上等だよ
エヴァンジェリーナとの話が終わり、食堂に戻った。
ちょうど、ベイが食べ終わってたので教室に帰る。
「さっきの話は何だったんだ? 」
「別に」
「言えよ。気になるだろ」
「大した事じゃねえ」
「つれねえなぁ。あっ、そういや次、大丈夫か? 」
「あ? 何だよ」
「5時間目だよ。ニタル語の授業だろ」
「それが何だよ? 」
ベイが何を言いたいのか全く分からない。
確かに次の授業はニタル語だ。
ニタル語ってのは大昔、エポルエ大陸の殆どを支配していたオリンピコ帝国で公用語として使われていた古代言語だ。
オリンピコ帝国の滅亡後も、その時代の文献などを読み解く為に学習されてる。
トラフォードの学校ではこのニタル語は必修科目だ。
確かに外国語学習は難しいが、ベイに心配される様な事じゃない。
こいつ、絶対俺より頭悪いし。
「だ~か~らっ! ニタル語の担当はエプスタイン先生だろうがっ! 」
「何……だと……? 」
俺は頭を抱える。
よりによってアイツかよ?
「サボるか? 」
「いや、逃げたと思われたら癪だ。出てやんよ」
俺はドカッと自分の席に座る。
こうなりゃヤケクソだ。
教科書を乱暴に取り出す。
鐘が鳴った。
「鐘は鳴ったぞ。席に着きたまえ」
エプスタインが教室に入ってくる。
奴は教壇に立つと、教室を見回す。
俺と目が合うと、鼻を鳴らしやがった。
「さて、授業を始める前に少し話をしよう。諸君も知っているだろうが、今日の放課後、私とギルクリスト君は決闘をする。彼の退学を賭けてね」
笑みを浮かべながら、そう言うエプスタイン。
けっ。
「だが、結果は見えている。彼が私に勝てる筈も無い。そこでだ、この時間を使い送別会をするのはどうだろう? 」
はぁ?
こいつ、頭おかしいだろ。
整髪料塗りすぎて、脳味噌に浸透してんじゃねえか?
「まだ3日とはいえ、それなりに思うところはあるだろう。いや、彼の様な野蛮な人間には無いか? 」
ニヤニヤと饒舌に喋るエプスタイン。
こんなんでよく教師になれたな。
怒りを通り越して呆れてくる。
「そんなものは必要ありません。授業を行ってください」
ウィルヘルミナが凛とした声で言う。
そういや、アイツ学級委員だったな。
「そんなものか。嫌われているな、ギルクリスト」
声を出して笑うエプスタイン。
死ね。
「そういう意味ではありません。ニコラスは退学にはならないので必要無いと言っているのです」
ウィルヘルミナのその言葉に、エプスタインは真顔になる。
ぷっ。
変な顔。
「何……? 」
「ニコラスは貴方に勝利すると言っているのです。エプスタイン教諭」
「何故、あの男の肩を持つ? ウィルヘルミナ・フォン・フランドリッヒ」
「大切な友人だからです」
「友人? 君は貴族だろう? 」
「そうですが……。それが何か関係あるのですか? 」
「友人は選んだ方が良い。あんな男と関わっていたら、君のレベルも落ちるぞ」
「他人にどうこう言われる事ではありません」
ピシャリと言うウィルヘルミナに、口ごもるエプスタイン。
ざまぁみろ。
「ふん! あんな屑に何をそんな……」
「ニ、ニコラス君は屑なんかじゃありませんっ! 」
「何? 」
今の言葉を発したのはセリーン。
ありがたいが、肩震えてるぞ。
「ニコラス君は屑なんかじゃありませんっ! 謝ってください! 」
「何だと……? 君は……セリーン・ルナホーク。あぁ……」
エプスタインがニヤリと笑う。
何だ?
「そうか。君がヤン・ルナホークの娘か」
その言葉に皆がざわつき出す。
「何だよ? 」
意味が分からない俺は、ベイに訊ねる。
「やっぱりか……。ルナホークなんて名字はそんなに多くないから、もしかしてとは思ってたが……」
「だから、何だよ? 」
「お前、ヤン・ルナホーク知らねえのか? 5年前に王宮襲撃っつー前代未聞の事件を起こした大犯罪者だよ。宮廷魔術師に捕らえられて、今は監獄アンダープリズンの最下層に収容されてる筈だ」
「は? マジかよ? 」
そんな事件初めて聞いた。
アポンハルは殆ど、俗世間から隔離されてる場所だからな。
新聞なんて読まないし。
しかし、あのセリーンの親父が犯罪者?
信じられねえが、俯いてるセリーンを見るにマジっぽいな。
「やっぱり……」
「そうなんじゃないかな~とは思ってたんだよ」
「怖~い」
クラスメート達がこそこそと喋り出す。
セリーンはますます俯く。
くそっ!
あの野郎!
「屑の娘だから屑を庇うという訳か。道理だな」
「何て事を! 」
ウィルヘルミナが噛みつくが、エプスタインは意に介さない。
「犯罪者の娘を、このハイバリーに入れるなど……。全く学園長の慈悲深さにも困ったものだな」
エプスタインはニヤニヤ顔を復活させて、セリーンを舐め回す様に見る。
「貴族に不意打ちで暴行を加える不良に、犯罪者の娘。お似合いじゃあ無いか。君も彼と一緒に退学したらど……っ! 」
俺はエプスタイン目掛けて、ペンケースを投げつける。
奴はそれを、すんでのところでキャッチ。
俺を睨みつける。
「何の真似だ? ニコラス・ギルクリスト」
「それが教師の言う事かよ? あ? 」
「貴様こそ、これが教師にする事か? 」
奴はペンケースをかざし、ぎゅっと握りしめる。
おい。
壊したら、マジでぶっ殺すかんな。
「うるせぇ。この野郎」
「口を慎みたまえ。君は自分の立場が分かっているのか? 」
「あぁ? 」
「決闘の件を無しにしても良いんだぞ。私以外は誰も受けてくれないだろう。君は何も出来ず、問答無用で退学だ」
エプスタインのその言葉に俺は黙るしか無い。
奴は勝ち誇った様な顔で笑う。
「分かれば良い。ペンケースを取りにきたまえ」
俺は言われるまま、エプスタインの元まで歩いて行く。
奴は笑みを浮かべたまま、ペンケースを差し出す。
俺がそれに手を伸ばした瞬間、
「ほれっ」
手首だけを動かし、放り投げた。
ペンケースは俺の頭上を越え、背後に落ちる。
ペンが散らばる音が聞こえた。
「さて、授業を始めようか」
奴はニヤリと笑うと、教科書を開く。
俺は黙って、散らばったペンと壊れたペンケースを拾う。
無惨に砕け散ったペンケースを見て、一瞬だけアリアドネの姿がフラッシュバックした。
「上等だよ……」
俺は小さく、呟いた。