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再び首都へ

 メリタとイリスンを信頼しているからこそ、こうした作戦もとれる。

 二人がその気なら、本当に私をグリゲーへ売り渡してしまうことも可能なのだから。

 奴隷商の一人にはメリタやイリスンが本気で私を裏切ったようにみせかけているので、彼がいつもやっているようにすすめてくれるだろう。問題があるとすれば、彼に気取られて対策を立てられてしまう可能性がある、ということくらいだ。

 しかしながらそれ以外は心配するに当たらない。

 奴隷商の話を聞く限りではグリゲーとリジフは協力関係こそあるものの、仲は良くないらしい。

 というのもリジフ・ディーはグリゲーのコネをつかってやりたいことこそ多かったが、グリゲー側ではリジフとくっついたことで逮捕を免れただけだ。それ以上のことがないのだ。いまやガーデスを実質支配しているリジフとくっついているだけでも十分なメリットがあるとも考えられるが、グリゲーは彼の力ばかりが増大するのをよく思っていないという。

 つまり、どちらも互いに相手より有利に立ちたいのだ。グリゲーが弱っているときに有利な条件を付けて同盟したであろうリジフはそのまま優位に立ち続けたいだろうし、一方的に不利な条件をのまざるをえなかったグリゲーはリジフを出し抜いて条件を変えたいのだ。

 そういうときに、リジフが賞金を出してまで求めている「スム・エテス」を秘密裏にとらえたとなれば、これはもう大きな恩を売ることができる。即座に引き渡さなくとも、いざという時の取引条件に使うことも可能なのだ。グリゲー自身も私に恨みがあろう、しかしここではリジフとの取引に使うほうが圧倒的に有効だ。彼の力をフル活用して、ばれないようにガーデスに入れてくれるだろう。


「スムさまがこのように囚われの身になるとは想像もしませんでした」


 イリスンがにんまり笑って、私のお腹をぷにぷにと指でつついている。

 それをいやそうな目でメリタが見るが、気にした様子もない。イリスンは薄暗い目をして、とうとうと語りだす。


「ああ、スムさまの生殺与奪の権利を私が握っているかと思うとたまりません。

 もしも許されるのでしたら、このままガーデスなど放り捨てて私の故郷へと連れて帰ってしまいたいです。

 そこでゆったりのんびり気まま、ああ、スムさまと二人で少しずつ年をとっていくような生活があれば私はきっと幸せでしょう」

「何言ってる、イリスン」


 メリタが突っ込みを入れている。もちろん、こういった会話は奴隷商のいないところでされているわけだが、もう少し緊張感をもって、聞かれているかもしれないとかそういう意識があってもいいのではないだろうか。


「だいたい、お前がスムのことをそんなに好いていたなんて。

 英雄になるスムにツバをつけておいて、後々贅沢三昧するんだ、みたいなことを言ってただろう」


 あきれたようにメリタがいうが、もちろんイリスンは平然としている。すましてこたえた。


「そんなのはきっかけですよ。私はスムさまと一緒にいるうちにこの方の真の魅力に気づいたのです。

 心優しく、力強く、たくましく、紳士でおられる。今のガーデスにスムさま以上の男性がいったい何人いましょうか?

 我が祖国にすら、この方以上に力強く、頼りになる男性がいらっしゃいましょうか!

