手合わせ
「はぁっ! 」
顔に向かって飛んでくる水弾を素手で弾く。
「俺に向かって撃てる様になったのは良いが、威力が弱すぎる。こんなんじゃ威嚇にもならないぞ」
「あぅ……」
手をヒラヒラさせ水滴を飛ばす。
セリーンは俺の言葉に落ち込んだ様に項垂れる。
特訓を始めてから1時間程、俺に向かって撃てる様にはなったが、明らかに怪我を負わせないようにと手加減をしている。
でもまぁ、良くなってはきた。
「はぁ……はぁ……」
膝を押さえ、肩で息をするセリーン。
大分、きつそうだな。
「一旦、休憩するか? 」
「お、お願いします……」
そう言って、セリーンはへたり込む。
俺は岩の上から飛び降りる。
「ちょっと、皆の方見てくるわ」
「はぃ……」
俺の言葉に、か細い声で返すセリーン。
何かもう死にそうだな……。
「やっとるかね~」
セリーンを残し、クラスメート諸君が特訓をしてる場所にやって来た。
俺とセリーンは旅館の裏の林の拓けた場所でやってたが、皆は旅館から離れた広場でやっている。
「何だギルクリスト。ルナホークはどうした? 」
「休憩中です。きつそうだったので」
声をかけてきた先生に、そう返す。
「先生こそ、何も教えてない様に見えるんですけど」
タバコ吸って、突っ立ってるし。
「いやぁ。皆優秀でな」
何の感情もこもっていない様な声で言う先生。
やる気あるのか?
「特にフランドリッヒ、ブレイディ、アルステッドはかなり優秀だな」
視線を先生が見てる方向に向けると、ベイとエミリオが戦っていた。
模擬戦か。
ベイの周りには炎が渦巻いている。
そういや、アイツは火属性だっけか。
「おらっ! 」
ベイは渦巻く炎を集束し、炎弾にして放つ。
シリウスのより遥かに大きい。
一方のエミリオは、左手に水で出来た小さい弓を持ってる。
エミリオは水属性みたいだ。
「水弓・十連」
その弓から水の矢が連射される。
それは炎弾を穿ち、球体を崩す。
しかし、炎はそこからまた集束し再構成。
エミリオに向かって飛んでいく。
「何だあれ? 」
思わず口に出してしまう。
そのくらい、今のはおかしい。
普通、魔力を変換して生成した物は最初の形を崩された時点で、力を失う。
さっきのセリーンの水弾や、ハゲ兄弟の兄貴の方の蛇もそうだった。
形が崩れた時点で、コントロールが効かなくなる訳だ。
それなのに、今の炎弾は1度形が崩れたにも関わらず、そこから再び球体に戻った。
「ブレイディはな、炎従魔術の使い手だ」
「炎従魔術? 」
先生の口から放たれた、聞き覚えの無い単語。
まぁ、言葉の響きから何となくは分かる様な気がするが。
「炎従魔術ってのは従属魔術っていう魔術の中の1つでな。言ってみりゃ全能の操炎術だ。炎を文字通り自由自在に操れる
「全能の操炎術! そりゃ凄いっすね」
「炎で出来る事は何でも出来るし、鍛えれば色んな能力を持った炎を生成・操作する事が出来る」訳だ
あいつ、そんな力まで持ってやがったのか。
俺の視線の先では、ベイとエミリオが激しく戦いを続けている。
「んで、フランドリッヒだが……」
先生の視線が別の場所に向く。
その先にいたのは、悠然と立つウィルヘルミナと、汗だくで倒れこんでいる何人ものクラスメート達。
「あれ、全部ウィルヘルミナが? 」
「あぁ。ありゃ中々の化物だ。このクラスじゃあ、お前の次に強いだろうな」
ウィルヘルミナを見てると、目が合う。
すると、アイツはこっちにやって来た。
「ニコラス。君はセリーンの教官をやっているのでは? 」
「教官て……。今は休憩中だよ」
「そうか」
ウィルヘルミナの右手には、銀色に輝く剣。
剣士なのか。
「ならば、ちょうど良い。私と手合わせしてくれないか? 」
「えぇ? 」
ウィルヘルミナからの突然の提案に顔をしかめた。
だって面倒臭い。
だが、俺の気持ちとは反対に周りは盛り上がる。
いつの間にか、ベイとエミリオも戦いをやめて、こっちに来ていた。
