第99話 魔神 meets 魔王
少し巻き戻して、side的に処理してみました。
ようやくニブラスに辿り着いて、俺達はそれぞれの準備に入った。
この町は、街と呼べるほどではないが、結構大きな町だ。それだけにクジャタなどよりもはるかに多く情報が集まってくる。
ましてや遠見の巫女と言う重要人物のおかげで、アロン共和国や独立派からも重要拠点と見られているのだ。
魔王は人間を憎むという噂なので、極力人の多い場所を避けての移動をしてきた。
ここ数日は半ば世俗から切り離された旅を続けてきているので、その穴埋めはぜひともやっておきたい。
旅人にとっては情報というのは命に関わるモノも多いからだ。
情報収集に優れた人物が治める町だから、偽情報の取捨選択も容易い。しばらく途切れた情報を補填するのに、これほど都合の良い場所はないだろう。
「本当は先を急ぎたい所ですが、央天魔王復活となれば急ぐのも危険が多い。この町でしばらく情報を集め、安全を確保してから先に進もうと思う」
バーネットは冷静にそう判断を下し、キオさんに同意を求めていた。
キオさんも、ここで先を急ぐリスクを天秤にかけ、バーネットの提案に同意している。
「そうですね、先を急ぐ利点は特にありません。ですが情勢は流動的です。場合によってはすぐにでも旅立てるようにはしておきたいです」
「それには反対しませんよ。では、各自出立の準備を整えた後、待機と言う事で」
「了解!」
隊員達がその命令に敬礼を返し、各々の準備に散っていく。
キオさんは保存食と水の確保、バーネット達傭兵は武器の整備と……まぁ色々な処理。
リニアやシノブですらこわい棒を生産するための作業に入る。カツヒトは馬の手入れを受け持っていた。
もちろん俺も、馬車の整備と言う仕事があるのだが、これは一瞬で終わらせることができる。
「……と言うか、こっそり馬車の耐久度を上げておいたから、そう簡単には傷まないんだよな」
せいぜい馬車+3程度なのだが、それでも強度が三割ほど増しているのだ。
やや急いでこの町に入ったとはいえ、それほど傷んでいる訳ではない。
「あー、キオさん。俺は整備に必要な資材を整えてきます」
「それでしたら、私も一緒に行きましょうか? 値引きさせますよ」
「いえ、物を自分の目で確かめたいので、結構時間が掛かります。そこまで手を煩わせる訳には」
殊勝な事を言ってはいるが、本音はニブラスを見学したいだけである。
この町は以前寄った時、たった二日だけで逃げ出す羽目になったので、ほとんど町の中を見学していないのだ。
それに噂の美少女領主も目にしておきたい。
そんな訳で俺は足取り軽く、ニブラス見学に出かけたのである。
あわよくば、溢れ出すリビドーを処理してくれるお店など見つかるか? とも期待しながら。
町中を散策しながら、そこらの露店商人と話を交わす。
聞こえてくるのはやはり央天魔王復活の騒動ばかりだ。中には魔神ワラキアと混同したような噂もあるが、これは仕方あるまい。
俺がこの町で騒ぎを起こしたのは、ほんの半年前なのだから。
「噂じゃ、南方のファルネアの派遣軍も、央天魔王に薙ぎ払われたらしいぜ」
「へぇ、そりゃ大変だなぁ。そいつも面倒を起こしてくれる」
「ほんとになぁ。魔神ワラキアと言い、央天魔王と言い、面倒事ばかり起きやがる。まぁ、この町は巫女様が災厄を予見してくれるから、多少は安心だけどな!」
満面の笑みで俺にコロッケを渡してくる露天商。
だが彼の主張には、少しばかり反論するべき点がある。
「でも前回の津波騒動は予見できなかったんだろ?」
そう、俺が起こした騒動は彼女には予知できていない。
だから彼女の知覚範囲も万全という訳ではないのだ。
「そりゃ、街の住人には被害が無かったからだろ。広場が破壊されちまったが、シーサーペントの素材で収支はトントン、いや、プラスなくらいだ」
「なんだ、じゃあワラキアも面倒ばかり掛けているって訳じゃないのか」
「それとこれとは話が別さ、兄さん!」
壊さずに済むものを壊した訳だから、町の住人の恨みもそれ相応と言う事らしい。
どうやら俺は、この町でも敵を作ってしまったらしいのだ。
「それはそれとして。おっちゃん、アレやコレやな感じの店とか、知らない?」
「あん? ああ、兄ちゃんも男だからなぁ。そりゃ処理しておかないとヤバい事もあるってか? でもこの町はほら……巫女様を奉ってる訳で、そういう店は肩身が狭いんだよ」
「巫女様は潔癖症なのか?」
「そりゃ、年頃の女性だしさ。男に幻想を持ったりするじゃないか」
「あー、それか……」
シノブが俺に幻想を持ってるようなもんか。そう考えると大っぴらに店を構える訳には行かないよな。
「まぁ、門の近くなら、そういう店もあるんじゃないか?」
「そっか。じゃあそっち行ってみるわ。サンキュな」
「サン――? なに?」
「ありがとって意味さ」
そう言って俺は門へ向かって歩き始めたのである。
溢れ出すリビドーを処理してくれる店を探していたら、溢れ出すリビドーをぶつけられた哀れな少女を見つけてしまった。
ああいう店は町の門近くが多い。
これは中央付近は広場になっていて、家族連れが多くたむろしており、また領主の館が近いので、そういう違法な店は設置しにくいという点が一つ。
もう一つは非合法な店が多いので、いざと言う時に街から逃げ出しやすいようにと言う点が一つ。
