1.タリン薬草店
王都から馬車で三日の距離にある、森町。
街道沿いに面した宿場町として古くから栄えている。
商人の御用馬車と護衛隊、魔法学園や騎士学園から王都へ戻る学生たちなどでにぎわっており、とりわけギルドから派遣された護衛隊の面々は駐屯地としても活用しているので、肩の荷が下りたとばかりに快活に笑っていた。
森の町は護衛隊の終了地でもあるからだ。
ここから王都へは、幅広い石畳の大街道を通っていくことになり、王都から派遣されている巡回の警備兵が昼夜を問わず行き来している。
国の威信をかけている甲斐もあってか、ここ数年のあいだ、大街道で盗賊などの被害は出ていない。
旅人同士のいざこざは、人間が多数集まっているから、仕方がないことだと諦められている。
街道沿いに造られた町は、人口の増加と共に河を渡り、森を開拓した。
河と森を選んだのは、反対側がだだっ広いだけの草原であったからだ。
さらに進むと草原すらなくなり、鉱山地帯に入る。
選んだ森は人の足で一か月ほどかかる遠くまで、森林地帯が続いており、さらに一か月ほど進むと国境の天に突かんがほどに高く険しい山へと入る。
冒険者たちはこぞって山へと入っていき、ある者は息絶え、ある者は死に物狂いで帰ってきた。
珍しいモンスターや妖精がたくさんいるそうだが、命知らずの冒険者以外は寄りつこうともしない。
山を隔てたむこうの国の麓の村も似たようなものであるらしく、互いに勝手な親近感を感じていた。
街道から河までのあいだは、昔ながらの宿場町だ。
ギルド森町支店を中心に、宿屋や食事処、娼館、武器屋、防具屋、道具屋などが軒を連ねている。
他の町と違っていることといえば、護衛隊や乗合馬車亭、警備兵寮などがあり、貴族の館がないことだろうか。
馬車で三日の距離であるからか、森町は直轄領となっているのだ。
町を運営している町長は町から選ばれている。
直轄領としての領地監視役はギルド監査役も兼任しているが、基本的には王都に住んでいる。
なにしろ馬車で三日の距離。
馬車ではなく馬で飛ばせば二日の距離であり、歩竜を使えば一日もかからずについてしまう。
飛竜を使った日には、半日だ。
視察ともなれば、公費で飛竜が貸し出されるため、常駐する意味がないのである。
なにより、目と鼻の先であり、巡回の警備兵が寝泊まりする警備兵寮もあるわけで、些細な事なら警備兵に頼めばいいのだ。
持ちつ持たれつな間柄であるからか、警備兵と町民は意外と仲が良い。
王都への手紙を預かれば、食堂で割引してくれることがあるくらいだ。
ギルドの冒険者たちもなんだかんだと陽気な者が多く、商人の護衛隊を結成して定期的な収入を確保しているちゃっかり者がほとんどだ。
なかには稼ぎ切ってホクホクとした顔で地元に帰っていく者もいる。
冒険者といってもピンキリである。
刺激と夢と浪漫を求めている生粋の冒険者もいれば、臨時収入を得るために冒険者を選んだ者もいる。
特に農業や漁業に従事している者たちが閑散期に冒険者をしていることもある。
腕に覚えがなくとも、護衛隊に志願すればみっちりと訓練を付けてくれるのだから、出稼ぎ冒険者にしてみれば願ったりな職場なのだ。
とはいえ、訓練は厳しく、根を挙げてしまえば雑用を担う荷運びになってしまって、賃金が下がるのも実力主義の冒険者にはよくある話だ。
賑わいをみせている宿場から足を延ばして、欄干の装飾も美しい大きな橋を渡ると森町の広場が出迎えてくれる。
露店が立ち並び、様々に価格競争を繰り広げていた。
商会と森町に許可をとれば、個人でも店を出すことが出来るためか、学園から一時帰京をしている学生たちが互いに持ち寄った本や玩具を売っていたりと、なかなかに個性的だ。
広場を囲むようにアーケード街があり、草原のむこうの鉱山で産出される、青紫色を帯びた鉄で造られた看板がぶら下がっていた。
アーケード街に店を出していないところは、薬屋と病院と、それから鍛冶屋だ。
タリン薬草店は、アーケード街から少し離れた場所に建っている。
