余裕のない作戦です
数日もしないうちに、何名かの男がロカリーの村へやってきた。村長が出した手紙によって、ここへやってきた連中である。当たり前だがまともな人間ではない。極悪非道、重犯罪者ばかりだ。
「村長、あんたもいい商売をしているじゃないか」
彼らは堂々とした態度で村に入り込み、慣れた調子で村長の屋敷に上がり込んでくる。
そうしてドッカとふてぶてしくソファに座り込んだところで、このセリフというわけだ。彼らは全員で五名おり、ソファに座った者が二名とその傍らに控えるものが二名、さらに部屋の外に待機したものが一名あった。
彼らは取引を持ち掛けてきた村長を相手に、商談を進めようとしている。
「それで、捕まえた女ってのはどこにいるんだ? 上玉なんだろうな。あのガキはダメだったからな、代わりになるようなのなら色をつけないこともない」
「あの子が何か?」
村長は一生懸命に感情を押し殺しながら聞き返した。
連中はこたえていった。
「逃げちまってな、丸損だ。お前の指図じゃねえだろうな、ええ?」
「滅相もない。今度はきっと、そのようなことはありますまい。本人も納得しておりますゆえ」
「へえ。それじゃ連れてきてもらおうじゃねえか。奴隷落ちに納得してるってことは、ガキじゃねえんだな?」
「すでに若くはございませんが、色気がございますゆえ、きっとお気に召していただけるかと。
ところで今回はガーデスにおける混乱が顕著。したがって確認しておきたいことがいくつかございます」
「んん、まあそれはわかるがな。まどろっこしいのはごめんだ。手早く頼もう」
連中のなかでも立場の高そうな、リーダー的な役割をしている男がこたえる。私は彼を、見た覚えがあった。
ジャクを助けたときに、私が対価として短剣を渡した男である。その短剣が今も腰に差してあるのが証拠といえる。気に入ったのか、売らなかったらしい。
いいぞ! あの短剣は間違いなく我が家に受け継がれていたものだ。それを持っているということは、ジャクを連れ歩いていた奴隷商ということで、完全に間違いない。
動かぬ証拠を奴自身が持ち歩いているのだ。もう、飛び出して行って奴らを打ちのめしていい。
私はそうしようとしたが、メリタが私の肩を強くつかんだ。
「もう少し我慢してくれ」
わずかに聞こえるほどの小声で、彼女は言う。何か将来的にこちらが有利になる証拠を、さらに得ておこうというのだろうか。
私は歯噛みをしてこらえる。
この連中をいつまで許しておけばいいのか!
あれほど幼く弱いジャクを食い物にして、その命を金に換えた男たちである。職に貴賎なしとはいうが、こいつらのやっていることは職ではない。罪だ。
絶対に許しはしない。今のうちにせいぜい、夢を見ていろ。
おさえこんでいた怒りが、じわりと漏れ出している。精神修養が足りないと叱られそうだが、こればかりはどうしようもないことだ。
「お代はこの場でいただけるものと信じてよろしいのですかな」
「おお、そうとも。そのために私がここに来たのだ」
「そして、奴隷も即日でそちらへ引き渡す。足輪はお持ちでいらしたかな」
「それも用意してきた。こちらで奴隷にはめる。これも前と同じだ」
「奴隷の登録もそちらに任せてよいのですね」
「こちらを誰だと思っているのだ? 我々の後ろに誰がついているのか、忘れたわけではあるまい」
はぁ、と彼は溜息を吐いた。グリゲー・ゴンは政治や経済の中枢に食い込んでいる。奴隷の登録を偽装することなどたやすいことなのだろう。
彼らが認めた以上、私たちが村長へ行った尋問でえた答えは、おおよその裏がとれたことになってしまう。
ジャクは父親を殺された後、この村長によって彼らに引き渡され、ダープル・スンの足輪をつけられてガーデスへ輸送されていたのだろう。本来であれば売却先のグリゲーが自らその権限を使って彼女を奴隷登録してしまうつもりが、輸送途中で私がジャクを奪い取ってしまった。だから、役場で確認してもジャクが奴隷登録されていなかったのだ。おまけにダープル・スンの死亡登録もされていなかったので、余計に怪しまれることになったというわけだ。
「左様でございますか。今回はあいにく子供ではありませんが、買い取りいただけるのですか?」
