到着
「よ~し。全員揃ったなぁ」
フェルガス先生の間の抜けた声が響く。
ハイバリーに入学して初めての休日が終わった、週の始めの早朝。
今から合宿地、ブリタニア島に出発だ。
俺達B組は現在、荷物を持って中庭に集まっている。
俺の目はさっきからセリーンに釘付けだ。
いや、正確にはセリーンじゃ無く、セリーンの荷物。
「セリーン……お前、向こうに永住でもする気か? 」
そう言いたくなるくらい大量の荷物を持っている。
だが、当の本人は不思議そうに俺を見てる。
「何でですか? 」
「いや、何でもねえ」
言っても意味無い。
他人がとやかく言う事でも無いしな。
「お! 船が来たぞ、お前ら」
不意にフェルガス先生が言う。
は?
船が来た?
中庭が急に暗くなる。
何事かと空を見上げると、船が落下して来ていた。
「うおおおおおっ!? 」
俺達は慌てて逃げ出す。
それによって空いたスペースにゆっくりと船が降り立った。
「よし! 行くぞ~。乗れ」
「いやいやいやいや! 」
一斉につっこむ俺達。
フェルガス先生は面倒臭そうに頭を掻く。
「船で行くとは言ったが、海を行くとは行ってない。今時の船は空を飛ぶんだよ。ほら乗れ」
そんな馬鹿な……。
俺達は先生の言葉に呆然となるが、仕方が無いので言われた通りに船に乗る。
船内は……まぁ、普通の船だよ。
特に言及すべき事は無い。
「お前ら席座れ。自由席だ」
言われた通りに、並んだ座席に自由に座る。
俺の隣は、やはりベイだ。
「紐があんだろ。それで自分を席に縛りつけろ」
「何でですか~? 」
「しないと死ぬぞ」
何が起こるんだよ……。
そう思いながらも言われた通りに、身体を紐で席に縛りつける。
他の皆も、戸惑いながらもやってる。
「良いか。ブリタニア島まで普通に行ったら3日はかかる。今からそこに1時間で行くから。超スピードで」
皆の顔が青ざめる。
嫌な予感しかしねえ。
「んじゃ、出発だ! 」
フェルガス先生が言うと同時に、船は一気に上昇する。
そして一定の高さにまで上昇すると、凄まじいスピードで動き出した。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 」
「はっはっはっ! 喋んなよ~舌噛むぞ~」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 」
「はっ……はっ……。し、死ぬ」
ブリタニア島に到着し、ヨロヨロと船から降りる。
最悪な気分だ。
吐きそう。
「キャンベル以外は全滅か」
フェルガス先生の言葉で、リリスを見る。
アイツは楽しそうに、周囲を見渡していた。
何で平気なんだよ……。
「まずは、合宿の間お世話になる旅館に行くぞ」
フェルガス先生はそう言って、歩き出す。
「旅館って何だ? 」
「さぁ? 知らね……うぷっ! 」
旅館という聞き馴染みの無い言葉についてベイに訊ねるが、こいつも知らないらしい。
おまけに満身創痍だ。
ゲロを吐かれたら困るので、ちょっと離れとこ。
薄情な俺はささっとベイから離れ、クラスメート達とフェルガス先生を追いかけた。
「これが旅館ってやつか……」
たどり着いたのは、木造平屋の建物。
鷲巣旅館って書いてある。
「旅館ってのは神州大和国における宿泊施設の事だ。合宿の間は此処で寝泊まりする」
先生の説明を聞きながら、中に入る。
すると、従業員らしき女性達が跪いた状態で、俺達を迎えてくれた。
神州ではこれが普通らしい。
ちょっと、行ってみたくなったぜ。
「お部屋はこちらになります」
従業員さんに部屋に案内される。
男子全員同じ部屋だ。
畳ってやつが敷かれた大部屋。
20人が寝泊まりするには、まぁ十分だろう。
「よ~し。んじゃ、早速特訓に入るか! と言いたいとこだが……」
ロビーでタバコを吸ってた先生がやって来た。
「まだ船酔いが治ってねえだろうから、今日は休め。特訓は明日からだ」
そう言うなり、出ていく先生。
もっとまともな行き方があったんじゃ無いですかね?
