第104話 食料事情
カツヒトと紫水晶を買い出し、【錬成】でこわい棒のベースを作ってから、宿に戻ってシノブが魔力を注入する。
ここまでは何の問題も無く完了した。
サイズもそう大きな物ではないので、順次箱に梱包していく。
木箱一つに30本、総計10個を作ってルアダンのダリル砦に発送すれば、この仕事は完了である。
郵送に関しては冒険者ギルドが請け負っており、それなりの額を払う必要があるが、護衛も付くので安心だ。
その郵送代金もバーネットとの交渉で着払い――すなわち、ダリル持ちと言う事になっている。
これがあれば砦での防衛戦が有利に運べるとバーネットが判断して、大量一括購入に到ったのだ。まいどあり。
出来上がった商品をシノブとカツヒトが【アイテムボックス】に収納して、後は発送だけである。
俺はリニア達に合流すべく、彼女の部屋に向かった。
そして中から聞こえてくる、悩ましい声。
「こ、これは……サキュバスって女同士もイケたっけ?」
「待て、アキラ。その鍵穴から中を覗ける」
「ナイスだ、カツヒト!」
「なにを言っているんだ、お前達は!」
シノブがエキサイトする俺とカツヒトの頭を叩いて、叱責する。
「彼女の――その、そういう行為は、食事なのだろう? リニアさんが今まさに食べられていると言う事だぞ!」
「食べられているな、性的に」
「彼女は私達の中でも体力が低いんだ。耐えられなかったらどうするんだ!」
確かに小人族であるリニアの体力は、他種族に比べてかなり低めだ。
だがそれも、大幅な強化によって引き上げられ、そこらの戦士すら圧倒する生命力を持つに到っているのだ。しかも指輪による強化もしてある。これくらいなら大丈夫だろう。
シノブは心配顔で部屋に飛び込み……俺はシノブも巻き込まれないかなぁ、なんてゲスな妄想に走りかけていた。
「なぁ、これって俗に言うNTRってやつ?」
「俺に聞くな」
傍らに取り残されたカツヒトに、暢気にそんな事を聞きながら、俺はシノブの後に続いた。
ラキアも一応俺に恩を感じているのだ。命に関わるような事はすまい。もし死んだら折檻なんてレベルで済ませないし。
部屋に入った俺に、服を乱したリニアが飛びついてきた。
ラキアはほとんど全裸に近い状態で、シノブに取り押さえられている。
「けぷ。リニアもなかなか美味であった」
「うえぇぇぇん、ご主人。わたし穢されました!」
「安心しろ。お前はヨゴレだから」
「ヒドイ!?」
非処女のロリババァ担当がいまさら何を言っているのか。
それはそれとして、ラキアには言っておかねばならない事がある。
「ラキア、どうしてこんな真似をした?」
「だってアキラは吸うなって言ったじゃないか。だからリニアから吸わせてもらったのだ」
「今度から吸う時は、俺の監視下で吸いなさい」
「ご主人、そうじゃないでしょう!」
今回ばかりはリニアが本気で怒っている。まぁ、当然の事と言えるが……
だが、これでラキアについてはっきりした事もある。
こいつはつまり、悪意の無い害獣と同じなのだ。
お腹が空けばご飯を食べる。その結果、人に被害が出る。そこにラキアの悪意は存在しない。
彼女にとってそれは、単なる食餌行為に過ぎないのだ。
だが、ラキア本人には悪意は存在しないので、これは注意してやれば治せるはず。
「冗談だ。お前の食事に関しては俺が手を打っておくから、無差別に人間から吸うのは今後一切禁止する。それができないなら放り出すからな?」
「むぅ、アキラが手を講じてくれるのならば納得しておく。だが、あまり待たせてくれるなよ」
「了解した。俺は手が早いので有名なんだ」
そこで俺は周囲からひそひそと声が聞こえて来るのに気が付いた。
どうやらリニアの嬌声を聞きつけて、部屋から顔を出している他の宿泊客が会話を聞いていたらしい。
「おい、あの男……あんな小さな子に喘がせて、しかも手が早いって自慢してるぞ?」
「鬼畜だわ、紛う事なき鬼畜だわ……」
「しかも美少女ばかり引き連れて……爆発しろ」
「するとあっちの少年にも手を出すのかしら? 出すに決まってるわよね」
「これは創作が捗るわ! 次の即売会はこれで行きましょう」
またリニアのせいで悪評が広まってしまった……いや、今回はラキアのせいか。
後、この世界にも即売会はあるのか?