「まあ値は落ちるが買うことは買う。我が子のためとか言って身を差し出す女はありふれてて供給過剰気味だ。
かといってわが身可愛さに娘を売り払う親も後を絶たん。今のガーデスじゃ余計にそうだ」
もっともらしいことを彼らが口にするが、彼らは『使い捨て』を違法な手段で買い取っているだけであり、奴隷商人というわけではない。使いきれない奴隷を売り払うことはあるかもしれないが、それを専門にはしていない以上、彼らを奴隷商人と呼ぶことはできない。
当然である。奴隷商人はある程度必要悪という面をみて商いを許されているが、彼らはただの犯罪者なのだから。
「どこも大変でございますね。さて、では具体的なお値段のほうは奴隷を見てからですかな」
村長は拍手を二度、打った。
それを合図にして部屋の中へ一人の女性が入り込む。外見からみれば妙齢の女性で、非常におとなしく礼儀正しい印象がある。
彼女は一礼をして、まっすぐに立った。どうぞ値踏みしてくださいという姿勢である。
「ほう、これは」
リーダーらしい男は息を漏らし、食い入るようにその女性を見つめた。美貌をアピールするためドレスで着飾っていたが、襟ぐりの深いものだったので胸のふくらみが谷間をつくる様子さえもしっかりと見えている。これが男たちの目をくぎ付けにした。
「値はいかほどになりましょうや?」
「お、おお……」
村長の言葉に、リーダーは興奮した様子ですぐに答えられない。
これが仕事上の取引現場でなければ、彼はすぐにも目の前の美しい女に飛びついていたに違いなかった。それは見てみて十分にわかるほどだ。
「もしやこれほどの女性を見つけてきたとは驚きだ。こいつは言い値で買おうぞ! あの方もきっとお喜びになる。
さあ、好きな値を言うがいい! いかほどだ」
「ほほう、そこまでお気に召していただけるとは……」
村長は気をよくして、少し考える(ふりをした)。それからおもむろに目を見開き、笑って彼らにこう言ったのだ。
「進呈いたしましょう!」
「おおっ!」
冷静なリーダーまでが感情的になり、身を乗り出す。周囲の男たちも皆、美しい女奴隷に目を奪われている。
「では取引ですので、一応、こちらにサインだけしていただきましょう」
村長が取り出した契約書へ、リーダーはサッと目を通し、すぐさまそこへ自分の名前を書き始めた。大喜びで、他のことは何も見えていない。
そこで私は彼の頭を乱暴につかみ、思い切り引き下げて机へと激突させてやった。
彼は契約書に、自分の顔の形を血で残すことになったようだ。折れた鼻から血が噴き出し、前歯が二本、ころりと落ちる。
「なんだっ!」
今頃私に気づいたのか、他の男たちが武器を抜こうとするが、遅い。彼らが女の胸元に注目を集めている間に、イリスンとメリタが彼らに武器を突き付けている。
「動くなよ、動いたらプスリだ」
メリタが彼らの喉元に、新たな武器をぐいと押し付ける。命の惜しい彼らはもはや身じろぎもできない。
私たちは最初から村長の使う、大きな事務机の裏側に潜んでいたのだ。部屋に入った瞬間に制圧してもよかったが、それを我慢した意味はあっただろうか。
「私もまだまだいけそうね」
そして、妙齢の女奴隷を演じたのはもちろん、我が母である。
化粧を少し変えるだけで印象が違ってみえて、なまめかしく色っぽい雰囲気になるのだから、女というのは恐ろしいものだ。男たちの注目をしっかり集められたことで、彼女は少し機嫌がよかった。
それはともかく、次はこの男たちを『尋問』しなくてはならない。私たちにのんびりしている時間があるとはいえなかった。
私は机と激しいキスをしたリーダーの髪をつかんで引き起こし、本気でその顎を叩いた。瞬間彼の顔面はまるで高いところから落とした果物のようにぺちゃりとつぶれて、ほとんど原型がなくなってしまう。私の手や衣服も血まみれだが、別に構わない。多少スプラッタな方がむしろうまくいくだろう。
激痛で白目をむいたその男から手を放し、イリスンらに武器を突き付けられる男たちを見まわした。
「さて、こうなりたい奴がいるなら、そいつは私たちの質問に答えなくていい」
そのように告げると、男たちの顔から一斉に血の気が引いていく。どうやら色々と話をしてくれそうだ。




