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娘が奴隷に落ちたのは

 深呼吸をして、私は話を戻した。


「それで最後に、たくさんの魔物を引き連れてガーデスを大行進だ。今や彼は完全に魔物たちを支配下においているといっていいかもしれないな」

「ああ、可能性はあるな。これでだいたい、リジフに関して知っていることはまとめた」

「そうだな。あと、君は知らないだろうが、ホリンクの町長へ手紙をよこしていたくらいか。私を見つけたら連絡をしろ、と」

「まあそのくらいはするだろう。で、どうだ。奴が何をしようとしているのかわかったか?」


 メリタはそっぽを向いたままだ。彼のことを考えるだけで、苛立っているのだろう。


「それはわからない。だがやれることが少しずつ増えて、それを利用するようになっている、というのはわかる。

 魔物を支配できるようになったからといって、別に本当に使役してガーデスを練り歩く必要なんかないはずなのだが、そうしている。本来の目標通り、グリゲーと一緒にガーデスを支配していくことだって十分可能だったろうに、むやみな殺生をしてまで結果を急いだ」

「子供ってことだろう。そうできると知れば、それを試してみたくなってたまらなかったと私には思える」

「かもしれないな。そんな理由で殺された人たちには申し訳ない気さえする。

 もう少し私は真剣に、リジフ・ディーのことを脅威と受け止めるべきだった。もっと奴を警戒しておくべきだった」


 私は下を向いた。大いに反省すべき点であるからだ。

 奴のしたことは許せないが、それを阻止できなかった私にも責任がないとはいえない。考えてみればキコナは私に大変なことが起こると伝えていたわけだし、手の打ちようはあったはずだ。少なくとも彼女は救えた可能性が高い。


「過ぎたことをいうな、スム。それに奴を止められなかったのは王も、軍隊も、衛兵も同じだ。

 最初から奴が魔物を操って思い切りこちらに暴れてきていたのならまだしも、中途半端に王に気に入られて魔物を討伐していたやつを、完全に敵とみなすのは無理というものだ」

「そうかな。とにかく失態には違いないから、取り返さなきゃならない。これからは一つの間違いも許されないという覚悟でいこう」

「真面目くさると失敗するぞ。相手は何を考えているかわからないんだからな。

 当面の目標は何だ?」

「ガーデスを解放することがまず第一だが、キコナが助けられるのを待っている。それと、ケウアーツァ王女も」


 メリタが頷くのが見える。彼女はちらりと外を見やった。


「もし今のリジフが魔物を操る力を手に入れて調子に乗っている状態だとするなら、しばらく殺戮や戦争は起きないと思う。私たちはおそらく、ガーデス解放のための準備をする時間があるだろう。

 王族を殺すつもりなら捕らえる間もなくケウアーツァ王女も殺されていただろうし、奴はまだ王族に利用価値があると踏んでいるはずだ。

 むやみにガーデスの民を殺傷する意味も薄い。今奴がやっているのは、適当に魔物を出現させて自分で刈り取るというだけのこと。それでたぶんだが、自分の名声をさらに高めて民に親近感をあたえている。いずれ自分が支配階級の頂点に立つために。

 それが十分になったとき、王から禅譲されるか、適当な罪を着せて処刑するかする。という予想が一番自然だろう」

「私もそう考える。そのときがタイムリミットというわけだ。王族を助け出すというなら」

「それで終わりだと思うか?」

「レプチナ王国を掌握するだけですまない、というのか」


 そこから先は考えても仕方がないのではないかとも思ったが、奴がその先を見ているとすれば何か今から早くも行動を起こしていて不思議でない。

 考えられるのは他国へ戦争をふっかけることくらい。何か考えているとしても、諜報を仕掛けることくらいしかできまい。さほど心配することでもないように思えた。


「ま、とにかく今は村長のことだ。抜ける情報は全部抜く。失態は許されないぞ、スム」


 真剣な目をしたメリタがそういって、私より先に歩いて行ってしまった。村長を閉じ込めている部屋を開こうというのだろう。

 彼女を追って、私も客間を出た。


 その後私たちは多少人道的に問題のある尋問におよぶ。あまりにも圧力をかけすぎて精神に異常をきたしたり、心臓が止まったりしてはまずいので実際のところ繊細な作業になる。