蔦の絡んだ二階建ての店舗兼住居の後ろ側には、薬屋らしく薬草園のガラスドームが鎮座していた。
町はずれとはいかないが、何かしらの異常があった場合に周囲に迷惑が掛からないようにと、周辺の住居や店からは離れた場所にある。
さらに奥には火事の心配のある鍛冶屋と、感染の心配のある病院がそれぞれに建っていた。
タリン薬草店の看板も青紫色を帯びた鉄で造られている。
ドアノブにかけられた【商い中】の看板は、釣るさげられている看板よりも新しく、愛らしさがにじみ出ていた。
カランカランと鐘の音が、来客を告げる。
「いらっしゃいませ」
眼鏡をかけたまだ年若い少年が、どこかおっとりと笑ってぺこりとお辞儀をした。
少年の容姿の中で一際目立つ緑の瞳が、彼が【緑の魔法使い】であることを示していた。
『イラッシャイマセー!』
今度は甲高く、元気の良い声が響いた。
少年が座っているカウンターから店内へと延びる台の片隅で、紫色の瞳を持った手乗り魔女がニコニコと笑っている。
彼女は【紫の魔女】だろう。
魔力を持つ者はその力の大小にかかわらず、瞳が魔力の色に染まる。
火の魔力を持つ者は赤、水の魔力を持つ者は青――といった具合だ。
少年は緑の瞳を持っているから、植物に長けた緑の魔力を。
手乗り魔女の少女は、紫の瞳を持っているから、毒の魔力を持っている。
また、明暗で見習い、魔法使い・魔女、魔術師、魔導士という区別もできる。
見習いは深い色合いを。
最高峰の魔導士は抜けるような鮮やかな色をしている。
瞳で殺すとまで言われているのも納得の色だ。
魔法を操るものは総じて魔法師とも呼ばれている。
薬草店には似合いの二人だなと、護衛隊としての任務を終えて数年ぶりにこの町を訪れたクパルは納得した。
「ええっと、タリン殿は御不在かな?」
「祖父をお尋ねでしたか……」
「おお!タリン殿のお孫さんであったか。私は護衛隊キミリックの副部隊長をしているクパルという」
「これはご丁寧にありがとうございます。僕はタリンの孫で、この薬草店を継ぎました、セネカといいます。こちらは相棒の紫の魔女リミーです」
『副部隊長サンね。こんにちは!』
立ちあがってもう一度お辞儀をするセネカと、元気よく手をあげるリミーに、クパルは「元気だな」と笑った。
店内の雰囲気は数年前とさほどの変化がない。
店はカウンターを挟んで客側と店主側に切り分けられ、タリンの妻であるセラフがよく座っていたカウンター内の椅子もそのままだ。
薬草店であるから、薬草を煎じて薬を処方することもある。
各種様々な薬草がずらりと並ぶ、棚には変わりなく薬草が置かれていた。
むしろ最近発見された種類の薬草が増えただろうか。
薬草を保存する棚は木製だ。
棚の上からは植物がすだれのように元気に伸びている。
天井から下がっているランプに魔力は灯ってないが、南国の花をイメージして造られたと聞かされている。
「それでタリン殿は……まさか……?」
「いえいえ!祖父はとても元気です!」
「そうか、それならばよかった!依然お目にかかった時はとてもお元気でいらしたからな。それでどちらに?」
クパルの懸念を吹き飛ばせば、安心したように胸をなでおろした。
どちらに?という疑問には答え難いものがあるなあ、と、着せ替え人形サイズの魔女であるリミーと顔をみあわせた。
「それが、僕にこの店を譲って祖母と連れ立って世界を旅行中でして……」
「……お元気だな」
「僕もそう思います」
『リミーもそう思うわ。このあいだは海国から荷物が届いたのよ』
「海国!?ここから一年はかかる距離ではないか!」
馬車で一年の距離である。
飛竜を使っても半年はかかる距離なのだから、途方もない。
クパルも商人の護衛隊として海国を経て砂国まで行ってきたのだ。
行きだけで二年。
帰りにも二年。
道中には様々なことがあったため、かれこれ五年ぶりに帰ってきたところだった。
「飛竜を出してくれる貴族様のお友達がいるとかで……」
「ああ!……いや、それでもお年を考えたら大旅行には違いなかろう……」
『旅先で野垂れ死にしても妻といっしょだから大丈夫!って叫んで出てったのよ……』
