勇者の反逆です
魔物は現れなかった。
リジフ・ディーは事件を起こすことで王族に罪を擦り付けようとしていると思っていたのだが、違ったらしい。しかし処刑は確実される。中央広場に人がやってきて、てきぱきと断頭台を設置し始めたからだ。
あの恐ろしい器具は、逃げないように固定された人間の首を、無慈悲な刃の一撃で切断する。
そこにかけられる前に、王女を救出しなければならない。無論、他の王族もだ。
公開処刑が始まることが知られ、ガーデスの住民らも中央広場に集まりだした。いったい誰が処刑されるのかということがわからないまま、まさに広場から人があふれだしたその時であった。
「このガーデスに暮らす、国民に告ぐ!」
大きな声がその場に響き渡った。どれほど上質のオペラ歌手であろうとも出ないであろうというほど、よくとおる朗々とした声だった。
あいにくの曇天模様ではあるが、そこへ響き、しっかりと広場にいる民衆に意思を伝える声。
その声の主は女だ。
見ればそれは、ヤチコ・ベナ!
相変わらず露出の多い衣装を着こみ、胸の谷間や太腿の肌を見せつけている。私から見れば下着同然ではないかと言いたくなるような奇抜な格好だが、広場に集まった男、それも若者からは絶大な支持があるようだ。
彼女が現れただけで歓声があがり、口笛まで飛ぶ。
一応この場は断頭台も設置されているとおり、血なまぐさい様相なのだが、あのように煽情的な衣装で場を仕切ろうというのか。私にはリジフ・ディーが理解できそうになかった。
「今日、断頭台にかけられるのは、誰なのか諸君らも気になっていることだろう。
それは諸君らもよく知っており、残念ながら今日まで諸君らが敬愛してきた者たちでもある。
私たちの勇者、リジフ・ディーは今日までの調査によって、この国に潜む害悪を発見したのだ! その害悪というのが、すなわち今日まで諸君らが敬愛してきた一族なのだ。
今ここに、被疑者を引き立てよう!
そして諸君らに彼らを処断するか否かを問いかけよう!
新たな政治として、民主制の名のもとに、人民の意思でもって、刑を執行すると約束しようぞ!」
動揺が広がる。民衆は突然始まった吊し上げに、ひどくうろたえていた。
そうか、と私は納得しかかった。
彼らは自分たちの正当性を裁判という形に求めたらしい。処刑されるのは間違いなく王族だが、その罪状を発表していくことで民衆からその尊敬を削り取って、民も納得の上で王族を処刑したということにするのだろう。自分たちのクーデターに民衆を巻き込むつもりだ。
「では、被疑者を前へ!」
ヤチコが大きく腕を振り上げると、幾人かの兵士に連れられて王と王妃、それに続く王族が断頭台の前までやってくる。彼らのほとんどはもう抵抗らしい抵抗をしていない。あきらめてしまっているのか、余計な抵抗をしても民衆の印象を悪くするだけだと考えているのか。あるいは、王族の誇りを捨てていないか、だ。
王の顔は知っているが、王妃の顔は初めて見る。
二度も王に謁見した私でも、王妃にあったことは一度もない。病弱という噂もあったが、それ以上に衰弱して見える。王妃を見ての印象は、すっかりやつれてしまった重病のご婦人というあたりだ。病気のところに監禁されたことがたたったのだろうか。
王太子の姿も見える。直接は見たことがないが、服装などから見てもおそらく間違いないだろう。それからケウアーツァ王女も疲れた様子で、しかし背筋を伸ばして歩いてきた。
どうやら王女の親衛隊や近衛兵などは少なくともこの場で処刑されないらしい。刑場となった中央広場にやってきたのは、王族だけだ。
やはりというか、広場はより大きな動揺に包まれてしまった。
レプチナ王国は領土を魔物に攻められている上、グリゲーによって政治の腐敗が進んでしまっており、大きな問題となっている。しかしヒャブカ将軍をはじめとして優秀な人材を各地に派遣して抵抗し、王族はいまだに尊敬を集めている。
スリム・キャシャの活躍から始まる英雄信仰も根強いが、やはり普段から政治にかかわるのは王族であるから、彼らに寄せる信頼は大きなものがある。それをリジフ・ディーが処刑するというのは、あまりにも衝撃的なのだ。
「今から、我々の調査でわかったことを伝えよう。その上で諸君らには、彼らが有罪か無罪かを判定してもらいたい!」
ひどく極端なことを言い出す。
この言い方では、有罪ならば断頭台で、無罪ならば釈放というようにしか思えない。実際にそうなのだろう。
民衆を味方につけるということで、半端なやり方ができないと考えたのかもしれない。死刑か無罪かしかないのでは、選びようがない。わずかでも罪があると感じれば断頭台にかけてしまうことになりかねない。
さらに、ヤチコの隣に大仰なマントをつけた、若い黒髪の男が進み出る。リジフだ。
どうやら罪状とやらは彼の口から説明されるらしい。
「すでに知っているとは思うが、俺は英雄の血を引くスリムの曾孫、リジフ・ディーだ。
俺が調査をしたことで、分かったことを皆に伝える。
皆はこのガーデス周辺にまで、魔物たちが侵攻してきていたことをご存じだろう。そして国防のために税があがったことをも、もちろん知っているだろう。
また侵攻する魔物たちによって、多くの村々が犠牲となった。その中で家族が亡くなった方もこの場には大勢おられることだろう!
だが俺たちの調査で、この魔物たちというのが、王族には決して手をだしていないということが明らかとなった。
皆はまた、先の剣術大会の会場が魔物たちに襲撃された件をも覚えているだろうか。あれほどの混乱、悲劇の中にありながら、王族は全くと言っていいほど魔物たちに相手にされず、悠々と自分たちだけ逃げおおせることができたのだ、それは何故か!
俺達にはわかったのだ。スリム・キャシャの時代から王族ばかりが魔物の攻撃を受けずにいる理由がな。
王族たちこそ、魔物を復活させて操っていた張本人だったのだっ!」
彼は勝ち誇ったように一息でそう言い切り、驚愕に目を見開く民衆へ、さらなる一言をかけた。
「今一度問おう!
このレプチナの王どもは、自分たちで召喚した魔物たちをお前たちにけしかけ、その対応策として税金を巻き上げた!
自分たちが身勝手に、贅沢を楽しむがために、税金を巻き上げたいために、ただそれだけのためにお前たちの家族を奪ったのだ。そんなことが許されて本当にいいのか?
確たる証拠がある! 見よ、これは王族が身に着けているブレスレットだ」
彼は高価そうなアクセサリを右手に高く掲げて、「来い!」と叫んでみせる。
とたん、その場にダニを巨大化したような、ヤチコの顔ほどもあるような怪物が出現したのである。何もない空間から湧いた出たようにみえる!
いったいどうやったのか、私にもわからない。
中央広場は小さいとはいえ魔物の出現に騒然となった。
なるほど、こうやって民衆を追い込み、最終的には王族の処刑に同意させるつもりだな。そうはいくものか。
私は断頭台のわきに控えている王族たちを見やった。




