はないな。そろそろ行けるか? 全員揃っているな。それでは出立!」
バーネットが久しぶりに声を張り上げ、ニブラスの北側の門から町を出る。
このまま湖畔沿いを北へ進み、湖のちょうど東側にあるクロルの町へ向かう予定だ。
傭兵達は例によってアヤシイお店に出入りしていて、妙にツヤツヤしている。ついでにシノブ達女性陣も妙にツヤツヤしていた。
どうやら白子のフリッターは美肌効果がかなり高いようだ。強化した分もあるので、その辺の効果も上がってしまったのだろう。
秋口の涼しい空気と、湖畔沿いの爽やかさも相まって馬車の足も軽快に進む。
予定より大幅に距離を稼いだ所で、昼食を取る事になった。
休息に選んだ場所は、湖に面した砂浜に繋がる街道で、少し道を外れるだけでキャンプが楽しめそうな地形だった。
馬車は砂浜に入ると車輪が砂に取られて、身動きができなくなってしまうので、街道脇の樹木に固定しておく。
そのままでは盗まれる危険性があるので数人で見張りには付いておくが、残りは湖畔でキャンプを楽しむ事にした。
キャンプと言っても、元から野営の旅である。やる事自体はいつもと変わらない。
しいて言えば町を出たばかりなので、少々食事が豪華な事くらいだ。
大きめの石を組み合わせ、カマドを作って薪を突っ込み、シノブが【点火】で火を着ける。
その上に網を敷いて、比較的日持ちのしない一夜漬けなどの魚を焼くことにしたのだ。
「ついでにそこで釣りでもやってみるか?」
部下に一夜干しの干物を焼かせながら、バーネットが釣竿を取り出し、そんな事を言い出した。
これに敏感に反応したのはカツヒトである。
「ほほぅ、俺に釣りで勝負を挑むと言うのかね?」
「いや、勝負は挑んでないんだが……」
「いいだろう、その挑戦、受けて立つ!」
「だから勝負は挑んでないと」
この展開はなんだか懐かしいモノがあるな。
考えてみれば俺はあの時、カツヒトに釣りで敗北したままだった。
「ここでリベンジすると言うのも一興だな……しかしバーネット。竿を用意しているとか、お前も用意がいいな」
「水辺沿いを旅する時に、竿の有る無しは大きいからな。食費が一食浮くんだぞ?」
「そういう考えか」
いかにも旅慣れた傭兵らしい考えである。
予定していたコースが湖沿いなのだから、前もって竿を用意しておけば魚が釣れる。
そして、万が一旅の途中で食料が尽きた時でも、補充できるかもしれないのだ。
用意してない方がおかしかったのかもしれない。
「よし、カツヒト。いつぞやのリベンジだ、一勝負するぞ」
「そうこなくてはな!」
俺は予備の竿をバーネットから買い取り、カツヒトと水際へ向かう。買い取ったのは、今後俺も竿を使う機会が増えるかもしれないと思ったからだ。
ルアダンで俺の住む家は山の中腹にあるが、その山の頂上を超えれば、向こう側は湖である。
簡単に釣りに行ける環境でもある事だし、竿を用意しておいても損はないはず。
ついでに俺専用の竿にするため、こっそりと+99の強化を施しておいた。
女性陣は一夜干しのバーべキューに興味津々である。
まだまだ色気より食い気なのだから、子供と言われても仕方ない所だ。
俺とカツヒト、それにバーネットの3人は水際に立って竿を振る。
ここで馬鹿力を発揮して水面を叩いて津波を起こすような間抜けな真似はしない。俺は学習するのである。
竿を振る前にこっそり闇影の鯉口を切り、弱体化を掛けておいたのだ。
それでも俺とカツヒトの竿はとんでもない速度を出して、針を飛ばしていく。
「お前ら、実はすげーんだな……」
バーネットに倍する距離を飛ばした俺達を見て、呆然とつぶやく。
これは筋力の強化値のおかげなのだが、まぁ称賛は受け取っておこう。
しばらくカツヒトは竿先を細かく動かしたり、針を落とし直したりしてポジションを探っている。
俺はと言うと、そんな細かいことは判らないので、じっくり待ちの体勢だ。
やはり経験の差が出たのか、10分もするとカツヒトは一匹を釣り上げる。
だがそれは食用に適さないフナだった。食べれない訳ではないが、味が良くない種類だったのだ。
続いて釣果を上げたのはバーネット。
カツヒトから遅れる事5分程度で、同じく小さなフナを釣り上げている。
「ここはあまりいい獲物がいないのかもな」
「そうかもな。もしいいポイントなら、もっと人がいてもおかしくない」
町からほんの2時間ほどの距離である。
これほどバーベキューや釣りに適した湖畔ならば家族連れが遊びに来ていてもおかしくない。
だが周囲には人っ子一人いない、寂しい光景が広がるばかりだ。水辺だというのにカモメはおろか、カラスすら存在しない。
閑静な浜辺には打ち上げられた倒木程度しか見当たらない。遠くには何かが這いずった跡が残されているが……這いずった跡?
