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 役場の男はひどく狼狽していた。

 だが、そのようなことは私に関係のないことだ。ジャクは奴隷ではない。つけているアンクレットも認められたものではない。

 となれば、彼女を解放するのに何の支障があろうか。


「これでよかろう、後は話せないというのなら用はない。

 私が買い上げた奴隷商人は特に名乗っていなかったが、くすんだ赤色のコートを羽織った顎鬚の長い小柄な男だ。

 そいつをみつけたら摘発してくれるように望んでいる。私が買い上げるのが遅れていたら、ジャクは死んでいただろう。

 それは殺人であって、他のなんでもない。重大事件である以上、きっちりと上に報告をしてくれるだろうね」

「む、無論だ。とにかく下がりたまえ、このアンクレットは適切に処理しよう」


 この男はあまり信用できないが、これ以上ここでできることもなさそうだ。

 私はジャクを連れて踵を返す。とにかく、これでジャクは自由の身だ。あとは保護者を見つけて、両親の元に返してやればよい。

 だが、男は出て行こうとする私を呼び止めた。


「待ちたまえ、その子はもはや奴隷でない。ならば、迷子としてこちらで身分照会のため保護しよう」


 保護?

 私は怪訝な表情で振り返った。

 彼らが信用できるようであれば、それもやぶさかでなかったかもしれない。だが今までの彼の反応からいって、とてもジャクを安心して預けられるとはいえない。


「身分照会してくれるのはありがたいが、この子の身柄をそちらに渡すのはいけない。

 するというのなら、こちらへ彼女の代金を支払ってもらえるのだろうか?」

「しかし彼女は奴隷ではなかった。彼女の代金は君が買った奴隷商人に支払わせるべきであろう」

「それを探し出すのはそちらの仕事であろう。ジャクは私が保護する。

 身元がわかったなら教えてくれたまえ、私は北広場の裏手にある宿屋にしばらく滞在する予定だ」


 私はさっさとその場を後にした。ジャクを肩に担ぎ上げているが、彼女は私の服をしっかりとつかんでいる。特に何も言わない。

 少し不安そうにキョロキョロしているだけだ。

 役場の男は追いかけてはこない。


 外で軽い食事をしてから、宿に戻った。ジャクの食は細かったが、食欲のないときもあるだろう。

 私は宿で彼女に色々と質問をしてみた。

 役場に任せきりにするよりは、自分でも親元を探すべきだろうと思ったからである。

 また、あのような違法に活動する奴隷商人を放置するわけにもいかないだろう。


 しばらく時間をかけてジャクと話をしたが、ジャク・ボリバルという名前以外にはハッキリした情報は得られない。

 また、彼女は子供であるという以上に足が弱かった。虚弱であるのではなく、足が曲がってしまっている。生まれつきか。

 訊いてみると、歩くことはできるが長い間は歩けないという。医者に診せる必要があるかもしれない。


「ジャク、君はどこからここにきた? あの足輪は誰につけられたのか覚えてはいまいか」

「あの……」


 ジャクの声は細い。そして話すことがとても苦手なようだった。

 こちらから選択肢を用意して、頷くか首を振るかですませるようにしたほうがいいらしい。

 結果、かなりの時間はかかったもののジャクがどのような経緯で奴隷となってしまったのかはわかった。


「だいたいはわかった。

 君は父親と二人で旅をしていて、小さな村に滞在していたのだな。

 そして夜に何か騒ぎがあって目覚めたときには足輪がついていた、というわけか」

「うん」


 周囲を知らない大人に囲まれていたので、何か恐ろしいことがあったのはわかった。それで移送中に人の多いところに向かって逃げ出したというわけか。

 そしてこれが、彼女の目から見た全てだろう。

 子供にとって非常に嫌な体験だったことはわかるが、全容はわからない。

 だが、この話からは犯罪の気配しかしない。父親がジャクを売り払った、ということも考えられなくはないが。ジャクの話しぶりからすると心優しい父親であったことは間違いないようなので可能性は低いように思える。

 となると、やはり何者かがジャクらを襲撃し、娘を略取した上奴隷として売り払ったということになる。

 せめて滞在していた村の名前か、日付がわかれば色々と推理できるのだが。


「おぼえてない……」


 というのだから、どうしようもない。このような小さな子にそれを期待するのも酷というもの。

 私は例の奴隷商人を探すことに決めた。


 今のところ、これ以上聞くことはなくない。

 ジャクは私の買った服を着こんで、寝台の上に座っている。見たところでは4~6歳くらいだろうか?

 湯をもらって、身体や髪を洗うと印象はかなり変わって見える。淡い色の髪はまっすぐに伸びて、肩の辺りを少し過ぎたくらいか。

 顔立ちは愛らしく、成長すれば道行く人が振り返るくらいにはなるだろうと思えた。


 困るのは、頼れる味方がいないというところである。

 何しろジャクは足が悪く、出かけるには私が連れて行かねばならない。

 出会ったときに必死に走っていたのは、本当に無理をしていたのだろう。保護したあとにぐっすりと眠ってしまったのもそれを考えると仕方がない。

 しかし私は奴隷商人を探しに行かねばならないのだが、ジャクを連れて行けばそれだけ彼女を危険に晒すことになってしまう。

 かといって宿に残して自分だけでかけるわけにもいかない。ここは役場の男に教えてしまっている。彼と危険な商人たちが繋がっているのであれば、襲撃を受けないとも限らない。


「ううむ」


 首都ガーデスにおいては、私の味方がまるでいない。母であるエイナ・エテスがいれば彼女にジャクを預けて奴隷商人を探すのだが、まさかガーデスに呼び寄せるわけにもいかないだろう。


「ならば役場に期待しておくしかないか」


 私はそのように決めて、ジャクを落ち着かせることに尽力をし、床についた。


 深夜になる頃に、私は身を起こす。

 外は完全に闇一色となっている。


「きたか」


 窓の外に誰かがいる気配がしている。

 私はゆっくりと動いて、ジャクを毛布にくるむ。そのまま、肩に担ぎ上げた。

 どこにおいても危険であるとしか思えないので、私が守るしかない。


 息を潜めていると、やがて窓が開いた。私はカギをかけておいたから、外からは普通開かないようになっていたはずだ。

 なのに、開いたということは私に敵意を持った人物がやってきたということに他ならない。


 音もなく、部屋の中に人間が入り込んだ。三人。

 彼らは寝台に近づき、何かを探す。

 しかしそこには誰もいないので、彼らは焦る。そこらを手探りで探し出す彼らの一人に近づき、私は遠慮ない張り手を見舞った。


 叩かれた侵入者は吹き飛び、受身も取れずにその場に倒れこんでしまう。

 残った二人が振り返り、事態に気付く。


「ちっ、気付いていたか。殺せ」


 頭目らしい人物が低い声で短く命じる。

 彼らは刃物を抜いたようだ。

 対する私は無手であるが、特に問題はない。

 なぜなら彼らが刃物を抜いたときには、私が踏み出していたからだ。それで十分間に合う。


「さんか、げっ」


 散開しろ、と言いたかったのか。しかし言い終わらないうちに頭目は吹っ飛び、寝台に突っ込んだ。しかし勢いは止まらず、彼はそのまま壁に激突する。


「おっと」


 最後の一人も逃げることなく私に向かってきていたが、刃物くらいではどうにもならない。

 素手で戦うことをきめた私には刃物など通用しないのだ。私は彼の突き出した刃物を軽くつまみあげてやった。


「ばかなっ」


 驚いている彼の横面を叩く。

 最後の一人もあっさり吹っ飛び、床に倒れこむ。起き上がってはこなかった。

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