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首都解放のために

 その日は特にロカリーを訪れる者もなく、平穏に過ぎた。私たちはただ時間が過ぎるのを待つだけではなく鍛錬を行ったり、様々な予測を立てたりといったことをして過ごす。

 しかし翌日の昼頃、なぜか早くもイリスンが戻ってきたのである。いくらなんでも早すぎる。

 ロカリーとホリンクはそれほど近くない。歩き続けても半日では着かないはずだ。今回は馬車を使うことができたが、それでもたった一日で往復してくるのは無茶だ。


「スムさま、私戻ってまいりました! いつまでも姉と二人きりにさせてはおけませんから。

 まさか私のいない間に不純異性交遊などなかったとは思いますが、一応チェックさせていただきますからね」


 何かよくわからないことを言いたい放題に彼女は言うが、その両目の下にはどす黒いクマができている。どうやら一睡もせずに引き返してきたらしい。

 さらに驚くべきことに、戻ってきたのはイリスンだけではなかったのだ。我が母と、ジャクもいる!

 ジャクは喜び手を振っているが、疲れているのか馬車からは下りてこない。体力の有り余るイリスンとは違うのだろう。彼女を適当な宿屋へ運んで寝かしつけていると、母が荷物をもってやってきた。


「スムちゃん、それにメリタ嬢。私もできる限り力になるから、一刻も早くガーデスからバカどもを駆逐しましょう。

 女の子の顔を焼いて大喜びするような悪人を、私は生かしておく価値があると考えていないの」


 メリタの顔を見て、エイナ・エテスは即座にこの物言いだった。大変なお怒りだ。

 さらに、ホリンクの町で誂えたらしく、腰に差している剣が増えている。

 以前はただの数打ちの剣であったはずだが、今はもっと立派な鞘が腰に差さっている。どうやら二本とも、新しいものを購入したようだ。

 頼んで見せてもらう。鞘から抜いてみれば以前の物より刀身が長く、先に行くほど僅かに幅広となり、最後のところで急激に狭まって先を尖らせている。剣の腹は飾りもなくのっぺりした印象だが、その分だけ実用的で頑丈だと考えられる。こうした剣はファルシオンと呼ばれ、鎌や斧の代わりにされることが多いそうだが、我が母が振るうそれはただの凶器でしかない。

 もう一本も飾り気のまるでない突剣で、それは刃さえついていなかった。細身で長く、意外に重いがつくりは頑丈だ。これは一体なんだろうか。


「スム、それは両手突き剣エストックだ。鎧の隙間や、鎖帷子の間を突き通す武器だぞ」


 不思議に思っていると、メリタが解説してくれた。なるほど、そういう用途を教えられるとわかる。これは優秀な武器だと。

 なるべく避けたいことではあるが、ガーデスを解放する際には鎧を着た兵士とも戦うことがあるかもしれない。そのときはこの武器が鎧の隙間を穿ち、敵を無力化するというわけだ。

 母はにっこり笑ってメリタに近づく。


「まあ、物知りね、メリタ嬢は。気に入ったのなら使ってくれてもかまわないのだけれど」

「エイナさま。そういうわけには」

「そうね。あなたにはちゃんと別のものを見繕ってきたのだから、そっちを使ってくれないと困るかな」


 言いながら、母が荷物を開ける。そこからは以前メリタが使っていたものによく似た盾が出てきた。衛兵として支給されていたものに似ている、というより同じものだ。ガーデスの衛兵が横流しでもしたのだろうか。

 同じことを思ったらしく、メリタは複雑そうな表情をしている。それでも手に馴染みの防具なので使わないわけにはいかない。


「これはありがたい。遠慮なく使わせていただきます」

「で、武器はこれね」


 そう言って差し出してきたのは、恐ろしく研ぎ澄まされた一本の小剣だった。両刃で、ダガーよりは長い。過度な装飾がない、というよりも実用的な部分以外はほとんどを削り取ってしまったような状態だ。グリップガードすらない。


