第100話 交わらない思考
なんだか慌てた様子だったが、ラキアは無事に身体を洗い終えたようだ。
マントを羽織って自ら上がった彼女はさすがに少し寒そうである。
「あ、悪い。髪を拭くタオルを忘れていたな」
いまだポタポタと雫を垂らす髪を見て、俺は慌ててタオルを取り出して彼女に渡す。
このタオルというのは意外と使う場面が多いので、いつも持ち歩いていたりする。
「すまないな、なにからなにまで。我はどう恩を返していいのか……」
「気にするな。つらい目に遭った時は一人でいない方がいいからさ」
トーラス王国を滅ぼした後の俺は、何もする気が無くなって一日中ぼうっと過ごすだけの日々を送っていた。
そんな時、救難活動に来ていた兵士や村人達に声を掛けられて、少なからず気分が晴れた事を覚えている。
気分が落ち込んだ時に一人でいると、際限なく落ちていくのだ。
男に乱暴された直後の彼女ならば、尚更だろう。
「そうだ、ラキアは一人旅をしているんだったな?」
「ん、そうだ」
「目的地が無いんだったら、俺達と一緒に来ないか? ほら、俺は男だから君の事はよく分からないけど、仲間には女性もいるから――」
心のケアは女性の方がいい、そうはっきり口にするのは少し憚られた。
事件を思い出すような言動は、今は避けた方がいいかもしれないからだ。なんというか、微妙な心遣いと言うのは俺は苦手だし。そもそも男だし。
「い、いいのか! 我は一文無しで、食料だって持ってないんだぞ?」
「今いる商隊が女は二人……いや、三人しかいなくってさ。彩りが増えるのは大歓迎だよ。しかも全員子供サイズだし」
リニアにクリスちゃんは言うに及ばず、シノブだってかなり小柄である。
ラキアもそれなりに背は低いが、そのスタイルは大人の魅力を充分に発揮していた。
「そ、そうか……その、できれば落ち着ける場所に着くまで世話になってもいいだろうか? 我は田舎で畑を耕して暮らすのが理想なのだ」
「ああ、あの生活は良いなぁ。俺も昔、畑を耕していたよ」
一年だけだがな! あの+30を施した畑、いまはどうなっているんだろう……雑草とか、すげー繁殖してるだろうな……+30だし。
「では、ぜひお願いする! こんな何もかも見通される町は御免だ。できれば魔王の噂のない所がいいぞ」
「そうだな、見透かされるというのは恐ろしいからな。見境なく軍隊に喧嘩売るなんて、俺でもできんよ」
「我はそんな事しないぞ? 本当だからな!」
「当然だろ」
こんなか弱い少女が軍隊に喧嘩売るなんて、想像もできない。
マントの前を肌蹴て、握り拳で抗弁してくる彼女の手を下げさせ、前を合わせて隠す。至近距離で見る裸体は、あまりにも破壊力抜群だ。
触れた手の感触は小さくて細くて、柔らかくて……虫すら殺せそうにないじゃないか。ヤバイ、ちょっと興奮してきた。
「と、とりあえずは服を何とかしないとな。金の事なら心配するな、こう見えても結構稼いでいる。それに商隊の事も心配はいらないぞ。ルアダンの町で出入りしている商人で、身元ははっきりしているんだ」
そういえば彼女は、こちらの商隊の身元すら確認しようとしなかった。
もし俺達が奴隷商人とかだったら、どうするつもりだったのだろう? これはよほどの箱入り娘か、お人好しに違いない。
シノブと似たような意味で、目の離せない娘だ。
「服まで買ってくれるのか!」
「当たり前だろ。仲間に紹介するのに裸で連れ帰ったりしたら……俺の金山がアッパーで破壊されてしまう。いや、壊れないけど」
リニアの低高度アッパーは、非常にピンポイントなポジションに命中するのだ。
