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手乗り魔女と僕の魔法生活  作者: 阿津緋
2/4

2.ミリア洞宝石店

リミーの朝は目玉焼きの焼けるにおいと共にはじまる。

ジュウジュウとフライパンのうえで飛び跳ねる油の香ばしさと、セネカが好んで使っている香草塩のスパイシーな香りが食欲を刺激する。

グッと伸びをしてベッドから降りた。

ふわふわとしたミルクティー色の髪の毛をひとつにくくると、新鮮な水を圧縮している水樹の蛇口をひねった。

つるりとしたうっすらと黄緑色の陶器の洗面台に水がシャワーのように落ちてくる。

セネカ特性の薬用洗顔石鹸で顔を洗い、歯を磨く。

化粧水と乳液もセネカがリミーに合わせてつくってくれた代物で、ローゼンカズラの香りがする。

寝癖直しもセネカがリミーのために作ってくれた特別製の薬用水だ。

丹念に髪をとかして、寝癖を直すと今日の髪型と洋服を考えながら、部屋へと戻った。

リミーの部屋、というよりも一軒屋はセネカの部屋の出窓にデンと鎮座している。

二人を区切るのは、カーテンレールのうえから垂れ下がっているのは、四季咲きのローゼンカズラだ。

ローゼンカズラは花は美容に効果のある薬用の化粧水や乳液に、茎は腹痛に、葉は痛み止めに、根は滋養強壮、実は食欲増進にと、一株あれば薬いらずとまで言われている。

香りは爽やかな甘さをもっていて、既存の果実の中ではさくらんぼに近い。さらには虫除けにも効果的だ。

においが気にならない家庭には必ず咲いているというっても過言ではない。

セネカが部屋でカーテン代わりに育てている、このローゼンカズラは品種改良種の、八重の花弁を持つ、ティクカ・ローゼンカズラだ。

文字通り【ティクカ】という人物が改良した品種である。

ティクカは女性で、美容維持のための品種を作った。

ティクカ・ローゼンカズラには八重の花弁に美容効果が凝縮されており、その他の効能といえば虫除けになるくらいだ。

魔法学園にいたころ、薬草園の手伝いを毎日欠かさず行っていたセネカへのご褒美として、薬草学の権威である緑の魔道師・シヤルより頂いた貴重な種子や実のひとつだという。

大切に育てるのも道理だろう。

とはいえ、屋内で大切に育てているのは、リミーの肌にとてもよく馴染む美容液だから、ではあるのだが。

【手乗り】と呼ばれる種族であるリミーは、女児が好んで遊ぶ着せ替え人形サイズだ。

専用の道具ももちろん、【手乗り】にあわせたサイズになっている。

クローゼットから、藤色のブラウスと白いワンピースを取り出した。

白いワンピースの丈は膝うえだが、膝が隠れる程度に長い紫色のレースがついている。

リミーはレースが好きだが、フリルはあまり好きではない。

少し悩みながら、レースと同色のリボンと、濃い茶色のストッキングを選んだ。

これにあわせるなら紫色に白い花飾りのついたハイヒールだろうと、うんうんとうなずいた。

すっかりと着替えると、レースを翻すようにクルリと回ってみる。

ふわり、と、長いレースが花開いた。

鏡台の前に座ると、引き出しのなかから、櫛と髪ゴム、ヘアピンを取り出して髪型を考える。

サイドテールも捨てがたいが、ポニーテールも似合いそうだ。

うんうんとしばし悩んだ末に、編み込み入りのサイドテールにすることに決めた。

決めてしまえばあとは早い。

肩甲骨のあたりまで伸びる髪を容易く扱って、手際よく髪型を整えていく。

紫の魔女であるリミーは毒物を扱うことが仕事だ。

そのため、髪の毛は邪魔にならないようにくくり、かつ、愛らしく装飾することに余念が無い。

趣味ともいえる。

その趣味のあおりを受けているのがセネカだ。

彼の衣服や装飾品の多くはリミーが選んでいるものである。

本人はさして興味もないのだが、リミーが喜ぶならいいかと、おっとりと笑っているだけだ。

セネカは少し、のんびりとした性格の持ち主だ。

薬を作っているときこそすばやいが、それ以外はいつだってのんびりとしている。

気が長いといってもいい。

リミーはそんなセネカの性格も気に入っている。

セネカとリミーが暮らすタリン薬草店は二階建てだ。

一階は店舗と倉庫、それから調合室となっていて、渡り廊下からガラスドームの薬草園へと行けるようになっている。

家の敷地よりも薬草園のほうが広い。

ガラスドームに覆われた温室のなかでは、夏のないこの国では育たない植物たちがそれぞれに見合った土壌で育てられている。

土が変わると成分が変わる植物も多いため、注意が必要だ。

また、水辺でしか育たない植物のために、借景の要領で三メートル近く岩や土を積み上げ、岩山のようにした場所から水がとうとうとあふれ、天辺に作られたくぼみに湖のようにたまり、岩や土の間から浸透して、流れ落ちていく。