「ニコ! 俺達の仇をとってくれ! 」
叫ぶベイ。
仇ってアレか。
昨日の。
それなら100%お前が悪いぞベイ。
「反省していないみたいだな? ベイ」
「ひぃっ! 」
ウィルヘルミナに睨まれ、怯えるベイ。
情けない奴め。
「それで、ニコラス。どうだ? 」
ベイから視線を外し、剣を構えながら言うウィルヘルミナ。
やる気満々ですやん。
はぁ……。
「分かったよ……」
「はっ! 」
「おっと! 」
凄まじい速度で振るわれるウィルヘルミナの剣を躱す。
ちなみに、剣は模造剣だ。
まぁ、当然だけどな。
「さすがに速いな! 」
「そっちこそ」
繰り出される突きを躱し、蹴りを放つ。
ウィルヘルミナはそれを屈んで避けると、下から剣を突きだしてくる。
「へっ! 」
「なっ!? 」
俺はジャンプし、そのまま剣の鋒に片足で乗る。
そして青糸を展開・集束し、真下に叩きつける。
「くっ! 」
ウィルヘルミナは剣で俺を押し退け、回避。
体勢を整え、低い姿勢で俺に詰め寄る。
「蜂の巣突き」
繰り出されるのは、無数の残像が見える程の超高速の突き。
隙間なく繰り出されるそれを躱しきれる訳も無いので、青糸を編み盾状にして防ぐ。
「ぐっ! 」
青糸の盾にぶつかる剣から鈍い音がする。
強度は青糸の方が遥かに上だ。
突きを繰り返せば、剣は使い物にならなくなる。
それを悟ったのか、ウィルヘルミナは後退。
だが、次の瞬間には俺の背後に。
「はっや! 」
薙ぎ払う様に振るわれる剣を、身体を曲げて躱す。
「これでも当たらないのかっ! 」
驚きと苦々しさが混じった様な声色のウィルヘルミナ。
しかし、諦める事なく更に剣を振るってくる。
「ふっ! 」
「おっと」
「はぁっ! 」
「よっ」
「てあっ! 」
「ほっ」
あらゆる方向・角度から振るわれる剣を躱し続ける。
ウィルヘルミナの身体能力と体捌きは、俺の想像を遥かに越えて高いレベルにある。
シリウスやエプスタインなんかとは比べ物にもならない。
……まぁ、それでも俺には当たらないんだけどね。
「くっ……! 」
ウィルヘルミナが剣を降り下ろす。
俺は横にでは無く、後ろに半歩退いて躱す。
だが、これは悪手だった。
ウィルヘルミナがふっと笑う。
「燕返し」
下から上に、俺の喉元に向けて凄まじい速度で剣が迫る。
模造剣とはいえ、喉なんかに当たれば結構なダメージだ。
「もらった! 」
叫ぶウィルヘルミナ。
だが……
「残念」
「―――っ!? 」
剣は俺の喉元の手前で止まる。
剣だけでは無く、ウィルヘルミナの身体も動きが完全に停止。
その原因は、俺がウィルヘルミナと剣に巻き付けた青糸だ。
これで雁字搦めにして、動きを封じ込めた。
「青糸は本来、拘束用だからな」
「いつの間に……」
自分の身体を見るウィルヘルミナ。
俺はそっと右手をウィルヘルミナの額にやり、
「ういっ」
「いつっ!? 」
デコピンをかました。
「随分と可愛い反応だな? 」
「~っ! 」
俺がからかうと、ウィルヘルミナは顔を真っ赤にする。
可愛い奴め。
「とりあえず、俺の勝ちで良いよな? 」
ウィルヘルミナが頷いたのを確認してから、青糸をほどく。
すると、周囲からは歓声があがった。
「やっぱニコラス凄えわ! フランドリッヒに余裕勝ちかよ! 」
「さすがは我らが頼れるエース! 」
ここぞとばかりに俺をヨイショする野郎共。
まぁ、悪い気はしないがな。
「よくやったぞ、ニコ! 」
腕を組み、ウンウンと頷きながら言うベイ。
何で上からなんだよ。
「よ~し。もうすぐで昼飯の時間だぁ。旅館戻っぞ~」
先生のその言葉で、俺を中心にして出来ていた人の輪はあっさり崩壊した。
俺より飯の方がプライオリティ高いのかよ。
そりゃそうか。
「ギルクリスト。ちゃんとルナホーク連れて来いよ」
「ういーす」
先生ばりの気の抜けた返事をして、俺も皆に続く。
セリーン……あいつ死んでないだろうな。




