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協力者は、約束を守って

 リジフ・ディーは日の高いうちから女を寝台に組み敷き、腰を振っていた。

 女は城で庭師を務めていた見習いで、少女と言っても過言でない程度に年若い。行為は彼女に苦痛を強いているようだった。それでもほとんど抵抗らしい抵抗もなく、同意のうちに行為に至ったことは間違いなさそうだ。

 そしてまた、行為が終わった後も庭師見習いの少女は特に不服そうな表情をしてはいなかった。思いを遂げた、というような浮かれた顔でふらふらと部屋を出ていくのだった。

 勇者の曾孫として国中の敬愛を集めるリジフにとって、そうした行為はもはや日常なのかもしれないが、彼にはヤチコ・ベナがいるはずだ。いくらなんでもこれは不貞行為に該当するのではないかと思われる。

 ところが、庭師見習いとほとんど入れ違いに部屋に入ってきたヤチコは不服そうに溜息こそついたものの、それ以上のことは何もしないのである。


「リジフ、また女の子を連れ込んでいたね。

 そろそろそういうガキくさい真似はやめて。くさいし、掃除が大変だから」

「ふん」


 寝台の上でシーツを打ちかけただけの格好で座るリジフは彼女の言葉を気にも留めない。


「俺が何のために英雄やると思っているんだ? これのためだぞ。

 世界中の女を抱いて、抱いて、抱きまくるためだ。他のことはどうでもいい、女たちを幸せにするために俺は戦ってるってのに、自重しろなんて言われては困るな」

「ハレムは男の夢とはいうけど、そこまでのバカとはね!

 あんたはそれでいいかもしれないけど、ヤリ捨てられる女の子は不幸でしょうが」

「ふん、心配いらん。どんなブサイクも俺の手で美人に仕立ててやるから。それにそもそも、俺に抱かれる以上の幸せが女にとってあるのか?」

「あるに決まってるでしょう。バカいってないで、少しは何か考えたら?

 ガーデスはこのとおりだけど、いつどこから誰が王様を取り返しに来るかわかんないでしょう」


 ヤチコは非常に心配しているようで、言葉遣いは乱雑ながらも、その目がしっかりとリジフの姿をとらえている。広い部屋の端にすえつけられたカウチに腰を落とし、彼と目線を合わせてまで。

 だがそうしたヤチコの不安そうな態度も、リジフは笑い飛ばす。


「かっ、今更そんなこと心配してるのか。お前は遅れてるぜ、ヤチコ。バカなんだから余計な事考えてねえで、いつもみたいに帳簿でもつけてろ。

 お前が考えつくようなことは俺も、キコナの奴もとうに考えついてるんだからな」

「バカって言った? 今さ。

 でも大丈夫なの、本当に。私はあんたに賭けたんだよ、リジフ。なんかの手違いとか、些細なミスとかで死ぬようなことにならないよね?」

「そうだなあ、大丈夫だろ。すべては予定通りに来てる。

 だいたいの奴らはフヌケだし、王をこの俺が抑えてるってことを把握している奴自体がまれだ」


 肩を揺らして笑いながら、リジフがのそりと起き上がり、ヤチコへと近づいた。


「だがよ、この俺は今まで散々に名声を高めてきた。王からの覚えも信頼も、だいぶあるんだぜ。

 俺が王を裏切っているなんてこと、軍属の誰かが伝え聞いたとしても信じるのはむつかしいくらいになってる」

「そっか。でも……あいつは? 剣術大会で戦ったあのおデブちゃん」

「ファハハハ!」


 こらえきれない、とばかりに彼は盛大な笑い声をあげた。


「あのデブ野郎な、名誉らしいもの一つも自慢にしないんだよ!

 自分ではスリムの孫だってことさえ言わないでいるんだぜ? 奴はバカなんだ、時代遅れなんだよ!

