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謝ろうとしたら、そっぽを向かれて

 見つめられたことに気づいたのか、メリタは疑問符を浮かべて小首をかしげる。その頬には傷跡を隠すように大きなガーゼが貼ってあった。あのとき酸を浴びて、火傷の跡が残ってしまったのだろう。それを隠すためか、あるいはまだ傷が治っていないのか。ガーゼは彼女の目元までわずかにかかるほど大きく貼られているから、治っているのかどうかもわからなかった。私はそれを痛ましく、また申し訳なく思う。

 傷を差し引いても、若いメリタは美しい顔立ちをしている。世の男ならだれでも彼女を抱擁したいと思うに違いない。私とて例外でない。が、そんなことをして大丈夫なのか。たとえ慰めるという意味にしても。

 私の内側から聞こえる声は、おそらく『スリムの血』なのだと思っている。英雄の血筋が、英雄たる振る舞いをするように私に教えてきているのだと思われる。これまでのところ、ただ単に抑圧している私の性欲が叫びをあげているだけだったという例は一度もない。となると、この場でメリタを抱きしめる意味とは? そもそも彼女と親しくはあるが、突然抱きついて許されるような関係ではなかったはずだ。ましてや、私のような体格の大きな男性がだ。

 そこまで考えて、私は口を開く。


「すまない、メリタ。あのとき、助けに行けなかった。それに、女性の顔に傷跡をつくってしまった。

 許してくれなくともいいから、私にせめて謝罪をさせてはくれまいか」

「話はあとでする。私は少し疲れていて、君と話をすることも億劫だ……と言いたいところだが、君がそんなに気に病んでいるんじゃしょうがないな」


 イリスンの肩によりかかりながら立っているメリタが、力のない笑みをみせる。それからふいに左手を持ち上げると、顔を隠していたガーゼをはがしてしまった。生々しい傷が見える、まだ完治はしていない。

 私は思わず顔をしかめた。メリタの顔が醜く思えたからではない。これほどの傷をつける失態をおかした、自分のふがいなさにだ。

 しかしメリタは笑ってこう続けた。


「心配してもらって悪いんだが、スム。君がかばってくれたのと、水で流してくれたのと、さらには治療が早くて医師の腕もよかった。

 そういうわけで、跡が残ることは残るが、目立つようなことにはほとんどならないんだそうだ。もちろん、そのためにこうして薬をつける必要はあるが」

「なんだって。それは本当なのか?」

「嘘をついても仕方ないだろう。大丈夫だ。それに、謝ってもらう必要なんてないんだ。私こそ、君に謝らなきゃいけない。

 君だってあの酸をうけて、ろくな治療をしていないんじゃないか? 腕を見せなよ、スム」


 彼女は私の左手をとって、袖をめくった。そこはあのとき、酸を浴びたところだ。皮膚が赤くなり、いくらかは傷跡のような形に膨れ上がっている。

 多少見た目は悪いが、運動障害などは全くない。男の腕に傷跡がついたところで気にするようなことはないので、問題はなかった。女性の顔と男の腕などを比べて、メリタが気に病むことはない。

 しかし彼女は痛ましそうに私の腕を見やる。


「やっぱり、こんなことだと思っていたんだ。それに、いつかだって君は私のために剣を刺されたことがあっただろう。

 あれだって私が言わなきゃ医者にもかからなかったんだろ。傷が膿んで、命にかかわるようなことになったらどうしたんだ。

 そんなことがあったっていうのに、私に謝るなんてことはいってほしくないんだよ。私の言っていることが、わかるだろう?」


 もうメリタは笑っていなかった。私のことを案じている顔になっている。

 それに彼女が言っていることも、確かに十分にわかるつもりだ。私ばかりが彼女の心配をして一方的に謝っているが、それはメリタに申し訳なさを感じさせるのだろう。


「私はまだ、君にろくな礼もしてないのに。謝られたんじゃどうしていいかわからない」


 そうしてメリタはぷいと横を向いてしまった。顔も合わせていられないというのだろうか?