「タリン殿……すごいですな……」
しばし沈黙がおりる。
年齢を考えればそのバイタリティに対して、感激すればいいのか、嘆けばいいのかわからなかったからだ。
「ええっと、立ち話もなんですし、おかけください」
「お、おお!すまないな」
「いいえ。ハーブティで大丈夫ですか?」
「それだ!」
「はい?」
『え?』
さほど広くはない店内にクパルの声が響く。
カウンターから身を乗り出して、セネカの手元を覗き込んた。
薬草棚とは別の棚、こちらは袋などの事務用品を置いているのだが、そこに茶葉とケトルも置いている。
薬草は種類が多く、個人にあわせて調合するものであるから時間がかかってしまう。
そのあいだ、茶を飲んで待っていてもらおうと、セラフがはじめたのだ。
小さくも立派な魔法の杖で、ケトルの熱伝導装置に魔力を注いでいたリミーも驚いて注ぎすぎてしまったらしい。
熱伝導装置がピー!と警笛を鳴らしてきた。
「それだ!用事があったのはハーブティなのだ!」
「ええっと……わかりました。とりあえず、座ってください」
「おお!これはすまん」
「とりあえず、一杯入れますね」
『セラフ婆様直伝だから美味しいわ』
「それは楽しみだ」
やっと腰を落ち着けたクパル。
セネカはリミーが魔力を注ぎ過ぎてすぐさま沸騰したケトルをガラスカップに注いで温めると、保存室から瓶をふたつ取り出した。
濃いオレンジ色をしたジャムと、薄いピンク色をしたジャムだ。
濃いオレンジ色のジャムをスプーン二杯。
薄いピンク色のジャムをスプーン半分入れて、お湯を注ぐ。
柑橘系の甘酸っぱい匂いがふわりと店内に広がっていった。
「どうぞ」
「ありがとう」
緑の魔法使いの手によって育てられ、煎じられた薬草はその効力を数倍にも引き出す。
薬草と一口にいっても、植物の根、茎、葉、樹皮、果肉、果皮、種子、花弁と部位は様々だ。
種子や根、茎、樹皮などは乾燥させればそのままで長期保存ができるが、葉や花弁、果肉などは乾燥させて効果のあるものと、効果がおちるものの差が激しいのだ。
そういった場合には、ジャムや蜂蜜漬け、塩漬け、燻製などにすることで長期保存とさらなる薬効を付加させるのだ。
濃いオレンジ色のジャムは、森町の背後に広がる森の中で採れたレモマトの果皮とオレンゴの果肉を、グラマリーの茶葉と共に煮詰めたものだ。
グラマリーの甘酸っぱい匂いは食欲を増進させ、レモマトとオレンゴの疲労回復効果が上乗せで体力回復が見込まれる。
薄いピンクのジャムは薬草園で栽培しているベリーハイビの果実とマテムギの果皮で作られている。
滋養強壮に効くのだが、薬効が強いのでスプーン一杯分も必要がない。
それにとても甘いのだ。
セネカとリミーは甘党なので問題ないが、友人たちは総じて顔をしかめるためスプーン半分でも多いかもしれない。
ガラスカップのなかでとけて消えたジャムを見届けてから、口をつけた。
緑の魔法使いでなくとも、薬剤師の淹れた茶や薬湯は濁りがないほど、腕のいい証拠といわれている。
年若く、魔法学園を卒業したばかりにみえても優秀な魔法使いだと、それだけで確認できた。
「うまいな」
「ありがとうございます」
おっとりと笑うセネカが椅子に座ったところで、クパルが本題を切り出した。
「実はな、五年ほど前にタリン殿と約束をしてな」
『リミーたちが聞いてもいいことなの?』
「うむ。今の店主は君たちなのだろう?ならば問題ない」
ハーブティを味わって飲みながら、クパルが話をはじめた。
五年前、長期任務である砂国までの依頼を受けた時の話だ。
砂国には砂粒石という、希少な石があるのだという。
砂丘に埋もれているとも、川底で生えるともいわれる、この国にしてみれば伝説のような代物だ。
その砂粒石を持ってきたら、薄緑色のジャムの作り方を教えてくれる。
そのような交換条件のもと、砂国で言葉が通じないなりにどうにかして、砂粒石を手に入れてきたのだそうだ。
ちなみにその砂粒石は砂国では希少ではなく、この国のモノに例えるならば数が少ないマツシメタケのようなものだそうだ。
