エクストリーム枕投げ
風呂から上がったら夕飯だ。
昼飯食ってないから腹ぺこぺこ。
浴衣とやらに着替え、食事が用意されてる広間へ向かう。
広間も畳張りで、料理の乗ったちっこい机が人数分ある。
聞いたら、膳って言うらしい。
「好きな場所に座れ~」
上座のフェルガス先生が言う。
既に何か飲んでる。
多分、酒だろう。
俺達は言われた通りに、好きな場所に座る。
やっぱりベイとは隣だ。
料理は当然だが神州料理。
魚や吸い物がある。
「それじゃあ、食うか。神州では食事の前にいただきますって言うらしいから、それをやる。俺が先にやるから後に続け」
フェルガス先生が手を合わせる。
俺達も真似して合わせる。
「いただきます」
「いただきます!!! 」
大きな声が響き、食事が始まった。
箸ってやつを使って食べるんだが、これが中々難しい。
皆、悪戦苦闘してる。
「くっそ……この箸ってやつ食いにくいな。なぁ? ニコ……って、うおおおおっ!? 糸で操っとる!? 」
ベイが俺を見て、大袈裟に驚き叫ぶ。
ベイの言う通り、俺は緑糸を箸にくっつけて操って食ってる。
皆の視線が俺に集中する。
「お前それ……箸で食べる方が簡単じゃない? 」
フェルガス先生が、ポツリと呟いた。
「ふぅ~。食った食った」
食事を終え、部屋に戻る。
各々、自分の布団の上でリラックスモードだ。
「しかし、さっきまでずっと寝てたから、もう眠れないよな」
ベイの何気無い呟きに、皆が反応する。
その中で、1人の男が勢い良く立ち上がる。
エミリオ・アルステッド。
長めの茶髪で、女みたいに綺麗な顔をした奴だ。
「そんな時に、こういう場でする事はただ1つ……」
アルステッドは小さく呟く。
手には枕。
視線は俺に。
めちゃくちゃ嫌な予感がするんだが……。
「それは……」
「そ、それは? 」
ごくりと喉を鳴らし、ベイが訊ねる。
いちいち、大袈裟な奴だ。
「それは……ピローファイトだぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぶっ!? 」
アルステッドがぶん投げた枕が俺の顔面にクリティカルヒットする。
いや、正直予想はしてたけどさ!
でも違うじゃん?
ピローファイトって枕で叩き合う遊びじゃん?
投げないでしょ、普通。
俺のそんな心の中の呟きが通じる訳も無く、男達は一斉に戦士と化した。
「うおおおおっ! ギルクリスト討ち取ったりぃぃぃぃ! 」
「うおっと! 」
四方八方から俺に枕が投げられる。
俺はそれを機敏に躱わす。
「おい! 何で俺ばっかり狙うんだよ! 」
俺は叫ぶ。
これは正当な訴えだ。
1人を集中攻撃なんて、この手の遊びで1番やっちゃいけない事だ。
いじめ、カッコ悪い。
「バトルロイヤルで1番強い奴を協力して先に倒すのは当然だろう! 」
「そうだ! 教師を倒しちまうような奴に1対1で勝てるかよ! 」
こいつら……。
「あのな……。そもそも俺は参加するとは……ぶっ!? 」
横っ面に枕が激突。
そっちを見ると、ベイがニヤニヤと俺を見ていた。
「余所見しちゃいやーん」
ベイのふざけきった言葉と態度に、俺の繊細な堪忍袋の緒はズタズタに切れた。
「……戦争じゃあああああああ!!! 」
「うおおおおっ!!! 」
響き渡る怒号。
飛び交う枕。
部屋は一瞬で戦場と化した。
「勝つのはニコラス! 勝つのはニコラス! 」
自分で自分を応援しながら孤軍奮闘。
飛んでくる枕を掴み取り、投げ返す。
「ふっ! さすがは1年最強候補筆頭! この程度では倒せないか! 」
エミリオが言う。
候補って何だよ。
「最強は俺に決まってんだよぉ! 」
力一杯枕を投げつけるが、ひらりと躱された。
「勝つのは……俺だ! 」
エミリオが右手を挙げる。
人差し指を立て、不敵に微笑んでいる。
「固有魔術発動―――錯乱の園」
奴が術を発動すると同時に、視界がグニャリと歪む。
だが、一瞬で元通り。
何だ……?
