第10話 転移者との出会い
「お前、一体なにをしてる!」
そう叫んで詰所に飛び込んできたのは、背の低い小さな少女だった。
背丈はウォーケンのオッサンと同じか、それよりも高い程度だろう。華奢な体躯にショートボブの髪型が少年っぽさを演出している。
腰に剣を下げていて、立派な鎧を着た黒髪黒目で綺麗な顔立ちの――
「……まさか、日本人?」
思わず口を突いて出たそれに、少女が僅かに反応する。
だがその場では、何も行動を起こさず、兵士を叱責し始めた。
「彼はウォーケンの依頼で強化を行った付与術師だ。私がウォーケン本人から直接確認を取って来た」
「し、シノブ様自ら、ですか?」
「そうだ。貴様がきちんと職務を果たしてくれれば、そんな手間は掛からなかったのだがな?」
じろりと兵士を睨みつけ、不機嫌そうに告げる。
はたから見ていると、リスが威嚇しているかのような雰囲気なのだが、それを受けて兵士は直立不動の姿勢になった。
見かけによらず、恐れられているらしい。
「もはや貴様には任せておけん。彼の取調べは私が行うことにしよう」
「し、しかし――」
「退出しろ、二度とは言わん」
そう宣告して彼女は左手を剣の鞘に伸ばす。
それはいつでも抜剣できると言う、意思表示だ。
「わ、判りました、お気をつけて……」
本物の殺意をぶつけられ、兵士は転がるように部屋を退出していった。
彼女――シノブと呼ばれた少女は俺を見て、小さく溜息を吐くと、改めてテーブルに腰を掛ける。
「どうした、君も座れ」
「あ、ああ。済まないな。さっきは助かった」
「それにしても……一体なぜ、あんなに追い掛け回されてたんだ?」
机に肘を突き……高さが合わないので、あごを手に乗せるのは諦め、背もたれにもたれかかる。
椅子の高さが合わないのか、机の高さが胸の辺りまできている。
小さな体躯なのに、やたらと尊大な口調だ。
「あ、悪い、そう言えば自己紹介はまだだったな……俺は割木明と言う。見ての通り日本人だ」
会話の合間に【識別】で見た限り、彼女は同じ日本人だ。ならば、正体をばらして置いた方が同情を誘える、そう判断した。
右手を差し出し、握手を求める。
彼女もそれに応えて、手を握り返してくれた。
そこで俺は【練成】を起動し、効果を表す前に解除する。
【練成】は変更点を洗い出すために、対象の詳細を【識別】よりも正確に読み取る事ができるからだ。
だが、それを彼女は敏感に察知する。
「お前、スキルを使ったな?」
「悪い、これまで結構苦労したから、つい――」
「まぁいいさ。私は相川忍という。お察しの通り、お前と同じ日本人だ」
堂々と、そう答えた。
「【識別】の能力持ちか?」
「ああ、接触しないとダメだけどな」
これは嘘。【識別】だけなら、接触しなくても可能だ。
だが詳細に知るためには【練成】の方がいい。物を作りかえるには、元の状態を詳細に知る必要がある。
【練成】で変成前に能力を止めると、【識別】よりも詳細に調べる事ができるのだ。
なので、こちらの能力で調べる事を【識別】と偽って伝えておく。
「ついでに【物質練成】もある、と。便利な男だな」
「代わりにステータスがボロボロなんだわ、これが」
彼女は【識別】を持っていないので、こちらを読み取る事ができない。
なので俺は口頭で自分のステータスを伝えて見た。
すると彼女は懐から水晶球を取り出して、俺に差し出してくる。
「これは――」
「さっきお前も使っただろう? 本当かどうか確認させてもらう」
「これを持ってるのに黙ってるとか、ヒドイな」
「お前が本当の事を口にするか試させてもらったのだ」
仕方ないので水晶球に手を当てて、識別を受ける。
この水晶は俺のスキルを詳細には見抜けなかったはずだ。
そして、その程度の能力なら……
【練成】を起動し、水晶球の読み取る範囲に干渉する。
やはり大丈夫なようだが、念には念を入れて、能力値の強化補正値を表示させないように作り変えておいた。
やがて水晶に俺のステータスが表示される訳だが……
「なるほど、これはヒドイな」
「……はっきり言うね」
「しかも【練成】の表記がエラーを起こしてるな。なんだ、これは?」
「あー、魔力が低すぎるせいでそうなっちまうみたい?」
そこに現れたのは、子供並と称された俺の能力。
他の召喚者とは、明らかにレベルの違う数値だった。
「これなら警戒するのも当たり前か。いや、済まなかった」
「いいさ」
「で、さっきの騒ぎはなんだ?」
俺は先の騒ぎについて、できるだけ詳細に説明する事にした。
俺が顔を隠したい事も含めて。
「日本人なら、ファルネア帝国からは嫌われているからな。そこは仕方ないか」
「それ以外にも理由があってね……」
さすがに彼女にまでマフラーを着けたままと言うのは、まずい。
彼女としても、俺の顔くらいは調べておかねば立つ瀬が無いし、彼女以上に俺に融通を利かせてくれる存在もいないはずだ。
「…………なるほど、賞金首か。一体なにをした?」
「それが、その……」
どうしよう? まさか『トーラス滅ぼしちゃいました、てへ♪』なんて言えるはずも無い。
かといって、あれだけの騒ぎを起こし指名手配までされた俺が『何も知りません』と言い張るのも、分が悪い。
「実は――」
口篭もりながら、あの時の事を話す。
無能と断ぜられた召喚者達の末路を。あの国が何をやってきていたのかを。
だが最後の部分、俺があそこの魔力を全て取り込み、拳を叩き付けて国を滅ぼした事だけは伏せておく。これはさすがに言っちゃ不味い。
代わりに少し暴れて、魔力貯蔵炉を壊してしまったと言う事にしておいた。
「そんな事が……それであの爆発事件か――王国の自業自得とは言え、やるせない」
できるだけ平然と口にしているが、その口元が強く噛み締められたのを俺は見て取った。
俺はあの一件で酷い目にあったが、その災害は俺以外にも各地で影響を及ぼしている。
彼女の実感のこもった表情を見て、これはなんとなく話を逸らした方がいいと判断した。
「で、今日はえらく警備がきついけど何かあったのか?」
「ん、ああ。近くに山があるだろう? アンサラ山」
「あるな」
俺の住んでいる山である。
街まで徒歩1時間の便利な山だ。
「あの山が5日前に噴火したんだ」
「はぁ!?」
「山頂が欠けているだろう? 噴火で吹き飛んだそうだぞ」
そんな事も知らないのか、という風に。だが丁寧に起こった事件を答えてくれる。
でもそれって……俺のせい?
「噴火の際は雲まで吹き飛ばされて、空に円形に穴が開いたと言う話だ」
「そ、それで――?」
「それで山から大量の猛獣が降りてきてな。まぁ、噴火したから当たり前なのだが。他にもあの山には野盗も住み着いていると言う噂だし、警備を強化することになったのだ」
すんません、シノブさん……それ、俺の仕業ですわ。