良い方法
主任室を後にした俺は、教室に向かう。
もう殆どのクラスメートは登校しており、何故か俺の席付近に集まっている。
「ニコラス! 」
その中の1人であるウィルヘルミナが俺を見るなり、大声で呼んでくる。
「何だよ? 」
「何だよじゃ無いだろう! ベイに聞いたぞ! ピストリウスと戦ったらしいじゃないか! 」
ウィルヘルミナに捲し立てられ、ベイを見る。
アイツは苦笑い。
別に言うのは良いが、早すぎだろ。
「そうだよ。別に勝ったから良いだろ」
「そういう問題では無いだろう。生徒同士の私闘は重大な校則違反だぞ……」
さっきとは打って変わって、小さい子供をたしなめる様な優しい表情と口調で言うウィルヘルミナ。
おぉ、これ何かたまらん……ってそうじゃ無くて。
「んな事言われてもよ、やっちまったもんはしょうがねえ。
まぁ、心配してくれてんのは嬉しいけどよ」
「べ、別にそういう訳じゃ……」
顔を真っ赤にして俯くウィルヘルミナ。
おいおい、多血症か!?
「検査は早めに受けろよ! 」
「な、何の話だ? 」
自覚症状無しか……。
これは中々、深刻……
「おい、ニコ! 」
ベイの声で思考を中断する。
奴に顔を向けると、心配そうに俺を見つめている。
「何だよ」
「エプスタイン先生には何て言われたんだよ? 」
「あぁ……」
それを聞かれるとな……。
俺は良いよどむが、ベイ、ウィルヘルミナ、セリーンに集まってきてるクラスメート達も、俺の言葉を待っている。
言うしかないか……。
「……退学も覚悟しとけってよ」
「はぁぁぁぁぁぁ!? マジかよ!? 」
俺が言うと同時にベイが叫ぶ。
クラスメート達も皆「ありえない! 」とか「悪いのはピストリウスだろ! 」と俺を擁護してくれている。
うむ。
良い奴等だ。
しかし悲しい事に、事態は何も変わらない。
「絶対おかしいだろ! ピストリウスが喧嘩売ってきたのに! そもそものきっかけも、アイツがセリーンを傷つけた事だしよ! 」
「エプスタインの野郎はシリ……ピストリウスの言う事を全面的に信じてる。俺が何言っても嘘扱いさ」
「自分のクラスの生徒だからな。そもそも学年主任とクラスの担任を兼任させるのが間違っている。こういった問題が起きた時に公平な判断が下されなくなる」
ウィルヘルミナが拳を握りしめながら言う。
こいつ、俺の為にこんな怒ってくれてるのか。
冷たそうな女だと思ってたが、とんだ勘違いだったみたいだ。
「くそっ! マジでふざけてるぜ! 」
ベイも本気で怒ってくれてるようだ。
「ニコラス君……。すいません。私のせいでこんな事に……」
今まで黙っていたセリーンが、泣きそうな顔で言ってくる。
何故か心が痛む。
「別にお前のせいじゃねえ。アイツが売った喧嘩を買った俺の責任だ。まぁ、退学は勘弁してほしいけどな」
本当、退学は勘弁してくれよ……。
入学してまだ3日目だぞ!?
アポンハル――俺の第2の故郷な――からセントメリーズまで4日かかんだぞ!
移動の方が長いってどういう事だよ!
アルバスに何て言えば良いんだ……マジで。
「どうすっかなぁ……」
「1つだけ、良い方法がある」
「うぉぉぉっ!? 」
いきなり現れたフェルガス先生に、俺だけで無く皆驚く。
「おどかさないで下さいよ」
「や、すまん。別にそんなつもりは無かったんだがな……」
「で、良い方法って何すか? 」
ベイが言うと、フェルガス先生は咳払いをしてキメ顔になる。
「誰か生徒手帳持ってるか? 」
「はい」
先生の問いにウィルヘルミナが答え、制服のポケットから生徒手帳を取り出す。
こいつ、いつも持ち歩いてんのか?
俺とベイなんて貰った日のうちに無くしたぜ。
先生はそれを受け取るとページをペラペラとめくり、ベイに渡す。
「そこ読んでみろ」
ベイは言われるままに黙読する。
あの、ベイ君?
「いや、口に出して読めよ」
たまらず先生がつっこむ。
ベイは「あぁ」とか言って、口に出して読み始めた。
「え~とっ、生徒が退学を言い渡された場合、教師を1人選び決闘を申し込む事が出来る。これに勝利した場合は退学を取り消す……ってマジかよ!? 」
「マジだ」
フェルガス先生はキメ顔で言う。
あっ、タバコ吸い始めた。
「この学校は国家戦力となる魔術師を育成する学校だからな。素行に問題があっても実力次第では許容される」
そんな校則があるとは知らなかった。
生徒手帳なんて1文字も読んでないからな。
「闘技場で学園長始め3人以上の教師の立ち会いの元に行い、勝てば退学を免れる」
「決闘する相手は選べるのですか? 」
「保険医と担任教師以外ならな」
「あっ! でもこれには教師は申し込みを断れるって書いてありますよ」
「そりゃそうだろ。教師側からしたらメリットゼロだし。俺だって申し込まれたら断るわ」
「じゃあ、ダメじゃないっすか!
」
「まぁ、落ち着け」
先生はぷはぁ~っとタバコの煙を吐き出しながら言う。
「良いか。生徒に退学取り消しをかけて決闘を挑まれるって事は、勝てると思われてるって事だ」
確かに。
勝てないと思ってる相手には挑まないわな。
模擬戦とかならともかく、負けたら退学なんだし。
「生徒に、お前になら勝てるぜっ!て言われてるようなもんだ。プライドの塊のエプスタイン先生が断ると思うか? 」
先生の問いは俺に。
「思いませんね。顔を真っ赤にして受けて立ってくれそうです」
俺の答えに先生はニヤリと笑って頷く。
「しかし、さすがに教師に勝つというのは難しいのでは? 」
ウィルヘルミナが言うと、回りのクラスメート達も、
「確かに……」
「いくら何でもな……」
と追従する。
まぁ、そう思うのは無理も無いだろう。
トラフォードどころか世界中から優秀な生徒達がやって来るハイバリーの教師は当然、1流の魔術師達ばかりだ。
それに子供が勝負を挑むなんてのは、ライオンに猫が挑むようなもんだ。
「んなこたぁ無えよ。俺はこの方法で退学を免れた奴を知ってる。俺がハイバリーの生徒の頃の同級生でな。そいつもギルクリストみたいに同級生をボコって学年主任に退学を言い渡され、その学年主任に決闘を申し込み勝利した」
「へぇ~。凄い人がいたんすねぇ」
ベイが感心した様に言う。
ウィルヘルミナやクラスメート達も、その言葉で考えを変えたようだ。
「ニコラスなら、勝てるかもしれないな……」
「あぁ。勝つさ」
俺は笑顔でそう答えた。