敵は油断していたようです
念入りに話をした結果、奴隷商から情報を吸い上げられるだけ吸い上げた。
彼はげっそりとやつれた状態であのバーへ行かねばならない。そのあたりには同情の余地もないので、私は特に何も思わなかった。メリタたちも同じだろう。
「そろそろ時間じゃないか。さ、ご案内いただこうか」
奴隷商に服を着せこみ、無理やり立たせる。
少々『お話』が手荒くなってしまったが、歩いたり走ったりするぶんには支障ないはずだ。彼はうめきながらも起き上がり、こちらを見つめている。
彼からしてみればせっかく仲良くなった女性陣から裏切られてしまって、こちらに言いたいことの一つもあるだろう。それを聞く気もないので、私たちは彼を引っ張って例のバーへ向かうしかない。
イリスンはようやく怒りがおさまってきたのか、機嫌を直しつつある。
「さて、いきましょう。そして、くだんの病巣を叩きのめして搾り取り、勇者の曾孫を騙るクソガキをどうにかする方法を考えねばなりますまい」
言葉遣いが荒いが、これからすることを考えるとある程度は仕方ないかもしれない。
私は彼女の言葉に頷き、目的地へと向かう。
メリタは頬にガーゼを貼って、イリスンも油を落としている。凛として、張り詰めた顔だ。
あとはやるだけ。気を引き締める。
「もうグリゲーの奴は中にいるのか?」
建物が見えたとき、私は奴隷商に訊ねる。彼は頷いた。
「ああ、奴につきっきりの護衛が外にいるようだ。なら、あの方も中におられるだろう」
「わかった」
私はそこで彼の首を軽く締め上げ、意識を奪った。奴隷商はぐったりとしてその場に崩れ落ちる。彼の案内が必要なのはここまでだからだ。
「行こう」
この建物に出入口が一つしかないのは確認している。裏口もかつてはあったようだが、外に物を置きすぎて開けられくなったということだ。実際それらしいところも見えているので、そちらから逃げ出される心配はない。
メリタは小剣を引き抜き、イリスンはダガーを握って建物へ近づいた。
入り口を守るように立つ男たちがこちらに気づいて誰何してくる。
「なんだ、お前たちは」
イリスンはダガーを向けるが、メリタがそれを軽く制して盾を掲げる。
「衛兵のメリタ・ボックだ。ここで人身売買が行われていると情報が入ったので調査している。道を開けろ」
奴隷の売買と人身売買は違うものだ。レプチナ王国では二つを切り離しており、後者は厳罰に処せられることになっていた。そんな情報があったなら、衛兵が来るのも当然である。
だが今の状況でそれはありえないと判断したのか、男たちはすぐに腰に手をやった。剣を抜こうというのだ。
「遅い!」
イリスンが飛びかかる。敵が来てから剣を抜くなんてことをしていては、遅きに失する。
彼女は獣のように男たちを勢いで押し倒し、その肩にダガーを突き刺す。メリタも盾で敵を殴りつけ、小剣で彼の膝を突いている。
どちらも死ぬような怪我ではなかった。別に敵を殺すことがかわいそうだというのではなく、後々に情報を絞り出すための処置だ。彼らを外に放り出したまま、私たちは建物の中へ踏み入る。
7名ほどの人間がその中にいた。一番奥で座り、何やら飲んでいるのがグリゲーだ。その姿は、忘れもしない。
「おぉ、いらっしゃったかな」
グリゲーは私たちの姿を見るや、楽しそうに笑った。
のそりと椅子から下りてこちらへとやってくるではないか。
「その豚こそ、私たちの顔に泥を塗った男。人のことを奴隷商だの、嘘つきだのと。
ガーデスの名士であり、善行者である私に何を言うのかと。お二方、よくぞこの男を連れてきてくださった。
いずれもお美しい女性たち、ぜひお礼をしたいのだが」
彼はどうやら外で何があったのか気づいていないらしい。また早速にもメリタやイリスンに対してよからぬことをしようと考えている。