「良く分からんが、喰らいやがれっ! 」
枕を持った右手を振り抜き投げつけた……つもりだったんだが、枕は飛ばない。
何故なら、枕は俺の左手に掴まれてるからだ。
「あれ、今確かに右手に……」
俺が戸惑っていると、アルステッドが高笑いをする。
「これが、俺の魔術《錯乱の園》の力だ! これを発動した瞬間、周囲の人間全てに偽の五感情報を叩き込み、あらゆる感覚を狂わせる。右手で触れていると感じた枕は左手で触れているし、前から来ている様に見える攻撃は後ろから来ている。言葉で理解するのは簡単だろうが、その状態でまともに動くのは不可能だ! 」
「おい、アルステッド! 何で俺達まで! 」
「これはバトルロイヤルだぞ。全員敵だ」
「くそっ! 最初からこのつもりでっ! 」
他の連中がアルステッドに枕を投げつけるが、悉く外れる。
「ふっ」
アルステッドは悠々と、そいつらに枕をぶつける。
あいつの言った通り、頭で理解しても実際に動こうとすると、かなり混乱する。
これはまずいな……。
そう思っていると、ベイがふらふらと歩き、窓を開ける。
あいつまさか……。
「う、うおおおおおおおっ! 」
ベイの体はメキメキと音を立てて膨れ上がる。
浴衣ははだけ、銀色の体毛を持つ狼が姿を現した。
「な、何だ!? 」
その姿に皆驚く。
「固有魔術発動―――月の奴隷……。喰らえっ! 」
ベイが枕を投げる。
それは凄まじいスピードで、アルステッドのどでっ腹に命中。
アルステッドは膝から崩れ落ちる。
「な、何故……」
「この状態の俺は野生の本能が極限まで研ぎ澄まされる。体が正しい動きを勝手にするんだ。感覚に干渉する類いの力は俺には効かねえ。残念だったな」
「……無念」
アルステッドはそう言うと、パタッと倒れた。
弱え~。
1発KOかよ。
視界がまたグニャリと歪む。
多分、術が解けて元に戻ったんだろう。
再び、枕が飛び交う。
裏切り者が出た事で、奴等は手を組むのをやめたらしい。
乱戦になる。
「ベェェェェイ! さっきは良くもやってくれたなぁ! 」
「ぐえっ! 」
ベイの顔面に思いっきり枕をブチ当てる。
奴は一瞬怯むが、すぐに投げ返してきた。
凄いスピードだ。
だが、
「効くかよぉ! 」
黄糸を大量に出して、カーテンの様に眼前になびかせる。
それに激突した枕は、そのままのスピードでベイに跳ね返る。
「うおっ!? 」
しかし、それは躱された。
野郎……かなりすばしっこくなってやがる。
次はどうするか。
そう考えてると、
「ぐへらっ!? 」
突然、グルグルと回転する枕がベイの横腹に激突し、吹き飛ばした。
枕が飛んで来た方を見ると、巨漢がいた。
名はチャンコ・セキトリ。
良く見ると、他の奴等は皆やられたようだ。
「後は俺とお前だけみたいだな……」
「いや、俺まだやられて……」
「ふんっ! 」
「ぐほっ!?」
立ち上がろうとするベイに思いっきりブチ込み、沈める。
「後は俺とお前だけみたいだな……」
「どすこいっ! 」
「俺は他の奴等みたいにやわじゃねえぜ」
「どすこいっ! 」
こいつ、これしか喋れねえのか?
まぁ、良い。
決めるぜ!
「おらっ! 」
先手必勝とばかりに枕を投げる。
しかし、それは奴のプヨプヨの腹に当たり、ぽよんっと可愛い音を出して力無く跳ね返った。
沈黙する俺。
奴はゆっくり枕を手に取り、
「風張手」
手で突いた。
枕はグルグルと回転し、俺に向かってくる。
さっきのはこれか!
「ふんぬらぁ! 」
俺は右足を振り抜く。
避けても良かったが、真っ向勝負してやる。
「どらぁ! 」
回転を完全に打ち消し、蹴り返す。
しかし、またもやプヨ腹に威力を吸収される。
だが、それは予想通り。
俺はそばに落ちてた枕を素早く掴み、セキトリに向けジャンプ!
目を見開いて俺を見るセキトリの顔面に……
「ピローハンマァァァァッ! 」
即興で考えた必殺技をお見舞してやった。
「はっけ……よーい……」
俺の必殺技をモロに受けたセキトリは謎の言葉を残し、この世を去っ……てはいませんねハイ。
「ふぅ……」
激しい戦いだった。
築き上げた屍の山を見る。
まぁ、やったの殆どアルステッドとセキトリなんですけどぉ。
とりあえず、
「俺の……勝ちだぁぁぁ! 」
拳を突き上げ、そう叫んどいた。
さ、汗かいたし風呂行こ。




