エヴァンジェリーナ
教室につくと同時に鐘が鳴る。
タイミング良すぎだろ。
そう思いながら席に着く。
ベイはまだ寝てやがる。
2時間目の授業は魔獣学。
魔獣ってのは簡単に言えば、魔術を使える動物だ。
種類は色々。
全容は全く把握されてないらしい。
「え~、魔獣はエポルエ大陸の遥か北東にある《氷の大地》と呼ばれる場所で誕生したと言われておる。今でもそこには魔獣がうようよとしており、人間が近付けるのは入口付近だけ。故に殆どは謎に包まれておる」
腰を曲げて、教科書にめっちゃ顔を近付けて言う老教師。
う~む。
決闘はこのじいさんに頼めば良かったかも。
「魔獣は悪いものばかりでは無く、良いのもおる。例えば皆も知っておるだろうレコーディング・バットなんかが良い例じゃな」
レコーディング・バットってのは人間の言葉を録音する能力を持った蝙蝠だ。
主に伝達や、手紙の代わりとかに使われてるな。
「そういった、人間に害が無く、むしろ役に立つ魔獣を益獣と呼ぶ。逆に人間に害を与える魔獣を害獣と呼ぶ」
まんまである。
そもそも、こんな事は習うまでも無く、皆知ってるだろう。
まぁ、1回目の授業だからこんなもんか。
「よっしゃ! 飯だ! 」
時は流れ昼休み。
結局あれから、ずっと寝てたベイが背伸びをしながら言う。
「行こうぜ、ニコ! 」
「あぁ」
ベイと共に食堂に向かう。
セリーン達も誘おうと思ったが、さっきの事があるからやめた。
ほとぼりが冷めるのを待とう。
「今日は何食うかな~」
「俺はパスタ」
ハイバリーは貴族も通う学校だから、食堂はかなり豪華。
食堂のおばちゃんはいるが、ウェイターみたいなもんだ。
料理を作るのは1流の料理人。
それも、他の国のだ。
トラフォードは他の国に比べて飯が不味く、料理人のレベルも低いらしい。
ハイバリーの食堂にいる料理人もメアッツァ王国とジェルラン公国の出身だ。
どっちも美食の国で、食文化のレベルではトラフォードは足元にも及ばない。
パスタはメアッツァ王国の食い物。
つまり、ハイバリーでは本場のパスタが食える訳だ。
「おばちゃん、俺パスタ。ソースはトマトね」
「あいよ」
「おい、ベイ。お前は? 」
「う~ん。悩む」
「はぁ……。先行ってんぞ」
ベイは少し優柔不断なところがある。
購買とかでも休み時間いっぱい何買うか迷ってるからな。
俺は基本的に即断即断タイプだから、ベイとは正反対だ。
おばちゃんに金を払い、食券を貰う。
料理が出来たら、これと交換する訳だ。
空いてる席を見つけて座る。
食堂は、さほど人は多くない。
カップル連中は闘技場で食うらしいし、実家通いの奴は弁当を教室とかで食うしな。
寮生でも自炊する奴はいる。
俺やベイは目玉焼きすら作れんがな。
しばらくすると、ベイが来た。
「何にしたんだ? 」
「キッシュ」
「キッシュ? あれ昼飯に食うもんなのか? 」
キッシュってのはジェルランの伝統料理で、卵と生クリームで作った生地にベーコンやら野菜やらをぶち込んだ食い物だ。
「ジェルラン人は昼飯に食うらしいぜ」
「へぇ。しゃれてんねぇ」
しばらくトラフォードの料理レベルについて雑談してると、料理が出来たと、おばちゃんに呼ばれた。
俺もベイも同じタイミング。
じゃんけんして勝ったので、ベイに取りに行かせた。
流石は俺。
じゃんけんも強いときた。
「美味いか? それ」
「んぐっ! んだよ、やらねえぞ」
「いや、別にいらねえよ」
俺はもう食べ終わったが、ベイはまだ半分くらい。
だから見てただけなんだが……食い意地張ってると思われたくないので、視線をよそにやる。
すると、シャロン先輩とエヴァンジェリーナを見つけた。
エヴァンジェリーナは既に食べ終わってるようで、シャロン先輩が食べ終わるのを待ってる。
俺と同じ状況って訳だ。
しばらく見てると、エヴァンジェリーナがこっちに気づき、立ち上がる。
そして、こっちに歩いてくる。
おいおい。
俺は慌てて目を反らすが、遅かった。
「少し良いかしら。ギルクリスト君」
澄んだ声で短く言うと、エヴァンジェリーナは去って行く。
ついてこいって事か。
「お、おいっ。い、今のエヴァンジェリーナ・ヒル・ピストリウス先輩じゃん! 」
「あ? 知ってんのか? 」
「そりゃ知っとるわ! 成績優秀・容姿端麗。貴族令嬢で魔術師としての実力も高い。ハイバリーのマドンナだぞ! 」
「へぇ」
鼻息荒く語るベイ。
何をそんなに興奮してるんだよ。
「それに、アイツの姉じゃねえかっ! 」
アイツってのはシリウスの事だろう。
「大丈夫か? 弟ボコったから報復とかか? 良く考えたら貴族に怪我負わせるって相当ヤバイだろ! 」
今更かよ!
