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手乗り魔女と僕の魔法生活  作者: 阿津緋
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3.ネイリー鍛冶屋森町支店

ネイリー鍛冶屋は森国の初代国王サイリャードと共に旅をした土蜘族の赤の魔道師ネイリーが王都で開いた鍛冶屋だ。

赤の魔力を持つ者は、火の魔法を得意とする。

火の魔導師ネイリーが打つ武器は、恐ろしいほどの強度を持ち、岩山すら砕くと言われている。

彼を晩年まで支えたのは手乗り魔術師茶のフォートだ。

フォートは土の魔力を持ち、ネイリーの望む鉱物資源を見つけ出すことに長けていた。

鉱物は石に属するが、その鉱物を育むのは土である。

土がよければ、育まれている鉱物も良いものが多い。

鍛冶屋には火を操る赤の魔法師と、土を鑑定する茶の魔法師が多数存在し、切磋琢磨しているのだ。

手乗り魔女茶のリーリンも、鍛冶屋で土の目利きをする魔法師の一人である。

相棒は亘鳥族の赤の魔女ルルアだ。

亘鳥族は遊牧民だ。翼は持っていないが、髪が羽毛のように美しく生えそろっているのが特徴だ。

一つ所にとどまることをせず、町から町へと流れ、ある時には砂漠にキャラバンを作り、またある時には宿屋に留まって町へと繰り出す。

勝手気ままと多種族にいわれることが多い。

ルルアはそんな亘鳥族としては異端児だという。

亘鳥族の勝手気ままなところに嫌気がさして、森国の魔法学園へと飛びこんだのだ。

魔法学園の卒業資格があれば森国では臣民として認められる。

そのために必死で勉強をして、最短で卒業したのだ。

セネカとレタ、リペル、リーリンが十五才であるのに対し、飛び級を重ねたルルアはまだ十二才だ。

最終学年のクラスがおなじだったことと、リペルとリーリンが恋仲だったことも手伝って、セネカとレタ、リミーはルルアを妹のようにかわいがっている。




ネイリー鍛冶屋森町支店は、あまたある支店とは異なり、独自の工房を持っている。

森町の背後に広がる巨大な森と岩山から質の良い鉱物が手に入るからであり、定年退職後の職人が趣味半分で指導に当たっているからだ。

隠居したら住みたい町として人気が高い森町だからこそ、ではあるのだが。

森町支店を任されているのは筋骨隆々とした竜膚族のランガーだ。

長年の鍛冶生活で火傷などをしている顔は、子供が泣いてしまいそうなほどに凶悪だが、裏庭で猫に餌をやっていることは町民はみんな知っている。

口下手なだけなのだということも。

鍛冶屋は町の外れに建っている。

タリン薬草店が森に近い外れに建っているとしたら、ネイリー鍛冶屋森町支店は川下の外れに建っていた。

火を扱うため、森から放れた場所を選んだからである。

セネカとリミーはレタとリペルを呼びにミリア洞宝石店へと向かった。

レタは約束を忘れることはないが、時間に遅れることがよくあるのだ。

だからこそ、こうして呼びに行くのだ。

「レーター?」

『レター起きてる?』

仲良く首をかしげるセネカとリミーにリペルが『準備万端』と呆れた顔をしていた。

よほど砂粒蜥蜴について詳しく知りたかったらしい。

キラキラと目を輝かせたまま、砂粒蜥蜴と香樹のスケッチをしたノートを小脇に抱えている。

「さっそくいこー!」

足取り軽く階段を下りていくレタに、好きな事には本当に一直線だよなあと、三者三様に呆れた顔をして追いかけた。




ネイリー鍛冶屋へついたのは、午後二回目の鐘が鳴ったころだった。

時間通りについたからか、ルルアとリーリンもレタをみて驚いた顔をしていた。

『ダーリン、昼間に見るとカッコいいですね』

『まって!夜のオレはカッコよくないのかよ!?』

『昼の方がダーリンの目が映えていますから』

『リーリンは昼夜問わず美人だから!』

『ありがとうございます、ダーリン』

こげ茶の髪を肩のあたりで切りそろえているリーリンは、どこまでも無表情に、淡々とした口調でリペルを口説くようなことをいう。

無表情・無感動なうえ、誰が見ても美しいと称される容姿をしているためか、魔法学園にいたころは【氷姫】などと呼ばれていたほどだ。

【手乗り】だが、リーリンは人間に育てられた人工種だ。天然種であるリミーやリペルのような天真爛漫さに欠けるが、その分、冷静沈着で思慮深く天然種が苦手な敬語もすらすらと使える。