さらに外からやってきたいろいろ持て余してる連中が、一刻も早く処理できるようにと言うのが一つ。
そういう理由から、奴隷商や風俗店などは門の近くに作られる事が多いのだと言う。
俺もそんな話を聞いていたので、門のそばまでやってきた訳であるが、そこで全裸でうろつく、薄汚れた少女を発見してしまったのだ。
泥に塗れてはいたが、それでもハッキリと美少女と判るほどに美しい顔の造作。完璧と言っていいスタイル。
これほどの美少女が乱暴な輩に出会ってしまったら、なにが起こるかは想像に難くない。そして見た所、それは起こってしまったのだろう。
彼女は虚ろな表情で街中をキョロキョロと見回し、やがて怯えたように頭を抱え、地面に倒れ伏してしまった。
「……うあああぁぁぁぁ!?」
ぶつぶつと何かをつぶやいた後、慟哭のような嗚咽が漏れ聞こえる。
まるで心を引き裂かれるかのような悲哀。
俺はその声を聴いて、居ても立ってもいられなかった。
すぐさま少女に駆け寄り、マントを羽織らせてやる。
「いくらなんでもその格好は目の毒だ――」
「お? ああ、すまぬ。恩に着る」
俺の照れ隠しにも近い言い訳に、彼女は気丈にも平然と答えて見せた。
だが俺の目には先程の悲痛な仕草が焼き付いている。
彼女は今、助けが必要なのだ。
そして彼女は身体を洗う場所を求めた。それを聞いて俺は少しばかり頭を悩ませる。
以前訪れた時、この町では風呂は一般的ではないと武器屋の親父が言っていた。
確か、風呂に入るくらいならば、湖で水浴びした方が早いのだとか。
そういう都合もあって、彼女には湖での水浴びを薦めておいた。
だが、彼女は俺に見張りを頼んできたのだ。
考えてみれば当然かもしれない。男に乱暴された彼女が、野外で安心して水浴びをできるはずもない。
マントを掛けた程度だが、自分に情けを施した男を頼りにしてきても、それは仕方ない事なのだ。
俺はラキアと名乗った少女と連れ立って、湖の畔へ向かう。
そこは船を寄せる港ではなく、水浴びを楽しめるような浜辺になっている場所だった。そこで手頃な岩陰を見つけ、彼女に体を洗うように指示した。
俺は岩陰に隠れて、周囲に不審者が現れないか見張っておく。
もちろん彼女にも異変が無いか見張っておく。
これは決して下心からではない。乱暴をされた女性が、衝動的に入水自殺を試みるとか、普通にあり得る事だからだ。
平たい石の表面を闇影で切り落とし、平面を鏡状に【錬成】する。
その鏡を使って、彼女の水浴びをじっくりと観察させてもらった。
「わんだほー」
いや、思わず感嘆の声が漏れた。
やや小柄ではあるが、出るべき所がしっかりと主張したそのスタイルは、俺の理想と言っていい。
このような事態でなければ、ぜひ一晩お相手してもらいたいほどである。
だが彼女は心に大きな傷を負っている。それに付け入るのは、正直心が痛む。それに下腹部を執拗に洗う彼女の姿を見ると、乱暴した男達に怒りすら覚えてきた。
「そういや、ラキアは一人旅なのか?」
このまま彼女に無言で身体を洗わせておくのも精神衛生上悪いと思い、できるだけ何気なく、俺は会話を試みる。
彼女は驚いたように俺の方を振り向き、岩陰から俺が顔を出していない事を確認して、再び体を洗いだした。
顔は出していないが鏡は出しているんだけどな。
「ああ、我は一人で旅を続けている。少しばかり田舎から出てきてね。昨今の情勢にはさっぱり通じていないが、そこは許せ」
彼女はやや大仰な言葉使いで話す。これは【言語理解】のスキルが誤変換しているからかな? 彼女は結構な訛りがあるのかもしれない。
「そうか。なら大変だったろ。最近は特に央天魔王とやらが復活したらしいし」
「ぶはぁ! ば、バレ――!?」
俺の言葉を聞いて、彼女はひっくり返るほど驚いていた。
派手な水音がして、俺は思わず顔を出してしまったくらいだ。
「どうした?」
「い、いや……なんでもないぞ、なんでも!」
やはり魔王復活ともなれば、気丈な彼女も驚かざるを得ないか。
先ほどとは違い、ややぎこちない仕草で身体を洗い始めた彼女を見て、俺は再び岩陰に顔を隠す。もちろん鏡での鑑賞……もとい、監視は続けながら。
「噂じゃクジャタの山を削ったり、南方魔王の討伐軍を滅ぼしたりしたらしい」
「そ、そんな事した覚えは……いや、それは本当の事なのか? 別の何者かの仕業じゃないのか? きっとそうだ!」
「ごふっ! なっ、なにを証拠に!? そもそも半分は俺の仕業じゃねーし!」
「ン、半分はアキラの仕業なのか?」
「ちげーし!」
ちょっと反論して格好つけたい年頃なのか、ラキアは俺の聞いた話に反論してくる。だが、ラキアの主張には根拠はない。確信を突いてはいたが。
俺は山を削った覚えはあるが、討伐軍を滅ぼした覚えはないのだ。
そもそも討伐軍なんて見た事も無い。
「それにしても央天魔王復活だなんて、誰が言いだしたんだ? 十年以上前の出来事だぞ」
「うん? この町の領主が、そう言う事を見抜くことができる目を持っているらしくてな」
「そうか……面倒な能力を持っているな」
「ああ、本当に面倒な能力だ……」
なぜかラキアは俺と同じく、やたらと遠い目をしてみせたのだった。
え、もう100話(人物紹介込)?
もう30万字? まだ全然話進めてないのに!?