メリタは再び盾を構えて、強くグリゲーの体を叩いた。
「げうっ」
肺から空気を押し出されたような声を吐きながら、グリゲーは押し出されて床に転がる。
カウンターバーの中の空気が一気に凍り付いた。
「私は衛兵だ! お前たちの悪事を放置できるものか。全員、拘束させてもらうぞ。抵抗するものには容赦しない!」
強い声で宣言するメリタ。私もさっさと両腕の拘束を引きちぎった。いくらボック姉妹が強いとはいえ、敵はあと6人もいるのだ。
「ちくしょう、そいつらを逃がすな!」
慌てた声で命令を飛ばすグリゲーだが、その前に私が飛び出している。
彼の護衛をするつもりだったらしい6人の男たちは、やっと武器を構えようとしたところだ。私は無手でいいので、縄をちぎっただけで突進できる。意表を突かれたらしい彼らは何も反応できておらず、私の突進を食らった。
それだけで4人が吹っ飛んだ。最も激しくぶつかった華奢な男は仰向けに倒れこみ、壁に激しく頭から叩きつけられ、動かなくなった。他の三人は体勢を崩されただけでそれほどの被害でもないが、即座に繰り出した私の右腕によってもう一人が飛んだ。馬車にでも跳ね飛ばされたように飛んだ彼は、そのまま別の人間の胸元に頭から突っ込んでいく。
予期しないところで頭突きを受けたもう一人も喉から鮮血を吐いて昏倒した。おそらくあばらが折れているので、もう起き上がれないだろう。
「ひっ!」
グリゲーが驚いたような声を上げている。
さっと振り返るとコソコソと逃げ出そうとしていたようだが、もちろんメリタに見つかったのだ。盾を扱える彼女は、たった一つしかない出入口の前に立ちふさがって誰一人逃げ出さないようにする役目を負っている。
中にいる者たちを打倒すのは、私とイリスンの役目だ。そのくらいのことは私にもできる。
「逃げようなんてずいぶん志の低いお方なんですね」
そのイリスンはケラケラと笑っている始末だ。彼女の足元には踏まれて声も出せずにいる男がいる。もう一人もダガーを突き付けられて身動きすらできない。
メリタも一人を打倒して、グリゲーを確保した。
あっけないが、建物内部は制圧された。質問を投げかけるのは後でもいいだろうから、とりあえず一人ひとり縛り上げねばならない。
私は外にいる護衛の男も抜かりなく拘束し、全員制圧したことを明らかにする。
「うん。これでいいな」
とりあえずはグリゲー以外の男たちをまとめて地下へ放り込んだ。大物を捕らえたからには、さっそく様々なことを聞き出さねばならない。
「それにしても」
と、一仕事終えたメリタが口を開く。
「やはり君の力は尋常じゃないな。勝てないとは踏んでいなかったが、あれほどあっけないとは思わなかった」
「そうですね。そのあたりはさすがスムさまということでしょう。やはり、英雄になられる方は違います」
イリスンも彼女の言葉に同意して私を尊敬の目で見てくる。
私は体重があるので突っ込むだけでそれなりのパワーになるのだ。あのくらいのことは可能だが、毎回できるということでもない。彼らの油断があったからこそ、ああまでの威力になったといえる。
「派手に吹き飛んだのは、彼らが私たちの襲撃を想定してなくて、不意打ちに近くなったからだろう。要は、敵が油断してくれていたからという幸運だ。
毎回こううまくいくものではない」
「謙遜するもんだな。まあいい、とにかくこいつを捕まえたんだ。私も顔を見たことがあるが、偽者ではなさそうだ。
本物のグリゲー・ゴンの身柄を抑えることに成功したぞ、スム。ここからどうするか、君の考えをあらためて聞きたいものだな」
もちろんだが、やることはもう決まっている。
私は腕組みをして頷いたが、そのとき扉が叩かれた。誰かが来たのだ。