それらは途中のくぼみに溜まったり、滝のように落ちてみたりと好きなようにガラスドームの中を小川のように流れては、外へと出て行く。

水遣りの必要性がないことが、最大の利点だろう。

ガラスドームのなかには、熱帯が好きな小動物や虫たちも好き勝手に巣をつくり生息している。

それらは花粉を運び、害虫を食らう益虫ばかりだ。祖父タリンが作ったこの薬草園は、六十年の歳月をかけて生態系が出来上がっているのだ。

セネカとリミーはそのガラスドームに住まうモノたちのまとめ役である体長十五センチの羽兎の長の話を聞き、必要なものを整えるだけだ。

ガラスドームの外に広がる薬草園には、冬の気候に耐えることができる植物や樹木が植えられている。

こちらもまた、小動物や益虫が住み着き、バナカマとオレゴンの老木のあいだに簡易的な町を作っている妖精が長としてまとめ役を買って出ていた。

もともと、バナカマとオレゴンの巨木を気に入ってタリンがこの地を買い占めたのであるから、妖精たちは先住者である。

彼らと交渉に成功したタリンの手腕には感服するばかりだ。

妖精たちはこの地がにぎやかになり、外敵から身を守ってくれるのであればと了承した。

薬草を無断で持ち出されない防犯目的と、妖精や小動物、益虫たちを護衛するために、四メートルほどの防護柵が周囲を覆っていた。

やりすぎだろうとおもうのだが、ガラスドームの高さが四メートルほどであるため、それにあわせたのではないかといわれている。

タリンはバイタリティにあふれる、行動派なのだ。

二メートルほどがレンガで、そのうえに一メートルほどの魔法水晶で作られた半透明の障壁、残りの一メートルは金網でくるりと覆われている。

それと壁続きで薬草店が配置されている。

出入り口は薬草店しかないという状態だ。

魔法水晶は金属のように溶かして練成できる水晶で、純度が高ければ高いほど、無色透明となり障壁を攻撃したときに返る衝撃は即死並だという。

王城の窓ガラスはすべてこの魔法水晶でできていると噂で聞いたことがあるが、一般庶民には人生を三度やり直したところで手を出せない金額の代物だ。

タリン薬草店の壁はそんな純度の高いものではない。

混じり物ありの半透明というのもおこがましい代物である。

跳ね返る衝撃も、鳥が気絶する程度だ。

王都まで馬車で三日という微妙な立地と、冒険者や旅人で賑わう宿場町ということを考えれば、過剰防衛ではないのだ。

病院などは要塞と呼んでもいいくらいに武装されている。

薬草店の二階部分は完全に住居だ。タリンたちが使っていた主寝室は主の帰りをひっそりと待っているし、冒険者として名うてのセネカの両親が使っていた部屋と騎士団に就職した叔父の部屋、セネカの私室。

台所、風呂場、洗面所、居間がある。

トイレは一階部分にあって、それだけは店舗と共同になっていた。

とはいっても、一向に帰ってくる気配のない両親と、王都に家を構え家族を迎えている叔父の部屋は、現在では客間となっている。

やる気と情熱に満ち溢れ、思い立ったら即実行、興味のあるところには地の果てでも駆けていく。

そんな祖父や両親の背中をみて育ったセネカは、正反対のおっとりとした性格をしているのだから面白い。

リミーに言わせれば、植物のことに関してはセネカも情熱的。

とのことだが。

リミーはそんな薬草店の二階の角部屋。小さなころからセネカに与えられている、朝の光が燦々と照らす部屋から箒で飛び立った。

横向きに座るリミーを乗せた箒は危なげなく、開けっ放しの扉にかかっている短冊に切り込みの入ったカーテンを潜り抜け、店舗の真上に当たる台所へと行き着いた。

『セネカ、おはよ!』

「おはよう、リミー。大河国のフジフラワーみたいでかわいいね」

『ありがとう!』

セネカが植物、とりわけ花に例える褒め言葉は最上級のものだとわかっているリミーは、はじけるような笑顔でお礼をいった。

あとで、フジフラワーを【世界広域植物大辞典・花編】で調べなければとおもいながら。

料理上手なセネカだが、朝食だけは毎日変わらない。

早朝から朝摘みの薬草を摘んで帰ってきてからだと、これが一番効率がいいという。

リミーも特段気にしてはいないので、朝食メニューは今日も固定だ。

お茶だけは季節によって異なるけれど。

箒に乗ったまま、リミーが沸騰しているケトルを空中に浮かべて、ガラスポッドに茶葉を入れる。

大河国からの輸入品である、深緑色の茶葉を取り出してぽっどへと入れると、ケトルが傾いてお湯を注ぐ。

黄緑色へとお湯が変わっていく様を眺めながら、セネカのマグカップと自分のマグカップを魔力で浮かせてお茶を注いだ。

テーブルの上には、ベーコンが下に敷かれた目玉焼きとオレゴンジャムがたっぷりついたトースト、それから薬湯スープが並んでいる。

リミー用の食器には、セネカの目玉焼きとベーコン、トーストから五分の一ほどが切り分けられていた。

目玉焼きは両面焼きで黄身もしっかりと固まっている。

トーストにも焦げ目がしっかりついていて、香ばしい。薬湯スープは使い切ってしまいたい切れ端状態の薬草がメインのものなので、市販の簡易ポタージュ粉の中に細切れになった薬草が浮いている。

