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本当の黒幕

「お前がしたことで英雄らしい行いと言えるものはあるのか? 魔物退治くらいじゃないのか。

 振り返ってみても、剣の腕で名をあげて、政治的な提案を王にあげてさらに名を売ったというくらいしかない。しかもその案というのもお前の考えたものではない。かわいそうなキコナ・ヨズ・セケアがお前の機嫌をとるために考えたものだ。

 それを搾取して、利用しただけ。その上、今お前自身が証明したように魔物もお前の命令に従う。であるなら、魔物退治によってあげた功績もすべて意味のないものになりさがったな。

 第一、王族が税収で贅沢をしていたのなら、自分たちの税金のもとである民衆を殺戮してどうするというんだ。まったく考えが浅い。

 で、まだ何かお前が英雄だと言えるものはあるか?」


 きっぱりそう告げてから、王女は私を指さしてこうも言う。


「ひきかえ、このスム・エテスは違う。ガーデスにやってきて早々、一人の小さな娘が不法に奴隷にされかけているのをみて、これを助けた。身銭を切って買い上げてな。さらにはその取引先を調べて、彼を衛兵に突き出すことまでやっている。自分には何のかかわりもない、ただの小娘を助けるために一財産つかったのだ。何の見返りも求めることなくそうすることが、お前にできたか?

 そうしてヒャブカ将軍と親交をもち、剣術大会では武器を使わず決勝まで勝ち残る快挙を見せ、お前の呼び出した魔物たちを蹴散らし、観客の避難のために全力をもって戦ってくれた。私はそうした功績をみとめて、この剣を彼にさずけたのだ。

 彼は、常に弱者のことを気にかけ、心配している。彼らを守るためにその身をいつでも捧げる覚悟がある。

 だから今私たちが断頭台にかけられようとしているとき、自分に何のかかわりもないというのに、わざわざここへ進み出てくれたのだ。それがお前との違いなのだ、リジフ・ディー。

 英雄というのは、彼のような者のことをいう。私はお前を英雄とは認めん。

 さあ、衛兵たちよ。命令を遂行しろ。でなくば、お前たちも反逆者として扱わねばならん。断頭台にかかるのは誰からだ?」


 睨みつけられた衛兵たちは顔を見合わせ、それからようやく槍をリジフに向ける。しかしそれでも何人かはリジフの側についたままだ。よほど念入りな脅しがかかっているのか、それとも心から彼に従っているのか。

 いずれにせよ王女はそれで態度を決めたらしい。


「よかろう」


 ケウアーツァ王女はようやく私の手を放して、下がった。

 代わりに私は進み出て、リジフと相対する。王女はどうやら自ら剣をもって、王太子や王妃の拘束を解きにかかっているようだ。任せておいてもいいだろう。

 リジフと戦うのは私の役目である。


「くそっ、くそ! 俺が悪いっていうのか!」


 英雄を自称した男は、悪態をつきながら私に剣を向けた。どうやらこれ以上の論戦は不可能とあきらめたようだ。

 しかしこれを見たヤチコがあわてて彼に飛びつく。横合いから抱きつかれて、リジフはよろめいた。


「ダメっ、これ以上はダメ。もう無理。ここはおとなしく相手の言い分を聞くか、いったん逃げるかしかない。

 この上まだ剣で抵抗するのは得策じゃない。民衆への心象も悪いよ」

「今更遅い。もうやめだ」


 ヤチコを振り払い、リジフが私に飛びかかってきた。

 しかし、その剣筋は剣術大会で相手をした時よりもむしろ鈍っている。彼の心が揺れているのか、それとも別の要因があるのか。私は簡単に攻撃をかわし、彼の顔面に掌を叩きこむことができた。

 その衝撃に彼の体は激しく横回転し、踊るような動きをしながら倒れこむ。


「リジフ!」


 心配したのかヤチコが駆け寄るものの、致命的な隙をさらした彼は立ち上がるよりも早く、王への忠誠を見せる衛兵たちに取り囲まれてしまった。


「捕らえろ」


 感情のこもらない声で、誰かが命じた。おそらく、王太子だ。

 どうやらリジフに味方する衛兵は全て排除されたらしい。リジフはほとんど抵抗らしい抵抗ができず、数の力で衛兵らに抑え込まれる。

 それでも口は達者なようで、「くそが」だの「殺してやる」だのと元気だが、それを実行することはおそらくできないだろう。


「終わったか。お前のことは希代の犯罪者として記録されるだろう。英雄にはなり損ねたな」


 王太子は縛り上げられたリジフにそう言葉をかけ、さらにその傍らにいるヤチコに目をやった。


「その女も縛り上げろ。共犯者として裁かれることになろう」

「リジフ、もう!」


 命令が下されて、ヤチコ・ベナも取り押さえられる、かに見えた。瞬間、彼女に近づいていた衛兵が吹っ飛んだ。

 本当にたやすく、吹っ飛んでしまったのだ。

 私はその光景が信じられなかった。リジフ・ディーよりやせ腕の、クロスボウに優れているだけの女が簡単に衛兵の拘束を振り払い、彼らを吹き飛ばすとは!