リーリンのように無表情に育ってしまったのは、手違いがあったからのようだが。

リペルは慣れたもので、リーリンのクッキーのような柔らかな色の瞳のなかに好悪を見つけ出して、一喜一憂する。

ダーリン呼びもリーリンが親しみやすさを研究した結果らしいので、リペルは諸手をあげて喜んでデレデレと鼻の下を伸ばすばかりだ。

赤の魔女ルルアはそんな二人のやり取りを微笑ましく見守りながら、亘鳥族の特徴でもある羽毛のように毛先が広がり美しい文様を描き出している髪をゆらして、セネカたちへと片手をあげた。

セネカたちも慣れたもので、片手をあげて「久しぶり」というあいさつとした。

亘鳥族の挨拶なのだと教えられて以来、彼らのあいだではこの片手をあげるあいさつが続けられている。

「元気ですか、セネカ兄さん。リミー姉さん。レタ兄さん。リペル兄さんは相変わらずですネ」

「ルルアも元気だねー。ねーバカップルはおいてこー」

『それもそうね』

「そうだね。ルルアの好きなハニゴー茶持ってきたから飲もうね」

「はいです!お茶美味しいから好きですネ!」

親方こっちで待ってるですネといいながら、鉄を曲げて繊細に描かれた女神の門をあけていく。

ルルアは森国の言葉を流暢に話すのだが、どうにも語尾にネとつけてしまうらしい。

亘鳥族は一声だけでも意思の疎通ができるというから、その名残だろう。

鍜治場ではなく、客間へと案内されたセネカたちは慌てて追ってきたリペルとリーリンも含めて、会議室のような円卓へと座る。

黒板の前には親方、ランガーが腕を組んで座っていた。

筋骨隆々な外見とあいまって威圧感さえ感じるが、セネカたちはどこ吹く風だ。

「親方こんにちはー」

『親方ひさしぶりね!』

『親方ちわーっす!』

「親方、今お茶いれますね」

親方の隣に座ったレタがさっそく「砂粒蜥蜴みたことありますー?」と、嬉々として聞いている。

赤の魔力持ちが多い鍛冶屋のなかは、いつでも熱がこもっており、客間の給湯機からは絶えずお湯が出ていた。

熱湯に近いお湯の隣には水も出ているから、必要ならばぬるくすることも可能だ。

セネカはカバンからハニゴー茶の茶葉を取り出すと、給湯器の隣に並んでいる素焼きの急須へお湯を満たす。

先に器などを温めないと、ハニゴー茶に含まれている甘みが出てこないからだ。

充分に温まった急須のお湯を捨て、茶葉をいれるとふんわりと蜜花の香りが広がっていく。

ルルアがセネカの隣にやってきて「運ぶの手伝いますネ!」とキラキラと目を輝かせているし、ランガーも「子供らに菓子を」と客間から続きの事務局員に告げていた。

円卓の中央に焼き菓子が入った籠が置かれ、セネカの淹れたハニゴー茶が全員にいきわたる。

「砂粒蜥蜴の飼い方が分かれば教えてほしーです」

レタが身を乗り出した。

ランガーは砂国の出身者で、森国の鍛冶技術に惹かれてやってきた。

そのまま森国の居心地の良さに居ついてしまったのだ。

今は妻子もあり、砂国へは一度弟の結婚式に帰っただけだという。

ランガーは喋ることが得意ではないが、レタの好奇心に目を輝かせた瞳にどうにかこうにか、言葉をひねり出す。

そもそも、竜膚族は舌が長すぎて絡まるため、喋ることが得意ではないのだ。

「育て方か」

「うん」

「香樹が必要だ」

「セーちゃんが用意したよー」

「そうか」

「うん」

「樹液を食う」

「え?そーなの?」

「そうだ。草食だ。果物も吸う」

「蜜だけ?」

「そうだ」

「食べ物は大丈夫そーだね。ね!セーちゃん」

「ご飯は大丈夫だね。それで、生活環境は?」

旬の果物を分けるくらいは造作もないことだ。レモマトとオレンゴなど収穫の季節になればいくらでも採れる。

どのくらい食べるのか、どのくらいまで成長するのかもわからないが何とかなるだろう。

問題は生活環境だ。

年間を通して夏の気候である砂国と違い、森国には明確な夏という季節がない。

