朝をむかえて
私は自信をもって、リジフ・ディーの野望を打ち砕いて見せると宣言した。表面上はそう取り繕った。
そのために課せられたものは多く、難題ばかりであるが、だからこそ、私がそれを成さねばならない。私一人でこのガーデスの闇から王女を、あるいはキコナを、また無辜の民を、救わねばならない。
あらゆる不幸が襲い掛かるこの混迷の時に、私はここに居合わせる。だから、やらねばならない。
私は何度も自分を叱咤激励した。
私だって失敗は怖い。
知恵を絞って敵の上を行こうと考えたが、リジフ・ディーにしてもこれほど大それた計画を実行しているのだ。邪魔が入ってもフォローできるように考えている可能性は高い。
もしも彼に私の行動を完全に読まれていたら、どうにもならない。私は死んで、メリタやイリスンには不幸が襲い掛かるだろう。
そうなるよりはこのガーデスから逃げ出し、ヒャブカ将軍の軍勢に合流して、彼の指示に従ったほうがいいのではないかとも思える。経験豊富な将軍の指示ならおそらくリジフの思惑を上回るだろうし、堅実な結果が得られるはずだ。
と、私は知らず知らずに考えてしまう。
これは弱気な考えだ。いけない。
首都ガーデスに戻ってきたのは、王女やキコナを助け出し、ここに安寧を取り戻すためだ。
それを放棄していいはずもない。
私がやるのだ、他の誰でもないこの私がせねばならない。そもそも、将軍の到着を待つ余裕はない。明日にも王族が処刑されるという情報がある。
そう決心して、逃げ道などなくす。
とにかく私は無理にも落ち着いているように振舞った。すでに覚悟は決まっているとばかりにじっとして、腰を落ち着けている。
精神修養はした。したとも。簡単に心を折られているようでは、英雄足りえない、誰も守れないと言われて。
だが、無心になって目的に向かうには少々自信が追いついてこない。またリスクも大きい。
自分一人が死ぬならいいが、メリタも、イリスンもいる。ロカリーにはジャクもいて、私の帰りを待っている。
私が死ねば、彼女たちがどうなるかということを少しでも考えたら、ダメだ。いやメリタたちも強いから私がたとえ死んだとしても、きっと無事に生き延びて故郷に帰るだろう。と、思いこまなければならない。
ジャクもきっと我が父が守り抜いて、彼女の幸せを約束するだろう。そのように信じなければならない。
私は知らず知らず、腕を組んで自分の手を強く握りこんでいた。
「もちろん、すべてうまくいくに決まっていますよ。スムさまは明日一日で英雄と呼ばれるようになるのです。
他の誰もまだ見ぬほどの名声を勝ち得るに決まっていて、私はその妻としておさまる。全く問題ありませんね。
ですから、あとはあのにっくきリジフ・ディーをいかに苦しませて殺すかということを考えていればいいのですよ」
イリスンは気楽な様子で笑っているが、おそらく彼女も不安を押し殺そうと必死なのだろう。指先がわずかに震えているのが見えた。
「無駄口を叩くくらい、元気が有り余ってるのか。瞑想でもしてろ、イリスン。
私はそこまで楽観視できない。負けるとは思ってないが、勝つためにできることは全部しておきたい」
メリタは盾と小剣を抱くようにして、目を閉じている。明日に備えて集中力を高めようとしているのだ。
私を裏切らずに首都まで来てくれたこともそうだが、ボック姉妹は自分の祖国でもないこのレプチナ王国のために剣を掲げてくれている。それが当然だという態度でだ。
彼女らの立場からすれば、祖国に帰って高みの見物ということでも十分なはずである。
だがそうはせず、私についてきてくれた。私の計画にものってくれているし、参加する気であろう。ありがたいことだが、彼女らを死なせるわけにはいかない。
私は、勝たねばならなかった。
「必要ないです。姉さん。
これがただのそこらの貧弱な若者がいきがってるのなら私もそうしたでしょうが、私たちを指揮するのはスムさまですよ。
この豊かな肉体をごらんなさい。リジフとかいう表面だけスリムを真似たようなガリガリのクソガキがどれだけぶつかってきたところで、スムさまをわずかも動かすことがかなうと思いますか。無理です!」
「黙りなよ」
メリタはうるさそうにしているが、わずかに口元が笑った。
私は彼女たちの信頼を勝ち得ているらしい。
行かねばならないし、勝たねばならないが、それはできて当然のことというのだ。
ここは気丈なふりをしているイリスンを楽にしてやるべきだった。
「騒がないでいい、イリスン。私に任せておくといい。
それよりゆっくり休むべきだ。もうあと一日もしないうちに、君は新たな伝説の目撃者となるだろう。きっと、体力を使うことになるのではないか?