彼女もその程度では、俺がダメージを受けないと知っているので、隷属の首輪も反応すらしてくれない。
いや、そろそろ外してやってもいいんだけど。
「アキラ、感謝する! ほら、なにをやっている、すぐ行こう! 今すぐ行こう!」
俺の腕を引っ張りながらピョンピョン跳ね回るラキア。
そのおかげで、マントの裾や隙間から、色々見えてしまっているじゃないか。
刺激的な光景に、頭や身体各所に血液が集中していく。
これだけ魅力的な少女が、これだけ無防備だと、襲われるのも判る気がする。俺は血の気を下げるため、そのまま湖に飛び込む羽目になったのだ。
自慢の30センチ砲は隠すには不向きなのだ。
ラキアを連れて、ニブラスの町の古着屋をめぐる事になった。
別に新品の服をあつらえても良かったのだが、彼女には至急衣服が必要だったのだ。
仕立て屋では少しばかり時間が掛かる。吊るしの服を着せるには、彼女の背は低過ぎ、それに比べて胸が大き過ぎる。
一緒に買い物して気付いたのだが、彼女の故郷の風習なのか、ラキアは非常に露出の大きな服を好む。
特に胸元の開いた服を好むため、身長差のある俺からすると谷間などが見えてしまい、刺激が強すぎるのだ。
そこで少し強引だがジャンパースカートのような感じのワンピースを着せて、開いた胸元はマントで隠させることにした。
靴も活動的な踵の低い物を選んで、履かせておく。これから先は旅の仲間になる訳だから、ヒールのような靴を履かせる訳には行かないのだ。
彼女は露出を好み、あけすけで、そして身体的接触も激しい。
これはパーソナルスペースが極端に狭いせいなのだろうが、この美貌で纏わりつかれては、勘違いする男も多かろう。
そういった勘違いから、彼女の悲劇は発生した可能性だって有るのだ。
「ラキア。君は少し人との接触を制限した方がいい」
「ん、アキラは我と引っ付くのは嫌なのか?」
背の低さから自然とそうなるのだろうが、その上目遣いは非常にヤバイ。
そしてその顔の下に開いた谷間も、凄くヤバイ。前で手を合わせているからサイドから挟まれて、すごく強調されている。
この娘は色んな意味で無防備すぎる。そりゃ、事件に巻き込まれる訳だ。
「そういうのを勘違いする男も多いって事だ」
「ちっ、【魅了】の効果は薄いのだな。意外と精神力が高い……いや、これほどの力を持つ男なのだから当然か」
「何か言ったか?」
「なんでもありませんわ、オホホホ」
ボソボソと何かをつぶやくラキアだが、ここは潔く俺と距離を取ってくれた。
これ以上引っ付かれると、また頭から水を被らねばならなくなるところだ。
いつかは色々お相手してもらいたい娘ではあるが、事件に巻き込まれた直後に『それ』を要求するほど、俺は鬼畜ではないのだ。
その後、着替えを五着ほど見繕い、替えの靴や下着も用意してもらった。
更に化粧品や鏡なども女性には必要だと思ったので、そういった店も回る。
シノブ達は幼さが勝った顔付きなので、化粧品などの必要性はあまりないと思うのだが、彼女の場合は多少手を入れた方が、更に魅力が増す。
薄い褐色の肌と相まって、幽玄な美しさを発揮するのだ。
残念ながらしばらく旅を続けることになるので、実用性重視な着替えのチョイスになってしまったが、そこは彼女も納得してくれている。
金を出すのが俺と言う事もあって、微妙に気を使ってくれているのだろう。
そうして半日かけて彼女の身なりを整え、宿に戻ろうとしたところで、その言葉が俺の耳に飛び込んできた。
「――魔神ワラキアが、またこの町に……」
「まぁ、半年前にここから去ったのじゃなかったの?」
「それがまた……ほら、詰所の近くのゼッツさんのところ、泥棒に入られたでしょう? あれがそうらしいわよ」