基本的にポタージュの味であるので、薬草が違ってもあまり変化は感じられなかった。

日によってはちょっとしょっぱいかもしれない。

セネカが席に着くと、リミーもセネカの前、テーブルへ敷かれたランチョンマットのうえの座椅子に座る。

座卓と座椅子はセネカと一緒に食べたいといった、リミーの要望をセネカができるだけ聞いた結果だった。

太陽と月と嵐の兄妹弟神に祈りをささげて、朝食を食べはじめた。

朝食時間中に、本日のスケジュールも伝え合う。

「今日はレタのところに行こうとおもうんだ」

『なんで?』

「砂粒石が宝石っぽいから、鑑定してもらおうとおもって」

『宝石ほしいの?』

「ううん。僕は砂粒石の枯れ木だけがほしいかな。調べてみたら喉に利く薬になるらしいんだ」

それを調べるために昨日は夜遅かったのかと、リミーは納得したように頷いた。

新しい種類の薬が増えるのは好ましい。

セネカは研究熱心でもあるので、普段はおっとりとした口調にも関わらず、少し早口になっている。

『じゃあ今日はお店はお休みね』

「緊急の場合はアーケード街までって貼っておくよ」

週末という概念はないので、好きなときに店をあけ、好きなときに店を休むのが、この国の通常運転だ。

一応、目安の開店時間はあるが、店主が買い付けにいって不在だったりすることはまま良くある話だ。

薬草店や病院などは不在時の所在を明らかにするが、日用店の場合はこの限りではない。

『そうだ!リミーは知ってるのよ。ベーコンとハム、それから燻製チップがなくなりかけているでしょ?』

「え?」

『あと、お砂糖とポタージュ粉も少ないし、在庫もないのよ?それから、乾燥小魚もないのを知ってるんだからね!』

ふふんと笑って胸を張るリミーに、セネカはトーストを噛み千切りモグモグと口を動かしながら、ストックを思い出そうとして、あきらめた。

まったく覚えていなかったからだ。

『どうせセネカは覚えていないんでしょ?リミーはちゃあんと数えてあるのよ』

「うん。買出しもしよう。僕まったく覚えてないから、リミーに任せるね」

『任されたわ。セネカは植物のこと以外、ぜんぜん覚えないんだもの』

ツンとそっぽを向いたリミーに、セネカは反論できない。

そういえば薬草を包む紙袋もそろそろ注文しないと、と、そんなことを考えながら、トーストをもう一口。

リミーはしょうがないわね、と笑って『リミーはベラミカドがほしいの』と彼女が扱う毒物の中でも、病院からの発注頻度の高い麻酔薬の元になる石の名前をあげた。

ベラミカドはこの国でも雪の降る地帯にしかできない石で、雪の色を反映したかのように白く、雪を取り込んだような六角形の結晶が透けて見えることで、とりわけ女性に人気の高い宝石だ。