俺達は恐らく皆同じ疑問を持っていたと思うが、あの先生はああいう人だ。
しょうがないから、言われた通りにする。
従業員さんに布団とやらの敷き方を習う。
これが、寝床か。
何か身体痛くなりそうだな……。
部屋にぎっしり敷き詰められた布団に、クラスメート達は次々と倒れるようにして寝転ぶ。
相当、移動がキツかったらしい。
俺は正直もう治ったんだが、1人じゃする事が無い。
ベイももう寝てるし……。
「俺も寝るか……」
静まり返った部屋で独り言を漏らし、俺も布団に倒れた。
「おお~。これが温泉ってやつか! 」
あれから結局、10時間くらい寝ていた俺達ハイバリー魔術学校1年B組。
本当、何しに来たんだよ。
「おい! ニコ! テンション上げていこーぜ! へいへーい! 」
「うるせぇ……」
すっかり元気になったベイが、全裸で騒いでる。
普通だったらお縄だが、此処は脱衣場だ。
だから、俺も全裸だ。
正しく全裸だ。
タオルを巻くなんて小賢しい真似はしていない。
「ニコ……お前、デケェな……」
「ふっ」
驚愕に顔を染め言うベイに対し俺は微笑を浮かべて、浴場に向かう。
スライド式の扉を開けると、湯気が襲ってきた。
「おい、待てよ……ぶっ! 」
俺が扉を閉めると、ちょうどやって来たベイがぶつかった。
「何で閉めるんだよ! 」
「開けたら閉めろって書いてある」
俺は扉の貼り紙を指差して言う。
「いや、そりゃそうだけどっ……! 」
何か言いたげなベイを残し、まず体を洗いに行った。
「露天風呂か……。良いもんだ」
体を洗い終えた俺は、中の風呂じゃ無く露天風呂に浸かっていた。
熱いお湯と微かに冷たい夜風が合わさって、めちゃくちゃ気持ちいい。
陽もすっかり落ち、代わりに真ん丸お月様が輝いている。
「外にも風呂があんのか~」
俺より少し遅れてベイがやって来た。
湯船に浸かり、空を見上げる。
「あっ! しまっ! 」
「ん? 」
ベイが焦ったような声を出し、湯船に潜る。
「おい、何して……」
「くっそ! 遅かった! 」
「うおおおおおっ!? 」
次の瞬間、湯船から狼が出てきた。
何言ってるか分かんねーと思うが、俺も分からねぇ。
「な、何だ……! 」
俺は咄嗟に赤糸を出す。
夜だから、いつもより輝きが鮮明だ。
それを見た狼は、両手を突き出してブンブン振る。
「馬鹿! ニコ! 俺だ俺! 」
狼から発せられた声はベイのもの。
何がどうなってるんだ……。
「俺の固有魔術だよ!」
「あぁ……なるほど魔術か」
やっと得心がいき、糸を引っ込める。
「《月の奴隷》って言ってな。月を見ると強制的に発動しちまうんだ。前にちょっと特殊って言ったろ? 」
湯船に浸かりながら言う狼……じゃなくてベイ。
何かめっちゃシュールだな。
「戻れねえのか? 」
「いや、戻るのは自由。また月見たらすぐ変身するけど」
そう言うベイの体はあっという間に元に戻る。
「いや~、しかし裸で良かったぜ。これ何が困るって変身する時に服が破れんのよ。良かった~」
「不便な力だな」
「まぁな。これでも大分マシにはなってんだよ。昔は変身すると自我すら保てなかったからな」
そう言うベイの顔に、仄かに影が差す。
気になるが、聞かない方が良いよな絶対……。
聞きたい欲求を必死で抑える俺。
それをよそにベイはゆっくりと、湯船から上がる。
「やっぱ、中行くわ。ここだと、またうっかり月見ちゃうかもしれねえし」
「あ、おう」
そう言ってベイは露天風呂から出て行った。
1人残された俺は、ぼんやりと空を見上げる。
真っ黒な空に、ベイのご主人様だけが輝いていた。
久し振りの執筆なので、変な所があるかもしれません。




