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魔術学校の糸使い  作者: タカノ
合宿編
32/43

星に願う事なんて

 

 部屋を抜け出した俺は、そのまま旅館からも出た。

 冷たい夜風が浴衣の裾を撫でる。


「この下駄ってやつ、歩きにくいな……」


 旅館の中庭へ行ってみる。

 小石が敷き詰められた庭には、小さな池と数本の木に、3人座れるくらいの木製の長椅子があるだけ。

 その長椅子に、誰かが座っている。


「ウィル……ヘルミナ? 」


 俺の言葉に、椅子に腰掛けている人物が振り返る。

 暗闇でも分かる鮮やかな金髪と青い瞳。

 やっぱり、ウィルヘルミナだ。


「ニコラス」

「よっ。何してんだ? 」

「少し……夜風に当たっていただけだ。君は? 」

「俺もそんなとこかな。座っても? 」

「あぁ」


 椅子の真ん中に座っていたウィルヘルミナが少し横にずれる。

 それにより、俺が不自由無く座れるスペースが開く。

 俺はそこにゆっくりと腰を下ろす。


「星が綺麗だな」

「あぁ」


 2人揃って空を見上げる。

 沈黙が場を包んで、風さえ止んだ。

 何か気まずいな……。


「ニコラス……」

「ん? 」


 不意にウィルヘルミナが口を開く。

 俺はちょっと慌てて、危うく声が裏返るとこだった。


「君は、兄弟はいるか? 」

「……いや。いねえな」

「そうか。私には兄と双子の弟がいる。弟の方は“いた”と言った方が正しいが」


 含みのある言い方に、俺は視線をウィルヘルミナに向ける。

 ウィルヘルミナは俯いていた。


「亡くなった……のか? 」


 聞いて良いものかどうか逡巡しながらも、恐る恐る訊ねてみた。

 ウィルヘルミナは特に気を悪くした様子も無く、ただ首を横に振った。


「私の家は貴族だ」

「あぁ。知ってるよ」

「アリアンツもトラフォードと同じで、貴族の家系には優れた魔術師が多い」

「だろうな」

「しかし、私の弟……ヴィルヘルムは魔術を使えなかった」


 直感的に話の先が読めた。

 ウィルヘルミナの表情が暗くなる。


「それが理由でヴィルヘルムは家の中で冷遇されていた。私と、兄は熱心に教育を施されたが、ヴィルヘルムは一切構われなかった」


 似てる……俺に。


「特に兄は、ヴィルヘルムに対して暴行を加える事もあった。私はただ見ているだけで、何も出来なかった」


 ウィルヘルミナの身体が微かに震える。

 また吹き出した風のせいだろうか。

 さっきまでより、ちょっと強い。



「ヴィルヘルムには他にも、普通とは違う所があった」

「違う所? 」

「ヴィルヘルムは蛇と会話をしていた」


 胸がドクンと脈を打った。

 反射的に胸を押さえる。

 何だ?


「ニコラス? どうかしたのか? 」

「あ、いや。何でも無いよ。話を続けてくれ」


 ウィルヘルミナは不思議そうな顔をするものの、再び話を始める。


「ヴィルヘルム以外は誰もその蛇の声を聞く事は出来なかったが、ヴィルヘルムは聞こえると言っていた。その蛇と会話をしていると。それがまた、ヴィルヘルムの家庭内での立場を悪くした」


 何から何まで俺に似てる。

 この先も一緒だとしたら……


「そして私とヴィルヘルムの8歳の誕生日の夜、事件は起きた」


 やっぱり……。


「兄がその蛇を殺してしまったんだ。ヴィルヘルムは泣き叫び、その蛇を抱え、家を飛び出した」

「飛び出した? 」

「あぁ。それっきりヴィルヘルムの消息は不明だ。生きているのかさえ……」


 最後は俺とちょっと違った。

 それでも、共通点が多すぎる。

 ただの偶然なのか?


