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娘を引き取る決意です

 私はジャクを肩に担ぎ、ロカリーの中でも寂れたところを歩いていた。

 人気がなく、落ち着かない場所だ。私はそこへジャクを連れて行ったのだ。


「スム、あれは?」


 意志の弱い声で、ジャクが問う。私は答えた。


「肥え桶だ。ひらたく言ってしまえばウンチやおしっこを運ぶためのものだ。

 あっちにあるのがその運ばれるところで、かなり深い穴だと思っていいが、肥溜めという。ああして置いておくとやがてあたたくなり、触れないほど熱くなる。しかしそれが終わると良質な肥料となっているのだ」

「熱いの、あれは」


 びっくりしたように彼女は私の顔を見る。なるほど、糞尿が熱いというのが信じられないわけだ。

 ジャクとて女の子ではあるが、子供だ。尾籠な話が面白いと感じる頃合いでもあろう。

 もちろんロカリーで真面目に農作業をしている者からすれば尾籠な話とはいえない、作物の取れ高を左右する重要な肥料なのである。私はそのあたりを踏まえて、しっかりと説明する。

 かいつまんだ説明ではあったが、ジャクは頷いてくれる。遊びで溜めているのではないこと、ロカリーの人にとっては大切な施設であることはどうやら理解してくれたようだ。

 しかしわざわざ肥え桶を見に来たわけではない。

 私たちの目的地はもう少し先だ。セメト・ボリバルを埋葬した場所へ行くのだ。

 村長を締め上げて得た情報に従って、私はジャクの父親を発見していた。証拠隠滅のためとばかりに焼かれて捨てられた彼の遺骨はわずかばかりしか残っておらず、確かに彼がそうだという確信は全くもてていない。

 我が母に見せたところ、青年男性の肩の骨だという骨片ひとつだけが、セメト・ボリバルの遺骨ということになってしまった。もしかしたら全く違う人物の骨なのかもしれないが、それ以上のものが見つからないので仕方がない。確信はないが、きっとこれがそうだろうと、小さな墓をつくって彼を埋葬した。

 まわりはきれいにしたが、立派とはいえぬ。いつか改葬したいところだが、私たちはガーデス解放のために行かねばならない。

 その前に、ジャクへ伝えなければ。

 私はそう考えて、彼女を連れてきたのだ。


 セメト・ボリバルの墓に私は花を添え、彼の冥福を祈った。ジャクも私の隣でおとなしくしている。もしかすると目を閉じて、誰とも知れない者に冥福を祈っているのかもしれない。

 父親が死んだ、ここで眠っている。

 そういうことを私は言えなかった。

 ジャクは「夜中に何かがあって、気が付いたら足輪がついていた」ということしか覚えていないのだ。父親がどうなったのか、いまだに知らない。

 告げるべきかどうか私は悩んで、言えずにいるだけだ。言わないという決断をさえ下せない。言えずにいて、結局言っていないだけだ。これではいけない。


「ジャク」


 私は彼女を呼んだ。すぐに彼女は私を見上げて、手を伸ばしてくる。

 無防備に信頼しきったその瞳を見て、彼女を肩にかつぐのを一瞬ためらってしまった。


「スム、わたし」


 少しうれしそうな様子で、彼女は何か話している。


「どうしたんだ?」


 相槌をうちながら、彼女をかつぐ。いつものように私の肩におさまったジャクは、こういったのだ。


「お父さんの、声が聞こえた気がした」

「そうか」

「もうすぐお父さん、帰ってくるのかな」


 このとき、私は動揺しないように精神を集中せねばならなかった。わずかの震えも許されなかった。

 返事をしようとして、またわずかにためらったが、どうにかそこはのりこえる。


「そうかもしれない。ジャク、きれいな服でお父さんを迎えよう」

「うん、わたし、裁縫したい」


 誰がこの笑顔を曇らせられるのだろうか?

