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手乗り魔女と僕の魔法生活  作者: 阿津緋
4/4

4.カスイ診療所

森町の空に月の女神が現れない、五十日に一度の新月の日。

リミーはカスイ診療所に泊まっていた。

今日は手乗りたちの健康診断の日だ。

前日の夕方から泊まり、新月が昇るのを診療所内で迎えるのが常である。

森町に住む手乗りたちはさほど多くない。

騎士や冒険者などの剣術師が多い町であるから、魔法師の数自体が少ないためだ。

手乗りはほぼすべてのものが魔力を持つ。

手乗りだけが暮らすの町で一生を終える者も多く、人間の前に現れている手乗り自体の数も少ない。

数百年に及ぶ人間たちとの生活の中で、食べ物の所為なのか、あるいは空気の所為か、まったく研究が進んでいないが、五十日に一度。

新月の夜に人間と暮らす手乗りたちに異変が起こるのだ。

五階建ての診療所の最上階近く、一人に一台、人間の大きさのベッドが与えられた手乗りたちは誰もが全裸で寝ていた。

異常な光景だと思うだろうが、これで間違いはない。

月の女神が夜の帳に隠れる新月の夜が訪れる。

グッと詰まるような息を吐いたのは誰だっただろうか。

カーテンで仕切られたベッドの上で、手乗りたちが苦しげに胸をおさえ、肩で荒々しく息をつく。

カスイ診療所に努める桃の魔法使いマシーは、相棒の手乗り魔法使い白のカリンの様子をみながら、頭を悩ませていた。

これは排出行為なのかもしれないと、過程したのはカリンだ。

手乗りの町には存在しない、様々な食品などに触れて蓄積した、手乗りには消化できないものを履きだすための行為だ、と。

是とも非とも答えの出ない病状に、マシーをはじめとした医療従事者は頭を悩ませるばかりである。

手乗りの町にずっと住んでおり、外の世界を知らない者たちには出ない症状であることが、余計に頭を悩ませる原因となっていた。

天然種の手乗りたちは五十日に一度訪れる新月の夜に。

人工種の手乗りたちは満月の夜と新月の夜で、二度にわたって、この症状がやってくるのだ。

桃の魔力を持つ魔法師は、生物細胞へ直接働きかけることのできる魔力を有している。

細胞の働きを活性化させたりできる魔力である。

原初の昔からある魔力ではなく、人間が必要に迫られて産みだした魔力であるといわれており、実際その数は各国でも数えられるほどしか存在しない。

マシーはカリンの細胞の動きをただ、視て、いた。

魔力の肥大化による、細胞の活発化。

それに伴う、身体の急速な成長。

天然種ならば新月の夜に一度。人工種なら満月と新月の夜で二度。

人形サイズの彼らの体が、人間とほぼ同等に育つ日だ。

古くから伝わる童話になぞらえて【一日姫】などと呼ばれたりもするが、体のサイズが人と同等になるだけでそれ以上に健康被害がでることはない。

念には念を入れて、手乗りたちは全員診療所に泊まることになっていた。

「やあ、カリン。おはよう」

『おはようにはいささかおかしな時間ではありますが、おはようございます。着替えてから診察を手伝いましょう』

「よろしく頼むよ」

成長しきって、人間と変わらないサイズになったカリンにはまだ慣れないなあと、マシーは顎を撫でた。

成長する間は痛みを生じるが、人間サイズに育ってしまえば痛みはないという。

成長痛のようなものなのだろうかと、やはりマシーはこの症状について頭を悩ませるのだった。




リミーとリーリンは同室の、黄の魔女イリス、青の魔女ミリアル、灰の魔女アリアと、病院のベッドの上で唸っていた。

全員が下着姿だが、女同士ということも手伝って、恥ずかしさはないらしい。

『リーリンはほんと、スタイルいいわね』

『ほんとーだよねぇ……あたし……ナイ……』

『大きさよりも形よ!リミーはソコソコだけど形には自信あるよ!』

『大切だと思います』

『とりあえず、サイズは分けたけど……』

黄の魔力を持つイリスは風を操ることに長けている。

医療従事者たちが診察を終えた後に置いていった服を選り分け、とりあえずの組み合わせになっている。

『フレアスカートはかわいいけど、うえがねぇ』

『セネカが興奮しちゃうようなのがいいんだけど』

『怒りそう』

『わかる。心配して怒りそう』

『リミーはかわいいのですから、自覚を持ってお洋服を選んでください』

『えー!』

『セネカが褒める服装をよくよく思い出してください』

リーリンの諭すような口調に、リミーはむぅっと口を尖らせつつもセネカが褒める服装なら熟知している。

『セネカがリミーを褒める服なんてひとつよ!綺麗なお花に似たやつだもの!だから!そのローゼンカズラに似た色のフレアワンピースと、薄緑色のレースのついた白いカーディガンをリミーに譲って!』