「おい、バーネット。あの痕跡は何だ?」
「ん? おい、ちょっと待て……あれは……」
バーネットが100m程度離れた場所にある、巨大な何かが這いずった跡まで近付いていく。
その手はいつの間にか剣を抜き、周辺を警戒していた。
「水際に……足跡、だと? それもこの大きさは……」
そばにバーネットと言う比較対象ができた事で、ようやく俺はその跡の異常さに気が付いた。
デカい……足跡だけでバーネットの身長に匹敵する。
しかも尻尾のような物が引きずった跡を刻んでいる。まるで巨大なトカゲか何かが這ったような跡だ。
「まずい、この足跡……ヒドラだ!」
「なんだと!」
「うおっ!?」
バーネットがが緊迫した叫びを上げ、カツヒトが驚愕した直後、俺の竿に巨大な『アタリ』があった。
その引きはシーサーペントを彷彿とさせるほど強力で、俺は半ば水に足を突っ込んで、ようやく耐える。
「な、何だ? シーサーペント並みだぞ、この引き!」
「まさか……また釣り上げたのか、アキラ!?」
「ははは、まさかそんな――」
そういいつつも、俺をずるずると水の中に引き込もうとする何か。
もちろん、水の中に引き込まれては、いかな俺とて不利は否めない。バーネットの見立て通りヒドラだとすると、俺程度のサイズなら丸呑みすら有り得る。
もちろんその程度では俺は死なないし、そうなったらなったで、腹をぶち抜いて出てくればいいだけの話ではあるが……
「わざわざ汚れ役になるのも馬鹿らしいか。ふんぬぅ!」
俺は気合一閃、釣竿を全力で引っ張り、一本背負いの要領でその『何か』を釣り上げた。
その勢いはシーサーペントよりも遥かに激しく、自ら引っこ抜かれた巨大な影は遥か彼方へと飛んでいく。
かろうじて見えた影は、首が八つあったように見えた。やはりヒドラで間違いはなさそうだ。
「お、おい、アキラ――あれはさすがに拙いんじゃないか?」
カツヒトがそう言ったのは、ヒドラと言う非常に危険なモンスターを遥か彼方に放り投げてしまった事である。
足場がしっかりしている分、シーサーペントよりも飛距離が出たようだ。
「……ま、まぁ……どうせ、俺達の進行方向にあるし……」
俺は脂汗を流して、目を逸らす。
幸い次の町はまだまだ先なので、町中に被害が出ると言う事はあるまい。
「どうせ水辺を生息地にしているモンスターだし、こちらへ戻ってくるだろ。そうなれば俺達とかち合うから、その時に討伐すればいい……よな?」
「アキラ……お前という男は……」
一連の騒動に気付いたシノブ達がこちらに駆け寄ってくるのが見える。
どうやら俺は、また正座させられる事をしでかしたらしい。今回は不可抗力を主張したい。
台風が来ているので、お昼更新です。
天丼(同じギャグを2回繰り返す手法)って定番だよね?