vs.シリウスⅠ 糸使い
「こんなもん当たるかよ」
熱線を軽く躱す。
シリウスは不愉快そうに眉をひそめると、俺を指差す。
「夜は啜り泣いていたい
女は影
悲愴な愛は闇と呪縛になれる」
「あ? 何いきなりポエムってんだ……」
「魔術教典第106章《闇縛り」
シリウスが術を唱える。
あれ詠唱かよ!?
ちょっと驚いてると、身体に何かが巻き付いてくる。
髪の毛だ。
夕日に照らされ伸びた俺の影から髪の毛が飛び出して、俺の身体に巻き付いてる。
「んだ、こりゃ……」
「闇縛り。対象者の影から髪を伸ばし捕縛する術だ」
得意気に語りだすシリウス。
その間にも、髪の毛は量を増していく。
「これは下級魔術。本来、詠唱は必要無い。だが、詠唱する事によって、捕縛以外の力も発揮する」
「あぁ? んだよ……」
言葉が途切れる。
耳にシリウスのとは違う声が響いたからだ。
女の啜り泣く様な不気味な声。
俺は首だけを動かし、周りを見渡す。
だけど、闘技場には俺とシリウスに気絶してる取り巻き3人しかいない。
「聞こえてきたみたいだなぁ」
俺がキョロキョロしていると、シリウスがニタニタとした顔を浮かべて、そう言う。
「詠唱して発動した闇縛りは捕縛した人間の脳内に声を響かせる。女の啜り泣く声をなぁ! 」
「ちっ」
泣き声は段々と大きくなっていく。
くそっ。
頭痛くなってきた。
「ただの泣き声じゃない。声自体が魔力を帯び、対象の精神を破壊するっ! 」
「そうかよぉっ! 」
「なっ!? 」
俺は思いっきり影を引きちぎる。
尚も捕縛しようと髪が伸びてくるが、それも引きちぎってやったぜ。
「このっ……デタラメ野郎がぁ! 」
シリウスは叫び、火球を3つ放ってくる。
しかし、どれも俺には当たらない。
避けた訳じゃ無い。
シリウスが外したんだ。
「下手くそめ」
「うるせえ! クソがっ! 」
また火球を放ってくるが、これまた外れる。
「焦り過ぎだろ」
「ちぃ! 」
シリウスは舌打ちし、右手の人差し指を空に向ける。
「魔術教典第39章《暴蔦》」
シリウスが唱えると同時に、大量の蔦が発生する。
「これで終わりじゃねえぞ! 」
更にそこから火を発生させ、蔦を燃やす。
何してんだこいつ。
「おいおい、焼きが回ったか? 」
「黙れ。良く見ろよ」
「あん? 」
言われて、蔦を見る。
蔦は完全に火に包まれてるが、燃えてると言うよりは、纏ってるようだった。
「属性付加って奴だ。その名の通り、魔術に火や水に変えた魔力を付加させ強化する」
「へぇ」
「誰でも出来る訳じゃねえぞ! 俺みたいに才能がある奴じゃねえと出来ねえ! 」
「あー、はいはい」
「てめぇ……。くたばれ! 」
火を纏った蔦が一斉に襲いくる。
「ちっ。面倒臭ぇ」
俺は呟き、右手を振る。
一閃。
蔦は細切れになり、地面に落ちる。
「てめぇ、さっきから妙な技を!
何だそれは! 」
「黙れ。良く見ろよ」
「この……! 」
さっきのシリウスの言葉を猿真似して返す。
顔を真っ赤にしたシリウスが、再び右手の人差し指を空に向ける。
「魔術教典第61章《針の雨》」
舞台全域を覆う、鉄の針が雨の様に降り注ぐ。
俺は再び右手を振る。
針は1つ残らず、切り刻まれ塵と化す。
「糸か! 」
「おお! 良く分かったな! 」
一部始終を見ていたシリウスが叫ぶ。
こいつの言う通り、俺の力は糸。
様々な糸を自由に作り出し、操る。
今使っているのは、赤糸。
薄ーく赤色の輝きを放つ、極細の糸だ。
俺みたいにめちゃくちゃ目が良い奴じゃなけりゃ、目を凝らさないと視認は出来ない。
「赤糸は切断用……。次はお前を切り刻んでやろうか? 」
「ぐっ! 」
「な~んてな」
俺は赤糸を引っ込め、青い糸を出す。
ダイヤモンドの数100倍の硬度を持つ拘束用の糸。
ヴラディミールを持ち上げる時に使ったやつだ。
それを素早くシリウスの首に巻き付け、持ち上げる。
「ぐえっ! 」
首が締まったまま宙に浮かび、不様な声を出すシリウス。
いい気味だ。
「おら来い! 」
「ぐえっ……うっ……! 」
そのまま、俺の方へ思いっきり引っ張る。
浮いたまま、俺に向かってくるシリウス。
俺は左の拳を握りしめ、
「おらぁっ! 」
シリウスの顔面に思い切り、叩き込んだ。
それと同時に青糸を解除。
奴は勢い良く吹っ飛ぶ。
舞台を越え、観客席の上の方へ飛び込んだ。
「お~。左でこれか。右だったら場外だな」
自分のパンチ力に感心する俺。
しかも、まだ本気じゃない。
本気で殴るとヤバイからやめろってアルバスに言われてるからな。
「がっ、ク……ソ……がっ! 」
「お。生きてたか」
ゆっくりとシリウスが立ち上がる。
口からは血が出てる。
それを制服の袖で拭い、俺を睨む。
かなり距離があるが、俺にははっきり見える。
どうやら、まだヤル気みたいだ。
「よぉ! 土下座して詫びればパンチ1発で楽に気絶させてやるぞ」
「ふざけんな、クソがっ! てめぇはマジでぶっ殺す! 俺は貴族だ! 正確には伯爵だ! 」
「それがどうした? 」
「ぐっ! このっ……! 」
シリウスは顔を真っ赤にして歯を食い縛る。
こいつの言ってる事は嘘じゃ無い。
この国の貴族制度は他の国に比べて、ちょっと変わってる。
貴族間には一切序列が無い。
二十二大貴族は全て同格だ。
よって、爵位は家そのものにでは無く、個人に与えられる。
当主は公爵、成人した次期当主は侯爵、未成年の次期当主は伯爵みたいな感じだ。
つまり、シリウスは伯爵。
俺も本来なら伯爵だ。
だけど、今これは関係無いだろ。
「つまり、貴族の俺がお前みたいな平民を1人殺すぐらい揉み消せるって事だ!」
とんでもない事を言い出すシリウス。
ついに気が狂ったらしい。
「お前みたいな貴族がいるから、この国はどんどん駄目になってってるんだろうな」
「黙れぇ! 」
「大体、揉み消すも何も、お前ごときに俺が殺せるかよ。お坊ちゃん」
「こ……のっ……」
更に顔を赤くするシリウス。
そろそろ血管切れるんじゃねえか?
「本気で殺してやるっ……! 」
「分かったから、さっさと来いよ。口だけか? あ? 」
俺が手招きすると、シリウスは深く呼吸をする。
「固有魔術発動――」
そして、ゆっくりと右手を俺にかざす。
「虹色の処刑」
奴が言うのと同時に、6色の矢が雨の様に俺に降り注いだ。