なんというわかりやすい男だろうかと、ミリアルはセネカに対して呆れてしまった。

植物を愛しているからこそ、自分にわかりやすい表現でリミーを褒めているのだろう。

褒めてもくれない男よりは何重倍もいい男かもしれないなと、ミリアルは自嘲を零した。

『それでは、私はこちらの、青いテールスカートを』

リペルの瞳の色にそっくりだからと、頬をほんの少しだけ染めた無表情でリーリンが青いテールスカートをとる。

前面が短く、背面が長めに作られているフィッシュテールデザインのスカートだ。

それに白いブラウスを合わせた。

リミーとリーリンが決まると、イリス、ミリアル、アリアもああだこうだと言い合いながら、それぞれに服を決めた。

一度それらに袖を通して、問題なく着ることが出来ると確認して、診療所から支給された寝間着に袖を通す。

人間の姿でセネカに会うのは五十日ぶりだ。

アーケード街をデートしようか、それとも、薬草園をのんびり歩こうか、リミーは迷いながら目を瞑って枕を抱きしめた。




セネカはソワソワとしながら、カスイ診療所へとリミーを迎えにきていた。

なにしろ、リミーは魅力的だ。

普段は手乗りだからと気にしない町に常駐している騎士や冒険者たちが、振り向いて口笛を吹き、一夜を過ごしたいと思うほどに魅力的なのだ。

そんなリミーを一人で歩かせるなんて、到底できるはずもない。

そのあたりはリペルもリーリンに対して思っているが、リペルは手乗りなので、おなじ診療所内で泊まっているから悩む必要はなかった。

リミーは手乗りでも人間でも愛らしい。

手乗りを恋人にするなど馬鹿げていると、口さがない者はいうが、子供ができないくらいなんだというのか。

まだ十五才のセネカにとって、将来のことはさして興味ないことだ。

すでにタリン薬草店を継いでいるし、細々とではあるが植物の新種開発も行っている。

セネカが望むものは手に入っているのだから、あとはリミーとの幸せな日々だけだ。

手乗りのリミーとはずっと一緒にいることができる。

人間でなくても、セネカにとってはそれが当たり前であるから、問題はなかった。

ただ、少しばかり、キスが出来るから人間サイズのリミーは好きだ。

二才という差が、セネカよりもリミーの身長を高くしていたとしても。

「身長は僕がもうちょっとのびると思うし」

時折成長痛が襲ってくるから、身長については時間が解決してくれるだろう。

診療所から手乗りたちが出てくる。

そのなかにいても、リミーのことをセネカはすぐにみつけることが出来た。

『セネカ!』

ふんわりとひろがったスカートのすそを翻して、リミーが駆け寄ってくる。

白から濃いピンクへと変わるワンピースは、ローゼンカズラを思わせる。

ほっそりとした足はフレアワンピースの裾のピンクとおなじ色のハイヒールを履いており、白いカーディガンには茎を思わせる薄緑色のレースがついていた。

ミルクティー色の髪は後にただ流されているだけなのに、とてもかわいい。

『ドーン!』

「うわ!」

抱きついてきたリミーを抱き留めた。

リミーのほうが頭ひとつ分高いため、セネカはリミーの肩に頬を押し付けるようになってしまう。

抱き留めているのに、抱きしめられている。

少しばかり複雑な気分だ。

『セネカ!リミーとデートしましょ!』

「うん。僕のステキな魔女さん。ローゼンカズラみたいで可愛いよ」

『でも、ローゼンカズラには棘があるの。セネカ知ってるでしょ?』

「もちろんだけど。僕は緑の魔法使いだからね」

棘を避けるのも得意だよ?と、笑って。

リミーのミルクティー色の髪の毛をかきわけて、頬を両手で包む。

背伸びをしなければならない身長が厄介だと思いながら、艶々とおいしそうな色をした唇へとキスを。

途端に頬を真っ赤に染めるリミー。

五十日に一度の人間サイズの楽しみはやっぱりこれだよなあと、セネカも頬を赤くしながら笑うのだ。

眼鏡が邪魔だと感じる日も、五十日に一度だけだ。

「手、繋ぐよね?」

『もちろん!』

指と指を絡めて、きゅうっと掌を握り占める。

姉弟にみえても構わない。

これは正真正銘のデートなのだから。

「じゃあ、僕の魔女さん。デートに行こう」

『うん!リミーはセネカの魔女さんだからね!』

にっこりと笑うリミーに、セネカは今日のデートプランを思い出す。

アクセサリーショップ・ミリアに寄ってリミーの箒につけられそうなアクセサリーを買い、トータリィカフェで軽くブランチをし、魔道投影機会館で毒草の歴史を観て、手乗り入店禁止の貴族御用達高級レストラン・ハインザードで夕飯を食べて、診療所へと送る。