 あのヒャブカ将軍ですらやっと匹敵するかどうかというくらいでしょう。

 私はもうそういうお金とかいう醜いものなど一銭もなくとも、スムさまに忠義を尽くせます。

 女として、これほど偉大な男性のために尽くせるというのはそうそうない幸せのように思いませんか」

「すまん、理解できない。それほど偉大な男性なら、対等でありたいとは思わないか。そのために自分も力をつけようとか」


 本気でわからない、といった顔でメリタは言う。

 このあたりは姉妹で考え方がどうやら異なるらしい。私は自分のことを話題にされているだけに口をはさみたかったが、それはどうやら許されていないらしい。


「思いませんね。対等である必要などありますまい。

 女性は男性をたてるもの、支えるもの。スムさまが十分力を発揮できるよう、私は後ろに回って支えるのです。

 しかし今のすっかり拘束されたスムさまもまた違った味わいです。

 私もどうやらすっかりスムさまの前に骨抜きにされているようで、彼でありさえすれば、たとえどのような彼であっても愛せましょう。

 ですからこの戦いのあと、もしも名誉の負傷で指一本も動かせなくなってしまったとしても、スムさまは何も心配いりません。

 私がすべて、すべてご面倒を見て差し上げますから。何もかも、お世話をいたしますから」

「待て、お前は自分が何を言っているのかわかっているのか。イリスン」

「あら、姉さんは動けなくなったスムさまを見捨てるおつもりですか。別にいいですよ、敵が減って気分が楽になりました」

「いや見捨てるとはいってない。もしそうなったなら私も、じゃない。そういうことを言っているんじゃない」


 困ったようにメリタは首を振ったが、やがてそれ以上は何も言わない。説得をあきらめたらしい。

 私が何度目かのため息をついたとき、奴隷商がやってきた。おしゃべりは終わりである。

 彼にはボック姉妹が金のために私を売り払うようになったという話を散々(私以外の者が)したので、おそらくそれを信じているだろう。メリタやイリスンにも賞金はかかっているが、私と比べては判別が難しかろう。それにまさか賞金首がわざわざやってくるとも考えないだろう。


「きたか、じゃあ案内を頼む」


 いかにも悪役という顔で、メリタが彼に声をかけた。


「わかってるでしょうが、助けてやったぶんだけしっかり案内頼みますよ。もしも余計なことを考えていらっしゃったら、あなたを切断しなくてはいけません。それではお互いに不利益を被るだけ。そこのところをわきまえてお願いします」


 イリスンもそんな言葉をかけた。私は悔しそうな顔を作ることを忘れずにいるが、奴隷商は青ざめた顔のままだ。

 彼は不安そうに息を吐き、まだろくに歩いていないというのに荒い息を必死に整えていた。


「俺の身の安全は保障してくれるんだろうな? 歩き出したら後ろからバッサリいかれることはないな?」

「ああ、お前が案内してくれる限りはな。私たちだって金が欲しいんだ。お前なんか殺しても知れてるだろう」


 迫真の演技で、メリタが笑う。

 それどうやら奴隷商も彼女たちを信じたらしい。


「なら、さっさといこう。ずいぶん余計な時間を取ってしまっている。あの方を怒らせてはまずい」


 こうしてとうとう、ガーデスへの旅が始まる。

 私にとっても、ボック姉妹にとっても、いまや敵地となってしまった首都への旅だ。気を引き締めていかねばならない。

 だが同行者が女性であるせいか、奴隷商はかなりゆったりと歩んだ。何かを企んでいるのかとも思ったが、縛られている私が疲れないように配慮した結果かもしれない。メリタやイリスンもしっかりと周囲を警戒し、魔物が万一襲ってきても対処できるようにしているから、特に問題ないが。

 夜間もボック姉妹は交代で番をつとめ、決して奴隷商一人が起きているという状況を作らなかった。


 昼前にはガーデスの東門までたどり着く。

 大きな門や城壁が見えてきた。ああ、ついに戻ってきたのだ。あのとき何もできずに逃げだした首都ガーデスへ。


「どこから入る?」


 メリタが問いかけると、奴隷商は笑ってこたえた。


「この時間帯ならグリゲーさまの息のかかった兵士しかおらん。袖の下は必要だが、記録に残されることなく首都へはいれるさ」

「ずいぶん腐ったことですね。為政者からすれば、たまったものではないでしょう」

「だろうな、だがまあ俺たちにとっては必要なことさ」


 奴隷商はイリスンの吐き捨てるような言葉にも憤慨せず、笑ったままだ。ここまで旅してきたことで、わずかながら気を許してきているようだ。

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