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広場はざわめいて

「このように王族は、魔物を召喚する術を握っていたのだ。この調査ですべてが明るみに出た!

 私は諸君らを食い物としてきた王族を、断じて許しはしない。ここに、かれらの公開処刑を提議する。

 裁判官は、国民たる諸君だ!

 諸君らは王族を無実とするか! 有罪とするか!」


 リジフは先ほどと同じ言葉を繰り返している。

 重要なのは、無罪か有罪かという極端な二択しかない点だ。投獄や労役、追放などの処分は意図的に排除されている。死刑か無実かの二択なのだ。

 だというのに、それを感じさせないように熱心に人々をあおり続けている。お前たちは騙されていたのだ、搾取されていたのだというイメージを植え付けようと頑張っている。

 そのようなことで王族が処刑されてたまるものか。お前の思い通りにはさせん。

 私はあらためて決意を固め、冷静な目で広場を見まわした。

 王族が魔物を操るという証拠を今、見せられた聴衆は戸惑いの中にいる。それが怒りにかわって、殺意が芽生えるのをリジフは期待しているのだろう。

 ここまでやったからには、おそらく彼は次のシナリオも用意しているはずだ。

 おそらく、ある程度の支持を勝ち得た後、強引にも処刑にもっていくだろうが、さらにダメ押しがあるとみた。王が断頭台にのせられた瞬間、彼を守るように複数の魔物があらわれ、抵抗し始めるというような。

 そうなったのなら彼は即座に剣を抜き、これらを打ち負かしながらこう言うのだ。


「見たか! 王族はやはり魔物とこうもつながりを深めているではないか。

 今こそ、彼らは長年の欺瞞を清算すべきだ! 私たちの怒りは、罪は、血によってのみ贖われる」


 そこまで予想したのなら、私は機先を制する。

 ここは行動の時だ!

 自分の判断を信じた私は、目立たぬ位置から進み出て、人波を申し訳ないながらかきわけるようにしてすすみ、飛び上がった。

 そうして私は、断頭台の前に降りた。民衆よりも一段高い位置に。そして、リジフ・ディーの前に立ったのだ。


「きさっ!」


 私の姿に気づいたリジフはかなり驚いたようではあったが、それでもすぐに民衆のほうを向いた。私は賞金首ということになっているため、即座に捕縛命令をだすつもりなのだ。

 それよりも先に、私は口を開いて大声で奴を威圧した。


「無罪だ! 王族には罪など何もない。

 魔物を呼び出すなどという技術は貴様がもっているにすぎん! リジフ・ディーは王位をかすめ取ろうとする簒奪者だ!

 みんな、騙されてはいけない。こいつが魔物を呼び出しているのだ。

 リジフ・ディーこそすべての元凶だ!」


 そのとき、奴は「しまった」と言わんばかりの表情を浮かべていた。

 彼は私の前に進み出て、しかしすぐに態度を取り繕った。私としては奴のほうを糾弾される立場に追い込みたかったのだが、奴はこちらを話の分からない愚民という目でみてくる。


「衛兵、何をしている。そいつをつまみ出せ。

 取るに足らん戯言だ」

「戯言か、そういうなら反論できるのだろうな。皆、今見たとおりだ!」


 私はつかみ掛かろうとしてくる衛兵らを振り飛ばした。彼らは体重も軽いので、両腕の力だけで振りほどけてしまう。


「このリジフ・ディーは王族こそが魔物の元凶だと言いながら、自分で魔物を召喚して見せた!

