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母が奮戦していますので

 村の中へ入ろうとする私の前に、牛頭の魔物が二体も立ち塞がる。

 いまさらこの程度で私を止めようとするとは、無駄なことを。

 走りこんできた勢いをそのままに思い切り踏み切って、私は宙を飛ぶ。そうして上空から一気に振り下ろした右腕を、向かって右側に立っている魔物へとたたきこんだ。その一撃で彼は頭から地に伏し、あまつさえ衝撃で私の腰ほどの高さまで跳ね返るように浮き上がる。

 もちろんその様子をいちいち目で追うことはなく、私は左腕をもう一頭へと見舞う。牛頭の魔物もこれを防ごうと咄嗟に両腕を構えたようだが、するりとその間を抜けた私の腕は、敵のみぞおちのあたりを突いた。彼は前かがみになって痛みをこらえようとしたので、私は落ち着いてその顎を下から打ち上げる。たったそれだけだった。

 村の中へ私を通すまいとした牛頭はたちどころに昏倒した。もはや役立たずだ。

 ロカリーの村へ、私は勢いを落とさぬように走りこむ。

 すでに剣戟の音が鳴っていた。おそらく、我が母の持つ武器が鳴らすものだ。

 その音を頼りに、私は懸命に急いだ。


「母様! ジャク!」


 と、叫んで何度目かの角を曲がると、ついに探していた者の背中が見えた。

 間違いなく、ヤチコ・ベナだ!

 そして、ヤチコと対峙しているのは我が母エイナ・エテスである。

 周辺にはおびただしい数の魔物たちが横たわり、今なおその数を増やしているようだ。我が母は手を止めず、足も止めず、動き続けている。次々と呼び出される魔物たちを斬殺していた。

 虚空からやってくる魔物たちは、母に一撃でも見舞わんと突進しているが、かすらせることすらできていない。ぶざまに絶命するだけだ。とはいえ、母も無限の体力を持っているわけではない。

 加勢が必要と思われたが、私が駆け寄る前にヤチコがこちらを振り返って、両手を掲げた。とたん、私の前にも牛頭の怪物が出現する。


「邪魔をするな!」


 冷酷な声で彼女は言う。

 しかし、呼び出された魔物に私が対応しようとしたときにはもう、牛頭のこめかみを両手突き剣エストックが貫いていたのだ。

 我が母は、恐るべき速さで剣を抜き、倒れる牛頭を見下ろしもしない。私の前に立った。


「スム、何があったのかは、全部後で聞くわ」


 今は目の前のこいつをなんとかしよう、とばかりに構える。私も母の少し後ろで構えをとった。

 ヤチコは軽く肩をすくめて、魔物を呼び出すのをやめてしまう。

 ついに種切れかと思ったが、そうではないようだ。


「さすがは勇者の血族ってわけね。こんなに一族が倒されるなんて」

「ずいぶん余裕なこと、私とスムがそろって、あなたの死はこれほど確定的になっているのに」


 ヤチコが口を開いたので、母も軽く応じた。無駄話をしているだけではなく、その間に鋭く血振り。さらに、刃に付いた脂を拭い去る。

 おそらく、母は父やイリスン、メリタの到着を期待しているのだろう。それと、疲労を回復する時間をも欲していると思われた。

 これをわからないヤチコでもないだろうが、敵はのんきに話を続ける。


「私はいくらでも魔物を呼べる。あなたはそれを一瞬で倒してしまってきたけど、いつまででもそうできるとは限らないし、何十体も同時に仕留められるかというとそうでもない。

 そうしていないだけで、その気になったら私はどれだけでも同時に魔物を呼べる。

 私のためなら喜んで捨て駒になる魔物は、星の数ほどいるんだから」


 彼女はニヤリと笑って、ぱたぱたと手を振る。油断しているようにも見えるため、私は突っ込んで叩き伏せようとも思ったが、躊躇する。

 ガーデスですでに、何度かヤチコ・ベナを殴り倒しているのだ。槍をその腹部に突き刺してさえいる。しかし、彼女は生きていた。大量の血を吐き出して倒れたはずなのに、すぐさまケロッとして動くヤチコを見るに、彼女を倒すには単純に殴るだけではだめなのではないか。私はそのように考えて、手を出しあぐねる。

 ヤチコは魔物であり、不死身なのかもしれない。


「わかっていると思うけれど、私が今の魔王。すべての魔物を統べる、王。

 その私がガーデスにながらく滞在して、リジフ・ディーと睦みあっていた意味を、わからないわけじゃないでしょう? 魔王と勇者の血がまじりあって、一体何ができるのかってことに、興味があるでしょう」


 ペラペラと喋るヤチコ。

 ガーデスでは情報を僅かも漏らさないとしたのか、戦闘の際にはほとんど口を利かなかった。どうやら何か自信があるのか、それとも目論見があるのか、唐突に口が軽くなっている。


「すまないけど、何の興味もないわね」


 軽くを息を吐いて、母がこたえる。

 意にも介さず、ヤチコは話を続けてしまう。


「私はこれまで、たっぷりと彼から愛情をもらってきた。そうなるように仕向けてね。

 勇者の血をひくものの精をもらったのだから、当然それはたくさん研究に使わせてもらった。魔の血と混ぜて、何が生まれるのかたくさん研究させてもらった。

 失敗もあったけど、割と強烈な成功もあった」

「そう、よかったわね」

「その成果をお目にかけようというのだが」

「それで?」


 エイナ・エテスは面倒くさそうに促した。別に聞きたいわけではないのだろう。

 何が出てこようと、叩き潰すだけだと考えているのかもしれない。おそらくだが、彼女はリジフ・ディーがここにいないことに満足しており、後始末は自分がするべきだと思っているのだろう。


「こいつらとて十分に強い化け物であろう」


 地面に転がる牛頭の魔物を指さしていう。たしかに、そんじょそこらの傭兵や衛兵ではとてもかなわないほどの巨躯、膂力を誇る怪物である。三体もいれば、小さな村を蹂躙することができるだろう。


「だが、私はこいつらよりも強い魔物を出せる。従えている」


 どうやら牛頭の怪物程度では私たちにかなわないということを知って、より強いものを呼び出すということらしい。


「出ろ」


 軽く指先をあげてそう命じた、と同時に何かが落ちてきた。たった今までヤチコが立っていたところへ、入れ替わるように出現したのは、山羊の頭をした魔物だった。ロカリーの周辺で出会い、私とイリスンで撃退したあの魔物にとてもよく似ている。

 あのときの山羊頭と同種というのであれば、たしかにこれは牛頭の魔物よりも強力だ。

 ヤチコは出現した山羊頭の肩に乗っている。倒せるものなら倒してみろ、という自信に満ちた顔をしていた。が、何か気に入らないのか、わずかに舌打ちがきこえる。

 ガーデスで牛頭を呼んだ時にも何か不満そうにしていたことから、何かヤチコには予定通りにいっていないことがあるようだ。

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