加工しやすいのも人気の一因だろう。

しかし、その加工過程で何人もの職人を死のふちへ追いやった【白き死神】の異名を持つ。

ツルリした白い表皮とでもいえばいいのか、その下の結晶たちが猛毒だったのだ。

白い表皮に覆われている分には問題がない。

だが、結晶が外気に触れると空気中の窒素と結合して、猛毒と化す。

呼吸と共に入り込み、肺で再結晶化し、成長を続けながら神経を麻痺させて死に至らしめる。

熟練の技術者以外が安易に削ることのできない宝石だ。

紫の魔女であるリミーは毒物の扱いに長けた魔力の持ち主だ。

それがどんなモノに由来する毒であれ、彼女の敵ではない。

それにベラミカドを砕いたりはしない。

様々な機器と魔力を駆使して抽出するのだ。

そうやって、精製されたベラミカドは猛毒ではなく、医療にとっては必要不可欠な麻酔薬となる。

医療の現場においても魔力は必要不可欠だが、盲腸などを初めとした人体の切除を必要とする手術には麻酔などを利用したほうが効果的だとされている。

それ以外にも様々な精製薬に使われるらしい。

「レタのところで買おうか。他にも新しい靴ほしいっていってたよね?」

『靴屋さんにかわいいピンクのミュールがあるの!』

「うんじゃあ、靴屋とかもまわろっか」

『今日はデートね!』

「うん。そうだね」

照れるセネカとは違い、とても嬉しそうに目を輝かせるリミー。

アーケード街の開店時間はおおよそ昼過ぎだ。

午前中は買出し内容のメモをとることにして、昼食もレストランでとろうということになった。

俄然はりきるリミーをかわいいなあとセネカは見惚れつつ、トーストの最後の一かけらを口に放り込んだ。




アーケード街は飲食店を中心に賑わっていた。

河の向こうでは荷降ろしを行っている商人たちて賑わっている。

豪商の部隊が到着したのだろう。

護衛隊らしい冒険者たちも思い思いに、防具を脱ぎ、談笑をしている。

これは急がなければ席がなくなってしまう。リミーと即決で、いつものカフェへと足を踏み入れた。

チリリンとすずやかな音色の呼び鈴が店内にひびく。

ペールグリーンとオフホワイトでまとめられた店内は、天体をイメージした室内灯に魔力が灯り木漏れ日のようなあたたかな光が室内を照らしていた。

「セネカにリミーじゃん。いらっしゃい!いつもの席空いてるよ!」

トータリィカフェの看板娘であるスイリーにいつもの席に座っていろといわれた二人は、おとなしくそれに従う。

店内はおもった以上に混雑していて、いつもだったら無駄口を叩きにくるスイリーの双子の弟でありコック見習いのテイリーの姿もない。

大きな商人の部隊だったのだろう。

無骨な戦士や、ローブの裾を擦り切らせ魔法師たちが、カフェの人気メニューである、ポーチドエッグパンケーキに舌鼓を打っている。

よほど甘いものに目が無いのか、三人がかりで食べるのが普通であるジャイアントパフェを一人で食べている猛者もいた。

セネカはとても重い砂粒石の入った袋を脇に置くと、ぐったりとした顔で出された水を飲む。

注文は「いつものね!」というスイリーの独断と偏見と忙しさで決められてしまった。

二人に否やはない。

先日クパルが軽々と抱えてきた砂粒石は、セネカにはとても、とても重く、浮遊の魔法を使っても重い代物だった。

浮遊の魔法を使うと、重さなどが三分の一になるというのに、これほど重いのだ。

ベテランの冒険者のたくましさをまざまざと見せ付けられている気分だ。

二人のいつものである、ビーフシチューとライスのグレゴーケーキセットが目の前に運ばれてくる。

大河国で栽培されているハクマイというライスが食べられるのがこの店の売りのひとつだ。

独自ルートを開拓しているというのだが、詳しくは聞いていない。

外に行列までできはじめたのを窓越しに確認して、おしゃべりもせずに食べることに専念し、早々にカフェを後にした。

いつもどおり美味しかったが、もっとゆっくりと味わいたいものだ。

アーケード街は三階建ての連なったアパートだ。

新緑の緑を詰め込んだ色をした煉瓦ガ作りのアパートが続いている。

森町の後ろに広がる深い森に自生する、ヤクルリアの樹皮を剥ぎ、煮詰めた汁を煉瓦作りのつなぎとして利用することで、この色になっている。

ヤクルリアの汁を使うと強度があがるため、森町周辺では緑色の煉瓦が多い。

アパートの窓やドアはそれぞれ異なった意匠になっていて、アーケードの通りから続く外階段でのぼれる場所はすべて店舗だ。

裏通りの階段からあがるのは、住居となっている。

広場に近い場所から飲食店が続き、アパートたちを取り囲むアーケードの屋根は不純物が混ざり合い、光の反射によっては七色にすらみえる魔法水晶でできている。

各飲食店からのぼる煙は吸引石にどんどんと吸い込まれていき、日暮れ頃にはバケツいっぱいに溜まってしまう。

それらは業者が回収にやってきて、溜まった煙は研究に使うらしい錬金術師たちに売り渡されているようだった。

セネカが目指している【レタ】が勤めているのは、ミリア洞宝石店だ。

レタは灰の魔法使いである。

相棒は手乗り魔法使い、青のリペルだ。

灰の魔力は宝玉を含めた、すべての石や岩に通じるものである。

したがって、宝石店で鑑定士のような立ち居地になるか、アクセサリーの加工職人、石切り場の職人、炭鉱扶、魔力石の精製職人などが天職だといわれている。

青の魔力は液体全般に通じるものである。

清水と毒を分離することや、生木から水を抜き取って枯れ木にするなどといったことも可能である。

だが、毒との分離も液体に漬かっていたり、溶けているものでなければ出来ない。

固体に対しては水分を抜くことと、入れることしかできないのだ。

セネカがレタを頼るのは、幼馴染だからだ。

森町で過ごし、育った同い年の少年二人であるから、小さいころからいっしょに遊んでいた。

他の友達と遊ばなかったのかと問われれば首を振るが、だいたい二人で行動していた。