 それが清冽とでも思っていたんだろうが、ちっとも話のタネにしねえで、王からも嫌われようとしてんだ。

 孤高を気取りやがってよ、一匹豚に何ができるってんだ。だから、心配いらん。

 奴と懇意にしている実力者といえばヒャブカ将軍くらいだが、あいつも必死に引き返してきて、明日くらいにようやっと首都に着くくらいだろうぜ。

 俺はガーデス周辺の町々の長と手紙でやりとりしているが、戻ってきたという報告はない。

 安心してろ、もう今にも王族の名誉と名声が地に落ちるからな!」


 言いながら彼はヤチコを抱き寄せて、強引に寝台へ引っ張り込む。若いリジフは、まだまだ獣欲を満たし足りなかったのだろう。

 そうして激しい愛の営みが始まるにおよび、ようやくキコナ・ヨズ・セケアは目を閉じた。悪いものを見た、という顔をしながらその場を離れ……



 おそらくこうして手紙を書くに至ったのだろう。

 彼女の手紙のおかげで、リジフがどういうことを考えているのかを私は知ることができた。おそらく、その日常生活の一部も明瞭に。

 その、封蝋の施された手紙を私が受け取ったのは、実に首都へ来てから一日も経たない頃。日は暮れて完全に夜のとばりが下りて、夜明けまでどのくらいという頃合いである。

 手紙を持ってきたのは人ではなく、犬だ。ヒャブカ将軍の別邸に飼われていた犬で、おそらくボック姉妹の匂いを頼りにやってきたのだろう。首輪につけられた秘密のポケットから手紙を抜くと、その犬はどこへともなく去って行ってしまった。たぶん将軍の別邸に戻るのだろう。

 キコナはその犬を確保しておいて、私たちとの連絡用に使ったと考えるべきだが、それにしてもずいぶんと躾けられていることだ。キコナがそんな教育をする時間はないだろうから、おそらく元から将軍たちによってそうした教育がなされていたのだろう。

 手紙の内容から想像されるリジフの生活と考えは前述の通りだが、こうして情報を提供するという密約を継続してきているということはつまり、早く助けに来てほしいということでもあるはずだ(その割にはキコナ自身がどこにいるのか、助けるにはどうすればいいのかという文面はなかったが)。

 私は手紙の内容について、ボック姉妹と協議しなければならなかった。


「キコナは焦ってこの手紙を書いてこちらによこしてきたと見える。

 独自の情報網を持っているかして、私たちが首都に戻ってきたのを知ったのかもしれん。

 あの番兵らも袖の下を受け取っておきながら、キコナへは情報を流したか。となると、リジフにも情報が洩れてないとはいえないな」


 眠そうな目をこすっているイリスンに訊いてみたが、彼女はこくりと頷いてそれ以上返答してくれなかった。不意に立ち上がって、ブーツを履いて出ていこうとする。何やら居ても立ってもいられないという風だ。

 だが、メリタは困った様子で彼女の足をつかんだ。


「お前ひとりが行ったところで何ができるんだ。少し落ち着け、イリスン」

「んん、しかしそれでは」


 確かに、放置しているのはまずい。リジフ・ディーが王族を完全に根絶やしにすることを考えているのなら、処刑を中止にすることはまずない。

 このままいけば、ケウアーツァ王女や王は断頭台の露と消えてしまう。


「この手紙を完全に信用するなら、明日の昼にも王族を公開処刑する準備を進めていると。

 そういう風になるわけなんだ。

 こんなところで落ち着いている場合ではないのは間違いない。が、いきがって外へ出て、準備の邪魔をしたところで何になる」

「一時的にでも処刑を延期させられましょう」

「待て、待て。命を無駄に捨てることはないんだ。有効に使う必要がある。

 私たちは少し考えて行動しなければならない。明日の昼に王族を公開処刑するってことが決まっているのに、ガーデスの民はおそらくそのことをほとんど知らない。

 リジフはまだ、王族を処刑する大義名分を得ていないのだ。罪状を押し付けることができていないのだ。

 そこでおそらく明日の朝、何らかの事件が起こるとみたぞ。再度王城から魔族が大規模に出てくるとか、だ。

 それを自分で退治して、奴はこう言い言いするのかもしれない、『魔物を操っていたのは王族であった』と。その罪状を彼らに着せこんで、公開処刑に踏み切るということになろう」


 私は自分の推理を語ってみる。


「そういう可能性もなくはないですね。で、スムさまはどのようになさるのですか?」


 早く結論を言え、とばかりにイリスンが私に迫る。

 こちらもただ推論ばかりを重ねているわけではない。たった一つ、確実にリジフ・ディーの想定外になってる状況があり、それを私たちは知っているのだ。

 私たちがグリゲーの身柄を拘束したタイミングでやってきて、私たちの手に渡った一通の密書だ。

 リジフはグリゲーのことを甘く見ていたようだが、彼の情報封鎖がリジフを上回っていた。結果として、それは番兵の手によって接収された上に、グリゲーのもとへ届けられたのである。

 本来リジフ・ディーへ渡るはずのものがグリゲーのところに届けられ、しかもそのグリゲーを拘束していたのは私たちということで。

 私の手にはリジフ・ディー宛の密書が握られたのだ。

 奴はこれがあることを知らない。


「こいつをできるだけ利用したい。敵を出し抜く絶好の機会なんだ。もう、奴らの思う通りにはさせんさ」


 私はグリゲーたちの身柄を放り込んだ地下室の扉を見やり、小さく笑った。

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