第102話 ワラキア、再臨
一部性的な含みのある表現がございます。苦手な方はご注意ください。
とにかく、お互いの立ち位置を認識できたことで、話を再開させよう。
部屋の隅から自分の席に戻ったラキアは、再びホクホク顔でクリームパイを頬張っている。
時折シノブが分け前を貰っているのが、姉妹みたいで可愛いらしい。
「それで? お前はどう見ても『魔王』って柄じゃないと思うんだが、どうしてそう呼ばれるようになったんだ?」
「む? あー、それか。昔の私は天空城と呼ばれる城を持っていたのだが、そこに近隣の人間を隔離したのだ」
「なんでそんな真似をしたんだよ?」
「だって、人間って放置すると怖いじゃないか。だからきちんと監視の目の届く場所に隔離しようと思ったのだ!」
「するな!」
話に拠ると、彼女は宙を飛ぶ島に城を作り、そこに人間を隔離して監視していたそうだ。
ところが島に連れ去られた人間は、飛ぶことができないので、自力で戻る事が出来ない。
いつまで経っても戻らない人々を見て、『天空城の主は人間を食らっている』と勘違いされて、魔王認定を食らったらしい。
間の悪い事に、ラキアは魔族の中でも力の強い淫魔族で、さらに種族の中でも飛びぬけて強力な個体だった。
そして飛び抜けてアホの子だったのだ。
気が付いた時には四方の魔王達と人間は熾烈な戦闘状態に入っており、その戦火は天空城近隣にも及んでいた。
そんな状態では人間を返す訳にも行かず、保護するつもりで隔離を続けていたら、勇者と名乗る連中が乗り込んできて、ボコにされてしまったのだ。
「我も何もしなかった訳じゃないぞ。きちんと他の魔王達を和平に導くために交渉に赴いたりもしていたのだ。その際に倒された場合の事も考えて復活の手続きを踏んでおく事も薦めておいたのだ」
「つまり、今魔王共がポコポコ復活しているのは、あなたの箴言のせいですか!」
「ん? 我以外の魔王が復活しているのか?」
リニアのツッコミにラキアは心底不思議そうに首を傾げる。
そういえば南方魔王とやらが復活したと騒ぎになっていたはずだ。
「南で一人復活してるって話だぞ?」
「南天か? 確かに奴は真っ先に倒されたので、そろそろ復活していてもおかしくない時期だと思うが……我の強力な魔族を探知する魔法に反応が無いのだ」
おかしい。世間一般で広まっている噂と、ラキアの魔法による探知が食い違っている。
いや、そもそも世間一般の噂とやらが当てにならないのは、身をもって知っている訳だが。
「でも南の砂漠で炎の壁が立ちはだかって、討伐軍が進軍できなかったそうですよ?」
「迂回すればよかろ?」
「それができないくらい、広範囲に広がってるんです」
リニアはラキアと情報をすり合わせ、南方魔王とやらの復活について考察している。
この件に関しては、その時点で召喚されていなかった俺やシノブは問題外である。
「それがおかしい。奴は五大魔王の中でも最も武に偏った脳筋。そんな大出力な魔法を使えるはずがない」
「ですが現実に……ん? 大出力?」
何かに気付いたリニアが、ギギギ……と音が聞こえるような仕草でこちらを振り返る。
「ご主人。炎の壁って確か半年くらい前ですよね? あの頃、砂漠で魔法の訓練をして気を失っていた記憶があるのですが……なにか、やらかしました?」
「え? ……確か【天火】の魔法を使って、砂漠が燃えた」
「そ、それだー!」
リニアは俺の鼻先に指を突き刺し、絶叫した。
やめろ、身長差のせいで鼻の穴に指が入っているじゃないか。俺は挿されるより挿す方が好きだ。
「人前で鼻に指を突き刺すのはヤメロ。なにが『それ』なんだ?」
「南方魔王とやらは復活していなかったんですよ。つまり、ご主人が【点火】を暴発させた影響で、復活したと思われていただけで!」
「なんだ、いつものアキラか」
あれから半年ほど経過して明かされた驚くべき事実に、シノブは平然と納得して見せた。
「シノブ、なにげに失礼な事を言ってないか?」
俺がいつになく棘のある態度を取るシノブに、そう指摘してやると、シノブはプッと頬を膨らませた。
「だって、アキラはどこかに出かけるたびに面倒を引き起こすだろう? 今回だって、ラキアを拾って来たし」