同年代に魔法師はおろか、男がいなかったのも理由のひとつだ。

どういうわけか、彼らの年代は女のほうが多かった。

二人とも魔力があったから、森町の幼等教育学校では一般教養以外の科目は二人きりでうけていた。仲良くならないわけがない。

冒険者や騎士の宿場町と異名をとる森町は、比率として魔法師が少ない。

トータリィカフェのスイリーとテイリー姉弟も騎士学園を出ている、剣術師だ。

冒険者の中継地点であるし、騎士団宿舎もあるこの町の娘と恋仲になって、結婚し、骨をうずめるものが多かった。

ギルドの構成員も商人の護衛という、腕っ節を求められる内容が多いため、剣術師が中心だ。ギルド所属の魔術師は王都で活動しているものが圧倒的に多い。

自分の研究の資金繰りのために冒険者になっているパターンが多いからだ。

パトロンが見つからないなら、自分が金を捻出するしかない。

森町の魔法師はほとんどが学園卒業後に職人に弟子入り志願してきたよそ者で構成されている。

レタが勤めているミリア洞宝石店は、レタの曾祖母のミリアがはじめた店だ。

当時はアーケード街ではなく、ただの商店街の一角に店と住居を構えたのがはじまりである。

曾祖母のミリアは灰の魔道師で、王都の魔術師段の技術部門長をも務めた敏腕女史であったのだが、貴族のドロドロとしたやり取りや政治の駆け引きに嫌気が差し職を辞した。

とはいえ、魔法師のなかでもその道を極めた魔道師であるから、時の宰相が頼み込んで馬車で三日のこの森町に引っ越してきたという寸法だ。

レタも曾祖母の血が色濃くでているため、現在は魔法使いだが、魔術師にすぐになれるだろうと期待されている。

ミリア洞宝石店は、アーケード街の広場より、中央十字路の角にあるアパートの三階に居を構えている。

一階は十代から二十代の若者をターゲットにしたアクセサリーショップ・ミリアで、二階は結婚指輪などの少しばかり値の張るアクセサリーや魔法石を扱うミリア宝玉堂。

そして、三階が宝石や魔法石、様々な岩石の原石を取り扱う、ミリア洞宝石店だ。

看板はアクセサリーショップが指輪に妖精、宝玉堂がネックレスに妖精、宝石店がハンマーを振り下ろされ罅割れた石である。

わかりやすいといえばわかりやすい。

このアパートは丸ごとミリアが買い上げた、ミリア店だ。

彼女が老衰で穏やかに息を引き取った後も、ミリアの娘を中心として栄えている。

セネカは青紫色の鉄製の階段をカンカンと音を鳴らしながらのぼっていく。

リミーは箒ですいーと追い抜いていってしまった。

魔女がこういうときはうらやましい。

魔法使いは箒に乗れない。

飛ぶことが出来ないわけではないが、箒には乗れないのだ。

彼ら魔法使いが空を飛ぶ道具は絨毯一択だ。

セネカは馬鹿にしてるのかとおもうくらいに値段の高い絨毯を、買おうとおもえなかった。

たぶん祖父であるタリンも同様だったのだろう。

タリン薬草店には空飛ぶ絨毯の類は一切おかれていなかった。

魔法学園でならったので、飛ぶことは出来る。

重い、重すぎる、と、弱音を吐きながら、なんとか三階までのぼりきったセネカは、ゼェハァと肩で息をついて額の汗をぬぐった。

『セネカおつかれさま!入ろ?店内のほうが涼しいよ』

「うん」

うなずくのでせいいっぱいのセネカを待っていたリミーが、苦笑をこぼした。セネカは少しばかり体力がないのかもしれない。

タタンタタンと、小石が戸を叩くような明るい音が扉の開閉と共に鳴り響き『ラッシャーイ!』と八百屋のような威勢のいい声が頭上から降ってきた。

二十センチ四方の青色と灰色の糸で波模様が描かれた絨毯がふわりとおりてくる。

『なんだ、セネカとリミーか。レター!おーいレター!!』

絨毯のうえに仁王立ちした青の魔法使い【手乗り】のリペルだ。

リペルは青の魔力を持っており、また、一箇所でジッとしているのが嫌いな性分のため店内を細々と飛び回っては水を使って掃除をしているのだ。

そのおかげで、ミリア洞宝石店は隅々までピカピカだ。

『今日はどうしたんだ?店の掃除がしたいんなら、オレが出張するぜ?』

「ありがとう、リペル。今度の収穫後はお願いするね」

『おう任せとけ!オレの水とリミーの洗剤があればお前の店だってピッカピカだぜ!』

ニカッと屈託なく笑うリペルは【手乗り】の天真爛漫な性質を体現している。

自分の腕に自信を持ち、認めた相手を褒め、裏表なく好奇心に満ち溢れている。

リペルはだからこそ、人から好かれ、疚しい気持ちのある人からは倦厭されていた。

「あーほんとだ。セーちゃんいらっしゃい」

「レタ、おはよう?」

「うん。おはよー」

くあっと欠伸をこぼして、寝癖のついた髪もそのままにのそりとレタが姿を現した。

セネカとほとんど変わらない身長だが、切りに行くのが面倒くさいと伸ばしっぱなしの髪のせいで、よく少女に間違えられている。

それほどに整った顔立ちをしているのだが、やる気がほとんど感じられない表情のためか、モテたためしがなかった。

リペルが呆れた顔でレタの髪をぬらし、寝癖を直している。

セネカはカウンター席に勝手に座ると、眼鏡をはずして顔に浮かんだ汗をぬぐった。

リミーはセネカに渡された、別のハンカチをカウンターに敷いて、くつろぎモードで座っている。

「セーちゃん、お茶勝手に入れて」

「うん。レタとリペルが好きなグレンゴのコンポートケーキ持ってきたから食べようね」

『リミーが、コンポートに合うお茶をいれてあげるわ!』

勝手知ったる他人の我が家であるミリア洞宝石店のカウンター内へと侵入し、人数分のフォークと皿を用意する。

切り分けてはきたので、皿とフォークさえあれば事足りるのだ。

リミーはリペルが『温度は?』と聞いてきたので『百度で』と応えた。

青の魔力はこういうときに便利だ。

ケトルの水が一瞬で沸騰したお湯に変わる。茶葉は前回置いていった缶のなかから選ぶ。

どうせレタは煎れないだろうという予想通り、リペルが好きな茶葉だけが減っていた。