 ジャクは私の肩できれいな衣装をつくろうと懸命に色々と考えているのだ。それをどうして、涙に変えられるだろうか。とても言えない。

 父親が死んでいることは村長から聞きこんでいるので、ほぼ間違いない。わずかな望みもない。それでも、私は言うことができなかった。


 今はガーデスが大変なことになっている。私はそれをどうにかしなければならない。

 だが私にもしも何かあったとき、ジャクはどうする。母がいればおそらく保護してくれるだろうが、我が母もおそらくガーデスの解放のため剣をふるうつもりでいる。彼女のためを思うなら、ホリンクへ送り返す必要がある。ロカリーの村はあまりにも不安すぎる。


 母が言うには、父に「何をおいてもロカリーへ急いで来い」という内容の手紙を送ったということだが、それでもあと二日は来れまい。

 我が父のルオ・エテスは槍を使わせれば母とも渡り合う戦士であり、彼にジャクを任せるのならば間違いない。

 ガーデスの戦いが終わって、もしも私が生きていたのなら、ジャクのことは真剣に考える必要がある。私は思い知った。ジャクには父親が必要だったのだ。まだまだ必要だったのに、ロカリーの村長はそれを奪い取った。誰かが代わりをせねばならぬ。


 誰もしないというのなら、私がする。

 ガーデスの解放が終わったなら、必ずや私はジャクを保護するだろう。一応、このことをみんなに伝えておく。


「いいんじゃないでしょうか。きっとジャクも喜びます」


 イリスンは私の決意に同意してくれた。メリタもほぼ同じ意見のようだ。

 しかし我が母は反対のようだった。


「結婚もしないうちから父親になるなんて、私は反対だわ。スム、勢いだけで人の親になるって大変よ。

 それにジャクちゃんはまだ親が死んだってことも知らないし、きっと受け止められない。

 あなたよりも成熟して、落ち着いていて、収入もあって、彼女を幸せにできる人がガーデスにどれだけいるか、考えてみたらどう?」


 なるほどそう言われては、言い返せない。

 私は所詮、ただ力が少し強いだけの人間である。スリムの血をひいてはいるが、それだけならガーデスにあふれている。

 ジャクを引き取ればきっと他の誰がそうするよりも幸せにできると思うのは、傲慢な考えだ。

 そこに、メリタが口をはさんだ。


「いいえ、エイナさま。私はスムが彼女を引き取ることに賛成です。

 思うにエイナさまはたんに自分がジャクを引き取りたいから反対しているように見受けられます」

「メリタ嬢、それは正解だけど今言わないで」


 母は深いため息をついたようだ。

 これでもう、私はしばらくの間死ねない。わずかもないうちにガーデスへと戦いにいくことになるが、ジャクのためにも死ぬことは許されない。



 ルオ・エテスは二日後にやってくる。それまでジャクは母が守護する。

 私とメリタ、それにイリスンは先にガーデスへ入ることになった。グズグズしていては、グリゲーが返ってこない部下を不審に思うだろうから、急がねばならなかった。二日も待っている暇はない。


「では予定通り、いきましょう」

「失敗は絶対、許されませんよ。イリスン、気を引き締めて」


 ボック姉妹が奴隷商の服を着こむ。私は両腕を拘束され、体型を隠すためにかなりゆったりした貫頭衣をつけている。

 こうして私は捕らえられたという体で、ガーデスに『運び込まれる』ことになる。

 グリゲーに会うために、最も確実な手段と言える。奴隷商のうちの一人を解放して、彼に案内をさせることとなった。

 ボック姉妹が賞金欲しさに私を裏切って拘束し、奴隷商を通じてグリゲーに売ろうとしている、という筋書きである。こうすることで私はグリゲーに会うことができるし、おそらく彼はリジフにこのことを隠そうとすると考えられる。

 つまり、リジフに知られずにガーデスへ入ることが可能だ。

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