 私は納得した。

 なるほど、これは『抱きしめろ』と何かがささやくはずだ。確かにスリム・キャシャの血は英雄たる行いを推奨してきている。


「メリタ」


 私はまず名前を呼んで、彼女がこちらへわずかに目をやるのを待った。目が合った瞬間、私は彼女をイリスンから奪い取り、抱え上げてしまった。狭い通路の中なので、それだけで道幅はいっぱいだ。


「んなっ、何をするんだ……」


 突然私に抱きかかえられ、メリタはどうしていいかわからないらしい。頬には赤みがさして紅潮しているが、さほど怒っているわけでもなさそうだ。


「つらそうだから、休めるところまで運ぼうと思ったんだ。そのほうがいいだろう」


 私は悠然とふるまった。照れたりはしない。

 美しい女性を抱きかかえるのは、男にとって誉である。恥などない。


「かなわんな、君には。まいった! 好きにしてくれ」


 メリタがあきらめたように言う。私はそのとおりにする。彼女を抱えたまま階段をあがって来客用の寝室まで運ぶつもりだ。

 もちろん、女性であるメリタは私より圧倒的に軽い。だから、抱えていても大した負担はない。ジャクをかつぐのと大差ないといえる。悠然と歩いても何も問題ない。

 この様子をイリスンは目を見開いたままどこか茫然とした様子で見送った。

 タリブ女史とメイドは、顔を真っ赤にしたまま食い入るように見つめてくる。メイドにいたっては、半笑いでさえいたようにみえる。

 が、それらは別にどうでもよかった。メリタ嬢にさえ、私が格好良く見えていればいい。この体格では無理かもしれないが、ただのデブに助けられたというよりは、格好良いデブに助けられたいだろう。

 だから、私は多少の虚勢をはっても英雄らしく振舞う。

 このせいで、地下室にとらえられている他の人物を解放するのが少し遅れてしまった。



「結論から言いますと、身代金目当ての監禁というところになりますね」


 ロカリーの村長が行ってきた罪状を、イリスンが溜息のように吐き出す。

 数時間ほどの調査ののち、だいたいの謎は解けてきている。もちろん、地下室にいた他の人物も全員救出済みだ。ほとんどが女性で、貴族や豪商の令嬢ということだ。一人だけいた男性も、貴族の嫡男ということなのでここまでくればもう、身代金目当ての監禁というイリスンの予想は間違いなかろう。

 タリブ女史に限らず、先の混乱でガーデスから逃げ出す貴族は多い。もちろん一家そろって逃げ出せればいいが、中にはガーデスに家族を残してよそへ仕事をしにいっていたという者も多い。そういう場合、子女や子息が護衛とともに逃げ出すが、だいたいの場合途中でロカリーの村に着くのでここで一夜を明かそうということになる。

 そうしたものを狙って、ロカリーの村長は彼女たちに手を伸ばしていたのだろう。

 不幸中の幸いと言うべきか、村長は女を捕らえても性的な虐待をすることはなかったらしい。そこまでは最後の良心が止めたか、あるいは身代金を手に入れそこなったとき、奴隷として売却する予定でもあったか。


「では、彼女たちはどうする? このまま行かせるにしても護衛たちがいないのでは困るだろう」

「そうですね。ロカリーにいるのも不安でしょうし」

「ここは、我が母に頼ろうか」


 令嬢・子息は全員で5名。いずれも名の知られた家の者ということで、ロカリーから送り出すのは不安がある。

 ここは我が母に連絡を入れて、ホリンクで匿ってもらうのがいいだろう。ご家族には手紙などで安否を知らせる必要があるが、まずは身の安全を確保しなければそれもできないのだ。


「そうしたほうがいいですかね。どっちにしても馬車が要ります」

「私の馬車を使うのか?」


 タリブ女史が不満そうに口をとがらせている。


「私の兵士たちを運ぶのに馬がいるからとここにきて。事情は分かるが、余計な道草を食いすぎではあるまいか」


 どうやら彼女としては、父親の言いつけ通りに早くバルディエトに向かいたいのだろう。しかし、そうはいっても。

 何しろあのメリタですら牢獄につながれては弱ってしまうのだ。箱入りで育ってきたようなご令嬢やお坊ちゃまの体力は今どうなっているか。私たちがカギを開けても飛び出してくるような元気のある者は一人もなく、全員がイリスンや私にもたれかかるようにしてようやく歩けたといっていい。中にはそれこそ這い出たというような者まであった。

 何をするにも、彼女たちの体力が戻るまでは動けないということになる。


「タリブさまは、バルディエトに行かれる予定ですか」

「当然、そのつもりだ。我が父がそのように要請しておるのだ」

「しかし、ロカリーがこんなことになっているのでは、バルディエトも危険ではありませんか。ホリンクの町なら安全が確認できていますから、まずはそちらに行かれたほうがいい。ヒャブカ将軍も、おそらくあなたが多少の機転をきかせることを望んでいるし、それを理解せずに命令の不履行を怒るような方ではありません」


 私はタリブ女史の説得にかかった。

 正直なところもう彼女らのことは放置していても問題なさそうなのだが、護衛としてロカリーに同行した以上、責任が生じている。私は彼女らを守らねばならなかった。

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