決闘開始
放課後。
俺はベイ達と闘技場に来ている。
「いよいよだな」
神妙な面持ちのベイ。
こいつが真面目な顔をすると、何だかおかしい。
「あぁ。まぁ、軽くひねって来るよ」
俺は握り拳を見せて笑う。
ベイは笑ってくれたが、セリーンとウィルヘルミナは不安気な表情だ。
「んな心配そうな顔すんなよ。絶対勝つから」
「あぁ。信じているよ」
ウィルヘルミナはようやく、笑みを見せる。
だが、セリーンはまだ俯いてる。
やれやれ。
「セリーン」
「は、はい」
「さっきの事なら気にすんなよ」
「え? 」
「父親の話だよ。お前の親父が犯罪者だろうが神様だろうが、俺はお前の友達だ」
「ニコラス……君」
セリーンが瞳を潤ませる。
うむ。
我ながらクサいな。
「そうだぜ! セリーン! むしろ、親父が王宮に侵入できるレベルの魔術師って誇れる事だろ! 」
「いや、それはちょっと違えだろ」
俺とベイのやり取りに、セリーンは笑う。
元気になったみたいだな。
「セリーン。私も君の父親が犯罪者だろうと何だろうと友人をやめる気は無い。それだけは覚えておいてくれ」
「うんっ! うんっ! ありがとう……! 」
涙を流しながら笑うセリーン。
俺もベイもウィルヘルミナも笑ってる。
あぁ、何このハッピーエンド感。
もうエプスタインのクソ野郎とかどうでも良くなってくるな。
まぁ、そういう訳にはいかんのだけど。
「さて、と。友情を確認し合ったところで、行きますか。ちゃんと応援してくれよな」
「おうっ! 任せとけ! 」
ベイに続く様に、セリーンとウィルヘルミナも笑顔で頷く。
と、そのタイミングでフェルガス先生がやって来た。
「お~。いよいよだな、ギルクリスト。準備は出来てっか? 」
「はい。万全ですよ」
「そりゃ良かった」
先生はそう言うと、いつも通り口にくわえていたタバコを携帯用灰皿に捩じ込む。
「タバコもう吸わないんすか」
「決闘は学園長も見に来るっつったろ? 喫煙現場を見られたりしたら、大目玉だ」
なら吸うなよ。
そう言おうと思ったが、やめた。
どうせ無駄だからな。
「んな事より、聞かなくて良いのか? 」
「何をっすか? 」
「エプスタイン先生の固有魔術だよ。知りたいなら教えてやんぞ」
イヤらしい笑みを浮かべて言う先生。
教師がする顔じゃないぞ……。
「いや。大丈夫っす。正々堂々とぶっ倒してきますよ」
「へっ、そうかい。まぁ、頑張ってくれよ。自分のクラスから退学者が出るのは心が痛む。後、俺の給与査定に響くからな」
そう言うと、先生は観客席に続く階段を昇って行った。
おい。
絶対、2番目が本音だろ。
「フェルガス先生はこんな時でも相変わらずだな」
「だが、心配はしているはずだ」
「あぁ。分かってるよ。んじゃ、行ってくる」
俺はベイ達と別れ、内部に進む。
「ニコラス君! 」
「ん? 」
「絶対に! 勝って下さいね! 」
「あぁ! 」
手をブンブン降りながら叫ぶセリーンに、負けじと叫び返した。
内部に行くと、既にエプスタインが舞台に上がっていた。
「逃げずに来たみたいだな」
「退学懸かってんのに逃げる訳無えだろ」
こいつ本当アホだな。
呆れちゃうぜ。
「どっちみち退学になるんだ。大勢の前で恥をかいて、痛い思いをするよりは、逃げた方が良かったと思うぞ」
べらべらと喋るエプスタインを無視し、舞台に上がる。
観客席を見渡すと、ベイ達は俺の後側に座っていた。
フェルガス先生やクラスメート達も一緒だ。
そのまま視線を移すと、学園長の姿も見えた。
その後ろには、エヴァンジェリーナとシリウス。
見下す様に、俺を見てる。
けっ。
「さて。そろそろ始めるとしようか? 」
エプスタインが言うと、舞台下に男が現れる。
燕尾服を着た、長身痩躯の男。
髪は肩に届くくらいの長い黒髪。
肌が異常に白く、何か死人みたいだ。
「私は学園長の秘書兼ハイバリーの用務員、ヴラドでございます。以後お見知りおきを」
「あ、はぁ、どうも」
ヴラドさんのまるで生気の込もって無い様な声に、ちょっと驚いた。
死人が喋ったみたいな、変な感覚だ。
「私が、この決闘の審判を務めさせていただきます。審判と言っても大した事はしませんが」
ヴラドさんは、必要以上に丁寧だ。
貴族なのだろうか。
ヴラドとしか名乗らなかったし。
「ルールの方を説明しておきます。固有魔術を始めとした、あらゆる魔術に対して制限は一切ありません。勝利条件は相手を気絶させるか、降参させるか。生命に危険が及びそうな場合は介入させていただきますので、悪しからずご了承ください」
つらつらと並べ立てるヴラドさん。
相変わらず、生気は込もって無い。
「魔力障壁を」
ヴラドさんが言うと、観客席の最前列に座ってる3年の生徒達が、こちらに手をかざす。
すると、薄い緑色の膜の様な物が発生する。
それは縦に伸び、観客席の最上階まで達した。
戦闘の被害が見てる人達に及ばない様にだろう。
壁は闘技場と同じ楕円形の形を取っている。
真上は空いてる訳だ。
「それでは、準備は宜しいですか? 」
「はい」
「構わない」
俺とエプスタインは睨み合う。
喋り声がいくつも飛び交っていた観客席も静まりかえる。
闘技場を包む静寂。
それを、
「始め」
ヴラドさんの声が、引き裂いた。