ならば今は休んで、温存しておいたほうがいい。勝利の宴を存分に楽しむためにも、それはきっと必要だ」
私がそう声をかけると「そうですね」と、ようやくイリスンが静かになった。どうやら納得したか、安心するかしてもらえたようだ。
さて、そのように言いはしたが、実のところは私は別に英雄になりたいとは全く思っていない。うまくいった場合、そうなる可能性があるというだけの話だ。
しかし、それでもここからは英雄としてふるまわなければならない。私が不安を抱えているところは見せられない。絶対に見せられない。
弱気な考えをすべて封じ込めて、不安を押し殺し、英雄としてふるまうのだ。
私こそがスリム・キャシャの跡を継ぐものだと大言壮語を吐いて、そのとおりにいかねばならない。それが求められる英雄像であるならそうしたほうがいい。
ただの一点、わずかに気になるのは。
私の内側から『そうしろ』という声が全く聞こえてこない、という点である。これほど私は決意を固めているのに、英雄の血はこれを肯定していない。かといって否定もしない。
どちらでもかまわないというのか?
それともいちいちこんなことを気にする私のほうがおかしいのか。きっとそうだろう、と思いたい。
策は講じている。
だが、結局私は一睡もできなかった。そのまま朝になってしまったのだ。
グリゲーたちはまだ閉じ込めたままだ。彼を閉じ込めてから半日ほどになるが、水と食料はある程度差し入れているし、もう一日くらいは放置しても大丈夫だろう。リジフたちが片付いたのち、あらためて逮捕する方針だ。
彼の部下や家族は心配している頃だろう。新しい奴隷と楽しんでいるとも考えられるが、少しばかり時間が経ちすぎた。
「起きてたのか、スム」
「ああ、だが全く眠くないんだ。どうしてかな」
日が昇り始めて、メリタが起きたようだ。
作戦を始めよう。私の読みが勝つか、リジフが正しいか。
自分の力を信じて、行かねばならない。
「ちょっと待て。おせっかいだろうが、一つだけ言わせてくれ」
腰を上げようとしたところで、メリタに呼び止められた。彼女はスッと立ち上がって私の肩に触れる。
「君がすべきことは、君の決断した通りに動くことだ。迷うことじゃない。
本当の英傑というのはな、一度決めたことには迷わない者をいうのだ。自分でそうと道を決めながら、躊躇したり臆してまごまごしている者は、そうなる資格を失うのだ。君はそうじゃない。
君はやれる。突き進めるさ」
「なるほど、私が何を考えているのかはわかっていたのか」
見透かされていたようで、私は困ってしまう。メリタは何でもないような顔をして、背筋を伸ばしている。
「みんな無理をしているんだ。私だって大それたことをしでかそうとしてるんだから、正直こわい。
冷静に考えてみれば、私たちのやろうとしていることは内乱にあたるかもな。捕まったらみんな死ぬかもしれん。それもスパッと殺してはくれなさそうだ。あちこち痛めつけられて、ずいぶん痛い思いをするかもしれない。
だが、だから何だ、という話さ。やるんだよ。私だって助けてくれたキコナのことを見殺しにはしたくない。
命より大切なものがあるから、それを守るためにやるだけだ。私はね」
「私だってそうだ。別に英雄になりたいわけでもないが、やらなきゃならんと思っているから、やるのさ」
「どっちでも同じだろう。民というのは、君が何を考えてそうしたかまでは考えないからな。
さて、勝負にいこう。スム、私たちのことは心配しないでいい」
盾を持ち上げ、メリタが建物の外へ出た。イリスンも物音で目を開けたようだ。
「あれ、姉さんはもう出たのですか?」
「そうだ。私も行く。君も遅れないようにしてくれ」
私はゆっくりと腰を上げて、普段通りにゆったり歩いてその建物を出た。あとは行動するだけだ。
自分の決断を信じるしかない。




