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村で一夜を明かします

 いくらかの話し合いをした後、方針が決まった。

 まず、イリスンがいったんホリンクへ向かう。そしてエイナ・エテスに事の次第を報告し、彼女とも話し合う。

 そのイリスンに同行する形でタリブ女史やメイドはホリンクへ行く。私は同行できないが、イリスンならよほどの魔物が出ない限り、やられてしまうということはないだろう。


「逃げ足にかけてはこの私もちょっとしたものですから、ご心配いりません」


 というのが本人の弁で、頼れるところは頼ってほしいということだからここはそうさせてもらうことにした。

 私はこのロカリーにしばらく滞在しメリタや令嬢たちの回復を待ちながら、引き続きガーデスの事情を探るということになった。この際にイリスンが戻るのを待たずにガーデスに突撃するのは原則的に禁止であり、本当にやむを得ない時だけ認められるらしい。

 そのあたりは以前に約束した「両者の同意がない限りずっと一緒」などという契約に違反するから当然の禁止事項だという。イリスンは私としたこの約束をこれからも事あるたびに引っ張り出す構えでいる。

 彼女がそれを持ち出すだけなら問題ないのだが、先ほどからタリブ女史やメイドが私をあまり尊敬できないものを見るような目で見てくるのが少々厳しい。

 何しろタリブ女史らの前ではイリスンがさんざん女房面をしていたのであり、先ほどはメリタを抱きかかえて格好つけ、かと思えばイリスンと婚約にも間違われるような約束をしているといった具合で、彼女らから見れば二人の女性をいいように侍らす女たらしに見えたのだろう。これでスリム・キャシャのような痩身の美麗な剣士ならまあ当然といったところだが、あいにく私は体格が大きく、いわゆるデブである。

 ややもすれば、金貨をジャラジャラいわせてボック姉妹をいいようにしている、と考えられたのかもしれない。実際私はそこまで裕福でもないが、先ほどイリスンが話し合いの途中でジャクの存在についても触れたため、『使い捨てディスポーザブル』を持っている金持ちととらえられた可能性はある。もう否定の材料を考えるだけでも頭痛がしそうなので、もう私はそのあたりを完全に捨てている。なんとでも、どうとでも思ってくれててかまわない、というわけだ。むしろもうそのほうがうじうじ悩むより精神的によさそうだ。

 そういうわけで私はタリブ女史やメイドからの信頼を勝ち得ることをあきらめたが、その視線にイリスンが気づいてしまう。彼女は汚らわしいものを見るような、見下した視線で彼女らをとらえた。


「あんたたちは自分たちを救ってくださったスムさまに対して、どうしてそんな無礼な目ができるのですか」


 苛立ちを隠そうともしない怒りに満ちた声がかけられ、メイドはあわてて縮こまり、タリブ女史は居心地悪そうにした。

 それだけですめばよかったのだが、タリブ女史は例によって言い負かされっぱなしが気に入らないらしく、余計な一言を挟んでしまう。


「そうはいうが、こやつはこんなナリをしているというのに、あちこちで女をひっかけているのだろう。お前がこやつに惚れ込んでいるのは本当なのだろうが、そういうのを女たらしとか、ふしだらとかいうんではないのか?

 今の時代にハーレムなんていうのは流行らないぞ、汚らわしい。我が大叔父のような大英雄ならまだしもな」


 タリブ女史の大叔父というのは、スリム・キャシャのことである。彼の場合はハーレムというより、ただ女性関係にだらしなかっただけというのが(娘であるエイナ・エテスから見た場合の)事実のようだが、とにかくタリブ女史からしてみれば一人の男が多数の女性と親密な関係になることはよくないことらしい。

 さて、これを聞いたイリスンがますます激怒した。彼女は再び大きな声をあげる。


「なんと失敬な! こんなナリとはなんです、こんなナリとは。

 スリム・キャシャに許されてスムさまに許されないことなんていうのは、ただの一つもこの世にありえないのです! いずれスムさまはスリムを超えるような英雄になられるんですから。少なくともその資質はお持ちであられる、というのは誰が見ても明らかですし、先ほどお二人も見たでしょう!

 それなのにどうしてスムさまが多少の女性を囲ったくらいで汚らわしいなどと言われなければならないのか、それは単に、あなたがスムさまのように豊かなお体を受け入れる度量がないというだけのことではないですか。英雄の又姪というくせに、自分の狭量を他人のせいにするとはいい度胸でいらっしゃいますね。

 わからないというのなら簡単に言ってあげますが、スリム・キャシャなら許されるなんてことをあなたが付け加えたのは、単にデブの英雄というのを嫌っているあなたの心の狭さのあらわれですよ。人のしたことや器量、力量を見たはずなのに目をそらして、ただ外見だけでああだこうだというなんて。何事ですか、その器の小ささは。そんなんで英雄の血筋などとはおこがましい。たいがいにしてください」


 まくしたてるように、勢いよく畳みかけたイリスンは、ギロリとタリブ女史をにらみつける。かわいそうに、タリブ女史は真っ青になってわずかに頷くしかできなくなってしまった。

 私がデブだというのは事実だが、あちこちで女をひっかけているというのは心外である。イリスンにはできればそっちのほうを否定したうえで反論してもらいたかったが、もう手遅れだろう。そのあたりはもうあきらめるよりない。

 二人の言い争いを聞いているだけで疲れてきた私は軽く息を吐いて、そろそろ重傷の兵士たちは馬車に乗せられた頃合いだろうかと考えた。


 結局、その日はロカリーで一夜を過ごすこととなり、深夜になってからタリブ女史の兵士らもやってきた。

 ロカリーの兵士らもちゃんと頼んだ仕事をしたのだ。魔物に遭遇することもなく、無事に馬は届けられ、馬車が直され、重傷者が運ばれてきた。彼らはすぐに村の医師によって処置がなされたが、かなり長期にわたって治療を続けなければならないとのことだ。当然である。運動能力に何か重い障害が残ることも懸念された。