「その蛇って、どんな蛇だった? 」

「……見た目は普通の蛇だった。ただ、不気味な位に真っ白だったな」

「お前の弟……ヴィルヘルムは他に何か言ってたか? 」


 俺が言うと、ウィルヘルミナは顎に手を当て考え込む。

 しばらくして、何かを思い出した様にハッとし顔を上げる。


「ヴィルヘルムは自分を“二十三人目”の片割れだと言っていた」

「二十……三人目? 」

「あぁ。意味は分からないが、確かにそう言っていた」


 今度は俺が顎に手を当て考え込む。

 二十三人目……。


「ニコラス? どうしたんだ? 随分とヴィルヘルムに興味があるようだが……」

「い、いや! 別にんな事はねえよ! うん! 」

「……そうか」


 そう言うと、ウィルヘルミナは再び俯く。


「ヴィルヘルムがいなくなった後も、フランドリッヒ家は特に変わり無く日々を送った。ヴィルヘルムなんて最初からいなかったかのようにね」


 ウィルヘルミナの言葉は暗く重く沈んでいく。


「そして私はいつか、この家にはもういたくないと思い始めていた」

「だから、こっちに? 」

「あぁ」


 なるほどな。

 まさか、ウィルヘルミナにこんな事情があったとは。

 何だか、凄くもやもやする。


「私は最低な人間だろうか? 」


 ウィルヘルミナが震えた声で言う。


「私は何もしなかった。文字通り、何も。兄の様に暴行を加える事もしなかったし、両親の様に軽蔑の言葉を浴びせる事も無かった。だが、助ける事もしなかった。私は最低な人間か? 」

「あぁ。最低な人間だよ」


 俺の顔を見て訊ねてくるウィルヘルミナに視線を合わせ、言い放った。

 ウィルヘルミナは目を見開き、そして俯いた。


「何もしてないなんて、お前の都合の良い解釈だよ。ウィルヘルミナ。お前は見捨てるという行為をしたんだ。少なくとも、ヴィルヘルムはきっとそう思ってる」

「そう……だな。君の言う通りだ」

「でも、お前に心の底から申し訳無いって気持ちがあるなら。それを伝えるべきだ。もし会えたらな」

「許して……くれるだろうか? 」

「どうかな。ヴィルヘルムが心の広い奴だったら許してくれるかも。俺だったら許さないけどな。俺は心が狭いから」


 笑ってるつもりで言う。

 でも、多分笑えて無いだろう。


「だけど、許しはしないけど、謝ってもらえたら嬉しいだろうなとは思う。心の底から謝ってもらえたのなら。だけど、元に戻らない物ってのは確かにあるから」

「ニコラス……」


 やべ。

 話過ぎたかな。


「ま、まぁ、想像だけどな! 山なし谷なしの平々凡々な人生を歩んできた俺の精一杯の想像! だから気にすんな! もし出会えたら謝れよ。仲直りできる様に俺も祈るから! この星に! 」


 俺はビシッと星空を指差す。

 ウィルヘルミナは一瞬呆気にとられていたが、すぐに可笑しそうに柔らかく微笑んだ。


「ありがとう。ニコラス」


 耳に心地よく響く、優しい声だった。

 ヴィルヘルムは少しはマシだ。

 こんな姉がいるんだから。


「君のお陰で勇気が出たよ。もし会えたら心の底から謝ろうと思う。それで、許してもらえないとしても、何もしないままよりは良い」

「あぁ。そうだな」


 ウィルヘルミナはもう1度微笑み、立ち上がる。


「そろそろ戻ろうか」

「あ~、俺はもう少しいるよ」

「そうか。分かった。それじゃあ、おやすみ。ニコラス」

「あぁ。おやすみ。ウィルヘルミナ」


 ウィルヘルミナは旅館に戻って行った。

 俺は1人、星空を見上げる。

 星に願い事をすれば叶うって誰が言い出したんだろう。

 本当に叶うんなら、俺は何を願うだろう。

 シリウスやエヴァンジェリーナ達と和解?

 まさか。

 ありえない。

 脳裏に浮かんだ考えを、すぐに打ち消す。

 何で俺がそんな願いをしなきゃいけないんだ。

 星に願う事なんて、俺には何もないぜ。

 願うべきは、あいつらの方だ。

 ウィルヘルミナの様に、あいつらも……。


「―――っ!? 」


 不意に涙が出てきた。


「くそっ! 何だよっ! 」


 乱暴にそれを拭う。

 でも止まらない。

 諦めた。

 だって、俺は悲しいんだから。


「……ちくしょう」


 俺はヴィルヘルムと自分が同じだと思った。

 でも、よく考えたら違う。

 だって、ヴィルヘルムにはウィルヘルミナがいる。

 俺には誰がいるんだ?

 誰が星空の下で俺の事を思ってくれるんだ?

 誰もいない。

 そんな事、どうでも良いと思ってた筈なのに。

 1度考え出すと止まらない。

 そもそも、何でこんな事になったんだ。

 憎たらしく思えてきた星空に右手を翳す。

 蜘蛛の刻印が仄かに照らされる。


「何がどうなってんだよ……」


 知りたい事が山程ある。

 答えは何処かにはあるのかもしれない。

 でもそれは、遥か空の上で輝くあの星よりも遠く思える。


「何で……」


 何で俺は魔術が使えないんだ。

 何で俺とヴィルヘルムの境遇はこうも似てるんだ。

 何で俺には……


「アリアドネ……」


 お前の声が、聞こえたんだ。







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