女衛兵さんとお話をするので
およその事情を説明すると女の衛兵はペンをとり、何かを紙に書き始めた。
そうしながら、彼女は言うのだ。
「スム・エテスの名は私も聞き及んでいる。なんでも、王の怒りを買って追い出されたらしいな。
どうやら王は、君の身体を見て怠惰により戦う力を捨て去ってしまったと判断したようだが、私はそう思わない。
君は鍛えているようにみえるし、体重が重いということはそれだけ攻撃が重いということだ。おそらく君が襲撃者を撃退したという話は本当だろう。
だが君の連れてきたあのグリゲーという男は、本名をグリゲー・ゴンという。役場の要職にある男だ。彼はあらゆる手を尽くして、君に罪を着せようとするだろう。その上で、ジャク・ボリバルも身柄も欲するに違いない。
であるなら、後ろ盾をもたない君は権力にすりつぶされる形で犯してもいない罪を着せられてしまうだろう」
これからどうなるか、簡単な顛末の予想である。彼女の言うことが正しいなら、私は直ちにここから逃げ出さねばならない。
しかしそれを推奨しないところを見ると、彼女は私の味方をしてくれるつもりであるらしい。
「そうなった場合、ジャクは奴隷に逆戻りではないか。
これを避けるために何か方法はないか。私が持っているものは全て差し出してもよい」
「昨日出会ったばかりの娘に大層な入れ込みだな、スム。
無論私としても、君がこのガーデスの闇に飲まれる姿を見たくはない。幼子が悲惨な目に遭うところもな。
私の名はメリタ・ボック。一応君とジャク・ボリバルを助けたいと考えているので、名前くらい覚えてくれてもバチは当たらないと思う。
早速だが、つかえるものはなんでもつかわねばならない。
君は王に呼び出されている。失望されているとはいえ、陛下が君を召喚したことには違いないから、その事実を使おう。
つまり、君は陛下の賓客であり、このガーデスに招かれた身だ。そういうことにする。
それをもって、陛下のシンパであるヒャブカ将軍を頼る。彼は一軍を預かる身分であり、話のわかる軍人の中では随一の地位だ。このヒャブカ将軍が出張ってくれば、グリゲーのわがままなど幼児のおねだりにも等しくなる。
この手紙は君が招致されたことの重大さと、そうした賓客がただの一人の役人の身勝手で害されているということをヒャブカ将軍に伝えるものだ。私、メリタの名をもって、彼に宛てている。これが彼の元に届けば、君の無実は証明されてグリゲーは失脚するだろう」
衛兵、メリタは書き終わった手紙をピラピラと振ってインクを乾かしながら、私に見せびらかす。
どうやら彼女が言ったとおり、ヒャブカという軍人に助けを求めるつもりでいるのだろう。私のような者のために、こうして骨を折ってくれていることは大変ありがたい。
私はガーデスに来て初めて、味方を得た気分であった。
ヒャブカ・デン将軍は田舎者の私でもその名を聞いたことがあるほど、武名を馳せた英傑だ。彼もスリム・キャシャの血族であるという。確かスリムの甥にあたる。盗賊団や魔族の撃退に功を上げているらしい。ガーデスで聞かれた魔物の襲撃という脅威にも、率先して立ち向かっている。
そうなると魔物たちの脅威はいささかも減じていないのだから、将軍も各地で戦わねばならないはずだ。しかし大変都合のいいことに、今は療養のためにガーデスに戻ってきているという。
メリタは胸を張って、頼ってくれていいという。均整の取れたつつましい胸が、小さく揺れる。私はそれを頼もしく感じたので、大きく頷いておく。
それにしてもこのメリタという女衛兵は随分若く見えるが、一体どのくらいの年齢なのだろうか。30はいっていないだろう。
「しかし将軍は基本的に高潔な人柄であるが、手段は問わないところもある。
よい言い方をすれば清濁併せ呑むことができるということだが、裏を返せば残虐な手段をも用いることがあるということだ。
そのあたりは問題ないか」
「よい」
私はメリタの注釈に短く返答し、ジャクの身体に毛布をかけなおした。