「すごい」


 といったきり、メリタは黙ってしまう。その武器を握って、じっと見つめているままだ。

 確かに殺傷能力だけを追求し、装飾を全く排除したようなその凶器としての姿は吸い込まれそうになるほど美しい。鈍色の刃を見ているだけで時間を忘れそうなほどである。


「気に入ったかしら。掘り出し物だと思うのだけど」

「これほどの品を使わせていただいてもよろしいので?」

「そのために買ったのだから、そうして頂戴ね。ねえ、メリタ嬢」


 突然母が表情を引き締め、鋭く、重い目線でメリタをとらえる。小剣に集中していたメリタがそれに気づき、びくっと両肩を引き上げるほど驚いている。


「ど、どうかしましたかエイナさま。代金でしたら今は持ち合わせが」


 しかし母は首を振り、メリタの両肩を捕まえる。


「あなた、スムとはどういう関係でいようと思っているの?」

「えうっ?」


 そんな質問がなされ、彼女は答えられずに間抜けな声をあげた。私も思わず変な声を出すところだったが、どうにか飲み込む。

 我が母は一体何を思ってそんな質問をしているのか。


「私も一人息子のことが心配な母親だから。こたえて欲しいのだけど。誰の意見も聞かずにね」

「それは、今ですか」

「今!」


 こたえをせかされ、メリタは窮しているようだった。彼女は困ったように私のほうに目をやりかけたが、結局そうしなかった。誰の意見も参考にするなと言われたからだろうか。

 彼女は少し考えてから、こう答えた。


「今のところ頼れる仲間であります、エイナさま。将来的にどうなるかは、未定です」


 すました顔で言うメリタに対し、我が母はパァッと顔を輝かせる。

 望ましい答えがきけたとばかりに何度もうんうんと頷き、まるで労をねぎらうようにバンバンとメリタの肩を叩く。


「そうよ、それよ! あなたいいわ! メリタ、ああメリタ。あなたはもう私の娘も同然よ!」

「いや、あの未定なのですが」


 あまりにも母が豹変したせいか、メリタは困惑している。今の彼女は全く武装していないため、母が叩くだけでも結構痛いのだろう。


「大丈夫よ、スムもあなたのことが大好きだって言っていたから。あなただってスムから好かれていたら、断らないでしょう」

「え、そんなことを言ったのですか?」

「妄言だ、そんなことは言ってない」


 私は二人の会話に割り込み、大慌てで否定しておいた。

 すると、どうしたことか。母もメリタも人差し指を口元に立てて、こちらを怒ったような目で見てくるではないか。

 ジャクが起きるから大声を出すなというのか。そんな、さっきまであんなに母がはしゃいでいたのだから、今更だ。それなのになんという。


「いえ、その。母様。まずお聞きしますがどうしてジャクをつれてきたのですか?」

「ああ、この子がスムに会いたいっていうから。それと、一人でホリンクに残してくるほうが危ないでしょう」


 信用できる人間がエットナト氏くらいしかいないので、ホリンクに残してくるのは危ない、ということらしい。しかしロカリーはガーデスにほど近いし、我々もそろそろ動き出さなければならないのだ。

 父親をここで亡くしたこの子に、また戦乱を見せろと?

 そんな無体なことを私はできない。

 私がそう告げると、母は激怒した。


「スムちゃん? ジャクが大切なのはわかるけど、あなた自分の使命を忘れてないわね?」

「忘れていません。母様、あなたにはジャクを守ってあげてほしい。ガーデスでは私が戦う。この子が何一つ心配事なく生きていけるように、私がすべての戦乱を叩き出します。

 だから、この子に余計な咎を背負わせないようにお願いしているのです」

「咎なんてものに押しつぶされるような弱い子なら、生きていても淘汰されるだけよ。

 あなたはジャクちゃんを弱い者扱いするのね。確かに足が弱いかもしれない、身体は幼いかもしれない。

 だからって心まで弱いと決めつけて、鳥かごに押し込むことが正しいと思っているのね。それで生きていけると思ってるの?」


 母の言っていることは無茶苦茶だ。血みどろの戦いを幼い女の子に見せつけるなんてことが、許されると本気で思って。

 いるのだろうな。

 考えてみれば彼女はスリム・キャシャの娘だった。英雄の子なのだ。

 記憶をたどってみれば3歳かそこらで真剣を握ったことがあるとか言っていたような気もする。母を説得するのは並大抵じゃなさそうだ。

 まあいい。

 私はとりあえず問題を先送りにする方針を固めた。言い争っても時間を無駄にするだけだと悟ったからである。


「ところで、ガーデスを解放するにあたってその糸口になりそうなものができています」

「何それ、興味あるわ」

「グリゲー・ゴンにジャクを売った男が、このロカリーにいました。彼を通じれば、連絡をとることが可能かもしれません」


 私がその話を切り出すと、母は少しばかり驚いたようだ。

 そしてメリタは、とても悪そうな笑みを浮かべているのだった。彼女は策略をたてるときにこういう笑みを浮かべる癖がありそうだ。私も一緒になって、悪そうな笑みでそろえておく。

 そうすると、母も笑った。


「それ、そういうの。私も大好きよ、スム」


 こうして私たちのガーデス解放作戦が始まった。

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