第一話 その3「お約束の転校生」
「はぁ。あのな、俺にだってプライベートってもんがあるんだぞ。頼むから入るときはノックなり何とかしてくれ」
「ノックすれば入っていいのかしら」
「それはケースバイケースだ。最も俺としては入ってきて欲しくない。ということで今すぐ自室に帰ってくれ」
いつの間にか自分の部屋に取り付けられたイリスの部屋へと繋がる扉を指視して、イリスに自分の部屋に帰るように促した。イリスはというと、面白くないわといった感じに頬を膨らませながら渋々扉をくぐり、部屋へと帰っていった。
完全に向こうの部屋へと帰っていったのを確認した悠一は、ため息を付きながら自室の電気を消し、今度こそ安堵して自分のベッドへと転がり込んだ。
「……頼むから夢であってくれ」
そう言って、静かに目を閉じたのだった。
翌日。もちろん昨日出来事は夢なのではなく。昨日見たばかりの隣の部屋へと続く扉が起きてすぐ悠一の視界の中へと入ってきた。
しかし、その朝にはイリスの姿は既に家の中に無く、父の話では朝早く出かけたらしく、なんでも手続きやらなんやらと色々用事があるらしい。
それを聞いてホッとした悠一は、落ち着いて学校へと通学していったのである。
何事もなく通学できる事実をここまで幸せだったのかと悠一は思いながら、教室までたどり着き自分の席に座ったのであった。
「おお。何やらお疲れだな。悠一君よ」
悠一のすぐ前の席に座っている角刈りの少年。悠一の親友であり、よき理解者である那郷 徹。朝から机に疲れたように突っ伏している悠一を見て、心配して声をかけたのだった。
「ああ。昨日からウチに悪魔が来てな」
「なんだよ。世にも奇妙な話でもするのか?」
「似たようなもんだな」
悠一が昨日起きたことをどこから話したものかと考えていた時だった。
「そういえば、今日は転校生がくるらしいな」
どこから聞こえてきたその言葉を悠一の耳が捉えた。
「おい。転校生が来るのか!?」
ガバッと起き上がって、徹に向かってそう問いただす。
「ちょ、ちょっと待てよ。それを言ったのは俺じゃねぇって。でも、らしいな今朝かクラス中がその噂で打ち切りだ」
もはやお約束といえば、お約束。
昨日の出来事の後で悠一のクラスに来るという転校生となれば、既に展開は読めている。故に、悠一もこの避けられない未来がハッキリと見えていた。
それはもう恐ろしい程、鮮明に。
「みんな。席に付け。それじゃ、早速だが転校生を紹介するぞ」
担任のその声にクラス中の視線が教室の入口に一気に集まる。もちろん悠一の視線も教室の入口の扉に釘付けだった。
分かっていたのに、その姿が見えた瞬間、絶望の二文字が目の前に落ちてきたように雄一には感じてしまう。
教室の扉を開けて、見たことのあるポニーテールの紅い髪をなびかせて歩いてくる姿。クラス中から歓声とも言える黄色い声が上がる、たった一人を除いて。
「地獄だ……」
「おい。悠一。見ろ。よすんげぇ美人だぜ。ありゃ、外人さんかな?」
「ああ。そうだな。憎たらしいぐらいだよ」
なんだよテンション低いなといった感じに首をかしげる徹。悠一としても、初めて、彼女を見たのだったら少なからず彼女に好印象を抱いただろう。しかし、彼女のことを知っている悠一にとっては、好印象を抱く気にはならなかった。
「えっと。みなさんはじめまして。イリス・ロードナイトと申します。イタリアから来ました。気軽にイリスとお呼び下さい。どうぞよろしくお願いします」
「ということだ。みんな仲良くしてやってくれ。えっと、イリスの席は……」
「わたし、ユーイチの横がいいですわ」
さっきまでイリスのことを見ていたクラスの目線が一瞬して、クラスの左奥、窓際の席に座る悠一へと移る。
「悠一。どういうことだ?」
悠一の前に座っていた徹の顔がピクピクと引きつる。もちろんクラス中から、「嘘でしょ!?」「優一のヤロウいつの間にあんな可愛い女の子と!」「信じられない!!」といった感じにさっきまでの黄色い声から打って変わって殺気じみた声が聞こえてくる。
「ユーイチの家にホームステイしていますので」
イリスのその言葉が更に火に油。いや、ガソリンを注ぐような結果となる。クラスの殺気が今まで以上に高まったのが悠一もハッキリと分かった。
「悠一君。あんな美少女と同居しているってことだよなぁ。昨夜はお楽しみだったようで?」
青筋が見えそうなレベルにピクピクしている徹。悠一はというと、黒板の前でドヤ顔、王立ちしているイリスを睨みつけていた。
そんなクラス中の怒りをよそに担任は何事もなかったように話を続ける。
「長谷川。すまんが、イリスに席を変わってやってくれ」
「分かりました」
教室の前から悠一の隣へとやってきたイリスは、悠一の隣の席に座っていた長谷川さんと席を交換して悠一の真横に座ることになった。
荷物を置き、周りのことのなど、一切気にする素振りもみせずに悠一に向かってニコリと微笑んだ。
「よろしくお願いね。ユーイチ」
「ああ、よろしく頼むぜ」