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敵の情報をまとめます

 翌日の昼ごろ、イリスンとタリブ女史らはホリンクへ向かっていった。

 護衛の交代も滞りなく了承され、これでとりあえず厄介ごとは私たちの肩から下りたことになる。

 しかしながら村長の処置、また捕らえられていた令嬢らのことなど、せねばならないことはまだあった。ホリンクへ向かったイリスンが我が母に状況を相談するわけだが、その間私たちも何もせずに過ごすわけにはいかない。

 メリタの体調もよくなっているようなので、彼女と相談しながら一つずつ問題を片付けようと思う。ロカリーの村がこんな状況では、とてもガーデスまで足を延ばせない。

 一番最初に考えなければならないのは、村長のことだ。何しろ重大な監禁事件の主犯といえる。

 私は衛兵のメリタを伴って、彼を尋問することに決めた。どういう手段でこのような悪事を行っていたのか、本人の口から詳細に聞き出さねばならない。


「そうだな、それがいい。私が調書をつくるから、君は尋問に集中してくれ」

「うむ。ところで彼の話を聞く前に、今わかっていることをまとめたい。色々とありすぎてこんがらがりそうなんだ」


 私は昨日からのことで、まだ落ち着ききれてはいなかった。思考の端でまだ、混乱が続いているような気がしたのだ。

 自分がせねばならないことは、わかっているつもりだ。だが、状況は複雑になるばかり。

 メリタもいてくれることだ。ここでしっかり状況を整理しなおしておきたかった。


「いいとも、スム。私にわかることなら、なんでも言う。どこから整理する?」

「まず、リジフのことだ。奴がすべての元凶だというのはほとんど間違いないが、その行動に一貫性が見えない。

 奴が何を目指して動いているのか知ろうにも、まったく見えてこないから次の行動の予測がたてられないのだ。リジフ・ディーについてわかっていることをまとめてほしい」

「キコナからも聞いているだろうが、ガーデスでも有名なディー家の御曹司だ。幼いころからその剣技と利発さで注目を集めた才児で、幼馴染のヤチコ・ベナと一緒に王に取り入っている」

「ああ、それは私も聞いている」


 まずは敵であるリジフの情報を細かにまとめたい。そうすることで敵の行動を予測することにつながるはずだ。

 今までは敵に先手を打たれ、私たちは後手後手にまわって被害を拡大しているように感じられる。それを終わりにして、奴に今度はこちらから一撃を見舞うのだ。そうするためには敵の分析は必須といえる。


「まず、奴についてわかっていることを時系列順に整理しよう。そうすることで、奴が何をしているのか見えてくるかもしれない。

 ディー家に生まれて、ヤチコと良い仲になっているというところまではいいだろう。そこから先だ。

 キコナを仲間に引き入れたのはいつ頃だ」

「フィルマ・モフォンのいた村が滅ぼされたのは、ほんの数か月前のことだぞ。彼女を引き入れるとしたらその時しかない」

「その前からリジフ・ディーは何かこれといった活躍を見せていたのか、メリタ」

「いや、少なくとも私は聞かないな。麒麟児という扱いは受けていたが、何かとりたててこれをしたとか、あれをしたとかいうのはないな」

「ではキコナの話と一致するな。奴は何か手柄を求めて、魔物の襲撃を受けたフィルマの村へ行ったのだ。

 そこで魔物たちを斬り殺そうとしていたが、すでに撤退していたために悔しがった。フィルマを拾って帰って、キコナとして側近に仕立てたというわけだ」

「それは、キコナから聞いた話なのか」

「ああ、そうだ」


 私は答えて、頷く。

 この時点でのリジフ・ディーは『魔物を敵視して、殺そうとしている』と感じられる。野心こそあれ、魔物を使役している様子など全くない。そうであれば、自由に他の村などを襲わせておいてそこを助けることができる。そうしていないということは、彼の思うように魔物が動いてくれないということだ。つまりこの時点では、功名心にはやる普通の男だ。フィルマを卑怯な手段で身内にしたのも、外道な手ではあるが、人間がとりえる手段の一つ。怪しい点はないといえる。


「では次が、私が初めて奴の顔を見たときか。王城で、大股を広げて歩いてきた」

「君とイリスンが会ったといっていた、あの話か?」

「うむ。私の謁見が終わった後に彼らがあらわれて、そのまま王と謁見したようだ。しばらくして近衛兵のバシャークが怪我をして運び出されてきたのを見たから、おそらく彼はバシャークと戦って勝ったんだろう」

「ああ、ずいぶん痛めつけられたと聞いている。こう言っては何だが近衛兵のバシャークは私より強いぞ。少なくとも何度か手合わせしたが勝ったことはないんだから。それをたやすく痛めつけるというのは、リジフの圧倒的な力を物語る。王が気に入るのも無理のない話じゃないか」