とにかく、ここに居続けるのは外聞が悪い。
さいわい発送する荷物はすでにカツヒトとシノブの【アイテムボックス】に収納してあるので、まずはギルドへ逃げて、ほとぼりを覚ますとしよう。
逃げるように冒険者ギルドにやってきて、カウンターで発送作業を行った。
受付のお姉さん……そう、この町の受付はお姉さんなのだ! ルアダンのムサいおっさん受付とは違うのだ。
まぁ、そのお姉さんに書類を整えてもらい、事務的な手続きを終える。
「護衛の冒険者ですが、どれくらいをご希望しますか?」
「え、どれくらいって?」
「腕の方です。やはり腕の立つ方を指名されますと、少しお値段の方も高くなってしまいますけど」
「あー、そういうこと。普通のだったらどうなります?」
「至急依頼で応募した、無難な経歴の方が護衛する事になりますね。こちらの表で言うと、これくらいでしょうか?」
この町に登録している冒険者のリストを持ち出し、指で中間辺りを囲い込む。
よく見るとガロアの名前がほとんど最上位に位置している。あいつは本当に腕利きだったんだな。
「発送先がルアダンですので、できるならこの辺りの方に受けてもらった方がいいとは思いますが」
今度はその少し上の辺りを指で示す。ほっそりした指が実に美しい。
ルアダン近辺にはアジトを持つ盗賊団も多く、それを潰すためにダリル傭兵団が巡回までしているくらいである。
ここを通過するのだったら、腕は高い方がいいだろう。
なにせ、運ぶ品が品である。盗賊に奪われて悪用されてしまったら、大変な事になる。
「じゃあ、その辺でお願いします。指綺麗っすね」
「うふふ、ありがとうございます。では、このランクで発注しておきますね。お値段は銀貨で100枚ほど上乗せになりますが?」
「じゃあ、それで。受け取り先のダリル傭兵団が出してくれる予定ですので」
「ではギルドカードの提示をお願いします。受け取り拒否になった場合はお客様の負担になる事をご了承ください」
「了解っす」
俺は書類にサインをしてからギルドカードを提示する。その会員番号を書類に転記して、発送処理が終了した。
「それでは、またのお越しをお待ちしております」
「仕事以外で来てもいい?」
「それはご遠慮ください」
「ち、流されたか」
手続きを終えたお姉さんは丁寧にこちらに一礼してくる。
その所作に俺は思わず見とれてしまった。
誘いを受け流すやり取りといい、仕事の出来具合といい、実に大人である。
俺のそばにいる女性と言えば、箱入り少女とか、騒々しいロリババァとか、歩く食虫植物みたいな魔王だ。
こういう大人の女性とは縁遠い存在である。
俺がしばらくお姉さんに見とれていると、シノブが尻をつねり上げてきた。その頬袋をパンパンにした秋口のリスのように膨れている。
リニアも背後から、膝の裏をガスガス蹴ってきた。
まったく、コイツ等と来たら嫉妬深くてイケない。そう思いつつも、それだけ慕われているのかと実感して顔がにやけてくるのだった。
その時、入り口の方から俺に向けて声を掛けてくる者がいた。
当の本人であるバーネットである。
「よう、アキラじゃないか。総出でどうかしたのか?」
「ああ、バーネットか。今、お前んところに『例の品』を発送したばかりなんだ」
「そりゃ手間をかけたな。あ、お姉さん、保証金はこっちで出すから」
バーネットは受付のお姉さんに金貨の入った袋を差し出す。
先に補償金を支払っておく事で、受け取り拒否の負担がこちらに回る事が無くなるのだ。
「そういや聞いてるか?」
「なにをだよ?」
「昨夜、この町で魔神ワラキアが出たらしいぞ? なんでも家畜を盗難して下半身裸で町中を走り回ったとか?」
「勘弁してくれ……」
おそらく昨夜の裸で逃げまわった事が広まってしまったのだろう。
だが俺は家畜ドロなんてしてないぞ。悪い事を全て俺に擦り付けるのは止めてもらいたい。是非にだ!
そんな事を考えている俺を背に、カウンターで補償金を支払うバーネットを見て、ラキアが背中にしがみ付いてきた。
なぜかカタカタ震えているような気がする。
「どうかしたのか?」
「う、うむ……あの者の放つ気が、な。どうにも相性が良くなくって……」
こいつは商隊に加入する際にバーネットとも一度顔を合わせている。
その時はこんな感じじゃなかったというのに、どうしたのだろう?
「前はそんなじゃなかっただろ。なんかあったのか?」
「おそらく……」
「ん?」
「美食が祟ってしまったのだろう」
「はぁ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう俺。幸いと言っていいか、バーネットも受け付けのお姉さんも、他の冒険者達も俺の方には注意を払っていない。
そんな俺に構わず、ラキアは説明を続ける。
「一度アキラやリニアの味を知ってしまうとな。今まで普通に吸っていた一般人の精気が、とんでもない粗食のように思えてきて困る。前にも一度こういう事があったのだ」
「つまりなにか? お前は昨夜俺の気を吸って、今日リニアの気を吸った影響で――」
「意図せずグルメになってしまったようなのだ。特にあの男……我とは相容れぬ嗜好を持って居る様子」
おお、神よ。魔王がグルメに目覚めてしまいました。
だがまぁ、これも考えようによっては好都合と言えるかもしれない。
これでラキアは、俺達以外から精気を啜る事は無くなったのだ。逆に言えば、今まで以上に俺が狙われる事になるのだが。
それと、彼女がバーネットを忌避する理由は、おそらく奴がゲイだからだろう。しかもハードな方だ。
この様子では傭兵団を彼女の餌にする案は、不可能かもしれない。そうなると仲間を食料に差し出すか、俺が人身御供になってしまうのだろうか?
「なぁ、ラキア。お前の言う『精気』って一体どんな感じなんだ?」
上手く行けば、【錬成】で食料の代替品をつくれるかもしれない。
問題はそのイメージさえ入手できれば、の話だが。
「んー、こう、ふわーっとしてもわーっとして……ぐぐーってくる感じ?」
「全く判らん」
この調子では、代用品の製作は難航しそうだ。
俺は溜息を一つ吐き、彼女がバーネットと揉め事を起こす前に、ギルドを後にしたのだった。
この章は後2話で終了です。ラキアの食料問題を解決したところで一旦切ります。