もし砂粒蜥蜴が砂に巣をつくって暮らすイキモノであったなら、砂も用意しなければならないだろう。

レタはそれもそうだね!と、ランガーをせっつきながらメモを書いている。

ランガーは思い出しているのか、腕を組んでむっつりと押し黙った。

考えるように目を伏せる。

ルルアと手乗りたちは、事務職員が置いていってくれたクッキーをはじめとした焼き菓子を千切りながら食べている。

ハニゴー茶のすっきりとした甘さに珈琲風味のほろ苦いクッキーがとても合う。

サクっとした生地のなかに、砕かれたアーモンドが入っている。

これは美味しいと、リミーとリーリン、リペルはどこの店で売っているのかと事務員に聞きに行ってしまった。

「葉」

「は?」

「葉っぱを家にする」

「葉っぱで家作っちゃうんだ?」

「そうだ」

「えっと、どのくらいおーきくなるの?」

「最小で一〇センチ程度、最大で一メートル」

「いちめーとる……?」

「そんなにおっきくなっても、葉っぱに住んでるんですか?」

レタが一メートルってどこくらいだったっけと首をかしげる傍らで、セネカがそこまで大きくなってどうやって葉の中で生活するのかと質問をする。

「ある程度、成長した個体は、木に住む」

「なるほど。香樹は実をつけますか?」

「つける。オレンゴより小さい」

「生まれて産卵するまでを香樹で生きるんですね」

「香樹ちっさいけどだいじょーぶかな?」

ランガーはむっと眉間にしわを寄せて、考え込む。

「砂粒蜥蜴、寒さに強い。香樹以外の木でも育つ」

「ほんとー!?やったー!なら全然大丈夫だね!やったー!!」

ありがとー!と、ランガーの節くれだった手を握りしめてブンブンと上下に振るレタ。

昔からレタはこんな感じであったので、ランガーも戸惑いながらも手を振り払ったりはしない。

魔法学園に入る前は怖いもの知らずもいいところで、ランガーの頭によじ登ったりしていたものだ。

それをセネカはのんびりとみやっていたのだから、二人とも呑気なものだ。

「飛竜、砂行く。砂粒蜥蜴の本、買ってきてもらおう」

「やったあああ!!親方ありがとー!!」

レタが歓喜のあまり、ランガーの手を左右に振りだしたが、問題はないだろう。

セネカはルルアに「飛竜でるの?」と聞けば「定期便ですネ。親方の伝手で鋼鉄の交換こですネ」と帰ってきた。

定期便ならそこまで迷惑でもないかなと、クッキーがアーケード街のパン屋のレポアの新作だと聞きだしたリペルが、話半分に聞きながらうなずいていた。

砂粒蜥蜴の生態本については、届いたらきちんと金を支払うことだけは忘れないようにしよう。

おっとりを絵に描いたような相棒の、忘れっぽいところをリペルはとてもよく知っている。

熱しやすく冷めにくところもだ。

レタの砂粒蜥蜴熱がどのくらい持続するのだろうかと、ぼんやりと思ったがそういえばどのくらい生きるのだろうか。

本を待とう、と、リペルはうんうんとうなずいたのだった。




ミリア洞宝石店で夕飯までごちそうになったセネカとリミーは、パン屋のレポアでキャラメル味のクッキーを買って帰路についている。

『とっても、とっても美味しかったの!』

「僕の分も食べっちゃったのリミーだったよね……」

すこしばかり恨みがましい声が出てしまうのは仕方がないだろう。

セネカとて、育ち盛りの食べ盛りだ。

甘いものに目がないのだから、そんなに美味しいと連呼されたクッキーだったら食べたかった。

拗ねたように唇を尖らせて、メガネを押しあげるセネカにリミーが困ったように眉根をさげた。

『ごめんね、セネカ。だからこれはリミーのおこずかいから買ったのよ!一緒に食べようね!』

ね!と、セネカの額に小さな唇をつけてチュっと音を立てる。

こういうところがずるいと思いながらも、セネカはコクリとうなずくのだった。


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