リペルに寝癖を直され、ローブを着ろ!と怒られつつ、のそのそと動くレタ。

相変わらずだなあと、セネカは人数分のケーキを皿に移しながらのんびりと見ていた。

ぼんやりとおっとりの幼馴染二人であるから、子供のころはそりゃあもう緩やかで穏やかでのんびりとした生活を送っていた。

学園に入っても変わらず、貴族たちの駆け引きなど関係のない彼らはマイペースに魔法の授業を受け続け、十才で卒業した。

在学期間は五年間。

真面目に授業に出ていれば、極々平凡な年数である。

魔法師の才能を持つ子供たちは、五才になったら魔法学園に入学することになる。

年齢は問わず魔法使い・魔女に昇格したら卒業だ。

どんなに魔力の恩恵が薄い者でも研鑽をつめば、魔法使い・魔女にはなることができるのだ。

それが三十を過ぎていようと、五十をすぎていようとも、本人が望めばいつまででも学園に在籍することが出来るのも特徴のひとつだ。

そのまま、学園に就職することもままあることだ。

兄妹弟神に祈りをささげて、グレンゴのコンポートケーキを食べだした。

食べているあいだは無言が続くが、いつものことだ。

相棒はノンキだなとリペルとリミーはそれぞれ思っている。

食べ終わってから用事を告げるのもいつものことだ。

互いに相手が断らないこともわかっている。

「レタ、砂粒石貰ったんだけど鑑定してくれない?」

砂粒石を手に入れた経緯を話すあいだに、ホウギとレモラスのハーブティを飲み終えたレタはキラキラと目を輝かせていた。

砂国とは国交を結んではいるものの、あまりにも遠いため砂国では日常用品であったとしてもこの国では最高級品や幻の一品に近い扱いを受けている。

王侯貴族でしかお目にかかれないものも数多く入ってきているのだ。

ミリア洞宝石店は有名な店であるから、貴重な品も目にすることが多い。

曾祖母の形見の品として店に受け継がれている鉱石事典は標本付きの優れものであり、今後何代にわたっても守り継いでいくべき代物だとミリアの血を受け継ぐ子孫たちはおもっていた。

「わぁ!すごい!セーちゃん!!これすごいよ!リペちゃん!リペちゃん!!」

『へいよ!ちょっと落ち着けって!』

結構な量があるからと、店の奥。作業室に案内される。

セネカが麻袋から取り出した砂粒石に心奪われたように、興奮してリペルを呼ぶレタ。

リペルはといえば、リミーからの注文品であるベラドンナ石の在庫数を確認しているところだった。

リペルはその興奮した声を聞いて、これは仕事にならないなと判断した。

『リミー悪ぃ!店の扉作業中にしてきてくれ!』

『まかせて!』

食器とカップを洗っていたリミーもすばやく水気きりのなかに食器をいれると、箒に乗って扉へと向かう。

鉄製の看板をクルリと魔法で浮かせて反転させて、鍵もかける。

リペルは魔法の絨毯に乗って店内を煌々と照らしている、月を模した室内灯の魔力供給装置の電源を落とした。

薄暗い店内に、作業室からの明かりがすうっと伸びた。

『ああなったらとめらんねーんだよなー』

『セネカもおなじよ』

『おっとり・のんびりどこいった』

『知識に吸い込まれたのよ』

お互いの相棒について苦笑をこぼす。そういうところも好きなところだが、いきなり発祥するので付いていけないところもある。

作業室へと飛んでいけば、キラキラとしか形容できない表情で、灰色の瞳を光に反射して輝く水晶のようにきらめかせて、砂粒石のついた枯れ木を高々とあげている。

ためつ眇めつ、灰の魔力を展開して微細な文様のひとつひとつを追っていた。

「すごい!リペちゃんリペちゃんリペちゃんリペちゃんっ!これ、これみてよこれ!生育中の砂粒石だよ!まだ食い破る前のナマだよナマ!!これ他の木にもなかにいるのぜったいいるよ!飼おう!ね!飼おうね!ね!ごはんになりそうな木はセーちゃんに貰ってさ!やばい!すごいよ!ナマ!!」

『へー。生きたまんまってめずらしいな』

絨毯からレタの頭に飛び乗って、砂粒石をまじまじと見つめるリペル。

セネカとリミーはどうせついていけないとわかっているので、「すごく珍しいんだね」『そうみたいね』と新しく入れなおしたベリインとセイミールのハーブティをすすりながら、興奮した様子で飼い方をリペルへ説明しているレタをみやる。

生き物だったとはおもいもしなかった。

砂粒石は、砂漠に住む蜥蜴一種である砂粒蜥蜴の卵だ。

砂粒蜥蜴は卵を外敵から守るために、オアシスの香樹の枝に産み付ける習性がある。

天敵である蛇や鳥などが嫌う臭いを発する香樹の樹液と、産後一定期間だけ排出される特殊な粘液を混ぜながら卵を覆ってしまうのだ。

卵を覆った粘膜は一日経つと石化し、砂漠の寒冷や日差しから卵を守ってくれるのだ。

砂粒蜥蜴の幼体は、木に接している卵の下部から、殻を割って誕生する。

粘液の石のなかで孵化した幼体は、まず己を覆っていた卵の殻を食べはじめる。殻を食べ終わるころには、砂粒蜥蜴特有の、のこぎりのような歯が生えそろい、空腹を満たすための標的を殻から、香樹へと変えるのだ。

香樹の枝に穴を開けるように食い荒らし、貫通させるころには立派な成体に育っている。

香樹を食して育った体は外敵にとっては毒に等しく、生き残りをかけた手段であることが伺える。

砂粒石とは、樹液と粘液の石化によって出来た、琥珀の亜種だ。

卵を覆っていた外壁部分を指す。

空洞の開いている楕円形の石だ。

樹液が固まったものだが砂粒蜥蜴が排出する特殊な粘液と混ざることによって石化した、化合物ともいえる。

砂粒蜥蜴は微弱な魔力を持つことも昨今の研究でわかっており、魔力石に変換できるのではないかと期待されている。

砂粒石は鉱石ではないため形を整形することに向いていない、固まった外壁の一センチ程度の厚みを駆使し、砕いて貼りあわせて行くモザイクタイルの材料や、その空洞部分を生かして他の宝石と一体化させたエッグジュエリーなどがメインとなる。

