第101話 お持ち帰りのその後で
――こわい。
宿に帰った俺の女性陣への第一印象がこれである。
この世界において、かなり上位の……いや、おそらくトップの能力を持つはずの俺の背を、冷たい汗が流れ落ちていく。
その原因は、間違いなく連れ帰ったラキアにある。
美少女と腕を組んで宿に入った途端、宿のロビーでくつろいでいたシノブ達がこちらを発見。
そして、俺の状態を見て、俺は天国の感触を享受する立場から地獄の視線を受ける立場へと転落した。
「あー、その……よう、シノブ。作業の方は一段落ついたのか?」
「アキラ、見慣れない女性と同伴しているようだが、彼女は?」
俺の問いには答えず、あまりにも不機嫌な気分を隠そうともせずに、そう問い返してくる。
その頬は見る見る膨らみ、まるで子供のような表情になっていく。
「あ、そうだ、その……彼女は……えーと、ちょっと町で知り合って――」
「宿に連れ込んだんですか?」
「違うわ! 人聞きの悪い事を言うな!?」
いつものように茶々入れをしてくるリニアだが、その声にはやはりいつもと違う刺々しさがある。
主人が新しい女を連れ込んだ訳だから、奴隷ヒエラルキーなるモノを重視する彼女にとっても、タダゴトで済ます訳には行かないのだろう。
俺はラキアの腕を引いて、彼女達が据わっていた席に連行していく。
ラキアも俺の誘導には特に逆らわず、テーブルに据えられていた椅子の一つに腰かけた。
これでテーブルに常備されている四つの椅子がすべて埋まった訳だ。今はそれどころじゃないけど。
「ゴホン。彼女の名前はラキア。門の近くでうろついていたのを保護した」
「保護?」
「俺が見た時、彼女はその……泥だらけの上に裸でいてな。判るだろ?」
女が一人、泥に塗れて全裸で町中を彷徨う。
それは、そうしなければならない状況に陥ったと言う事だ。
察しのいいリニアならば、その程度の事は容易に判断できるはずである。
「もしかして……乱暴された、とか?」
「俺はそう判断したよ。だから『保護』した」
シノブも過去の経験から、そういった場面を目にする事は多かったので、理解してくれたようだ。
彼女の目からは険が消え、同情のような感情が浮かんでいる。
当のラキアはメニューを手に、従業員に香茶とパンケーキのセットを注文しているが。能天気に。
「あ、それとこの、クリームパイも注文していいか? 我は食べた事が無かったのだ」
「ああ、遠慮せず食え」
ワラキアの悪評すら届かない田舎から出てきたのだから、こういったデザートを食べた事が無くても当然だろう。
そんな俺を他所に、リニアは切り札を問答無用で切っていた。
「ちょっと失礼………………?!」
彼女はそういったきり、目を見開き、硬直してしまった。
目の前で手を振っても反応しないくらい、驚いている。リニアのこういう態度は新鮮だな。
「って、ご主人――なんてモノを拾って来たんですか!?」
「ん? ああ、【看破】を使ったのか?」
そういえば彼女はあらゆる偽装を見抜く【識別】の上位スキルを持っていた。
言われてみれば、俺も【識別】くらいは使っておけばよかったか。だが、むやみな【識別】は余計な騒動を招くと、リニア本人から釘を刺された経験もある。
ここら辺の釣り合いを取るには、俺は少々経験不足と言わざるを得ない。
リニアに言われて、改めてパンケーキを口に運ぶラキアを【識別】する。
すると、そこには――
◇◆◇◆◇
名前:ラキア=ナイトミスト 種族:サキュバス 性別:女
年齢:0歳 職業:魔王 Lv:MAX
筋力 9999
敏捷 9999
器用 1
生命 9999
魔力 9999
知力 1
精神 9999
スキル:
【アイテムボックス】
【全属性魔法】 Lv99
【全魔法範囲化】
【魅了】 Lv99
【床上手】 Lv99
【淫夢】 Lv99
【吸精】 Lv99
◇◆◇◆◇
「これ、アカンやつや!?」
「今更ですかっ!」
俺の絶叫にリニアがツッコミを入れた。
いや、その気持ちは判る。今回ばかりは何で最初に【識別】しておかなかったのか、不思議なくらいである。
おそらくは、彼女の美貌に見惚れ――いや、【魅了】されていたのかもしれない。
きっとそうだ。そう言う事にしておこう。
っていうか、なんだこのバカな能力は。
全能力が9999ならまだ判るが、器用と知力だけきっちり1になってやがる。
俺は思わずラキアの顔を見つめ……ちょっと前のめりになった。
その蜂蜜の付いたスプーンを、犬のようにぺろぺろ舐めるのはヤメロ。しかも妙に性的に。
俺の視線に気づいたのか、シノブもラキアの食事風景に目をやる。
そこで俺が少し前屈みになった理由を察したのか、自分のスプーンを手に真似をしようとしていた。
「シノブも対抗するな。というか、あれを真似るのはやめておけ」
「ん、なんでだ?」
「なんでって……」
シノブとラキアではセクシャルなアピール能力に天地の差があるのだ。
彼女が真似をしても、幼児が食器を舐めているような印象しか受けないだろう。
それより、俺はようやく今自分たちがいる場所について思い到った。
ここでラキアが魔王であると告げた日には、町中大パニックである。まずはどうにかして、密談できる場所に移動しなければならない。
「主人、悪いが個室、借りるぞ?」
宿の主人に俺はそう声を掛け、個室へと移動する事を提案した。
俺の声に対し、主人はテーブルに駆ける面々を一瞥してから返事を返す。
「いいけど……変な事に使うなよ?」
「使わねーよ!?」
確かに俺以外は、美幼女、美少女揃いなので、密室に入ればそう言う事をいたす疑惑が沸く気持ちは判る。
いや、実はリニアはそれなりに、スタイル自体は良かったりするのだが……全体が小さすぎて子供な印象しか受けないのだ。
「よし、みんな移動だ」
「え、まだクリームパイが来てないぞ? せめて一口だけでも――」
「いや、個室に運んでもらうから! とにかく今は一刻を争う事態だから!」
「それを『保護』してきたご主人が言いますかねぇ?」
「俺は不可抗力を主張したい」
誰だって美少女が悲嘆にくれた顔で地面にうずくまってたら、手を差し伸べるだろう?
