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 若い女性二人と近づきになりたくない男などいるはずもない、絶対大丈夫とイリスンが事前に言っていたが本当らしい。


「お嬢さん方はどうしてまた、お金なんかいるんだろ。十分裕福にやっていけてるように見えるがね」


 などと話を振ってきた彼に対し、


「母の病気がもうずいぶん重くてね。親父は稼ぐんだって炭鉱行ってそれっきりよ。

 小さい弟たちもいるし、お金はいくらあっても足んないのさ。そんでもこいつをあんたらへ売ったら、数年はもつ。

 一度くらいは故郷に帰れそうさ。楽しみにしてんだから、ドジんなよ、それと、裏切んないでよ」


 といった具合に適当な作り話でこたえて。簡易な食事をともに摂った。

 それでもう、彼のほうはわずかなりとも話せる仲になったと思っているようだ。思わせぶりな態度すらいらず、ただ一緒に旅をしたというだけで男のほうは勝手に仲良くなったと考えるらしい。男とは単純だ。私だって同じ環境になれば「少しは打ち解けられた」と思うかもしれないのだ。この男が特別単純だということにはならない。

 いうなら、「女は恐ろしい」というところだろう。

 ともあれ、メリタたちは予定通りに番兵へ袖の下を通し、首都ガーデスへ入ったのだった。無論、彼らに護送される私も。

 そして最も危険な場所はクリアされた。奴隷商が裏切るとしたら、ここしかない。

 もちろんそうならないためにメリタたちは彼と少し親密になるようにした(といえるかどうかは微妙だが)。とはいえ彼らも奴隷商であり、若い女性というだけでどれほどの価値があるかを知っている。それも、ボック姉妹は隣国の出自である。希少性があり、付加価値があった。売り払って金にしてしまおうと考えても不思議でない。

 また、万一そうなった場合も考えてはいた。メリタやイリスンはそれぞれの武器をいつでも抜けるようにしていたし、実のところ私を拘束している縄もそれほどきつく縛られているわけではないのだ。いつでも抜け出せる。


「とりあげずガーデスには入ったな。それで、どうやったら金をもらえるんだ?」


 大通りまで出て、私たちは歩いていく。奴隷商はそれには答えず、すぐに裏通りに入るように促してきた。目立つところにいたくないのかもしれない。

 メリタが十分周囲に気を配って歩き、やがて私たちは彼の思惑通り、裏道へ入った。日の当たらない場所だ。


「まずはあんたたちを俺たちのボスに会わせなきゃならん。リーダーが死んだし、俺以外の連中もまだロカリーにいるからな。そのへんの事情説明が要るってことを理解してはくれるよな」