この国では貴族たちがこぞって高値をつけるので、この石に魔力石をはめ込んでエッグジュエリーを作るとぼろ儲けできそうだ。

クパルがリロフラワージャム目当てに必死で集めてきた砂粒石のなかには、孵化前の砂粒蜥蜴の卵もあったらしい。

香樹にリペルが水の魔法をかけて生木のように再生させている。

孵化したあとの食料がないと困るからだ。

生まれたてで枯れ木を食べられるのか疑問もある。

「セーちゃん!!この子とこの子とこの子!まだ生きてるんだ!土持ってくるから、植えてくれる?」

「ここで育てるの?」

「もちろん!できれば繁殖させたいよね!」

『どうやって越冬させんだよ』

「そこはセーちゃんチの温室借りればよくない?」

『大雑把だな!』

リペルが怒るよりも早く、レタは奥へ引っ込んでしまった。

階段を降りる音が聞こえるので、ガーデニングが趣味の祖母あたりに鉢植えと土を分けてもらうのだろう。

普段ののんびりとした姿からは想像できない思い切りの良さだ。

『あいかわらずね』

「そうだね」

『アレが長所なんだけど、短所なんだよな』

リペルのため息に苦笑がこぼれた。

セネカも幼少のころから親しんできた友人には慣れているから、同意をするようにうなずくだけだ。

しばし待っていると、乾いた土と栄養素が高く鉢植えの敷石に向いている魚骨石を両脇に抱えて、バケツのような大きさの新品の鉢を頭にかぶってレタが戻ってきた。

「植えるのはいいけど、成長するかはわからないよ?」

「うん!だいじょーぶ!」

『大丈夫じゃねぇよなあ』

『大丈夫じゃないとおもうの』

手乗りたちの意見は幼馴染二人の前ではあまり意味を成さない。

どうにかなるで生きているような節が二人ともあるのだ。

そのよく言えば寛大なところには助けられることもあるが、困らせられるところもある。

仕事においては正確なのでいいのかもしれない。

鉢に魚骨石を軽く砕いて敷いていく。石がかかわることについては、レタが請け負う。

灰の魔法使いであるから、その石の特性を何倍にも跳ね上げることが出来るのだ。

セネカがやるより効率がいい。

敷石が完了したら、そのうえに乾いた土をかぶせていく。

茶の魔力の持ち主がいればこの作業は任せるのだが今この場にはいないため、これはセネカが請け負った。

砂漠に生える樹木であるから、緑深き森に住まう二人にはこの樹木の生態系はさっぱりとわからない。

最終的には、薬草園の老木に宿る精霊たちに聞けばいい。

育てたいという香樹をひとまとめに持ったセネカが、緑の魔法使いであるセネカの魔力を香樹に注ぐ。

青の魔力を得て生木のようにイキイキとした香樹は、緑の魔力を得て急速に成長を開始する。

硬化した表皮を脱ぎ捨て、三本の枝が絡み合いながら根を出し、二十センチにも満たなかった枯れ枝が、一メートルほどの若木へと変貌を遂げた。

そのまま鉢に植え込めば枝が四方に伸びていった。

さわさわとゆれる枝の影で、砂粒蜥蜴の卵はみっつ、隠れるようにひっそりと息づいていた。

「リペル、ちょっと湿ったかなー?程度の水あげてくれる?」

『おう。任せとけ!』

「リミー、この子達に毒ないか一応調べてくれる?」

『ふふん!リミーに任せておけば大丈夫よ!』

「二人ともよろしくね」

セネカが眼鏡を押し上げながら、キラキラとした顔で植木鉢を観察しているレタの隣へと座る。

無事に孵化するかはわからないが、楽しそうな幼馴染に顔もほころんでしまう。

リペルとリミーが無無事に終わったことを告げてきた。これで育てることに関しては問題がないだろう。

「孵るといいね」

「うん!すっごく楽しみー!」

作業室の引き出しから道具を取り出すと、他の砂粒石がついている枯れ木を鑑定していく。

瘤のように枯れ木にくっついている卵の抜け殻の、大きさや厚み、硬さを測り、魔力を測定する。

魔道具のモノクルをかけたレタは、モノクルのガラスに写る数値を書き出しては、枯れ木にタグをつけ、三つの山に分けていった。

セネカたちは新しいお茶をいれなおして、近況を報告しあっている。

もっぱらの噂の種は、アーケード街に新しく出来たみっつの店舗のことだ。

ひとつめは、氷山国からはるばるとやってきた氷鬼族の夫婦が営む店だ。

人気を博しているが、氷鬼族は暑さにとても弱く、この森国の春を乗り切れるかどうかが、懸念事項のひとつだった。

無事に乗り切った夫婦は青白い肌を紅潮させながら、本日も商売に励んでいる。

ふたつめは、貴族が道楽ではじめた魔道具屋だ。王城を老齢のため辞した、元宮廷魔法師たち数人が切り盛りしている店だ。

老後を過ごすなら森町と決めていたのだという。

出来るだけ地産地消したいとおもっているようで、魔道具をつくるための材料は冒険者や商人から買い取り、宮廷魔法師隊が利用する最高級品の廉価版を作成、販売しているのだ。