「それで、だ。山盛り持って帰ってきた」
「……それはお疲れ様です」
『タリン爺様がごめんなさい』
「いやいや、構わんよ。それで、薄緑色のジャムの製法をだな!」
ガラスカップの中身を飲み干したクパルが、テーブルにドン!と手に持っていた袋を置く。
なかからは、枯れ木に生える砂粒石がわんさかと出てきた。
価格を聞けば、薄緑のジャムいつつ分だった。
ストックしている瓶がななつ。
そのうちひとつは開けてしまっているから、手元に残るストックは一瓶と半分だ。
あと半月で薄緑色のジャムの中身……バレリロウの葉は収穫期を迎える。
コンフラワーの開花時期もすぐそこに迫っているから、手放してしまっても問題はないだろう。
ジャムについては全権をセネカが担っているため、リミーはセネカとおそろいのローブをゆらしながらちょこんと座っている。
「ストックがありますので、その、砂粒石と同価値の六瓶はお代金としてさしあげます」
「あー……やっぱり製法は無理か」
「いえ。製法は運賃としてお渡しいたします。このリロフラワージャムなんですが、年に一度しか収穫時期がないんです。それに製法も簡単なんですが時間がかかりますので、すぐに食べたいのであはないかと思いまして」
小首をかしげるセネカ。
クパルは「いいこだな!!」と叫んでセネカの黒髪をグシャグシャと混ぜるように撫でた。
よほどこのジャムが気に入っているらしい。
バレリロウの葉は蒸してから煮詰めると、毒素の排出に適している。
コンフラワーの花弁は煮詰めると、栄養価が極めて高く体力回復に向いている。
そこにベリーハイビの果肉とレモマトのコンポートをくわえると味が整うのだ。
隠し味として、ルイネルの枝で燻製にしたアールミの実を粉々に砕いて入れる。
だが、バレリロウの葉の蒸し時間は半日以上かかるし、蒸し終わりとほぼ同時にコンフラワーの花弁を投入しなければならない。
ベリーハイビの実は皮むきが非常に面倒くさいことで有名である。
まず湯がき、乾燥させないと被子をむくことはできない。
また、小さな種子をひとつひとつ丁寧に取り除かねばならない。
しかもそのベリーハイビの親指程度の大きさの果肉とレモマトはコンポートでないと味が整わないというワガママっぷりだ。
アールミの実の燻製も、燻製時間は一日。
熟成時間が三日から五日かかる。
砕くのは簡単とはいえ、一般家庭で燻製は少しばかり荷が重い。
まして、護衛隊の副隊長である。
時間もなかなか取れないだろう。
とはいえ、効き目は抜群である。
「毒素排出と体力回復に優れたジャムになります。お茶にしてもいいですし、パンやクラッカーなどにつけて食べても構いません。ただし、効き目が強い薬草で作られておりますので、必ず八時間程度は開けて食べてください」
「ふむ……朝と夜は可能ということだな?」
一日三食がいいと顔に書いてあるが、そればかりは薬草を扱う者として頷くことはできない。
毒素だけではなく、体に必要な栄養素まで奪っていきかねないのだから。
セネカは製法を書いているあいだヒマだろうクパルへ、リロフラワージャムのお茶をだした。
ゆっくりと味わいながらお茶を飲むクパルの顔は、幸せそうだ。
三十代前半だろうクパルも、五年に及ぶ長期任務の報酬で稼ぎを終え、地元に帰るのだという。
『帰ってどうするの?』
「実は、婚約者がいてな……幼馴染なんだが、その、まだ待っててくれてるんだ」
『ステキね!どんな人なの?』
リミーが話し相手になっているからか、クパルの口調も年相応のものへと砕けてきていた。
副部隊長として威厳を出さなければならないと、虚勢を張っていた証拠かもしれない。
「黒の魔力持ってたから学園行っちまってさ。黒の見習いでも田舎じゃ重宝されるだろ」
『黒は貴重ですもの。冷却は他にはできないわ』
「そうだろ?だから学園で事務してたんだと。手紙で知ったんだ。そろそろ結婚適齢期だっつって戻ってきたらしいんだ」
『らぶらぶね!じゃあ、すぐに結婚式?』
「その予定」