「そりゃ、不可抗力だって言ったじゃないか。彼女を見捨てる訳には行かなかっただろう?」
「それは判っているのだが、美少女ばかり拾ってくると言うのが気に入らない……」
「あっ、あっ! シノブとやら、それ以上はやめるのだ」
ブツブツと呟きながら、ラキアのクリームパイをザクザクとスプーンで突き刺す。
その度に形を崩すパイに、ラキアは悲しそうな顔をして悲鳴を上げていた。
これはあれだ。『ちょっと気になるお兄さんが彼女を連れて帰ってきた』的な心境なのだろう。
いわば嫉妬である。カワイイものだ。
ここは後で食事でも奢ってフォローしてやるのが、年上の余裕だろう。心のメモ帳にそう記述しておく。
「まぁ、それは置いておくとして……じゃあ、南の魔王とやらは復活していないのだな?」
「むぅ、それがおかしいのだ。奴はわたしよりかなり早く倒されている。他の対策を取らなかった魔王と違い、そろそろ復活していてもおかしくないはずなのだ」
「もうすぐって事かも知れないじゃないか。前もって対策が取れてよかったな」
「復活した瞬間、待ち構えた軍隊に攻められるのか? 南方魔王とやらが可哀想になってきたぞ」
次第に遠慮が無くなってきたシノブは、ラキアと残ったパイの争奪戦を始めていた。
彼女は甘い物やジャンクフードの絡みになると、意外と容赦ない。
対するラキアもそのズバ抜けた敏捷度でシノブの侵攻を押しとどめようとするが、彼女は致命的に不器用だった。
戦いが終わってみると、ラキアの前に残されたのは、クリームの無くなったクリームパイだけである。
「おおぅ……シノブは容赦ないのだ……」
「うっ……アキラを独占した罰だと思っていただきたい」
少し頬を赤くしながら、そう嘯いてみせるシノブ。視線が泳いでいる所を見ると、やりすぎたと反省しているのだろう。
だが、話は大体済んだと言っていい。
例えラキアが魔王だったとしても保護することに変わりはない。こんな非常識な奴は野に放ってはおけない。
というか、むしろ監視の目が必要なのは、人間ではなくコイツだ。
「ま、監視だろうが保護だろうが変わりはないか。非常識な力を持つアホの子を野放しにはできない」
「なんだか今、すっごくご主人に『お前が言うな』って言いたくなりました」
「だが一つ見落としている事があるぞ、アキラ」
俺に辛辣なツッコミを入れるリニアと対照的に、深刻な表情でシノブは告げてくる。
「ン、他に何かあったか?」
「彼女の……ラキアの食事についてだ」
「それは特に問題ないだろう? 食料の備蓄はまだまだある」
というか、牛6頭に馬がまだ100頭分くらいあるのだ。
食料を買い出しに行くのは、俺の非常識な【アイテムボックス】容量をごまかす為である。
「違う。彼女はサキュバスだ。つまりその……食料とは……」
次第に顔が赤くなるシノブ。そこまで言われて俺は、はたと気が付いた。
サキュバスの食料。すなわち異性の……
「……あー、何も問題はないだろう?」
「アキラ、さては彼女に……!」
「いや、待て! 確かにそれは非常にうれしい事態ではあるが、思春期の少年少女を保護するお父さんとしては、それを認める訳には行かない。いや、俺が大丈夫だと言ったのは俺やカツヒト以外にも食料はある的な意味だ」
この商隊は商人親子二人に護衛十人。そして俺達五人で形成されている。
俺達が食料に適さなくても護衛達を食べればいいじゃない。あいつら、ホモだけど。
「バーネット達がいるだろう? 死なない程度にだったら存分に吸ってもいいぞ」
「そ、そうか。彼等がいたか。それなら別にいいか」
「シノブ、お前最近地味にヒドイな?」
「えっ、そうだろうか?」
あっさりとバーネット達を餌に差し出すシノブに、俺は自分で提案しておいて戦慄を感じざるを得なかった。
これが女の本性なのか……
「む? シノブ。悪いがその提案は飲めない」
「なぜだ? 彼らは言っちゃなんだが……その、精力は強いぞ? 町ごとに色町に出かけるくらい」
「知っていたのか……」
出掛けた先がシノブにバレていた事を知って、背筋が寒くなる。
となると、俺がクジャタで連行された事も?