とりあえず、このジャク・ボリバルの命をながらえておけるのならば問題ない。そして、彼女が奴隷に落とされた経緯がわかるのならなおよい。
「グリゲーの問題が終わるまではその件はまともに調査できまい。役場にはおおよそ、彼の息がかかりすぎている。
ガーデスの闇はそれなりに深いのだ。私一人ではとても切除できないほどには」
「そうらしい。メリタ、君も手段を問わないと考えている人間なのか?」
「そうでなければ剣など磨かぬ」
メリタはどうでもいいことのように軽く返答をした。
私はその日、メリタの厚意にあまえることにして衛兵の詰所で朝を迎えた。これ以上ジャクを連れまわすのは避けたかったので、実にありがたかった。
だが、私は目覚めると共に早速問題に巻き込まれてしまう。
何しろメリタはただの衛兵であり、彼らの統括者ではない。ヒャブカ将軍への手紙は彼女が自ら届けに行ってくれているが、私の処遇には直接口を出せない。つまり、衛兵の統括者は既にグリゲー・ゴンの息がかけられていたのだ。
グリゲーが衛兵の詰所前であのような戯言を叫んだ理由もこれなのだろう。どうやら彼はよほどの権力をもっていたらしい。私もとんでもない人物に喧嘩を売られたものだ。
無論ふっかけられた以上、そして一つの幼い命がかかっている以上は徹底的にやるより他ない。
私はただの田舎者だが、腑抜けではない。そして、弱くもない。
ひとまず目の前にある問題は、私が半ば拘束されていることとジャクの処遇だ。ヒャブカ将軍の命令が下るまでの辛抱なのだが、その間にジャクが危害を加えられてはたまらない。
かといって暴力に訴えるわけにもいかない。メリタはまだ戻ってこないので、彼女をあてにすることもできない。統括者は彼女の上司なのでいても同じことかもしれないが。
「グリゲー氏から話は聞いている。君は彼に危害を加えて金銭を得ようとしたな。
我々は君を犯罪者として扱わねばならない。君を捕縛する」
統括者は私の両手に手錠をかけてきた。本体は木製で、二枚の板を組み合わせたような形だ。それを金属のカギで固定している。
私を拘束して彼らはニヤリと笑う。どうやら私を封じたと思っているのだろう。
だが、ここで大人しくしていてはジャクがどうなるかわからない。まだ保護されているという名目なので部屋の隅で寝ているが、目を離すわけにはいかなかった。
そこで私は手錠を少し眺めてからこう切り出した。
「君たちの法に従って拘束をうけたが、残念な知らせがある。この程度では私を拘束したことにならない。
すまないがもっと頑丈な拘束をしてくれなければ、これらは何の意味もなさない」
「こうして両手が固められているのにか? 無意味とはどういうことか。
抜けられるというのならやってみたまえ」
衛兵たちがこう答えたので、私は両手に力を込めた。ばきり、と小気味のよい音がする。
古い木製の手錠は、木目にあわせて割れてしまったのだった。
「んんっ? なんてデブだ」
デブは関係ない。私は壊れた手錠を彼らに差し出して、
「拘束はこのように、無駄となった。頑丈な拘束はないか」
「クソ。後悔するなよデブが。おい、ロープをもってこい。グルグル巻きにしてやれ」
次は縄で手首をグルグル巻きにされてしまったが、少し力を入れると両手は簡単にすっぽ抜けてしまった。
やはりこの程度では私を拘束するに足りない。
「畜生、おい、後ろ手に縛ってひねり上げろ。そうすりゃ縄抜けなんてできないはずだ」
しかし私は手を後ろに回さない。衛兵たちは力ずくで私の両手を背中にまわそうとしてきたが、私のほうが力が強い。
無論、この程度で腕が折れるようなこともない。
「クソが!」
「衛兵のメリタと話をさせて欲しい。彼女は昨夜、真摯に私の話を聞いてくれた。
彼女になら素直に拘束されてもよい」
とりあえず時間稼ぎのためにそう言いつづけて、私は私とジャクを守る。
時間帯が早朝から朝になった頃、メリタは戻ってきた。手紙を携えている。無論、それはヒャブカ将軍からの返信だ。