冒険者たちから注目度ナンバーワンといってもいい店舗である。

問題は老齢のため、跡取りがいるかどうかというところだろうか。

みっつめは、岩山国からやってきた竜角族の少女が営む洋服屋だ。

独特の染色が世の女たちの心を鷲掴みにしている。

岩山国から持ち込んだのだという、組み立て式の機織機も見慣れない形をしていて、店主である少女が機織るところを見物している客も多い。

また、彼女が店主だが、使用人のように振舞う者が数名一緒に岩山国からやってきており、訳有りなのではないかと面白おかしく噂されていた。

少女はそれらの噂を笑いながら聞いているだけだという。

噂の種に花を咲かせていると、レタが「おわったよー」とその輪の中に入ってきた。

用意されたお茶を飲みきって、一息つくようにあくびをこぼした。

「ぜんぶ砂粒石の本物だねー。お土産ってことになるから、全然問題ないよ。いやーあんだけの質のいい砂粒石を集めちゃうって、すごく目がいいのにもったいないなあ」

クパルが冒険者をやめるということはレタに伝えていたから、惜しいと唇を尖らせている。個人的に雇えばいいのかもしれないが、新婚家庭に波風を立てるのもよろしくない。

国内の最長でも一週間程度で帰ってこれる仕事くらいなら雇われてくれないだろうか。

レタはクパルと連絡が取れるように交渉しようと決めていた。

「あっちの山がエッグジュエリー行き。あっちの山はタイル行き。あっちの山はその他研究行きって感じかなー。セーちゃんお手柄だよ!おばあちゃんがめっちゃ褒めてたから、すっごい色つけられるとおもうよー」

「僕っていうより、じいちゃんのお手柄かな。あ、僕その木の部分がほしいんだけど、もらえる?」

「ぜんぜんあげるよ!もっと乾燥させると自然と砂粒石とれるんだけどもっと乾燥させていいの?」

「いいよー。香樹をね、煮詰めて抽出すると利尿作用のある薬になるんだ。それだけじゃなくて、匂いもいいから香水にも使えるかなって」

「じゃあ、大丈夫だねー。リペちゃ~ん!がんがん乾燥させちゃってー」

『おう!腕がなるぜ!』

リペルが嬉々として香樹を乾燥させていく。

枝の水分が完全になくなると、ポロリと砂粒石がとれていく。それが楽しくて仕方ないのか、リペルが満面の笑みを浮かべて作業を続けている。

結果が目に見えてわかる作業がリペルは大好きだ。

総計五十個の砂粒石の代金は貴族に高額で売れることが予想されるためか、セネカが管理するには少々大げさな額であった。

提示された額の桁をリミーと二人で「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん?」と囁きながら、三回ほど確認したくらいだ。

現金を貰うには怖い額であるため、ミリア洞宝石店の店主であるレタの祖母・ミレアと相談のうえ、今回の金額分は前払いで店舗に支払われたものとし、ミリア洞宝石店を含む三店舗での買い物についてはこの貯金から支払われることで意見が合致した。

ミレアは心底嬉しそうに微笑んで「エッグジュエリーのデザインするわねー!」と意気揚々と自分の工房へと引きこもってしまった。

功労者ということで、クパルの未来の奥方のためのジュエリー作成もするという。

早速、クパルが逗留している護衛隊の宿へと遣いも出していた。

「砂粒蜥蜴の飼い方誰に聞いたらわかるかなぁ?」

『リーリンとこの親方はどうだ?砂の出じゃなかったか?』

眉間にしわを寄せてうーん?とうなるレタへ、リペルが思い出したとばかりに告げれば、それだ!とレタの目が輝いた。

さっそく明日行こうと、魔道具のひとつである伝書箱へと手紙を綴っている。

伝書箱は、特定の魔力石と魔術陣の組み合わせで成り立っており、書いた文字が相手の箱の中でも再生されるという、遠隔情報共有魔道具のひとつである。

筆記での会話も可能という、便利な代物である。

声を届ける伝声箱もあるが、庶民に手が出せるほど安価ではないため、伝書箱が一般的に普及しているのだ。

リミーは人の悪い笑みを浮かべて、リペルの腕をつついた。

『そんなこといっちゃって!リミーにはお見通しなんだからね?最近リーリンに会えてないんでしょ?』

『な、なにがいいてぇんだよ!』

『またまた~!愛しの彼女に口実作って昼間っから会いたいっていえばいいのに~』

『ち、ちっげーし!親方が砂の出なのは事実だし!』

『つまり、会いたいのも事実と』

『ちょ!違う!違わねぇけど違うってば!』

顔を真っ赤にするリペル。何も違わないのは一目瞭然だ。

手乗り魔女・茶のリーリンとリペルは恋人同士であるが、基本的には仕事優先の二人であるため、デートはもっぱら夕暮れの町をリペルの絨毯に相乗りして飛ぶというものばかりだった。

仕事も絡むが昼から会いたくないわけがない。

「いっそのこと結婚しちゃえばー?ってオレいつもいってるんだけどねー」

『まだ早い!』

「って、さー」

肩を竦めるレタに、顔を真っ赤にして『まだ十五だしっ!』と叫ぶリペル。

法律上は十三才から結婚できるとはいえ、そういった話は貴族たちの専売特許だ。

蕾ですらない少女たちの婚姻は、十に満たない頃には決められている。

初潮がきたら結婚という事例もよくある話だ。

『明日はリーリンのところね?リミーとセネカも一緒に行くわ』

「あれ?セーちゃんとミーちゃんも来るの?」

『あら、レタったら。セネカが植物に関することを聞かないわけがないじゃない!』

フフンと鼻で笑うリミーに、セネカ本人までもが確かに、とうなずいていた。

伝書箱に返信があり、問題がない旨をうける。

明日は手乗り魔女茶のリーリンが務めている、ネイリー鍛冶屋へ向かうことに満場一致で決まったのだった。


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