 しかしながらそこは衛兵としてならしたメリタがいる。私よりもうまい方法を彼女は色々と知っていて、それが役に立った。

 特に拷問らしいこともしていないし、誘導尋問もしていない。終わってみれば平和な尋問だった。いくらか調度品などが壊れたりはしたが、必要経費といえる。


「とりあえず、こんなものか」


 調書を書き終わったメリタがそれをまとめながら言う。

 私は村長から目を離さないままで頷き、一言付け加えた。


「だが、もし嘘があればお前は本当に救済されない。魔物たちに生きたまま食われるより、救われない。今のうちに訂正はないか」

「そ、それはない。嘘ではないし、この件に関しては全て話した。他に聞きたいことは」

「お前さんの言った答えを整理して、また疑問があればここにくる。わかっているだろうが、優しくしてくれているうちに、すべて答えたほうが身のためだぞ」


 できるだけ手加減なく真剣な目で彼を見つめると、あわてて首を縦に振りまくった。引き続き彼を部屋に閉じ込めて、私たちはその場を後にした。


 村長からの情報にはかなり重要なものもあるが、救出した令嬢たちのフォローもしなくてはならない。女性がいたほうが安心するだろうから、メリタを同行させて彼女らを見舞いに行くことにした。

 ロカリーの村には宿屋が多い。ガーデスまで旅をする者たちの助けになっていたものと思われる。

 そのおかげで令嬢たちの休む場所に困ることはなく、大助かりだった。私たちはそれを片っ端からまわる。


「助けてもらって本当に感謝しております。父にもあなたの名前は伝えておきますので、何かお困りのことがありましたら」


 と、令嬢たちは同じような感謝の言葉を口にした。だいたい、決まり文句と言っていいだろう。彼女らは特にどこかを痛めている様子はなく、監禁によって心身が衰弱していただけだ。あたたかい食べ物を与えて、やわらかな布団で眠れば少しずつ回復するものと思われた。

 彼女らの護衛の者はどうなったのか少々気になるが、おそらくは魔物にやられるか、逃げ出すかしたのだろう。ロカリーの兵士たちに倒されたのであれば、その衣服や装備が村のどこかにあるはずだが、そうしたものは見つかっていない。あったとしても少量だろう。

 いずれホリンクへ行ってもらうことも伝えたが、特に反対意見はない。私が彼女らにとって恩人ということもあるだろうが、代替えとなるような案もないというのが大きいだろう。

 ホリンクへたどり着きさえすれば、リジフも手が出せないはずだ。奴がエットナト氏と友好を続ける限りは。


「で、スム。どう考えるんだ」

「ああ、たぶん嘘ではないだろう。ガーデス近辺で行商をしていたという情報もあったから、おそらく間違いない。

 セメト・ボリバルはロカリーでやられたな。村長が裏切ったといっていた相手は彼だ。ジャクにとっては父親のカタキということになる」


 聞き出した情報をまとめて考えると、そうとしか考えられなかった。


「で、金品強奪の後にジャクはグリゲーのところへ『使い捨て』として売り払ったということか。

 グリゲーの使いたちが買いに来て、ジャクにアンクレットをつけここから連れ出した。途中でジャクが逃げ出し、君に出会ったという」

「その可能性が高い」

「信じがたい悪徳の村だな。ガーデスの人間でこれに気づいている奴がいなかったというのは、大問題じゃないのか」


 私は頷き、一言だけ返した。


「だがわかってよかった。これで、ジャクの父親を弔うことができる」

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