「そういえば、ニケさんと頃の羊泥棒、まだ犯人が捕まっていないわね」
「マイズノーさんのところも牛が盗まれたそうですわね」
そんな会話に思わず耳をそばだてる。
俺の仕草にラキアも興味をひかれたのか、耳に手を当てて、聞き耳を立てている。
一通り聞き終わったラキアは、キラキラした瞳で俺を見上げて、こう言った。
「アキラ、アキラ! 魔神ワラキアって何者だ? 悪い奴なのか? そうか、そうなのだな!」
「よせ、俺にその名を聞くな!?」
思わず頭を抱え、その場にしゃがみ込む。
その俺の行為をラキアは何かと勘違いしたようだ。
「そうか……アキラもそいつに被害を受けた事があるのだな? なんという――」
「お嬢さん、魔神ワラキアってぇのは、この町で暴れた魔神の名前なのさ」
俺の派手な行動が人目を引いてしまったのか、通り掛かりの商人らしき男がラキアに話しかけてくる。
いや、ラキアの美貌ならば、あわよくばお知り合いになりたいなどと言う下心があったのかもしれないが。
「暴れた?」
「ああ、湖に住むシーサーペントを町のど真ん中に落としてな。そのあと津波も起こして、この町は危うく滅びかけたんだ」
「ほほぅ……それはヒドイな」
「しかも二年前はトーラス王国を一夜にして滅ぼしているんだよ」
「トーラスが滅びたのか!? そういえば、ここに湖なんてなかったはず……」
「それだよ! ワラキアが起こした大爆発で、数十キロメートルに渡って陥没したんだ。そこに水が溜まって湖になったのさ」
「なんと! それほどの力を持っているのか」
ラキアの無知振りから、ワラキアの名も知らぬ田舎から出てきたばかりの少女と思い、詳細を吹き込む商人風の男。
やめてくれ、それ以上俺の悪評を吹き込むな。
かと言ってここで止めるのも、あまりにも不自然。俺はしゃがみこんだまま、黙って聞くしかなかったのだ。
ああ、ラキアの足は綺麗だなぁ。見上げると際どい所まで見えるので眼福である。全部見た事あるけど。
「ほら見ろ、アキラ! 南方の軍の壊滅はきっとそ奴の仕業に違いないぞ。央天魔王はなにもしていなかったのだ!」
「いや、それは魔王の仕業さ。だってイリシア様がそう仰ったんだから」
「な、なに!?」
驚愕に染まるラキア。
そこで俺はふと思い出したが、正確には央天魔王復活とだけしか、イリシアとやらは告げていない。
だがあまりにもタイミング良く復活したために、あの騒動は央天魔王の仕業と考えられているのだ。
世間の判断でも、魔王の仕業と思われている。それ程のタイミングだったのだ。
「そんな……我、なにもしていないのに……」
「お嬢さん、ひょっとして……」
「ヒッ、な、何の事じゃ!?」
訝しむような商人風の男の問いに、ラキアは引き付けのような声を上げて反応する。
彼女は派遣軍に、何か因縁があるのか?
「――ご家族が南方派遣軍に?」
そう結論を出した商人風の男に、俺はなるほどと納得した。
家族――おそらくは父親が派遣軍に取られ、生活の糧を無くした彼女は旅に出た。
そう考えれば、彼女の旅慣れぬ風体も納得がいくのだ。
「え、あ? そ、そうなのだ!」
汗を大量に流しながら肯定するラキア。よほど心配なのだろう。
だがこれ以上彼女の心労を増やすのは、あまりよろしくない。
彼女は無体な被害を受けたばかりなのだ。
こういう時は同性に慰めてもらった方がいい。
俺はそう判断して、彼女を一刻も早く宿へと案内したのである。
ゼッツ(ZETTs)さん、ニケ(NIKE)さん、マイズノー(mizuno)さんが、野盗の被害に遭った様です。