 兵士たちが戻ってきたので私たちもタリブ女史の護衛の任を解かれるはずである。ようやく彼女たちから離れられる。

 しかしもう真夜中なので、当然ながらタリブ女史らは寝ている。村の宿屋でぐっすりだ。彼女に確認を取るのが筋だが、起こすにはしのびない。メイドも寝ているので、一応翌朝まで私も護衛を引き続き行う。

 私は宿屋の前に立ち、タリブ女史の護衛として警戒を続けている。


「あんたらにはずいぶん迷惑をかけちまったな」


 そこへ気さくな様子で、兵士の一人が話しかけてきた。彼はタリブ女史の護衛をしていた者の一人らしい。

 私は軽く首を振った。


「何、気にするな。私はそれほど気にしていない。お前たちにとって、私よりもあのご令嬢が優先されるのは当然だろう」

「そりゃそうなんだが、あの厄介な化け物を押し付けて逃げちまったことには違いない。すまなかった。どうせあのお嬢さんは謝ってねえだろうから、せめて俺から謝らせてくれ」

「ああ。確かに謝罪は受け取った。それと、あとから詳しい説明はするが、お前たちはあのご令嬢をつれて一度ホリンクへ行ってほしいのだ。

 今のバルディエトは情勢がわからないが、ホリンクは安全がほぼ約束されている。そっちでゆっくり傷をいやして疲れを取り、それからバルディエトにいっても遅くないだろう。あるいは、そのままヒャブカ将軍に連絡を取ることもできる」


 へえ、と彼は顔をわずかに緩ませた。


「こっちを気遣ってくれるなんてな。俺らはもっと恨まれてるもんかと思ってたぜ。

 何しろあのお姉ちゃんはえらい剣幕だったからなあ。道中、ケンカばっかりしてたんじゃないのか?」

「心配は不要だ。もともとは心優しい子なのだ。それより、休んだほうがよくはないか。明日の朝、彼女が起きて来たら私たちの護衛もその役目を終える」


 正確には、タリブ女史の許しを得てからだが。

 兵士はそうだなと笑ってその場を立ち去って行った。あとから知ったが、彼は隊長ではなく副隊長に近い立場の人間らしい。

 空を見上げ、月の傾き具合を見る。イリスンとの交代までにはまだ時間があった。あと少し、頑張らなければ。

 いくら精神修養を積んでいても眠気はさすのであり、私は軽く肩をまわしてそれを追い払おうと努力する。

 軽く息を吐いたとき、小さな物音に気付いた。村長の屋敷の表玄関が開いたらしい。賊かと私は警戒を強めたが、違った。知っている顔だ。

 メリタだった。まだ顔のガーゼはとっておらず、金色の髪を背中に流して、少し眠そうにしながらも歩いてくる。


「すまない、スム。すっかり寝入ってしまった」


 苦笑に近い表情で彼女はそう言い、軽く頭を下げた。私がここで護衛をしているのを見つけて、急いでやってきたのだろう。


「ああ。長いこと監禁されていたのでは弱りもしよう。もう、調子はいいのか?」

「すっかり、とは言わないが。眠気覚まし、といっては何だが軽く付き合ってくれないか。加減はしろよ」


 言いながら剣も持たずに軽く構える。徒手空拳での軽い手合わせを求めているようだ。

 メリタの言う通り、眠気覚ましのほしかった私にとってもありがたいことだったから、これに私は頷いた。軽く腰を落として、両手を持ち上げて構える。

 もちろん一撃必殺をするなら突っ込んで右手を突き出すだけだ。ヒャブカ邸でしたことと同じである。が、今回はあくまでも眠気覚ましとメリタの調子を確認するのが目的だ。

 いきなり一撃で決めたりはせず、父母から習い受けた体術で手合わせする。


「いいか?」


 表情を引き締めて、メリタが言う。私は軽く頷いた。


「こい!」


 突然身を引くくして、メリタが私の懐に飛びかかってくる。まるで猫のような素早さだ。おそらく、これは私の膝を狙った攻撃。体重のある相手には脚をせめるのが基本ということか。

 私は軽く身を引いて右足を持ち上げる、メリタの蹴りが空を切った。

 攻撃をかわされたことに動じることもなく、彼女は身体ごと私にぶつかってきたが、悪手だ。軽く両足で踏ん張ると、体当たりしてきたはずのメリタのほうが跳ね飛ばされていったのだ。重量差がありすぎる。

 あまりにも無防備なので、追撃しないわけにはいかない。私は前に出て、軽く右手を薙ぎ払った。それだけでメリタは吹っ飛び、地面に転がってしまう。

 彼女も防御しようとはしたらしいが、やはり耐えきれなかったようだ。


「スム、これで加減したっていうのか」

「だいぶしたのだが。ところで私を体当たりでひるませるのは、無理があるんじゃないか」

「片足を浮かせたから、いけるかと思ったのだが。君はやはり、とんでもないな。これが剣術大会優勝者と3位で終わった者の差だと思っておこう」


 服の汚れを払いながらメリタは起き上がった。特に怪我もないようだ。


「私は別に優勝していないが」

「話は聞いているぞ。あれで勝ってないなんてことはない」


 遠慮のない言い方をしながら、メリタは私の隣に並ぶ。そうして、ようやく本題に入った。


「スム、ガーデスで何があったのか話したいのだが」

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