『クパルさんたくましいから花婿衣装似合いそうね!』
「お世辞でも嬉しいぞ。ありがとな、かわいい魔女さん」
『お世辞じゃないわ』
そんな二人の応酬を聞きながら、セネカは製法を書き終えた。
その地元に材料がなかった時の代用薬草まで書きだしてたら、多少時間がかかってしまった。
自分の魔力を流したインクは、光に当てると緑にも見える。
これで誰が書いたのかの証明とするのだ。
最後にサインをすれば完璧だ。
「クパルさん、こちらどうぞ」
「おお!できたのか!おお!!これで好きな時に食える!!」
「時間だけは守ってくださいね。あと、子供には毒にもなりますので五歳未満の子供にはあげないでください」
「……あ、ああうん」
先ほどの会話を聞かれていたのだろう。
ほんのすこし、顔を赤らめるクパルにセネカはおっとりとほほ笑むだけだ。
クパルは製法の書かれた紙を丁寧に内ポケットへと仕舞う。
セネカが保存室から【タリン薬草店】とラベルの貼られている瓶をむっつとりだしてくると、大き目の麻籠へと入れていく。
重いが、護衛隊の副隊長をするようなベテランの冒険者だ。
重装備にもなれているだろうと籠を渡せば、クパルは軽々と持ち上げた。
嬉しそうに籠を覗き込んでは、ニコニコと笑っている。
「邪魔したな!田舎から出てくるときは利用させてもらうぞ!」
「タリン薬草店をご利用くださり、ありがとうございました」
『アリガトウゴザイマシター!』
どういうわけか、あいさつがカタコトになるリミーがぶんぶんと手を振る。
外は夕刻になっており、今日は店仕舞いとしてしまおうと【商い中】の看板を裏返して【準備中】に変えてしまう。
『あら?今日はしめちゃうの』
「もうお客さんもこないだろうし。まだ、夜は早いよ」
『そうね。じゃあ、リミーは棚の薬草を数えるね』
「うんお願い。僕はお金の勘定をするよ」
『うん!お願いね!』
お互いに作業を報告してから、閉店の支度をはじめる。
手乗りサイズではあるが、魔女のリミーは箒に乗って飛ぶこともできる。
手乗り魔女・魔法使い・魔獣は極々一般的に生活をしているから、彼らの生活必需品は滞りなくどんな辺鄙な村でも手にはいる。
魔法学園にも手乗り専用の校舎が準備されていた。
さながら、規模の大きなドールハウスのようで興味をそそられるものだった。
メモ帳を片手に、薬草を魔法で浮かせて、元に戻してを繰り返している。
おそろいのローブがふわりと広がれば、好んできているドレスワンピースの紫色のレースが躍るように跳ねる。
ミルクティーのような色合いの髪に、紫色の瞳をしたリミーはとても愛らしい。
セネカよりも二才年上の十七才だが、それでも愛らしかった。
手乗りたちは人間たちよりも、いささか天真爛漫に出来ている。
また、種族特徴として敬語があまり得意ではない。
人間に育てられた人工手乗りたちはそうでもないが、天然手乗りたちは往々にして敬語が上手く話せないのだ。
それもかわいいと思っている。
二人でやれば閉店確認もすぐに終わってしまう。
「今日の夕飯は何にしようか?」
『リミーはホットケーキがいいわ!』
「うんそれにしようか。僕のステキな魔女さん」
『そうでしょう!リミーはセネカの魔女だのも!』
えへんと、胸を逸らすリミーは愛らしいといったらない。
おどけながら、手を差し出せばそこに乗ってしまう。
手乗りは寿命は人間と変わらないものの、ある一定の年齢に達すると肉体年齢を固定することが出来る種族でもある。
リミーはまだ時を止めていない。
どうしてだろうと首をかしげるものの、女性に年齢のことを聞くわけにもいかない。
その疑問については聞くまいと心に決めていた。
「リミー。今日は何風呂にするんだい?」
『ミルク風呂がいいわ!』
「香牛のしぼりたてがあるから、それを温めるね。それとも熱湯に混ぜる方がいい?」
『うーん……迷うところね』
うーんうーんと頭を左右に揺らしながら悩んでいるリミー。
セネカの顔は楽しげだ。
階段を登り切る頃には決まっているだろうと、セネカは一番下の段へと足を踏み入れた。