思わず叫びそうになる。
とりあえず、こいつはもう放っとこう。
「まぁ、とりあえず行ってくるわ」
「お、おう。気ぃつけろよ! 」
「あぁ」
ベイを残し、食堂を出る。
エヴァンジェリーナは正面玄関フロアのソファーに座っていた。
ハイバリーへの客人などが、待たされてる間に座る場所だ。
「何の用だよ? エヴァンジェリーナ」
「実の姉を呼び捨て? 偉くなったものね、ニコラス」
「ハッ。良く言うぜ。俺の事を弟だなんて思った事、1度でもあるのか? 」
「そうね。幼い頃には思っていたかもしれないわ。貴方がどうしようもない出来損ないだと知るまではね」
薄ら笑いを浮かべ、見下すように言うエヴァンジェリーナ。
眉間に皺が寄るのが分かる。
「俺の事はシリウスに聞いたのか? 」
「ええ。糸を扱うらしいけれど、貴方は魔術が使えない筈よね。一体、どういう事かしら? 」
「別にお前に関係無いだろ」
「じゃあ、ハイバリーに来たのは? 私やシリウスに復讐でもしに来た? 」
「復讐? 自意識過剰も良いとこだな。お前らになんて興味無えよ。アルバスに通えって言われただけだ」
「アルバス? あぁ、父様の弟だった人ね。貴方と同じ出来損ない」
俺は拳を握りしめる。
こんなに苛立つのは久し振りだ。
「まぁ、でも。今日で貴方のハイバリーでの生活も終わりよね。エプスタイン先生と退学を賭けて決闘をするんですってね? 」
「だから、何だよ」
「貴方の退学は決定ね。エプスタイン先生はハイバリー教師陣でも屈指の実力者よ」
「俺はそれ以上に強い」
俺がそう言うと、エヴァンジェリーナは嘲笑を浮かべる。
「少し見ない間に随分と増長したわね、ニコラス」
「どうかな。俺はお前やセブルスよりも強いと思うけど? 」
今度は俺が、嘲笑を浮かべ言ってやった。
エヴァンジェリーナの顔から笑みが消える。
「お父様まで呼び捨てにするとはね……」
「もう父親じゃねえ」
「それでも、貴方がお父様より強いなどという妄言は取り消しなさい」
「嫌だね」
「貴方はお父様の力を知らないでしょう? 相手にされていなかったものね」
「あぁ、そうだな。幸運だったよ」
エヴァンジェリーナは眉間に皺を寄せて、俺を睨む。
俺は嘲笑を浮かべたまま、物理的に見下す。
立場逆転だ。
「それに、お前らだって俺の力なんて知らないだろ。お前の可愛い可愛い“たった1人の弟”は、俺相手に成す術も無く負けたぞ。アイツに見せた力なんてほんのちょっとだ」
「何が言いたいのかしら? 」
「お前もセブルスも、俺と戦えば同じ結果だって事だよ」
「思い上がりもそこまで行くと、呆れさえ通り越すわね」
エヴァンジェリーナはそう言って、立ち上がる。
「精々、今日の決闘で無様な姿を晒さない事ね」
それだけ言うと、金色の髪をかきあげ、俺の横を通り過ぎて行く。
「いつまでもそんな態度でいられると思うなよ、クソ女」
俺の悪意敵意憎しみ100%の言葉に、エヴァンジェリーナは振り返らなかった。