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娘を守るためですから

 あらかた片付いたので、肩に乗せていたジャクを見る。ぐっすり寝ているようで、まだ目を開いてはいない。

 私はそのままで三人の襲撃者を部屋の隅に投げ捨てる。折り重なった彼らはうめき声を上げるが、彼らの苦痛など知ったことではない。


「あらかじめ言っておくが、この子をもしも起こしたらお前たちの首の骨を折る。

 せいぜい叫びださないように気をつけることだ」


 言いながら、私は一人の左腕を強く握った。

 みしりと音が聞こえて、次の瞬間にはその男の関節が一つ増える。


「がぁ……!」


 叫びだそうとした男の口を、慌ててもう一人の襲撃者が塞いだ。ジャクが起きだそうとしたのを目ざとく見つけたのかもしれない。

 なかなか、見事なコンビネーションだ。

 それぞれあちこちが痛いだろうに、仲間を庇うとは。

 多少の感動を覚えながら私は彼らの前に座り、まずこう宣言した。


「さて訊こう。お前たちは何の目的でここに押し入った。

 いやそのような質問はするだけ無駄かもしれないな。いまどき、そうやすやすと口を割るような襲撃者はいまい。

 ならばこちらからの質問の仕方も、多少手荒にならざるを得ないであろう。

 もしもお前たちが何も話さぬというのであれば、余計な報復を防ぐためにも君たちの命は奪い、死骸は埋めてしまって今夜のことはなかったことにするのがよい。

 そうしたことをふまえて、これからお前たちの命を徐々に奪っていくことにする。すっかり終わった後は、君たちの身体を切り刻んで下水に流すとしよう。そうして処分しなければお前たちの雇い主に余計な情報を与えてしまうであろうし、私にとって都合がよくない。

 ではさっそく実行するが、もしも何か話したくなったら、勝手に話すがよい。

 しかしこうした酸鼻を極めるような事態を幼子に見せるのはひどく心が痛む。もしもこの子が起きてしまったら、そのときは速やかに君たちの命を絶たざるを得まいな。その点はよく承知しておいてもらいたい」


 私は拳を固めて男の膝を砕いた。

 短い悲鳴が上がろうとしたが、男は必死に口を塞いで耐える。

 特に話が始まらないので、次に軽く胸を平手で押した。少しずつ力をこめていくと、男は呼吸を止めて口から泡を吹き出した。あばらがめきめきと音を立て、吹き出す泡に血が混じる。