 こいつこそが元凶で、王族に罪をなすりつけようとしていないと、なんで言えようか!」

「なんだと?」


 あっさりと冷静さを失い、リジフは腰の剣を抜きかける。

 これに慌てたのか、ヤチコが声を張り上げた。


「反論、反論は結構! このような反論もありますが、私たちの勇者リジフがそのようなことをするはずがありません!」

「ではその腕輪とやら! 本当にその腕輪の力で魔物を呼んだのか!」


 私も声を張り上げ、応じた。

 ここは論だ。論で勝たねばならない。

 そうして民衆を味方につけて、完全勝利を目指すべきところなのだ。リジフは反論してくるが、これにも応じなければならなかった。


「そうとも、この王家由来の腕輪の力で、魔物との交渉をたやすく行えるのだ。なんという罪だと貴様は思わないのか?」

「本当に腕輪の力で召喚されているのならな。それも明確にできないのであれば、そのような腕輪一つ、何の証拠にもならない」

「たった今、この俺がやってみせただろう。それが気に入らないのか?」


 ニヤリと笑い、リジフは両腕を掲げた。


「この肥満児は! 俺たちが調査したことが気に入らないらしいぜ!

 リジフ・ディーに嫉妬してみにくくケチをつけにきやがった。諸君ら、このような狼藉を許していいのか?

 奴は長年にわたって諸君らを欺いてきた王族に味方して、あまつさえ、不正を暴いたこの俺を、悪だと主張してやがるんだ」


 感情的に民衆を揺さぶって、味方につける気でいるらしい。

 その意図をくんだのか、ヤチコも大げさな身振り手振りで呼びかけを行っている。


「こちらに乱入してきたのはいささか礼儀を欠くが、その意見は認めましょう!しかし、それが正しいかどうかは民衆が決めます!

 人民の皆さま、こちらのお方は念入りな調査を行ったリジフさまこそ悪であると主張されております。

 彼は無罪か、有罪か!」


 ひどい論点のすり替えを見た。

 私は思わずヤチコの顔を見てしまったが、彼女は全く悪びれていない、どころか今の言動のどこに瑕疵があるのか、といった具合だ。何も全く、問題ない、予定通り進めている。

 ただ壇上に登って意見をしただけだ。それでもって「意見を認める」としながら、「無罪か有罪か」と問いかける。私はすでに、罪人の扱いをされているのだ。全く意見を認められたことになっていない。


「いいや! 私はそもそもこのようなやり方で王族を裁くことを認めん!

 最低限の形さえ整わない、いかに王族が被疑者であるとて、彼らへの最後の敬意さえない、民衆の前で晒し者にして断頭台にかけるとは!

 リジフ・ディーこそ破廉恥はれんち極まりない造反者だ!」


 私は大きな体を震わせるようにして、大きくとおる声をあげた。主張した。

 奴らの声がいかに大きかろうが、私がそれを上回ればどうにかなる。

 どのみち、確たる証拠などこの場で出せるはずもないのだ。奴らの主張がいいがかりである以上、絶対的な証拠など出るはずもない。かといって、こちらも王族と魔族がつながって「いない」証拠などどうやってもひねり出せない。何度も魔族討伐の軍を出していること自体が証拠といえるが、リジフも魔族を討伐して名を挙げている以上、それを証拠として提出できないのである。

 ならば、単純に声の大きさでより多くの民衆に伝えるほうが勝つ。単純だし、わかりやすい。


 中央広場は、ざわめいていた。

 私とリジフ・ディーが自分の主張を譲らないため、どちらについていいのかわからないという状況になっている。だが、今の今まで自分たちの上にいた王族を処刑しようとしているリジフと、それが横暴だと主張する私とでは、心情的な問題から情勢が決まりつつある。人は今までの流れを失うことを本能的に恐れるものなのだ。

 もちろん、本当に王族と魔族がつながっているなどということになったなら、それもわからなかっただろうが。しかしリジフはその決定的な証拠として自ら魔物を呼び出して見せただけだ。王族が呼び出しているところを見せなかった。

 これは実のところ致命的なミスだ。

 私の主張が通りつつある。


「今見た通り、リジフ・ディーは魔族を呼べる! こいつがそれを利用してすべての状況を作った!

 諸悪の根源はこいつだっ!」


 私が何度目かの叫びをあげたとき、


「そのとおり! 王様を殺させるもんか!」


 と、群衆の中から同意の声があがった。

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