魔眼
「ここか……」
中心街を抜け、ウラルの森の入り口に着いた。
辺りはもう完全に暗闇に染まっている。
だが森からは、かなりの数の人の気配がする。
騎士団だろう。
「どうするかな。遭遇したら面倒だ」
「団服を奪えば良いんじゃないですかぁ? 」
さらっと野蛮な提案をするリリス。
まぁ、それぐらいしか手は無いが……
「俺はともかく、お前は絶対にバレるわ。ピンク色の髪した奴なんていねえだろ」
「暗いからその位はどうにかなりますって」
言いながら、森に入って行くリリス。
俺は溜め息をつきながら、後を追い掛ける。
時間差は殆ど無かった筈だが、リリスの姿が見当たらない。
「は? おい! リリス何処だ?! 」
「大きい声出したらダメですよう」
焦る俺とは反対の呑気な態度で、茂みからリリスが現れる。
両手には騎士団の純白の団服。
「奪ってきましたぁ。はい、どうぞぉ」
「……速すぎだろ」
「暗部組織を舐めないで下さぁい」
「殺してないよな? 」
「勿論ですよぉ。気絶させただけですぅ」
「そうか」
俺はリリスに言葉を返しながら、素早く浴衣から団服に着替える。
浴衣は茂みに隠しとくか。
「女の子の前でよく平然と着替えられますねぇ」
「お前はそういうの気にするタイプじゃねえだろ。どう見ても」
「何ですかぁ、それ。まぁ、別に良いですけどぉ。私も着替えるので向こう向いてて下さぁい」
「暗くて見えんぞ」
「良いから、向いてて下さい」
「……分かったよ」
仕方無く、リリスに背を向ける。
しばらくすると、しゅるしゅるっという音がする。
「良いですよぉ」
その言葉を聞き、振り返る。
「だぼだぼだな」
「それは、まぁ……」
奪ったのは男のだろう。
裾も袖も余りきってる。
騎士団には女性もいる筈だが……まぁ、どうでも良い。
「んじゃ、行くか。獲物は目と鼻の先だぜ」
「はぁい」
団員に成り済ました俺達は、森を進んで行く。
森には団員達がうじゃうじゃいる。
手に松明を持ち、捜索をしている。
「お前達、松明はどうした? 」
松明を持ってない俺達は当然、そんな声を掛けられる。
「あぁ。すいません。忘れました」
リリスを見られない様に、前に出て答える。
「仕方無いな」
団員はそう言うと、木の枝を折り火を点けた。
「ほら」
「ありがとうございます」
それを受け取り、礼を言ってから素早く離れた。
「てめぇ、松明も奪っとけよ」
「襲った際に消えちゃいましたぁ」
舌を出して可愛らしく言うリリス。
どんな襲い方したんだよ……。
「さて、どこら辺にいんのかねえ」
「うわぁぁぁ! 」
森を彷徨いていると、数人の叫び声が聞こえた。
俺とリリスはすぐさま、その声の元へと行く。
周辺にいた他の団員達も皆だ。
「どうした! っ!? 」
俺達が駆けつけた場所に居たのは、火だるまになっている団員達。
そして、そこに佇む1人の男だ。
「貴様! 何者だ! 」
団員の1人が剣を抜き、叫ぶ。
だが男は全く動じず、不敵な笑みを浮かべている。
「何者だだぁ? てめぇらが探してる者だよ」
「貴様……ジェローム・スターリングか! 」
「ご名答」
団員が男に差し向けた松明で顔が見える。
確かに手配書にあった顔だ。
「かくれんぼにも飽きたからよぉ、出てきてやったぜ」
「良い度胸だ! 」
団員の1人が斬りかかる。
「雑魚が、喚くなよ」
団員が片手に持っていた松明が突然激しく燃え上がり、団員の身体を包んだ。
「なっ!? がっあぁぁぁぁ! 」
炎に包まれ、悶える団員。
「くそっ! 何をした! 」
「さぁな」
他の松明も次々と燃え盛っていく。
「ちっ! 」
俺は松明を投げ捨てる。
地面に落ちた後で激しく燃え上がる。
「ベイと同じ炎従魔術か? 」
あれなら、今みたいな芸当が出来る筈だ。
だがそれは、隣に立つリリスに否定された。
「あれは多分、魔眼です。炎の燃え上がる前に、瞳が輝きを放ってましたから」
「魔眼? 」
魔眼ってのはその名の通り、魔術を宿した目だ。
存在は知ってるが、目の当たりにするのは初めてだ。
「炎を操る魔眼か? 」
「そこまでは流石にぃ」
「ハッハッハ! 死ね雑魚ども! 」
男が叫ぶと、炎が更に激しく燃え上がる。
それは木に燃え移り、急速に広がっていく。
「こいつ、森を焼き払うつもりかよ? 」
「かもしれませんねぇ! 一旦引きましょう! 」
「ちっ! 」
大金を目の当たりに逃げるのは勿体無いが、状況判断が出来ない程馬鹿じゃ無い。
どの道これじゃあ騎士団も引き上げるだろう。
「行くぞリリス! 」
「わっ! 」
リリスを片手で抱き抱え、緑糸を展開。
まだ炎の移ってない木にくっつけ、飛び移る。
そこかはまた別の木にくっつけ、木から木へと移動して、炎から逃れる。
「わーお! 何だか楽しいでぇす! 」
「遊んでんじゃねえんだぞ! 」
呑気にはしゃぐリリスに渇を入れながら、飛び移り続ける。
そしてやっと森の外に出る。
外から森を見渡すと、ある場所からもくもくと煙が上がっている。
「大丈夫か? あれ」
「まぁ、水属性の人とかいるでしょう」
完全に他人事といった感じでリリスが言う。
「で、どうします? 」
「今日は帰ろう……」
そろそろ飯の時間だろうしな。
「それは良いですけど服はどうするんですかぁ? 浴衣、森の中ですけどぉ」
「あ……」
すっかり忘れていた。
俺らがいる場所は入って来た場所とは違う。
戻るのは面倒だ。
「何とかなんだろ……。何とか」
「はぁ……」
俺の返答にわざとらしく溜め息をつき、歩き出すリリス。
「ちょ待てよ! 」
俺はそれを追い掛ける。
森からは炎の燃える不気味な音が聞こえてきていた。




