処分
「おい、ニコ! 起きろ! 」
「んっ……」
ベイの大きな声で、目を覚ます。
此処は寮の部屋。
俺のベッド。
昨日はすぐに解放されたんだ。
その代わり、今日の朝イチで呼び出しをくらってるが。
「エプスタイン先生に呼び出されてんだろ? 遅れるとまずいぜ」
「おう。ありがとうな、ベイ」
ベイに礼を言って、準備をする。
エプスタイン先生ってのは、A組の担任教師だ。
ブライアン・ヒル・エプスタイン。
名前から分かる通り貴族。
だけど、貴族の家に産まれた訳じゃ無く、貴族令嬢と結婚した婿入り貴族と呼ばれるやつだ。
婿入り貴族ってのは基本的に、普通の貴族よりも性質が悪い事が多い。
貴族階級というやつに並々ならぬ執着を持ってて、手練手管を弄して貴族令嬢を落とし、貴族としての地位を手に入れる。
そして、地位を手に入れたら普通の貴族以上に平民を見下す。
自分も本当は平民の癖にな。
とにかく、婿入り貴族には選民思想の持ち主が多い。
そして、このブライアン・ヒル・エプスタインって教師はその典型らしい。
そもそも、ヒル・エプスタイン家自体が二十二大貴族の中でも1番貴族主義な家だからな。
本当、面倒な家の人間と関わる事になっちまった。
これも全て、シリウスのクソのせいだ。
「じゃあ、行ってくる」
「おう。また後でな」
心の中で愚痴をダラダラと言いながら、制服に着替え終わった。
ベイに1言告げて、玄関に向かう。
まだ登校時間には早い。
扉はすんなり、ロビーに繋がった。
寮を出た俺は、いつも通り第4校舎に向かう。
第2から第4までの校舎には主任室と呼ばれる学年主任のいる部屋がある。
1学年の主任はエプスタイン先生がA組の担任と兼任でやってる。
エプスタイン先生は基本的にいつもそこにいる。
だから、職員室のある第1校舎じゃなく第4校舎に向かってるって訳だ。
はぁ~。
気が重い。
主任室にはエプスタイン先生しかいない。
フェルガス先生はいないんだ。
まぁ、いてもあまり役に立ってくれる気はしないがな……。
主任室は1階にある。
校舎の入口入ってすぐの場所に、主任室って書かれたプレートのついてる黒塗りの扉があるんだ。
「ギルクリストですけど……」
扉をノックしながら、小さく名乗る。
いなかったら良いな、と思いながら。
「入りたまえ」
しかし、そんな淡い希望は扉の向こうから聞こえてきた冷淡な声で、粉々に砕かれる。
はぁ……。
行くしかない。
「失礼します……」
扉を開け、ゆっくり入る。
主任室は、寮の部屋と同じくらいの広さだった。
床には絨毯が敷かれ、黒い革のソファー2つに、その間に木製のテーブル。
その奧に机があって、この部屋の主であるエプスタイン先生が昨日と同じ黒スーツに金髪オールバックで、難しい顔をして俺を見てる。
視線を天井に反らすと、当たり前のようにシャンデリア。
う~む。
「おはよう。ニコラス・ギルクリスト君」
「おはようございます……」
エプスタイン先生は机の椅子から立ち上がり、ソファーに移る。
そして、手で俺にも座るよう促す。
俺はそれに従い、先生の対面に座る。
癖でふんぞり返ってしまいそうになったが、慌てて背筋を正した。
「シリウス・ヒル・ピストリウス、ヴラディミール・ヴァーレクス、バレル・ズィトウィッキー、ダレル・ズィトウィッキーの4人は既に意識を取り戻し、怪我も治っている。シェリンガム先生のおかげでね」
「はぁ。そっすか」
正直あいつらの事なんてどうでも良い。
因みにシェリンガム先生ってのは、この学校の保険医で治癒魔術の使い手だ。
噂じゃあ凄い美人らしいが、俺はまだ見た事が無い。
「彼らには昨日の内に話を聞いている。彼らが言うには、君に絡まれ喧嘩になり、最終的にあんな騒ぎになったとの事だが? それで間違いないかね? 」
はぁ!?
思わず口に出しそうになるのをこらえる。
でたらめも良いとこだ。
「間違いしか無いですね。あっちが絡んできたんですよ」
「では彼らのあの状態は何かね?
闘技場に呼び出されて行ってみたら、不意打ちを受けたと言っていたが? 」
「闘技場に呼び出されたのは俺です。そんで、あいつらと順番に戦うはめになったんすよ。怪我はその時のです」
「嘘はやめたまえ。彼らはあんなにボロボロだったのに、君はかすり傷1つ負ってないじゃないか。まともに戦った筈が無い。それとも何かね? 君は彼らでは傷もつけられない程に強いとでも言うのかね? 」
「ええ。そうですよ」
「ハッ」
エプスタイン先生は失笑を漏らす。
あぁ、ムカついてきた……。
もう先生つけてやらねえ。
「馬鹿な事を言うものじゃあ無い。ヴァーレクスやズィトウィッキー兄弟はともかく、ヒル・ピストリウスを傷1つ負うこと無く倒した? 平民の君がか? 」
平民の部分をやたらと強調するエプスタイン。
完全に見下してるニュアンスだ。
お前も元は平民だろうが。
そして俺は元は貴族だ。
心の中でつっこむが、届く筈も無い。
「正直に言えば、寛大な処置を下してやるつもりだったが、嘘をつくとはな」
「いや、だから……」
「もう良い。処分は追って下す。行きたまえ」
エプスタインは立ち上がり、扉を指す。
出て行けって事かよ。
俺は床を乱暴に踏みつけて立ち上がり、扉に向かう。
ドアノブに手を掛け、出ていこうとした瞬間、エプスタインがとんでもない事を言った。
「退学も――覚悟しておきたまえ」
おい、マジかよ?
入学してまだ3日だぞ。