「ああ、わかってる」

「だがよ、俺たちのボスは強欲だ。あんたらみたいな外国美人を二人も放ってはおかないだろう。もう少し目立たない顔にはできねえか?」


 その言葉をうけてメリタは頬のガーゼを取り払った。治療途中の火傷が丸見えになり、彼女の美貌もさすがにかすむ。

 イリスンは髪に油をつけてバサバサにしてしまい、眠たげな目をつくる。それだけでずいぶん野暮ったい印象に変わる。


「これでよろしいかしら」

「女ってのはこええな。まあいいだろ、ついてきな」


 先ほどのは本心からの言葉だったのだろうか? 随分と甘い奴隷商だが、私は彼を非難する気にはなれない。

 奴隷商は比較的きれいな建物に入っていく。そこは裏通りの中でも丁寧に掃除がされているように見える。まわりにはゴミくずや食べかすのわずかも落ちていないのだ。

 これはどうやら核心へ近づいているようだ。

 建物の中はかなりさっぱりとした飲食店風。カウンターバーのようにも見えたが、酒類の瓶が見えない。

 しかも、最小限に置かれた調度品のいずれもが一級品だ。イリスンはびっくりしたようにあちこちに目線を飛ばしている。一方メリタは警戒を強め、腰の剣に手をかけていた。

 奴隷商はカウンターの奥に座る一人の男へ声をかける。


「ボスに取次ぎを頼みたい。緊急だ」

「今日の夜だ」

「おう」


 それだけで会話が終わり、奴隷商は外へ出ていく。私たちも慌てて彼を追う。色々と手続きがありそうだ。

 さすがにグリゲーという男も用心深くなっているのかもしれないが。


「今日の夜、あのバーに向かえば会えるのか?」

「そうだ。緊急と伝えたからたぶん来るだろう。新しい奴隷の顔を見るのも楽しみにしていただろうからな」

「ふぅん、そう」


 イリスンは前を歩く奴隷商に、興味のなさそうな相槌をうつ。彼は振り返った。


「まあそういうわけで少しの間ヒマになったな。よかったらそこの宿に行くか。少しはこの俺も援助してあげられると思うが」

「おぉ」


 純然たる援助をするために放たれた言葉でないということは、田舎者の私にもわかる。

 メリタは片目を面倒くさそうに閉じて、ため息のような生返事をする。少し仲良くなれたかと思えば、すぐこれだ。

 私にだけ聞こえるようにつぶやいてから、彼女は奴隷商に向き直った。


「よかろう、私らとておぼこじゃない。私か、妹か。どっちがお好みなんだ?」


 慣れたように言い放ち、さっそくその宿に向かうメリタ。イリスンはその背中について、こうも言う。


「姉さん。そんなことは言いっこなし。二人でやって、二人分もらえばいいのです。

 ハレムは男の夢だとか言いますからね。じっくりいたぶってあげましょう」

「それがいいかもね。あんたは、それでいいかい?」


 両腕を縛られているとはいえ、私から目を離していいのかと思う。だがどうやらこの奴隷商はガーデスまで来たことと私がこれまでおとなしかったことで安心したらしい。もうすっかり、ボック姉妹を相手に遊ぶつもりでいる。


「もちろん。一人より二人、二人より三人でだ。きっとご満足いただけるさ」

「お礼のほうはたっぷりいただくけどね」


 こうして私たちはガーデスの裏通りにある宿へ向かうことになった。

 一目見てわかる通り、ろくなことに使われていないような『宿泊施設』であるが、それでも営む場所に困る男女が利用することもあり、あるいは食い詰めた傭兵がなんとか屋根を確保する場所として利用することもあるらしい。ここ自体が悪ではない。

 それでも、私が押し込まれた部屋は非常に匂いがきつく、狭苦しく不潔だった。

 そのうえでボック姉妹と奴隷商は広い部屋を借り受けている。私は溜息をつきたかったが、ここの空気をあまり吸いたくなかったので我慢した。


 我慢の時は数分ほどだった。

 すぐにメリタたちが私の部屋を開けて、巻頭衣を脱ぐのを手伝ってくれる。


「お待たせしたな。さ、もうその縄は必要ないな。スム、どうする?」


 私の両手から抜けた縄を受け取り、メリタは軽く腕を組んだ。もちろんイリスンも隣にいるが、少し申し訳なさそうな顔をしている。

 何が言いたいのかはわかるが、とりあえずメリタとの会話を優先させた。


「とりあえず奴隷商をもう一度尋問だ。そのあとは適当に転がしておけばいいだろう、官憲に引き渡してもいいが、この状況ではな」

「そうだな。それと、もうその服は捨てよう。ひどい匂いだぞ」


 メリタの案内で、私たちは奴隷商のいる部屋に戻った。

 すでに彼は一糸まとわぬ姿にされていて、両手足をガチガチに縛りつけられていた。ご丁寧に、ベッドの上で張り付けられたような格好である。

 同じポーズを女性がしていればさぞかし官能的であったろうが、男性では全く心がときめかない。女性であったとしても揺るがず耐えられる自信はあるが。


「ああ、メリタ。聞いてもいいか。どうして彼はこのような姿になっているんだ?」

「それは私がお答えします」


 イリスンが横から割り込んできて、解説を始めた。


「彼が罪を犯したからです。大罪であり、許されざる行いだからです。その罰として、多少の恥辱を与えるくらいは許されていいと思います」

「具体的には何を?」

「私の体に触れました! 胸を触りました! この体はスムさまのものですから、他の殿方が触るのは絶対に禁止なのにです」

「そうか、わかった」


 私はイリスンを落ち着かせるために彼女の肩を叩き、下がらせる。

 おそらく彼女たちは確実に一撃で彼を拘束するため、ある程度のことはさせてやったのだろう。とはいえ、身体に触れただけでああいうことまでされているのだから、衣服を脱がされるなどということは絶対にされていまい。服の上から少し触れて、いざこれからというところで叩きつけられてああなった、という状況がごく自然である。というよりそれ以上をされていたらイリスンがあの程度ですむまい。

 さて、ならば私は怒らねばなるまい。

 ボック姉妹の体に触れたなどと、不埒な輩に罰も与えずにいるなどできるはずもない。美しいメリタを、私を慕ってくれるイリスンを、いいようにしようとしたのだから、ある程度は覚悟してほしいところだ。そもそも、彼はジャクを売り払った奴隷商の一人である。

 許す必要などあるわけもなかった。

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