新月が終われば、リミーは元の手乗りサイズに戻る。

異常がないか診察を経て、日常生活へと戻るのだ。

リミーたち手乗りの方が楽観視しており、人間とつきあってると人間サイズになるのではないかと、あっけらかんとしている。

もし、リミーが人間サイズで固定になったら、夫婦の契りをすればいいだけだ。

セネカの隣にリミーがいるという事実はなんの変りもない。

「リミー、大好きだよ」

おっとりとした笑みと赤く色付いた頬で、セネカがそっと囁けば。

リミーは満面の笑みで頬を赤く染めて、うなずいた。

『もちろん!リミーもセネカだいすき!』

繋がった片手はそのままにギュウっと首に抱きついてくるリミーの背中に腕をまわしたセネカは、これだから僕たちもレタにバカップルって呼ばれるんだろうなあと内心で気恥ずかしく思う。

セネカが恥ずかしさをこらえて、愛を零せば。

リミーはより一層の笑顔で応えてくれる。

セネカにとっては、リミーの笑顔こそがこの世の幸福なのだ。

「箒につけるアクセサリー買いに行かない?」

『行く!リミーが欲しいっていってたの覚えてたんだね!』

繋がった手にキュっと力が込められた。

それだけのことが嬉しくて、セネカもおなじようにキュッと力を込めた。

リミーは人間とおなじサイズにならないとできない、手を繋ぐこととキスが大好きだ。

『リミーはセネカのこと、だいすきよ!』

頬にチュッとキスをすれば、セネカの顔が真っ赤に染まる。

まるで夕焼けだと、リミーは快活に笑うのだ。

ああやっぱり、リミーは手乗りでも人間サイズでも、リミーだとセネカはそんなことに安堵した。

アーケード街へと足を踏み出す二人を止めるものは何もない。




「あいつらまたいちゃついてるのか……」

『いつものことではありませんか』

診療所の窓から外を眺めていたマシーは、呆れを隠さずにセネカとリミーのやりとりを一部始終見てしまった。

バカップルという言葉が本当によく似合う二人だ。

魔法学園ではおなじクラスだったが、あの時から仲睦まじくいつだって一緒にいた。

マシーとカリンは手乗りの健診結果をまとめる手を止めて、一息つくことにした。

カリンが自分とほぼおなじ身長であることに違和感しか覚えないマシーは、ほんの少しだけ視線を逸らして珈琲をすすった。

マシーの態度を気にすることもなく、カリンは珈琲へとミルクを注いだ。

『マシーは我々手乗りが卵生生物であるということはご存知ですね?』

「ああ。手乗りは卵から孵るというレポートは読んだな。根本的に人間とは種族としての成り立ちが違い、人間というよりは精霊などに近い、と」

『そのようです。したがって、このように成長などを行うこともあるのでしょう」

「人間には無理な話だな」

足を組み替えては戻し、また組み替えることを繰り返しているカリン。

普段は絨毯に乗って移動をしているから、どうにも足の置き場に困ってしまうのだ。

『我々は母の体の中で卵として生まれ、殻を破る寸前までその体内で過ごします。一センチにも満たない卵が母から産み落とされてすぐに、殻を割って我々は生まれてくるのです』

「そうだったのか!?俺はてっきり、ニワトリみたいに産み落として温めるのかと思ってたぞ」

『それでは逃げる時に困るではありませんか』

「なるほど。手乗りの歴史は略奪されてきたものだしな」

『人間は我々を珍重してくださってますから。まだ良いほうです』

「手乗りの魔力は、俺たち人間にとっては喉から手が出るくらいに欲しいものだからな」

飲み干したマグカップにインスタントの珈琲の粉をいれ、熱湯を注ぐ。

マシーは珈琲はストレートで飲むのが好きだ。胃に悪いとわかっていても、頭が冴えわたる。

『人は十月十日で生まれ落ちますね』

「ああ」

『我々は、受精してから五十日を要します』

「は?」

『五十日、なのです。これは偶然でしょうか?』

雷を落とされたように、口と目をあんぐりと開けたマシーは、診療所の外。

すでにアーケード街へ飲まれてしまった、恋人たちの背中を思い出した。

「……まさか」

『まさか、と、笑いたいところですが……。なんにせよセネカ君が証明してくれるでしょうね』

リミーという恋人を早々とみつけてしまったからか、あるいは恋をした時期が幼く拙かったのか。

セネカの心は体の成長に追いついていないように見受けられた。

もとよりのんびりとしているセネカの性欲が強いとも思えない。

そのうちリミーに襲われかねないなと、マシーなどは思っているくらいだ。

「気長に待つかな」

『そうですね』

ぼんやりと珈琲をみつめる。

何年後かにこの答えが出たとして、結局のところバカップルの歴史には違いないのだろう。

「彼女ほしーなー」

『そうですね』

今頃デートを楽しんでいるだろうセネカとリミー。考えれば考えるほど羨ましい。

独り身の男たちは、今度合コンに行こうかなどと戯言を言い合いながら、診断書の整理に戻るのだった。


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