「邪魔ッ!」


 ヤチコ・ベナは衛兵の一人が構えている槍を奪い取り、鋭く一閃する。ただそれだけで二人の衛兵が叩き切られた。鎧ごと切り裂く一撃だった。

 あんな女の、しかも片腕でふるった一撃があれほど重いはずがない。衛兵は膝をついて、うめいている。重傷だ。

 いったい何が起こっているのか、私は理解しかねた。だがともかく、ここでは王女や王太子を守らなければならない。

 これ以上の被害拡大を防ぐべく、私は飛び出す。王太子はヤチコを説得しようとしているが、おそらく何の意味もない。


「よせ、抵抗するな!」

「それはお前たちのほうさ。リジフ! やっぱり負けたじゃないか。お前の言うことは嘘ばっかりかい」


 右手に槍を、左手に縛られたリジフの体を抱えて、ヤチコは不機嫌そうに鼻を鳴らす。衛兵たちはもう遠巻きに彼女を囲むだけで、攻撃を仕掛けられていない。恐るべき膂力を目の当たりにしては無理もないが。

 私は進み出て、ヤチコの真意を探ろうとしてみた。


「お前たちも民衆の支持がほしいのなら、ここは抵抗するべきではない。これ以上衛兵たちを傷つける必要はないだろう。

 武器を放し、話し合いに応じるなら寛大な処置もあるだろう。だがそうでないのなら、ヤチコ・ベナも造反者の誹りをうけることになるぞ」

「造反者で結構。私は、もうこいつとは決別するよ」


 突っぱねるようにそう言い返してくる。

 そうしてヤチコは縛られたままのリジフを、あろうことか断頭台にかけてしまった。固定されたリジフが自分の運命に気づいて喚く。


「どういうことだ、何をしている!」

「もういい。もういいよ、あんたは。せっかく目をかけたのに、詰めが甘かった」


 民衆がざわめいた。

 王族の公開処刑という最悪の事態をようやく避けたと思ったのに、それを企てた男が目の前で処刑されようとしている。どういう反応をするべきか、まるでわからないのだろう。

 どういう思惑でヤチコがリジフの首をはねようとしているのかはわからないが、このままではまずい。


「よせ!」


 私は断頭台に体当たりを見舞った。衝撃で断頭台はひび割れ、激しく揺れる。さらに足を踏んで、腰の入った張り手を突き出すと、ひび割れから真っ二つに折れて完全に壊れた。

 少なくともこれで、この場で誰かの首が落とされるということにはならない。


「こいつ」


 目論見をつぶされたのが癪に障ったのか、ヤチコが槍を突き出してきた。かなり鋭い突きだ。私はどうにかそれを回避したが、リジフの剣よりよほど強いとみえる。どうして今までヤチコはクロスボウなどをつかっていのたのだろうか。

 いや、そもそもこのやせ腕でこの力強さはおかしいし、ありえない。彼女は何者なのか、少なくともただの使用人の娘というのではない。

 ヤチコの槍は、次々と繰り出された。私を殺しておこうという意思がありありとみえる。

 幾度かそれをしのいだ後、私は槍をつかんで強くこちらへ引きこんだ。相手の力を利用して体勢を崩そうとしたのだが、ヤチコはこれを予期したように槍を簡単に手放した。

 手ぶらになった彼女は後ろへと飛び、右手をさっと構える。


 瞬間、彼女と私の間に巨大な牛頭の怪物が二体も出現していた。


「なんだと!」


 王太子が驚きの声を上げる。たしかに、これは信じられない事態だ。

 同時にケウアーツァ王女が鋭く叫んだ。


「みんな、逃げろ! この広場から離れて、頑丈な建物に逃げ込め!」


 とっさの一言だったのかもしれないが、これはかえって失敗だった。広場はたちまち恐慌に包まれ、逃げ出そうとする人と状況を把握できない人の間で押し合いが始まってしまう。

 避難を誘導するべき者もいないのである。しかしそれ以上に何ができただろうか。王女は安全に避難できるように指示をしたがっているが、そんなことをしている場合ではない。衛兵たちが王族にも避難を促している。


「む……」


 ヤチコが不満そうに眉を寄せた。牛頭を呼び出したのは彼女だろうが、何か足りないことがあったのだろうか。

 私はとっさに、握ったままの槍を彼女に向けて投げつける。奇襲攻撃に最適だろうと考えたからである。力いっぱい投げた槍は、ヤチコ・ベナの土手っ腹に命中したが、彼女は倒れない。

 貫通した槍を引き抜き、鮮血をしとどに流す自分の腹をちらりと見て、笑った。


「お前、人間じゃないな?」


 私の問いかけに、彼女は答えもしない。ヤチコ・ベナはまるで語ろうとしなかった。

 リジフを処刑しようとしたのも、彼の口から何か情報が出ることを恐れたからかもしれない。


「王族たちを確保しろ、私はこのデブを始末する」


 彼女は槍を放り捨てると同時に魔物たちへと指示を飛ばし、素早く私に向かって飛びかかってきた!

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