「私も王に腕前を見せてほしいといわれて、バシャークと手合わせしたのだが」

「勝ったのか?」

「いいや」


 私が首を振ると、メリタは胡乱げな目を私に向ける。


「わざと負けただろう」

「そうとも。色々都合があってな。そのようにバシャークに頼んだ」

「しょうがないやつだな、君は! なんでそういうところで本気を出さないんだ」


 困った顔をしながら、メリタが少しだけ笑っている。私は話をそらしたくなかったので、愛想笑いでごまかし、本題に戻る。


「次に奴はグリゲー・ゴンと手を結んだ。だったな?」

「そうだな。君が色々と骨を折ってくれていたのに、そのせいで無駄になった。主にヤチコのせいではあるが、女に骨抜きにされた衛兵もだらしない」

「グリゲーと手を結んだのは、より深くガーデスの政治経済に食い込むため、とみていいのか」

「キコナが止めそうなものなんだが、そうしなかったのなら逆に彼の身内になることである程度汚職を抑制できると考えたからかもな。あるいは、彼の味方になっておけばガーデスの病巣を発見しやすいから、もともとあとで裏切るつもりでいたのかも」


 そこまでしておいて、今のような状況になっているのは解せない。

 やはり、このときまで彼は魔物を操るようなすべを知りえていないと考えるのが当然だろう。

 少し考えている間に、先をメリタが語った。


「そのあと、剣術大会になるな。このときまで奴は普通だ。野心があって、多少利己的なただの男といえるはず。

 しかし決勝戦の途中で、私は直接見てないが、魔物の襲撃があったと聞いている。そこで奴は魔物をバッタバッタと切り倒す大活躍をした、だな」

「ああ、間違いない。そこでは観客や参加者のなかに死者も出ている大惨事だった。

 リジフが剣をふるってくれなかったらもっと多くの被害が出ていたことは間違いないし、彼はそこで名声を高めたといえる」

「それは君もだろう。もちろん、イリスンも。君が多くの命を救ったということも、事実だ」


 私は頷く。ここでは謙遜するわけにいかなかった。何しろその件でケウアーツァ王女に剣をもらっているのだから。

 そのことを誇っていかなくてはならないので、その部分では謙遜できない。


「そう思ってくれているのは光栄だ。さて、ここからが本題だな。

 私の聞き間違いでなければ、その襲撃の前の一瞬、彼はたしか「やっと来たか」といったことを呟いていたんだ。

 それも、飛んで襲撃にやってきた魔物たちを見てだ。他のことを指しているとは考えられない。これは、奴が襲撃を予見していたということじゃないか。

 あるいは、この時すでに魔物たちを操る方法を見つけていたか」

「だとしたら奴は自分の名声を高めるためにわざと剣術大会の会場を襲わせたということになるのか?」

「仮説の一つとしては成り立つ」

「いや、まさか。第一、会場にはキコナがいたじゃないか。キコナは直接戦闘には秀でないから、下手をしたら襲撃を受けて死ぬ可能性があった。そんな博打をする必要なんて全くないぞ!」

「そうかもしれないが、そうじゃないかもしれない。

 キコナは奴にとって本当に味方だったのかどうか、という問題になるな」


 メリタは黙って、腕を組んだ。それから天井を見てしばらく何事か考えたのち、やっと私のほうを見る。


「その、続きは?」

「君のその頬を焼いた事件だ。首謀者が奴だとしたら、の話だが」


 私がこたえると、メリタはひどく不機嫌そうに私から目をそらす。


「君を追い込むためにしたことだろうが、リジフ・ディーの仕業だと断言はできないな。グリゲーもこのくらいのことはしてきそうだ」

「どちらでも同じことだ。二人は協力関係にあるのだから、情報を共有しあってる時点で共犯じゃないか」

「そういう説もあるな」


 と、そこで彼女はいったん息を吐いて、それから


「こうして思い返して整理するだけで、奴がどれほど外道な行いをしているのか思い出されて、本当に苛立つよ。

 君は何でそんなに涼しい顔をしていられるのか、教えてほしい」


 なんてことを言うのだ。

 本当に苛立っているらしく、腕組みをするその手がぎゅうと二の腕のあたりをきつく握りしめ、服がしわになっている有様だ。爪が食い込まんばかりになっているから、よほどの怒りなのだろう。

 私とて怒っていないわけではない。ただ私は、冷静な判断を失わないように、怒りを胸にしまい込む術を修練している。

 それだけの話だ。怒っていないわけではない。

 メリタの顔を焼かれて、怒らないなどということがあるはずないのだ。

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