特に男なら! 誰だってそうする。俺だってそうした。下心があった事は否定しないが!
半ば引きずるような形でラキアを個室に連行していく。
ちょうど運ばれてきたクリームパイをリニアが受け取り、個室に運んでくれたので、彼女も誘導されるようについてきた。
ラキアの筋力で抵抗されたら、少しばかり困った事になっていたかもしれないのだ。
俺の方が筋力は12倍程度上なのだが、それでもこの世界の住人にとっては怪獣が至近距離で暴れるようなモノである。
今の所、彼女は俺に対して従順なので、非常に助かっている。
個室に入り、厳重にカギを掛け、リニアがチョロチョロと部屋中を走り回って、盗聴の危険を調べ上げる。
全てクリーンである事を確認してから、俺はラキアに問いかけた。
「さて、ラキア――」
「ん、なんだ? さてはアキラも欲しいのか? 仕方ないな、一口だけだぞ?」
そう言って俺に差し出されるスプーンには、クリームがたっぷりと乗っかっていた。
この宿のクリームパイには、様々な種類のフルーツが刻み込まれているので、食べる場所によって味が変わるのだ。
俺は反射的にスプーンを口にしてしまい、それを見たシノブが『あー! あー!?』と、なぜか抗議の声を上げていた。
そんなシノブを見て、ラキアはシノブもパイを欲しがっていると判断して、その口にスプーンを突っ込んでいく。
俺が舐めたままの奴を、だ。
シノブは問答無用でそれを舐めさせられ、硬直していた。愛い奴である。
いや、今はそれどころじゃない。
「いや、それより……ラキア、お前、魔王だな?」
「ぎく、な、なんのコトだ? わわわわわ我が、そんな偉大かつ強大にして至高たる存在であるはずが無かろう?」
「偉大とか言ってる時点で語るに落ちてる!」
スパンと頭を叩いて、弁解を黙らせる。
一般人ならば、この一撃で頭部が地面にめり込む程度の威力だったのだが、彼女はクリームパイに顔を突っ込んだ程度で済んだ。
期せずして食べ物を粗末にしてしまい、ラキアは恨めしそうな視線をこちらに送る。
「あ、悪い」
俺は彼女の顔をタオルで拭い、クリームパイは【錬成】で元に戻しておく。
素材は元々あるので、形を整えるだけでいい。今更、魔王相手に能力を隠すのも馬鹿らしいし。
見る見る姿を取り戻すスイーツを見て、ラキアは幼児のように顔を輝かせた。
「と言うか、話が先だ。お前は魔王……おそらくは復活したと言う央天魔王で間違いないんだな?」
「むぅ……この状況では言い逃れできぬか。いかにも、我こそ央天魔王ラキア=ナイトミストである!」
ババンと胸を張って――むしろ主張させて宣言した。
だが確証が取れた所で、俺としてはコイツをどう処理したものか、頭を悩ませる。
おそらくこれほどの能力、倒せるのは俺くらいのモノだろう。
この世界の人間の、およそ500倍近い能力。英雄クラスと比べても100倍近くはある。
シノブやカツヒト、リニアならば、抵抗する事は出来るだろうが、それでも倍程度は能力が違う。勇者と呼ばれた連中は、よくこんなのを倒せたものだ。
そもそも倒せると言っても、俺にその気があまり沸いてこないのだ。
彼女には毒気と言うか害意と言うか、そういった悪意がほとんど存在しない。
それはこの短い期間の付き合いからも、充分判断できる。
その彼女を、魔王と言う一点だけで討伐してもよい物かどうか、俺は頭を悩ませる。
だが、その俺の背を押してくれたのは、魔王宣言で最も驚いていたシノブである。
彼女はラキアが魔王を宣言した時、顎が外れると思ったほど大きく口を開けて驚いていた。
だがしばらくして立ち直ると、いつも通りの対応でクリームパイを二人でつついていたのだ。
「なんでシノブは驚いていないんだ?」
「いや、すごく驚いたぞ。でも魔王だろう? でも、魔神と一緒に旅をしている私達が、今更驚くのもおかしい気がして」
「魔神!? あのトーラスを滅ぼした魔神か! ニブラスにシーサーペントを落とし、津波を巻き起きした、あの!? アキラが?」
「ヤメロ、俺の古傷を抉るな」
今度はラキアが俺の正体に驚き、席を立って部屋の隅で頭を抱えて震え出した。カリスマガードという奴か?
その態度は魔王としてどうなのだろう。
「まさか、我をこんな所まで連れ込んだのは、ライバルである我を暗殺する目的で!? エッチな事するつもりなのか、薄い本みたいに? よし、ドンと来い!」
「いや、何のライバルだよ? つーか、しねーよ」
「そうか」
口にした本人が残念そうな顔をするな。
だがその行動を見て、俺は確信した。こいつは俺と同類なのだ、と。
悪意無く周囲に災厄をバラまいてしまう、そういう不運に付き纏われた存在なのだ。彼女は。
この時点で、俺は彼女への警戒心は雲散霧消していたのである。
あっさりバレました。当然ですねw