「ああ、アキラがクジャタで様子がおかしかっただろう? だからバーネットさんに聞いてみたんだ。お尻が無事でよかったな」
「答えるなよ、バーネットぉ!?」
真面目なシノブがどんどん汚れていく様を見て、俺は叫ばざるを得ない。
今後、彼女の身の回りには、特に気を付ける事にしよう。
結局、この日はこれで話し合いは終了となったのである。
商隊へのラキアの加入は、予想外にあっさりと認可された。
サキュバスである事は伏せていたので、新たに帽子を購入して、頭の角と背中の羽を帽子とマントで隠すようにしておいた。
この買い物にはリニアとシノブが一緒に付き添い、あれやこれやとオシャレな帽子を見繕ってくれた。
新たな着せ替え人形の存在に、彼女達は大いに張り切ってくれたのだ。
そして華やかな女性の参入ともなれば、商隊リーダーであるキオさんが断るはずもない。
二つ返事で了承してくれたが、ラキアの美貌にヤニ下がる父親の姿に、父の威厳は大いに暴落していた。
クリスちゃんも父に幻想を持つ年頃だったのだ。
それはさておき、今日はこの町で一泊する予定である。
ラキアの存在で央天魔王の脅威は全く持って消え去ったと言っていい。
だがそれをキオさん達に告げる訳には行かないし、先を急ぐ旅でもないので、今日の所はベッドのある寝床で寛がせてもらう事になったのだ。
さすがに個室という訳には行かず、俺とカツヒトが同室になっている。
リニアとシノブ、そしてラキアの三人も別の部屋で同室だ。
リニアが子供サイズだからこそできる荒業である。
そして深夜。
俺はカツヒトの目を覚まさないように、足音を忍ばせて部屋を出た。
原因は言うまでもあるまい……荒ぶる30センチ砲である。
俺はそのまま女性陣の眠る部屋――の前を通過し、一階へと降りる。
そして宿の裏口の鍵を外して、裏庭に出た。
そこには目的地たる……井戸があるのだ。
そこに到着すると、俺はいそいそとズボンと下着を脱ぎ棄て洗濯しにかかった。
つまり夢でお漏らししたアレヤコレヤの後始末である。この歳になって……泣きそう。
「最近、処理してなかったからなぁ……」
ポツリと切ない事を口にする。
その時、宿の中から何者かが現れた。俺は反射的に衣服を隠し、振り返る。
「何者!?」
「くふふ、ごちそうさま」
そこに居たのは、リニアとラキアである。
ラキアは満足そうに、リニアは不機嫌そうな表情をしている。
その一言で今回の現象が、俺の中で一気に繋がった。つまり今夜の夢精の原因は……
「お前か、ラキア!」
「彼女がご主人に夜這いを掛けようとしていたので、わたしは止めたんですよ……」
「リニアがどうしてもダメだっていうから、淫夢を見せる事で間接的に吸わせてもらったのだ。効率は落ちるし、味もイマイチになるのだが、リニアの言う事ならば仕方ない」
「あくまで妥協案ですからね! ご主人の『初めて』はわたしがもらうんです!」
「うむ、順番なんて我はどうでもいいぞ? なんだったらシノブの後でも構わない」
「お前ら……人をごちそうみたいに……」
怒りに拳を震わせる俺に、リニアは平然とこちらを指差した。
いや、正確には俺の股間である。
「ご主人、わたしは別に構いませんが、ラキアの前でそれを晒すのは些か不味いかと。涎垂らしてますし、彼女」
そう言われてようやく気付く。
俺は今、ズボンとパンツを洗濯している。
それはつまり、下半身はすっぽんぽんと言う事で……しかも、夢の内容が内容だったので、激しく臨戦態勢を取っていたのだ。
「どちくしょおおぉぉぉっぉぉぉ!?」
俺は洗いかけのズボンで前を隠し、その場から逃げ出したのであった。
その夜、ニブラスの町で下半身を晒して爆走する変態が出没したらしい。
これも魔神ワラキアの奇行として処理されたのだが、あながち間違ってはいなかったのだ。