 この上なく苦しそうだ。だが、ジャクはこれ以上の目にあって死ぬかもしれなかった。

 私は手を止めない。少しずつ力をこめ続ける。

 すると慌てた一人が口を開く。


「まて……、話す、話すから待て」

「勝手に話すがいい。それが私の求める情報ならこの手を止める」

「私たちを雇ったのは、グリゲーだ。奴からその子を拉致するように頼まれた」

「グリゲーとは何者だ」


 私は手に込めた力を抜く。


「わからんが、奴隷商人とつながってるらしい男だ」

「どこにいけば彼と会える。ジャクを引き渡す場所と時間を教えなさい」

「それは……」


 この質問には言いよどんだ。自分たちの信用を売り渡すことになるからだろう。

 しかし私が軽く右手を揺り動かすうちに気が変わったらしく、全てを正直に話してくれた。


「よかろう」


 私は彼らを雇ったという、グリゲーなる男と会うことを決めた。ジャクは置いていくことができないので私が抱えたままだ。

 そしてこの男たちも連れて行くことになる。

 このまま、ガーデスの内部。人の訪れない寂れた教会の裏手にいく。

 そこにグリゲーという男がいるらしい。ならば、会って話を聞かねば。



 全くもって、手が足りない。

 何をするにもだ。ジャクの面倒を任せられるような、信頼できる人物が欲しい。切実に。

 こうして自分が抱えているのが一番安心できるというのは、あまりよくない。しかしそうするしかない。


 暗がりの中を、私は進む。

 夜の帳に落ちた首都ガーデスは、危険なにおいがする。その中でも人気のない教会の裏手。

 まるで墓場のような雰囲気がある。

 私は肩にジャクを担ぎ、外套をまとってそこに向かう。

 路地の先に、二人の男がいる。どうやら、グリゲーなる男か。


「あいつか?」


 連れてきた襲撃者に、確認を取る。すると彼は頷く。


「そうだ、奴だ」

「では確認に行こう。きたまえ、挨拶をしなさい」


 私は襲撃者の一人を引っ立てていき、グリゲーの前に突き飛ばした。

 彼が言葉を発するよりも早く、立っていた男の一人が口を開いた。


「ほう、連れてきたか。十全だな。早くこちらに引き渡せ。それと、あのデブはどうした。しっかりと始末をしたか」

「ああ。まあな」


 襲撃者は曖昧な言葉でその場をごまかそうとする。

 しかしその先を話させても意味がないので、私はずいと前に進み出た。


「そのデブとは、もしや私のことか。何か私に用事があるようなので、出向かせていただいた。

 グリゲーというのはあなたか? ジャク・ボリバルの身柄はあなたには引き渡せない。

 また、あなたのとった手段はあまりにも手荒なものだ。おかげでこちらは身を守るために彼らを傷つけざるをえなかった。

 自らの行為の正当性を証明するためにも、あなたの行為の不法性を証明せざるを得ない。したがって、あなたをこのまま衛兵たちのところへ連れて行く。

 残念ながらあなた方の行動の自由はない」


 一気にまくしたてると、グリゲーなる人物は一瞬硬直した後、脱兎のごとく逃げ出した。

 私は彼の足を払って、その場に引き倒す。


「よかろう、今から行こうではないか。

 何、あなたは歩く必要がない。私が運んで差し上げるからな」

「お前……」


 私は彼を引っ張り、衛兵たちの詰め所まで歩いていった。

 その瞬間、彼は突然狂ったように叫びだしたのである。


「助けてくれ! この野蛮な男が私に襲い掛かってきた! 今にも拉致されようとしている!」


 そんな感じの言葉であったと思う。

 その場にいた衛兵は二名ほどだったが、ぎょっとした顔でこちらに近づいてくる。しかし慌てるにはあたらない。

 私は静かに告げた。


「この子を害しようとしたのはその男のほうだ。

 このような小さな娘に危害を加えようとする男を放置してはおけないのでお連れした。詳しい事情を説明したい」

「ほう?」


 衛兵の一人がそんな声を上げた。少し高い声であり、女性であることが知れた。


「なるほど、随分かわいらしい娘だな。だが、この段階でどちらの言い分が正しいかはわからぬ。

 ひとまず中に入るがいい。それぞれ別に事情をうかがおう。名前を聞いてもいいか?」


 彼女は理性的にそんなことを言った。私はそれに頷き、詰所の中に入る。

 無論、グリゲーももう一人の衛兵に連れられて、別の部屋に入っていった。

 どうやら私から話を聞くのはこの女の衛兵らしい。金色の髪をひとまとめにした髪型は、活動的といっていいだろう。化粧けのない凛々しい顔立ちが美しくさえある。このような人物が衛兵などという職についているのは不思議とさえいえる。


「私はスム・エテス。王から召喚を受けて、つい先日にこの首都へ入った田舎者だ。

 したがって、礼儀も知らぬゆえ無礼な振る舞いがあるかもしれないが、許して欲しい。

 この娘はジャク・ボリバル。昨日奴隷商人から買い上げた娘である」


 とりあえず襲撃の心配のなさそうな建物の中だ。私はジャクをおろして、長椅子の上に寝かせた。

 衛兵はほう、といいながらジャクの顔を覗き込んだ。ぐっすり寝ている彼女の表情を見て、口元をわずかに緩ませている。

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